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銀子の盤だよッ!!  作者: たろコミ綾瀬
22/28

21話~三人で風呂に入って、三人で寝た日~

 特訓が終わると、銀子たちは浴室へと向かった。三人で風呂へ入るのは初めてのことである。今までは何だかんだと理由をつけて、一緒に入るのを銀子がけていたが、せっかく醉象が洗ってかしてくれたからと、彼女の方から三人で入ろうと言い出したのだ。醉象たちは喜んで受け入れ、脱衣所では銀将が興奮気味にしゃべった。

「銀子さまのご自宅の殿どのは広くて心地ここちく、しょかいを醉象さまと共に歌にしています」

「えっ」

 そんなことを言い出されて困惑する銀子。

「ボクはしいをもてあそんだりするのは苦手だから、もっぱら銀将の歌を批評するだけだよ」

「一体お風呂で何を歌ってるんだ……」

こうしょうなものではなく都々どどいつ程度ていどに過ぎません。銀子さまも一緒にどうでしょうか」

「遠慮しとく」

「そ、そうですか」

 きっぱり遠慮された銀将は肩を落としながらも、じゅばんほどいてはだかになり、銀将専用のタオルを手に取った。

 銀子はというと制服を脱ぎながら、改めてふたりの造形に嘆息たんそくらしていた。

 上背うわぜいは銀将が一番高い。高校生になり、最初の身体測定で154センチだった銀子よりも5センチほど醉象の方が高く、その醉象よりも銀将は10センチくらい高いのだ。頭ひとつ抜けている。

 明るいところで改めて見ると、銀将はあらゆる意味で完璧なスタイルだった。体の凹凸おうとつがはっきりしている。銀子が見てきた中で、バストとウエストとヒップの差がもっとも顕著けんちょだった。からだせんをほのめかすそうであっても、銀将のプロポーションはかくしきれない。現代世間を知らない彼女が、涙をめて勝手に駅で降りたとき、おかしなスカウトに遭遇そうぐうせず、本当に良かったと銀子はらぬあんを覚えたりする。

 逆に醉象の中性的な雰囲気は服を脱いでも変わらずだった。銀子よりも背が高くてユニセックスに均整きんせいが取れている。クラスメイトが熱中していたのは彼女のこういった部分にかいえる男装だんそうぜんとした雰囲気だろう。そのくせ黒く美しい髪は色っぽく、並んでしまうと銀子の方が幼く感じられてしまうから、どうしようもない。剣道着に着替えるとき、香織は銀子を見て(とくに胸元へ視線を下ろし)女らしくなりやがってとうらめしく話しかけてきたが、そういう小さな自信は、三人ではだかになったとき、ひゅうとどこかへ飛んでいってしまった。

 そんなえんりょな視線に酔象が気づく。

「銀子。言いたいことがあるなら聞くけど」

「何でもない。正直にコメントすると、わずかに残ったプライドがくだるっ」

「どういう意味かよく分からないけど、とにかく男にちがわれるのはれてるよ」

「……えっ」

「いいなぁ銀子。うらやましい。銀子のとしでそのりょうだったら、さぞ男性だんせいかられんされるだろうね」

「いやいやいや。私、告白されたことないよ。醉象の方がモテるんじゃないの?」

 それに告白をしたこともなかった。けれど、そこまでげんきゅうすると切なくなりそうなので思いとどまる。

「気を使わなくていいさ。せんだと男に間違われるのは都合が良かったから」

 体の悩みはそれぞれあるんだなと銀子は再発見した気分だった――が。

「うふふ。銀子さま、醉象さま。早くおいで下さい。とても良い湯加減でございますよ」

 脳天気な銀将の声が脱衣所まで響いてきたとき、どちらからともなく銀子と醉象は、グッと腕を組み合わせて分かり合った。


 浴室は脱衣所と同じく、すべてりである。銀子が小さい頃に大きな改築をしており、近くに住んでいる材木ざいもく問屋どんやに手配してもらったのだ。倉敷家の親族は、街にちゃくした旧家で飛び抜けた長者はいないが、何かと融通ゆうずういたりすることも多かった。 

 殿どのかおりをぐと、銀子は子供の頃を思い出す。高級なものではないとはいえ、街からのぞむ山で伐採された材木である。同じ匂いに囲まれて育ってきたからこそ、風呂は銀子にとってリラックスできる空間だった。

 ぼんやりしているとぶねから、して浴びる銀将と、早くもシャワーを使い慣れた様子の醉象が、ともに体を洗い始めていた。そういえばいつ以来だろうと銀子は思う。剣道部の合宿では、みんなと風呂に入ったりしたが、自宅では長女と次女が一緒に住んでいたとき以来だった。次女の歩実は春までこの家に住んでいたが、長女は銀子が中学へ進学するのと同時に、母と共に東京へ移り住んでしまった。

 こんな風におんな三人さんにんで汗を流すのは本当に久しぶりだった。よりも先に体を洗わなかったらごとを言ってやろうと思っていたのに。

 そうしていると銀将が、銀子の背中を流しにきた。予想はしていたが、途中で照れてしまい、振り向いて下さいと銀将が言うと、そこからは自分で体を洗った。寂しそうな銀将だったが、続いて醉象からお願いされると無邪気に喜び、彼女の背中を流してやったりした。

