番外編 リュシアンとチョコレート③ (女王様side)
「リュシアンに何て言えば許してもらえると思う?」
溜まりに溜まってしまった書類の上に、お行儀悪く頬杖をついて深い溜息をついた時です。
ジト目の宰相から
「冗談を真に受けた挙句状態を悪化させる人がいますか。仕事する気がないならさっさと仲直りして来て下さい。でないとあの人、『そっちがそのつもりなら実家に戻ってこの国を攻め落としてアーデを僕のものにする。大丈夫、僕は負ける戦いはしない!』ってずっと地図とにらめっこしてますよ?」
って部屋を追い出されてしまいました。
リュシアン、あれから自室に引きこもったまま姿を見せないから、私が部屋に訪れている時以外は寝込んでいるのではないかと心配していましたが……意外と元気そうでとりあえず良かったです。
「リュシアン……ごめんなさい」
結局いい手は思いつかなかったので、リュシアンの私室を訪れ正面から気持ちをこめて謝る事にしました。
どうしていいか分からなくなったからとは言え、猫扱いするなんてホント失礼でしたね。
そう思ったのですが?
「じゃあちゃんとこの本の通り僕を優先して下さい」
思いもかけずリュシアンから付箋を挟んだあの本を渡されました。
あれ?
猫扱いした事は怒ってはないのでしょうか??
金の細やかな細工が美しい付箋が挟まれたページを開けば
『猫ちゃん同士が仲良く出来るポイント②
先住猫がやきもちや嫉妬をした時に有効な対処法は、とにかく先住猫に構ってあげることです。
生活環境がいつもと違う時こそ、今まで以上に猫とスキンシップをとったり、遊んであげたりしましょう。
もし家の部屋数に余裕がある場合は、先住猫と二人だけでゆっくり遊べる部屋を用意し、しばらくの間その部屋の中で猫に構ってあげることも非常に有効です』
そう書かれています。
……先住猫と二人でゆっくり遊べる部屋。
なんとなくその部分を頭の中で反芻した時です。
リュシアンがカチャリと部屋のカギをかけた音が聞こえました。
「遊んでくださいますよね?」
リュシアンの美しい顔の圧にタジタジになりながら
「えっと……遊ぶなら猫じゃらしの準備がまだ……かな?」
そう往生際悪く視線を彷徨わせた時です。
「猫じゃらし? あぁ、ご心配なく。僕はコレで十分です」
そう言ってリュシアンが三度シュッと私のドレスのリボンを手際良く解くと、私の目の前でそれをひらひらと揺すって見せました。
三日後。
リュシアンの機嫌が直ったのは良かったのですが、それに反比例するように、今度はほったらかされ続けたイライアス様が拗ねてしまいました。
リュシアンは
「ほっときましょう」
と軽く言いますが、そういう訳にはいきません。
悩みに悩んだ末、またあの本に頼ろうとした時です。
「……しょうがない。新入りの躾は先住猫の役目のようですからね」
と、意外にもリュシアンが一肌脱いでくれると言い出しました。
リュシアンはイライアス様とのお出かけ先に狩りを選んだようでした。
リュシアン、別段弓は得意ではなかったはず?
いいとこ見せるならもっと他の所を選びそうですが……。
まぁ、男同士そういうアクティブな場所の方が話が弾むのかもしれませんね。
そう思った通り、帰って来た二人は意気投合した様子でした。
何でもイライアス様に強請られて、次の夏にはリュシアンがネザリア国を訪れるという約束までしたのだとか。
気苦労の絶えないイライアスの滞在でしたが、図らずもリュシアンに友達が出来ればという願いが叶ったので良しとしましょう。
イライアス様が自国に帰られた後。
先住猫として頑張ったリュシアンを労う為またブラッシングをしてあげようと思い彼の執務室を訪れれば、リュシアンはお気に入りのソファーでお昼寝の真っ最中でした。
最近、また忙しかったですからね。
私の気配に気づいたリュシアンが酷く眠たげに片眼を開けます。
気にせず寝てていいと伝えれば、
「あなたに会いたいと思っていたところでしたよ」
そう微笑まれやさしく手を取られました。
「そんなに気をつかわなくていいのよ? ここはもうあなたの家なんだから」
リュシアンに向かってそう言えば
「気なんて使っていません、本当です。貴女はいつだって僕を喜ばせてくれる」
リュシアンはそう言って握った手に優しくキスをくれます。
何と言っていいか分からなくなって黙り込んでしまった時です。
「僕の言葉が信じられませんか? じゃあ、一つゲームをしましょう。今から僕が貴方と食べたい菓子を紙に書きますから、それを当ててください」
思いもかけずリュシアンにそんな事を提案され、後ろを向くよう言われました。
リュシアンが今食べたいお菓子?
全く見当がつきません。
それが悲しくて泣きそうになりながら振り返りかければ
「ズルはいけませんよ」
そう叱られてしまいました。
長い事迷った末
「チョコレート?」
小さな声でそう答え、神判を受ける様にリュシアンを振り返れば
「正解です」
胸ポケットから『チョコレート』と書かれた紙を取り出したリュシアンが、本当に楽しそうに笑って見せてくれました。
リュシアンの気持ち全然分かってあげられず心苦しく思っていましたが、どうやら共に生活するうえで、知らず知らず彼の事分かるようになっていたみたいです。
良かったあぁぁぁ。
安堵感から思わずハァッとだらしなく口を開けば、執務で使っている引き出しからチョコレートを取り出したリュシアンが、その一粒を私の口に放り込みました。
「少し苦いのね」
年下との思いが抜けないせいでしょうか?
てっきりリュシアンは甘いチョコを好んで食べているのだと思い込んでいましたが……。
実際彼が好んで食べていたのは、大人の男性が主に好んで口にしているビターチョコでした。
自分が勝手に作り上げていた出会った時のイメージのままのどこか幼く可愛いリュシアン像と、実際のもう大人な彼のギャップに思わずドキッとした時です。
「そうですか?……とっても甘いですよ?」
断りなく私にキスしたリュシアンが、そう言ってチョコレートなんかよりもよっぽど甘く甘く笑ったのでした。
リュシアンside続きます




