おまけ 大輔
俺は大輔。
子供の頃から村長のさんとこのって言われてきた。
親が偉いから俺も偉いと思っていたバカな餓鬼だった。
村に俺と同じくらいの子供がきた日は忘れない。
目ん玉があるのに、ぽかっと空洞でがらんどう何も映していない。正直、気持ち悪い目だなって思った。
俺の親や近所の爺や婆は憐れんで猫可愛がりしてたけど、俺にしたらあんなに暗くて変なところで怒りっぽくて・・、まあ怒らすのは俺だけど。
人気者は俺ひとりいたらいいんだっていう、どうしようもなくちっせー俺。
だけど、近所にいた俺より上の子供は高校生だったし下はまだヨチヨチ歩きの赤ん坊。
村長さんとこの大ちゃんは志穂ちゃんの面倒みてあげて偉いねえ。
っていう魔法の言葉で俺は志穂とつるむことになる。
人間不信の志穂の目に空洞がなくなって、がらんどうだったのが光を宿して普通に人間に見えるようになったのは半年かかった。
俺の中の志穂の認識が、大嫌いなのが、嫌い、嫌いって程でも、こいついい奴だなと変化していつの間に大親友になっていた。
母親の事で人間不信になった志穂を憐れんで上から見てたら、以外と逞しく憐れまれているのを知ってて逆に上手く利用している、なんかこいつすげーなと思った。
思春期になると、普段はさばさば装っているのに落ち込んでる時は優しかったり、よく他人を観察してるから押しつけのない親切だったり、妙に肝が据わってたり爺婆から絶大な人気だったり。
俺が持ってないものを持ってる志穂を好きになった。
好きになって志穂も俺の事を好きだってわかって。
ずっとずっと大切にしようと思ってたのに。
気がついたら、目ん玉があるのに、ぽかっと空洞でがらんどう何も映していない、気持ち悪い目が鏡の中から俺を見返してた。
まさか、釣り橋から突き落とすなんて思ってなかった。
思うわけがない。
志穂が小娘って言うのも納得だ、クズな俺よりも心が幼かった。
全部、責任転嫁して心を保っているのを見ると呆れを通り越して憐れになった。
こいつの親とそっくりだ。
相手が暴言を言ったのが悪い、そもそも君がうちの娘をたぶらかしたんだろう、うちの娘は悪くない、こんな田舎だからだ周りが悪い、君は娘を守るんだろう、こんな田舎じゃ私達の才能が生かせない、僕たちは引っ越すよ、あとは勝手にしろ。
呆然としてたこいつを一人にする事も出来なかった。
その顔は初めて村にきた志穂を思い出したから。
※※※※
「大ちゃん、もうこの先会うことも無いけど今までありがとう」
「俺の方こそ・・」
「泣くなよー」
「すまん・・」
「どんな風になるかなんて自分でもわかんないけど、絶対幸せになるから安心してよ」
「ああ・・それじゃ俺いくわ、元気でな」
「うん、元気で」
志穂からは怒りも悔しさも恨みも悲しみも全くなくて、綺麗さっばりしてた。
これから進む未来を、まだ出会っていない人達を夢見てワクワクしてる顔だった。
その時、俺の心から大切な何かが抜け落ちた。
※※※※
がらんどうの目をした俺。
「大輔さん」
「ん?」
「本当に私で良かったの?」
「んー、正直わからん」
「・・・・・・」
「でもさ、放っておけなかったし」
「・・うん」
「あの時おまえの事一人にしたら後悔したと思うし、今はそれでいいんじゃね?」
「・・・・うん、ごめんなさい、本当にごめんなさい」
「俺が決めた事だし、それに・・もし、謝るなら二人で志穂に謝ろうぜ」
「うん」
二人で謝る事は叶わなかった。
志穂が失踪してしまったのだ、まだ怪我も治っていないのに。
志穂の父親は俺達が志穂をどこかに連れ出したと思ったようでかなり激しく詰め寄られた。
俺の家族も口には出さなかったが疑っていた。
村の皆から色々言われたし、嫌がらせもされたが我慢した、こいつに高校くらいは卒業させてやりたかったからだ。
そして、こいつが高校を卒業したのを期に村を離れた。
あれから五年、俺の側には誰もいない。
あいつは空洞の目をした俺から離れていった。
それもいいんじゃないかなと思う。
一生側にいるとも、居て欲しいとも言ってない。
あいつの自由だ。
俺は明日村に帰る。
親父が倒れたと連絡があった。
今俺は二人で暮らしていたアパートを片付けている。
きっと俺は村に帰ってあとを次ぐ。
押し入れの隅に居なくなったあいつの荷物が少しあった。
寝巻きの服と小さいポーチ、それと封筒にはいってない手紙。
見れば志穂の字だった。
※※※※
大ちゃんへ
この間はお見舞いに来てくれてありがとう
実はあの後急に仕事の話をもらって
かなり遠くへ行くことになりました
それで大ちゃんに渡したい物があるの
明後日病院に来てもらえると助かります
○月○日 志穂
※※※※
俺は混乱した、志穂から渡したい物?
