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第1話 深淵の水魔⑱

「ノラ。城の中の様子を探ってくれないか?」

「ええ」


嫌な予感がする。ニルプが昨夜はああ言っていたが実は僕たちをここから出すつもりはないとか、あの後魔王に密告したとか予感は多岐にわたる。


「どうだ?不穏な動きはないか?」

「…ないわね、というか城の中ほとんど誰もいないわ」

「誰も?」

「ええ、数人アプサラスがいる程度」


ここにいたニクスとニクシー達は合わせればかなりの数なはず。それが今この城にいないとなれば必然的に海に出ているということになるんだが、一体そんな大人数でどこへ行ったというのか。


「ニルプはどこだ」

「城の中にはいないわ。他の魔物たちと一緒に海に出てる」

「それで何してるんだ?」

「…別に、何も」

「何もってことはないだろ。何かなければそんな大人数で…」

「私の魔法では何も分からないっていう意味よ」


ノラは不機嫌そうに僕の言葉を遮ってそう言う。その表情に差した僅かな影に、僕は違和感を抱いたがアプサラス達が朝食を持ってきてくれたためうやむやになってしまった。

異様な空気の中で僕たちは黙々と口を動かし続けた。さっきのノラの挙動不審も気になるが、僕にとっては昨夜のことの方が気がかりで仕方なかった。僕がニルプなら、あんな重大な情報漏洩を安々と無かったことになどできないからだ。