 終わると醉象が交代と言い、恐縮する銀将の背中を流し始めた。しめたと思った銀子も乱入し、醉象とふたりで銀将の体を洗ってやった。銀将は抵抗するのをあきらめたようだったが、すべて洗い終わると、はぁふぅと息を切らしていた。銀子と醉象は、顔を見合わせてクスッと笑い合った。

 それから三人でぶねかり、銀子がふと気づいたようにたずねた。

「銀将たちは前の人たちの背中も流してあげたりしたの?」

「前の人たち?」

 真意を測りかねるように聞き返す醉象。銀子が言い直す。

「うん。何て言えばいいのかな。えっと……前の主人にも、お風呂に入って背中を流してあげたりしたのかなって」

「まさか」

 とんでもないといった様子で否定してくる。

「ボクは初めてだよ。あるじは銀子をのぞいて、全員が男だった。殿どのを一緒にするなんて無礼ぶれいにもほどがある」

「そ、そうなの?」

「銀子さま。私も同じでございます。殿とのがたが入浴をする間、私たちがけいを。それゆえ私たちがにゅうとうを許されるのは、主君がみをしたあとなのです」

「へぇ~。封建ほうけんてきっていうか、なんだか武士とか軍人みたいな感じだね」

「実際にそうだったんだよ。主人のそばつかえていても、それはあくまでも臣下しんかに過ぎない。おくがたがいらっしゃることも多かったから、ボクたちにはとぎすら許されなかった。だから、むすめのままさ」

「よ、よとぎ……きむすめ……」

 思わず背中を丸めた銀子が、顔のした半分はんぶんしずめる。するとバツが悪そうに醉象が続けて言った。

「まぁ……。かぶいたのもいたけどね」

 三人とも充分に温まるまでぶねから出ようとしない。

 やがて銀将が、これまでの想いを明かすように告げたのだった。

「銀子さまや醉象さまと、このようにみを共にできる幸せは、私にとって初めての経験にございます」

「ボクも。できるなら一緒にいるときは、なるべく三人で風呂に入りたいね」

「もう。そういうことがおで言わないでよ」

 ぷいと銀子が視線を逸らすと

「あはは」と醉象が笑い

「うふふ」と銀将が微笑ほほえんだ。

 長髪の醉象が、よくそうから上がり、かみいたわるようにトリートメントをし始めると、ぶねに入ったままの銀子が、に銀将へたずねた。

「ねぇ、銀将。ちょっと聞いていい」

「何でしょう」

「ずっと戦い続けてきたって言うけど、本当に怖いと思ったことはないの?」

「本当に?」

「うん。だって戦ったらさ、勝ちと負けが必ずあるわけで」

「はい」

「銀将、言ってたよね。勇気と決断力だって。だから勇気を出して戦って傷ついて、それなのに負けちゃうなんて……。そういうのって本当に怖くないの?」

 すると銀将は眼を閉じて静かに答えた。

「……そうですね。過去につかえたあるじが戦うたびに傷ついてゆき、最後には敗北してしまう。そこには恐怖と悔恨かいこんれんばかりがありました」

「ならさ、どうして銀将たちは戦おうとするのかな、戦えるのかな」

「それは……」

「それは?」

「うまく言葉にできないのですが。戦わずに負けてしまう方が、さらにつらいことだと思うのです」

「え……た、戦わずに?」

 瞳を大きく開きながら銀子が聞き返す。

「はい。いくさ回避かいひしたところで、勝負はけられないものだと。これまで幾度いくどの戦場をけてきて、私はそう感じるのです。銀子さまはそう思いませんか?」

「い、いや、でもさ。戦ったら、そりゃ勝ち負けはしかたないけど、でもわざわざ戦わなければ、せめて負けはしないんじゃないのかな」

 しかし、銀将はふるふると首を振った。

「申し訳ありません、銀子さま。私にはそう思えないのです」

 かみまえらしているせいで表情は見えないが、どうやら醉象も銀子たちのやりとりに意識を向けているようだった。

「少なくとも。私が今までに駆け抜けた時代では、戦わなければ負けはせず、などということはありませんでした。立ち上がらなければ、敗北が待っているのみなのです」

「それは昔の……昔だから、物騒な時代だから、じゃないの? 今は勝たなければ負けだなんて、そこまで厳しい世の中なんかじゃ……ないよ多分」

「銀子さま。私はこの時代のことをよく知りません。ですから銀子さまのおっしゃることの方が正しいのでしょう。ですが私は感じるのです」

 下を向いていたまつげる。銀将は強いまなしで、銀子のを見つめ、言ったのだ。

幾万いくまんたみ幾千いくせんくにいくひゃくだい。いついかなるときであっても本質は変わらないのではないかと。どう足掻あがいても、私たちは勝利と敗北という運命からはのがれられませぬ。誰も負けないごくらくなど此処ここにはあらず、誰も勝つことのないじょうなど彼方かなたにもありはせぬ。あるのは現世げんせばかり――私はそう信じて戦っています」

