【番外編】リュシアンの勝利条件①(side アーデ)
夏の終わりの話です―
『父から叱られました。「元婚約者のエリルローズには既に母親になっているというのに、お前は何をしている。陛下の寵を得るられぬのは全てお前の不徳のなすところだ。この同盟を白紙にする気か? 何度も私を失望させるな」と』
そんなリュシアンのかつての言葉が気になっていた私は、密かにリュシアンとの間に子どもを早く授かる事を願っていたのですが……。
私の思いとは裏腹に、中々授かる事が出来ませんでした。
悲しいですが、やはり私ではダメなのかもしれません。
やっぱり何度も言ってきたように、リュシアンには若い子の方が相応しいのではないでしょうか。
私との間の子でもなくとも。
リュシアンが他の人との間にもうけた子であろうと王位をその子に譲ると私が明言すれば、リュシアンが彼の父に責められる事も無いでしょう。
これ以上リュシアンに肩身の狭い思いをさせたくなくて。
何人かの令嬢を城に招き、リュシアンのお見合いの為のお茶会を開いた日の事でした。
「いったい何のつもりです!!」
お茶会が終わるなり、私の意図を察したリュシアンが怒りも露わに執務室に怒鳴り込んで来ました。
そんなリュシアンは初めてで。
驚きつつも、リュシアンの怒りを解こうと訳を話せば
「猫の次は種馬扱いですか! 僕が愛してるのは貴女だけだと何度もいっているのに。どうして分かってくださらないんです!!」
そう、余計に激高させてしまいました。
傷つけてしまった事を申し訳なく思い、謝ろうとその手に触れた時でした。
初めて苛立たし気にリュシアンから手を振り払われてしまいました。
振り払われた手よりも。
リュシアンの傷ついた気持ちを思い、胸がギュッと苦しくなります。
しかし、その時の私にはどうすべきかが分かりませんでした。
◇◆◇◆◇
お茶会から一月が経ちました。
すっかりリュシアンの機嫌も直ったように思われたある日の事です。
「アーデ、よかったらお忍びで僕と出かけませんか?」
侍女達の目を盗むようにして、リュシアンがそんな事を耳打ちしてきました。
「お忍びで?」
小さく聞き返せば、リュシアンがいたずらっ子のように小さく微笑み頷きます。
少し迷わないではありませんでしたが。
リュシアンが久しぶりに見せる笑顔を少しだって曇らせたくなくて、詳しい事も聞かぬままリュシアンに手を取られ、誰にもその事を告げぬままコッソリ城を抜け出しました。
まるで駆け落ちでもするかのように。
使用人のお仕着せを着て、その上に地味な外套を羽織り、人目を盗んで彼が呼んだ馬車に二人で乗り込みます。
『久しぶりに、下町散策にでも行きたくなったのかしら?』
そんな風に思い、すぐ戻るつもりで侍女のアンにさえ何も言わずに出てきてしまったのですが?
下町を遥か昔に過ぎても、馬車が止まることはありませんでした。
「リュシアン? 一体どこに行くの??」
私の質問に答えず
「疲れましたか? まだかかりますから、どうぞ眠っていてください」
リュシアンがポケットから、何か綺麗な彫刻が施された箱を取り出しました。
この文様……ネザリアの魔具でしょうか??
◇◆◇◆◇
「アーデ……アーデ、着きましたよ。起きられますか?」
リュシアンの声にハッとして目を開きました。
いつの間に眠ってしまったのでしょう?
まだ少しぼんやりしたまま、再びリュシアンに手を取られ馬車を降りれば、目の前に美しい湖と森林をバックに建つ白亜のお屋敷が現れました。
「疲れたでしょう?」
そう言ってリュシアンは実にすまなさそうな顔をしましたが。
ずっと熟睡していたので寧ろ体調は問題ありません。
それより……
ここはどこなのでしょう?
キョロキョロと辺りを見回していると
「お待ちしておりました、旦那様、奥様」
現れたこの屋敷の家令と侍女と思しき人物迎えられ屋敷の中に通されました。
屋敷の中は趣味の良い家具が揃えられており、外観といい、この屋敷の持ち主のセンスの良さに思わず感嘆のため息が漏れます。
「気に入ってくださいましたか?」
着替えを済ませ、燦燦と光が降り注ぎ気持ちのよい風が通るサンルームでリュシアンと一緒にお茶を飲みながら
「えぇ、とっても素敵。いい気分転換になったわ。リュシアン、連れて来てくれてありがとう」
そうお礼を言えば。
「いいえ。お礼を言われるなんてとんでもない」
そう言って、リュシアンがその瞳を甘やかにとろかせながら、しかしどこか作り笑顔めいた笑みを浮かべました。
その後、他愛もない話をしながら。
リュシアンにエスコートされ美しく整えられた庭をのんびり散歩して。
穏やかで楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいました。
◇◆◇◆◇
「さぁ残念だけどいい加減、城に戻らないと」
そう私から切り出した時です。
「帰しませんよ?」
口元だけいつもの様に優し気に微笑ませたまま、しかしどこか仄暗い目をしてリュシアンがそんな事を言いました。
「えっ? でも……流石にもう城に戻らないと……。私達がこんなにも長く城を留守にする事、レナルドも知ってるの??」
宰相であるレナルドが知っているなら、まぁ少しくらい遅くなっても彼が何とかしてくれるから大丈夫、かな???
そう思った時です。
「いいえ。あの人は僕が貴方を攫った事に気づいて、今頃血眼になって僕らの居場所を探しているでしょう」
リュシアンがちょっとよく分からない事を言いました。
……攫う?
えっと?
誰が誰を?
何の為に???
そう思った時です。
どこか作り物めいた笑顔を貼り付けていたリュシアンが、まるで仮面を脱ぎ捨てる様にスッとそれを消し、私の手首をとり強く握りました。
「貴女がそうやっていつまでも僕の事を子ども扱いして、僕の思いをいつか冷めるものだと勝手に決め付けて無視するから。だから……他の人をあてがわれるくらいなら……、貴女に信じてもらう事は諦めて、貴女を攫って全て滅茶苦茶に壊してやる事に決めたんですよ!」
リュシアンが私の手首をきつく掴んでいた腕を自分の方に強く引きました。
「女王でも、年上でもなく。僕に囚われ全ての肩書を失ったただの女になって、せいぜい僕の愛を思い知ればいい!!」
リュシアンのその腕の中に囚われて聞く、その声の音の切なさに。
『あぁ、ヤンデレ化したリュシアンも素敵』
なんて、いつもの様に茶化してはぐらかす事も出来ぬまま。
思わず私の瞳からは大粒の涙がボロッと零れたのでした。
久しぶりの投稿になってしまったにもかかわらず、また見つけて読んで下さりありがとうございます。
完結まで毎日(と、言っても3日ほどですが)17時にアップ予定ですので、またお付き合いいただければ幸いです。
もし続きを先に読みたいと思って下さる方がいらっしゃいましたら、お手数ですが、アルファポリスの方で先に完結させておりますので、そちらにも遊びに来ていた抱ければ幸いです。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/201143401/354593424
同じタイトルで投稿しておりますので、検索欄から「tea」と検索していただいても見つかるかと思います。
活動報告にもリンクを貼っておこうと思いますので、よろしければお付き合いください。