美味なはずの料理もどこか味気なく感じてしまう。


「…ごちそうさまでした」


応える者はいなかった。昨日までならお腹がいっぱいになってもお替りを勧められたくらいだったのに。今日は城内が静まり返っている。


「ねえアーサー」


僕たちの食べ終わった食器を魔法で綺麗にしながらノラは沈黙を破る。


「怒らないで聞いてね?」

「怒られるような話なのか?」


しかし怒るまい。逆上されると怖い。


「ここの国民がどこにいるかについてなんだけど、みんな今海にいるの」


ノラは綺麗になった皿を魔法で種類ごとに重ねていく。


「まあ、城にいないとなるとそうだよな。そこでみんなは何をしてるんだ?」

「多分、戦争」

「戦争!?」


穏やかでない単語に自然と僕の声も大きくなる。


「相手はどこなんだ?」

「分からない。けど、相手も全部魔物よ」

「王よ。我々が加勢に行くべきでは?」


オスカーが椅子から立ち上がって進言するが、僕はかぶりを振る。


「何故だ。彼らは我々を手厚くもてなしてくれた。その恩に報いねば」

「私も兄者と同意見だ」

「2人とも落ち着け。そんなに簡単な話じゃない」


そもそもノラが「戦争」と言っただけであって、まだそうと決まったわけではない。


「もし本当に戦争が起こっているとしても、私情で水魔城の軍勢に加勢するわけにはいかない」

「ええ、そう。アーサーの言う通りなんだけど、もう加勢しちゃってるのよ」

「…どういうことだ?」

「うちの弟達が」


うちの弟達、つまりシニステルとデキステル。

さっきまでのノラの挙動不審はそれが原因か。


「いや、何を言ってるんだ。あいつらは城で留守番中だろ?」

「そうだったけど、出たみたい」

「…いやいやいや。それはないだろ。だってあいつらは城の中にいるじゃないか。門だって僕の指示でしか開かないし、ダイヤモンドだから万が一にも破壊できない」


外に出ることなど不可能なはず。


「そうね。でも今はそうじゃないでしょ?たった一つだけだけど、出口があるでしょ?」


あるでしょ。と言われても皆目見当がつかない。


「あ、プール!」


突如パティが声を上げ、


「その通りよ」


ノラが首肯する。


「プール。ああ、確かに屋上に作ったな。…でも屋上だぞ。あんな高さから飛び降りるだなんて…」


考えられないという言葉を僕は飲み込む。考えられないことだが。考えなしにそういうことをするような2人だ。こんなことなら城の内部にプールを作っておくんだった。


「ノラ。今すぐ行くぞ」

「え?行くの?」

「あの2人が事態をこれ以上ややこしくする前にな」


謎の第三勢力と認識されてはかなわない。


「僕とノラで行く。3人はここで待っててくれ」

「御意」

「了解」

「うん」


視界が歪み、元に戻ると潮の匂いと日差しが同時に僕に襲い掛かる。

海面のすれすれで僕たちは浮遊魔法によって浮いていた。


「大体この辺りなはず」

「ああ、あそこだな」


波、というか水しぶきが頻繁に上がってる場所がある。双子と断定はできないが、何かがいるのは確かだ。


「じゃああそこまでもう一度飛ぶわよ」


転送された直後、もう一度立った水しぶきに僕は全身を濡らされる。


「アーサー。大丈夫?」

「幸いなことに溺れてはいないよ」


しかし口の中はしょっぱい。服はノラの魔法ですぐに乾かされたが。

水しぶきに注意しながら海の中を覗き込むと、深みで目まぐるしく動き回る2つの黄色い点が見えた。


「あの黄色いの、双子じゃないか?」

「そういえばあの子たちの水着あんな色だったわね。引き上げてみるわ」

「ん、いや、待て」


ノラが手をかざそうとすると黄色い点が徐々に大きくなり始める。どうやら浮上してきたようだ。


「ぶはぁ!はあ、あともうちょっとなのに」「ぼはぁ!ふぅ、次で終わらせるぞ」


顔を出したのは金髪を海水で濡らした双子だった。


「シニステル!デキステル!」


先んじてノラが叫ぶ。2人は一体どこから声がしたのかときょろきょろするが、すぐに頭上からの声と気付いて見上げる。


「姉ちゃん」「アーサー」

「とりあえず帰るぞ。何をしているか聞くのはその後だ」

「いやちょっと待てよ」「もうちょっとなんだよ」

「何がだ」


僕からの問いかけに双子はそろって海の中を指さす。

素晴らしい透明度の海はそれを克明に映し出した。そこにいたのは全長10メートルはあろうかという巨大な半魚人。ダゴンと呼ばれる魔物だった。


「何であんな奴がここに…!」


僕は知っている。あのタゴンという魔物は水魔城に生息する魔物ではない。エレツからかなり離れた島に生息する魔物だ。


「泳いでたらなんかでっかいイカがいて」「そいつを捕まえようと思ったんだよ」

「イカ?あれはイカじゃないだろ」

「イカと戦ってたらあれが邪魔してきたんだ」「あれのちっさいのも何匹か来てるぞ」


と、双子が経緯を説明してる途中にダゴンが双子めがけて急浮上を始めた。


「2人とも、来るぞ!」

「おう。行くか」「これで決めるぞ」


2人は大きく息を吸い込み、海の中へ潜っていった。その後ろ姿を見て初めて2人が剣を持っていることに僕は気づく。


「そういえばノラ、あの剣…」

「私の魔法が掛かってるから大丈夫よ。錆びないわ」

「ああ、そういえばそうだったな」

「近くにニルプがいるみたいだけど、どうする?」

「いるのか?じゃあそこへ僕を飛ばしてくれ」

「分かった。息苦しくなったら言って」


息苦しくとはどういうことだ。と僕が口に出す前にノラは僕を転送する。

そして転送先で彼女の言葉の意味を理解する。僕は巨大な空気の泡に入れられて海中に転送されていた。泡の底に足を付けて立てるということは、防御魔法で僕を周囲の空気ごと包んで転送したと言ったところか。


