第1話 ペットボトルは子供部屋おじさんの必需品だろ?
俺の仕事は警備兵だ。主に自室を守っている。
警備兵にとって一番大切な事がわからない坊やのために、この俺が指南してやろう。警備兵にとって一番大切なこと、それは自らの身を守る事だ。そのため俺は自らの住まう廟に膨大な熱量からくる闘気を張り巡らせて守っているというわけだ。これは素人には出来ない。自室警備兵玄人の俺だからこそ出来る上級の秘儀。
俺は、この独自に生み出したスキルを、『紅蓮』と名づけている。
・・・はい、嘘です。すみません。本当は、ただの駄目王子なんです。
王位継承試験に失敗してから早二年、父である国王の期待に答えられなかった俺は、妥協して入った王族が通う寄宿学校になじめず、半年で退学した。負け犬の烙印を押され、両親や兄妹達からは見捨てられている。わずか17才で、王子としての俺の人生は投了してしまった。、以来自室でエーテル回線に接続された電子遊戯と大量の本を嗜む生活だけを続けている。
これでも幼少時代は優秀だったんだ。城一番の近衛隊長相手にし、剣術に真剣に打ち込んでいた。だが挫折してぶち込まれた寄宿学校には剣術の授業が無かった。俺は完全に詰んでしまった。せめて剣を振るう機会でもあれば、俺の青春は薔薇色になったかもしれないのにな。
息抜きに、電子遊戯にのめり込んだ。俺は自らの年齢を35歳の平民と偽り、貿易会社の社員を装って、毎日夜に機械にログインするようにしていた。仕事は総務部の係長という設定にした。男で総務部の役職もちは、組織社会の成功者だからな。経済の本や新聞を読み、知識だけなら持っていた。俺の武器は、ずっと鍛えてきた頭脳しかないからな。電子遊戯なんてやっている奴は、貧民の人生捨てた常識ない廃人か、平民の負け組層しかいない。基本的には俺よりも知能指数の低い人間ばかり。そういう人間を操るのは造作もないことだった。
電子遊戯の世界では、俺は完璧超人なギルドマスターだった。豊富な見識を披露して皆を楽しませ、時に遊戯のボス攻略をいの一番に行い、攻略方法を皆に指南し、自らが主導し、ギルドメンバー達を勝たせてあげる、という簡単なお仕事。だけど、全然楽しくなかった。電子遊戯の中では、俺は英雄でいられるが、現実はゴミクズ同然だ。
俺が王子として生まれたジャスポーネという国は、落伍者に厳しい。女は自称家事手伝いで気楽に生きていけるし、可愛ければ金持ちの上流階級の貴族を捕まえて結婚して安定した生活に逃げ、悠々自適な生活を送れたりもするが、男はそういうわけにはいかない。
男という存在には、一度組織社会という重厚な列車に乗り遅れてしまったら、間違った駅に降りてしまったら、救いの列車は絶対にやって来ない。
少なくとも、ジャスポーネはそういう国だ。
男の人生は、この国では一度だけの好機を掴めるかどうか、なのだろうか。誰かに否と言って欲しい。でも俺には、そう言ってくれる友達すらいない。
ギルドマスターを演じていても、俺は孤独だった。
自分より年上の、精神年齢の低い連中を相手に下らない会話をすることは、全くもって実りがないものだ。どうでもいい世間話。天気の話題。黄金連休、銀色の実りある大休息、建国記念日と新年の始まりは休み。聖夜祭は女と嫌らしいことをする日。それが出来ない人間は、負け組。
ある日、俺はギルドメンバー達と聖夜祭の過ごし方について話題を提供してみせた。皆は仕事だという。電子遊戯に勤しむものもいる。そんな奴らに、俺はこう言ってやった。「僕は、聖夜祭だけは、毎年大きなペットボトルを片手にダンサー・イン・ザ・ダークネスを観ているんだよ」と。
映画の内容を知らぬ教養のない人間には、俺のジョークは一切通じなかったが、中には笑いを返してくれるメンバーもいた。駄目押しに、無職を自称するメンバーに、「無職の子供部屋おじさんには、ペットボトルは必需品だろう?」と追い討ちをかけてやった。
そうしたら、一同大爆笑。
こうして全てにおいて場を支配し、時に会話の導線も提供する。それもギルドマスターである俺の役割の一つだ。俺はこのスキルを、『幻言』、と名づけている。
巧妙な話術で顔の見えない相手を精神的に操作し、優位に立つ。自室警備兵玄人の必須スキルだ。
勿論高貴な王族でもある俺は、用を足すのにペットボトルなどという低俗なものは使用しない。用を足すときだけは部屋を出て、化粧室に向かう。決して使用人にばれないよう、足音を立てないように入る。そして小の時も音を出さないように心がけ、流さず、大の時だけは深夜に致すように心がける。自室警備兵玄人の基本中の基本技術。俺はこのスキルを、『深音』、と名づけている。
他にも俺には沢山の自分で考えたスキルがあるが、王族の落伍者となった今では、どれも使い物にならない。
最近、気が付いたことがある。
国民は、俺という人間に失望している。俺を痩せてる割にはよく食べる家畜程度しか、みなしていない。
そして悟ったんだ。
俺が死んでも、悲しむ人間なんていやしない。
兄妹達も、両親も、家臣も、使用人も、皆、俺を見捨てている。
もう、どうなってもいい、こんな人生など。
俺はきっとこのまま死ぬまでこの自室に幽閉され、生きていくんだ。
そんな俺は、今日もふて腐れながら、ベッドで就寝した。