「銀将……」

 銀子は確信し始めていた。銀将も醉象も、想像を絶するそうらんき、たたかいてきた。言葉のひとつひとつに、ささくれだったかたさを感じずにはいられなかった。

 ものいのはし々(ばし)から、きたかれたきょうじん信念しんねんれることができてしまう。

 彼女たちは正真しょうしん正銘しょうめい、過去の時代における、いずれのあるいくさびとなのかもしれない。

「ですが銀子さま。ご安心下さい」

「……?」

 銀子が思いを馳せていると、晴れやかな調子で銀将が続けた。

「私はどのようなときも銀子さまにつかえ、いのちして、銀子さまの勝利のために戦います。これまでもあるじのためにそうしてきましたし、それは絶対に変わらないことなのです」

「でも。銀将は負けたことしかないって――」

敗軍はいぐんしょうげるにあらず」

 じてみしめながら、彼女は言う。

「私たちはどのようないくさであろうとも、いかなせいさん敗北はいぼくしか待っていなくとも。おつかえしたあるじからしゅっぽんすることはありませぬ」

 はとまめでっぽうったような顔の、あるじ

 醉象は、そんなふたりのことを微笑ほほえましく見守っていた。

「銀子さまが孤独こどくおちいることはありませぬ。父上や母上、例ええんじゃさまから深く傷つけられ、仮に傷つけるしか他にしようがなくなっても、私たちは銀子さまのそばはなれませぬ」

 そんな銀将の言葉は――

 しろはだの内側にある、無垢むくな銀子の心へゆっくり深く、しみこんでくるようで。

 これまでだれれることができなかった、銀子の一番いちばんやわらかいところ。

 それは――くなったおじいちゃんしか入ることのできなかった場所だった。

「銀将っ……ぐすっ」

「ぎ、銀子さま?!」

「ご、ごめん! なんでもない! 先にあがる」

 ばしゃっと立ち上がった銀子は、そそくさと脱衣所へと引っ込んでしまった。銀将は何をぎたのかと狼狽ろうばいしていたが、醉象は鼻歌をさえずりながら髪をゆっくりとかしていった。

 その夜。銀子が嫌がらないので、三人とも同じ部屋に寝ることになった。もちろん銀子の部屋である。銀子が真ん中で、りょうわきに銀将と醉象という布団の並びだった。

 そのうちに銀子は、醉象が目を覚ましていることに気がついた。銀将はとこに入るとすぐに寝入ってしまったので気づかなかったが、どうやら醉象はよるながい性質らしい。

 同じく夜が短くない銀子が声をかけようとしたとき、醉象の方から察したように声をかけてきた。

「どうしたの。眠れないのかい」

「起きてるの気づいてたんだ」

「まぁね。主人がゆめむすんだ後は、ボクたちがまもってあげなきゃ」

「誰も襲ってきたりしないから、ちゃんと寝てよ……って、そのわりには銀将はすっかり寝ちゃってるんだけど」

「それぞれ役割があるんだ。戦場において銀将は、前線を切って戦える子だけど、ボクはどちらかというとまもりにてっする近衛このえだと思ってくれればいい」

 おい、と銀子は横ですやすや寝ている銀将に突っ込みたくなった。朝っぱらに起きて対局をねだったとき、自分は身辺しんぺん警護けいごいっぺいそつとか言ってたのに。

 茶目っ気というか、調子の良いところが銀将にもあるのかもしれない。

「詳しいことは分からないけど、ふたりの性格を見てれば、なんとなく納得できるかな」

 銀子は黙って天井を見上げた。見上げつつ醉象の顔をよこでうかがうと、醉象もまっすぐ天井を向いたまま、こちらへ顔を向けずに聞いてきた。

「……話したいことがあるんじゃないのかい」

「ばれたか」

「銀子は分かりやすいんだもん」

「私さ、戦うのが……ううん。負けるのが怖くて怖くてしかたないの」

「それは将棋でってことかい」

「うん。将棋で負けるのだけは、おじいちゃんが相手のときもくやしくてしかたなかった。負けたらこの世の終わりだって、子供のときは思ってた」

「なんとも……そりゃ。銀子らしいね」

 苦笑しつつも、どこか嬉しそうに醉象が感想を漏らす。

「私らしいのかな」

「だって銀子は負けず嫌いだから」

「……そうだけどさ」

 はっきり言われると少し認めたくない向きもある。

「もしかして負けちゃったら、しばらくは将棋盤を見るのもつらかった?」

「うぐっ」

「くすくす、大丈夫だよ。つらいときはひとりで将棋盤に向かわないで、ボクと銀将を呼べばいい」

 するとようやく酔象は、銀子へ顔を向けて言ったのだ。

「こうやって眠れないと同じだよ。少ししゃべれば眠たくなってくる」

「醉象」

「誰か隣で起きていれば、この世界で自分だけがって思わなくて済むからね」

「……そうだね」

 再戦は明後日だ。明日も特訓あるのみである。

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