「アーサーさん!?どうしてここに」


僕の目の前には石造りの玉座のようなものに腰かけているニルプ。突然現れた僕に驚いたと見えて目を見開いている。


「えっと、ちょっと事情がありまして。それよりも大丈夫ですか?戦争が起きたと聞いたんですが」

「戦争?一体誰がそんなことを」


よく考えたら戦争と言ったのはノラだった。


「あ、いえ。やっぱり忘れてください。でもあのダゴンは水魔城の民ではないですよね」

「あれのことをご存じなのですか?」

「あ、まあ、はい」


知っているだけで見るのは初めてだ。もっと言えばこんなところで遭遇するとさえ思っていなかった。


「水魔城にほとんど人が残っていませんでしたけど、大丈夫ですか?」

「はい。今のところはなんとか。かなり序盤に何者かによってクラーケンがやられましたので一時はどうなることかと思いましたが…」

「クラーケン?」

「はい。我が州の民です」


それは知っているが、今つながった。双子の言ってたでかいイカとは、クラーケンのことだったのだ。


「ですがその何者かが今度は敵方の主力を続々と撃破していって下さいましたので、何とか持ちこたえているといった状況です」

「はは、そうですか…」

「第三勢力と思われるのでなるべく刺激しないように接触を試みようと考えているのですが…相手が何者か分からないのでどう接触したものか…」


何も難しいことはない。彼らを止めたければ必要なのはお姉ちゃんからの「止めなさい」だけだ。


「そ、そうですか。残念ながら僕は力になれないみたいですね」

「あ、いえ。そんなことは…申し訳ありません。お客様に不要なお気遣いをさせてしまったようで」

「こちらこそすみません。邪魔にならないうちに帰りますね……おい、ノラ。上げてくれ」


数秒後、僕は海面上に上げられた。


「ノラ。一刻を争う。今すぐ双子を回収してくれ」

「あの子たちまだ戦ってるみたいだけど」


下を見るとなるほど双子は交戦中だった。ただし相手は先ほどのダゴンではなく周囲から集まってくるダゴンの部下、ディープワン達だった。

ダゴンの死体は海の底に沈んでいる。


「まだ水魔城側には双子が僕たちと関係あると思われていない。今のうちに双子を連れて城に戻るぞ」

「急を要するの?」

「要する」

「分かった、じゃあ飛ぶわよ」


ノラは水面下で戦闘を続けている双子のことを暫く見つめ、やがて狙いが定まったのか手の平を彼らに向ける。

直後にいつも通りの視界の歪みが訪れ、僕は、僕たちは水魔城の大広間に転送されていた。


「あれ。ノラ。僕は城に戻るって…」

「ええ。城よね」


迂闊だった。城と言えば僕が作った僕らの根城のことを指すと思い込んでいた。しかし「戻る」と言えば直前まで身を置いていた水魔城の方へ転送するというのも道理だ。


「悪いノラ。さっきの城って言うのは僕たちの城の方だ。誰かに見つかる前にもう一度…」

「あ、おかえりなさいませ。アーサー様」


僕は背後からの声に身をこわばらせる。


「そちらのお二方は、お連れ様でしょうか?」


全身から力が抜けていくようだった。たった2本の足で自重を支えられていたのが不思議なくらいに。


「えっと、はい。いや…なんて言うかその……はい」


見られてしまった。もう言い逃れはできない。


「えっと、彼らは僕の連れです…すぐに帰らせますから見なかったことにはできませんか?」

「それは…出来かねます」


アプサラスはそう返答した。まあ、忘れろと言われるとかえって忘れづらくなるというのは分かるが。


「ニルプ様の留守中に起きたことはお帰りの後全て報告することになっています。……じゃないと、ご褒美が…」


ここの国民のニルプに対する忠誠心の強さは時折垣間見えていた。交渉の余地は無さそうだ。

一応水魔城に貢献するような戦闘はしたらしいから多少多めに見てもらえそうだが、しかしここのクラーケンを襲ったというのは具合が悪い。今のうちに双子から話を聞いて言い訳を考えておかないと。


「王…いや、主よ。戻っていたか」


オスカーとパティが大広間の外からこちらへやってきた。


「怒らずに聞いてくれ」

「安心しろ。僕はさっき怒らなかっただろ」

「レヴィアタンと決闘をすることになった」

「え?」

「今日の正午だ」


何があるとそんなことになるんだ。

もう、怒ってもいいだろうか。

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