2月 8ヶ月 その5
そう、『愛』。
今まで読んだ本の中に、それは必ず出てきました。
愛を求め翻弄する光の君の話。
許されざる愛を貫きともに死亡する恋人同士の話。
死んだ恋人を追いかけ冥界に行く神様の話。
愛を知った木人形の話。
種族を越えた愛……
たくさんの、愛の話を読みました。
主に異性間の、時には友の、または家族の、愛。
しかし、どれ一つとして実感したことはありませんでした。
愛を無くし、この世界は大きな混乱に陥ったものの、なんとか機能し続けてきました。
恋人や家族というものは存在しなくなりましたが、小規模なコミュニティを作り、それを礎に生活してきました。
ただ、そこにあったのは生存のため、多少なりより良い生活のためといった実益中心で。
本で読むような幸福な、あるいは狂おしい程の愛というものは見たことも聞いたこともありません。
もとより、愛というものは失われてしまった存在でありますし。
「……ですから。この施設は『愛』という名の下に子供を産んでいると聞きまして。その愛を実感しに、あるいはこの目で確認しようと思って、受胎希望に名乗りを上げたのです」
一気に語り終えてから、聖良さんの方を見ました。
聖良さんは、考えが読めない無表情のまま。
「そして、現ちゃんにお会いしたときにはっきり感じました。この方について行けば『愛』というものを実感できるのではないかと。そして、確かに『母の愛』というものを目の当たりにすることができたのですが……」
いまいち、実感が湧きませんでした。
現ちゃんの、そして凪さんの子供に対する強烈な愛というものを拝見させていただいたのですが、それはどこか現実味のない、それこそまるで本の中のお話のような気がして。
やはり、見るのと自分が感じるのとでは違うのでしょうか。
「――偉いわね」
「え」
口籠っている私に、意外な言葉がかけられました。
「……え、らい、ですか? この私が?」
この施設で一生懸命に働いている人に、ただぼんやり流されてきた私がそんな言葉をかけられるとは思ってもいませんでした。
「その為だけに、ここに来るなんて。資格を得るだけでも沢山の試験やレポートがあったでしょうに……」
「あ」
それを言われると……言われると、大変申し訳ないのです。
申し訳ないので黙っていたいのですが、言わないでおくのもまた狡い気がして仕方なく説明しました。
「いえ、私は……その、旧感覚者なので、試験はほとんど免除されて……」
「……ああ、そういえば」
消え入りそうな声で説明すると、聖良さんはすぐ納得してくれました。
大量のレポートや、試験。
ここに入るために学ばなければならない沢山の事を、私は優遇を良いことにほぼ全く手を付けていませんでした。
なにしろ、ちらりと見たところその殆どが人体や分泌器官に関するお話で、私が知りたかった心の中――愛についての供述はほとんどなかったからです。
それならばと、既存の本を読み直すことに専念してしまい……
ああ。
折角、せっかく、お褒めの言葉をいただいたというのに。
「……それでも、ここで頑張っているという事実に変わりはないわよ」
ああ、ああ、聖良さんがフォローしてくださっています。
「この『産屋』で子供を産むためにはたくさんのステップがあったでしょう。それを全て体験しているだけでも、立派よ」
「それを言うなら、せーらさんだって……」
同じではないでしょうか。
受胎して、身体の中のバランスがおかしくなって気持ち悪くなって。
やたら眠かったり疲れたりして。
日々、お腹に鈍痛が走るようになって。
そして、いつの間にか膨らむ存在感。
自分の中に、誰かがいる。
その誰かに対してどういう感情を持てばいいのか、自分の中で折り合いがつかぬままに――
それら全てを、お仕事しながら黙って耐えてきたのではないでしょうか。