俺は指定された日何をしてた?
・・・・あいつは?
この手紙はいつきたのか?
封筒がない、あいつが捨てたのか?
あいつを探すにも既に音信不通だ。
ぐっと手紙を握る。
もし、あいつが出ていって直ぐにでも荷物を片付けておけば・・
もしも、ばかりだ、もう遅いんだ。
志穂の手紙を丁寧に自分の荷物の中に入れると、村に帰ったら志穂の親父さんに会おうと決めた。
会ってどうする?と心の声が聞こえたけど、過去を向いたままはもう嫌だった。
その日夢を見た。
石の祭壇があって、回りは森だった。
「大ちゃん!」
「志穂?!」
「なんでここに?」
「それは俺が言いたいよ、ここどこだよ?とにかく志穂帰るぞ」
「あーえーと、私は帰れないかなー」
「何でだよ?親父さん待ってるぞ!」
「大ちゃん・・あの子は?」
「・・別れた、今どこにいるかもわからん」
「ウソ・・うわぁ」
「あぁ酷い男だろ」
「しっかりしなよ・・大ちゃんしか頼る人いないじゃん、あの子」
「もう遅いよ、あいつは付き合い始めの頃からたまに朝帰りしたその度に喧嘩してたけど、一年前にとうとう帰って来なくなったんだ」
「そっか・・」
「あの手紙、今日見つけたんだ」
「あ、そうなんだ」
ふふふと笑う志穂。
「なら、はい」
そう言って手渡されたのは青い石だった。
「これ・・」
「覚えてる?村にいって間もない頃ブスッとしてた私に宝物ってくれたの」
「・・覚えてる」
何をしてもブスッとしてた志穂、川に遊びに行った時拾った青い石、部屋に遊びに来た時、綺麗で欲しそうにしてたから言ったんだ。
「前向けよ、他人にブスッとすんなよ気分悪りーんだよ」
「・・・・」
「やるよこれ、宝物なんだからな!」
「え?」
「そのかわり、もう気を使ってくれる爺や婆どもにブスッとすんなよ!」
「・・うん、ありがとう、今までごめんなさい」
あれからそう言えば志穂は変わっていったんだ。
「これあげる、前向いてよ、ブスッとしないでよ!」
「・・うん、ありがとう・・」
「宝物だったから、なくすなよ!」
「志穂はもうなくて大丈夫なのか?」
「うん、大切な人が出来たんだ」
「そっか、わかった、親父さんに伝えたいけど俺の話聞いてくれっかな・・」
「んーなんかお父さん波長が合わなくて、中々夢ですら会えないんだよね、かわりにおばあちゃんにはちょくちょく会っててさ」
「そっか」
「まあ、お父さんなら乗り越えてくれると思うから」
「そうだな」
「じゃ、これで本当にさよならだよ大ちゃん」
「帰ってこれないのか?」
「うん」
「そっか」
「「元気で」」
不思議なもので、村に帰ったら前と違って刺々しい感じはなかった。あれから五年、村には他にセンセーショナルな話が結構おこったようだ。まぁ、俺達のが一番インパクトあったと思うけど。
帰ってすぐ、志穂の親父さんに会いに行った。
前と違ってすんなり会ってくれた、夢の話と手紙と青い石を見せると、
「うん、志穂ならどこに行っても大丈夫な娘だからね」
ふっと遠くを見てから、怪我した時の精密検査で癌が見つかって余命1年だったと教えてくれた。
「あの娘はきっと遠くで生きてる、それだけでいいんだよ」
そうそうと、引き出しから封筒を出してきた。
「大輔君が来たら渡そうと思ってね」
あいつからの手紙の束だ。
「この住所に今もいるといいんだけど」
「これは・・」
「謝罪の手紙と少ないけどお金が入ってた時もあるんだよ」
「ありがとうございます」
「うん、最近手紙が来なくなってちょっと心配だったからね」
「探します」
うんうんと志穂の親父さんは頷いていた。
俺は大輔。
後ろ向きで、ダメダメでちっせー奴で、ちっせー村でやり直す男の話。
今週、あいつを探しにいってくる。
がらんどうだった目が、ようやく光を灯してこっちを見ていた。
完結しました、ありがとうございます