8話
「まあ、こちらへお掛け下さい。今飲み物を持ってきますでな」
ジュンイチは村長ことジーナスに連れられて役場に入ると、囲炉裏の前に通された。
役場はやはり藁ぶき屋根であったが、古民家の様に大きな作りで、入口は土間であった。
土間の空間は作業場で、木の机と木の椅子が数か所置いてあり、数人のゴブリンが事務仕事をしていた。
左奥に木の床で作られた部屋があり、そこに囲炉裏が存在していた。休憩所の様である。
ござで作られた座布団が整然と敷いてあり、そこへジュンイチは通されたのだ。
正座には慣れていなかったので、胡坐をかかせてもらい待っていると、緑茶と思われる湯呑をジュリアが持って来てくれた。
「さて、改めて礼を言わせてくだされ。誠にありがとうございました」
「いえいえ、たまたまですよ、たまたま」
深々と頭を下げるジーナスの後頭部を眺めながら、ヘタレのジュンイチは慣れない返答をした。
「ジュリアを襲った3人組は、最近この村に流れ着いたよそ者でしてな、ためしがてらに衛兵見習にしたばかりなんですじゃ。この辺のゴブリンと毛並みが違うことはお判りでしょう?彼らはゴブリン種の中でも黒色種と言われる、元々は少し遠くの地域の者たちなのです。ゴブリンの中でも力が強い者が多いのですが、少し知力が劣っているものが多いのですじゃ。大概がおとなしい種族なのですが、あの3人組はなんかやらかしたらしく、恐らく追放されてこの村へ流れ着いたものと思われますじゃ」
この後、衛兵隊長を中心に聞き取りをして、罪人として町に護送されることになるらしい。
「ところであなた様のお名前は何と言われるのですか?」
「あっ、申し遅れました、ジュンイチと言います。宜しくお願い申し上げます」
「おお、ジュンイチ様と言われますか、こちらこそ宜しくお願いしますじゃ。しばらくはこの村へおられますかな?少々もてなしをしたいのですが」
「いや、もてなしは結構ですけど、実は少々困ってまして、数日置いて頂けたらと思うんですが」
「いやいや、数日などと言わず、何日でもお泊まり下さい。しばらくはジュリアに身の回りの世話をさせましょう」
「あっ、どうもありがとうございます。言葉に甘えさせて頂いて、しばらく厄介になります」
偶然とはいえ、村の貴人を救ったことになったジュンイチは、ジュリアにこの世界の事を尋ねることができることになった。
その後は、村長は席を外し、しばらくジュリアとお茶を飲みながら世間話をした。
この村の名前はサイト村と言い、現村長が1代で作り上げた村である。元々町に住んでいたジーナスであったが、米に魅了され、この場所に村を作り上げたそうだ。今ではジーナス米としてブランド米となっているそうだ。
「この付近には魔物やモンスターはいないの?」
「?魔物?モンスター?よくわかんないけど、危ないビーストはいるよ」
「危ないビースト?」
「うん、あまり多くないけど、さっき居た森の奥には時々ブラウンベアーやグレイウルフなんかがいるの」
「ビーストは魔法とか使わないの?」
「うん。この周辺に出てくるビーストは危険度がFやEなんで、魔法を使うビーストはいないよ」
ビーストにはランクがあり、F~Sまであるそうだ。S級のビーストは伝説級で、出現すればすごい話題になるらしい。
「ところで言いにくいんだけど、この村はゴブリン村じゃないか。他の種族はどんな種族がいるの?」
「?お兄さんはヒューマンでしょ?他にエルフやドワーフ、ドラゴンなんかも聞いたことがあるよ」
「ヒューマンは少ないの?」
「・・・町に行ったことがないからよく分かんない。お兄さんは町から来たんじゃないの?」
「僕はちょっと遠くの場所から来たみたいで、今この場所がどこか分からないんだ」
「ふーん。変なの」
他愛もない世間話を交えながら、この世界の事を聞いてゆくジュンイチであった。ジュリアはそんなに世間のことに詳しくない様だったが、却って色々聞くことが出来た。
ともかく、すぐ町へ行くのは余りにも情報不足であり、しばらくはこの村で過ごすこととした。何もせず過ごすのはもったいないので、衛兵の仕事を手伝うことになった。ジーナスは「恩人にその様なことは」などと言っていたが、身体が鈍ることを言い訳にして、衛兵隊長に着いて行くことにしたのであった。
衛兵の仕事は、ビーストの討伐である。
森の中層位は、薬草などを取りに行く村人がいる為、深層手前までが巡回箇所である。ほぼ毎日2~3回巡回するので、そこまでビーストに出くわすことは多くないが、それでも1日に1回位はビーストと遭遇するらしい。出現するビーストはジュリアが説明した通り、グレイウルフとブラウンベアーがもっとも多く、希にイエローモンキーが出る位だそうだ。全てF~Eランクのビーストであり、衛兵には脅威はない。怪我を負うことがない様、4・5人のグループで巡回をしている。
ジュンイチは武器を持っていない為、衛兵の備品を貸して貰えることになった。さっそく衛兵隊長の元へと参るジュンイチであった。
「どうも、ジュンイチと言います。宜しくお願いします」
「畏まらなくてもいいよ、恩人殿。村長に話は聞いてる。あまり無理しない様にしてくれよ」
衛兵隊長はカムリと言い、表情は分からないが、気さくなオスゴブリンであった。ジュンイチは簡素な革の防具と少し短めな槍を借りることになった。
そして、翌日から巡回に参加させて貰えることになったのであった・・・