最終戦
「まさか……」
「嘘だろ――?」
いよいよ、会場がざわめき出す。
先だっての血の霧と雨とで阿鼻叫喚に包まれた後は静まり返っていた観客席が、にわかに騒がしくなる。
「で、では次、第八戦! ――プルート殿、前へ!」
――四大家の長を全て下し。そして今、四大公の最後の一人が舞台に降り立つ。
いよいよ、この戦いを制すれば、挑戦者の竜王位が確定し、そして王への挑戦権が認められることになる。
最後の一戦まで駒を進められた挑戦者は、当代の王に代替わりしてからまだ一度も出ていない。
纏う鎧は漆黒の鋼、その上に纏う戦袍も、マントも、見事に黒い。
鎧のせいで厳つく見えるが、その実はしなやかな筋肉の線が美しい細身で、どちらかというと小柄な体躯。
これまでに舞台に降り立ってきた、四大公や四大家の長たちが皆、それぞれ際立った存在感の持ち主で、それぞれが強烈な個性を放っていたのに対し、彼のそれは控えめを通り越している。
この大舞台に、一人立っているからこそ今は目立っている。
けれど、この舞台を眺める観衆の中にふと紛れ込んでしまったら、あっという間にそれに紛れて分からなくなってしまいそうな、あまりに希薄な存在感。
「――――。」
そしてその彼は、何を言うでもなく、手のひらを貫いた矢を引き抜き、血に汚れた矢を投げ捨てる朔海をじっと眺めた。
その眼差しは、「目は口ほどに物を言う」という日本のことわざを、己の身で体現しているようで。
自身の希薄さを、ただその眼差しだけがそれを補って余りある存在感を持っている。
そしてその眼差しは今、彼の“不本意”を如実に示していた。
彼は“闇のプルート”。
例えば、マーズ公のような、戦場で軍の最前線に立ち、ガンガン力で押して目立ちまくる将軍系キャラとは真逆の、淡々と一人で静かに、しかし確実に“仕事”をこなす彼の得意は“闇討ち”とか“辻斬り”とか“暗殺”とか、いずれも目立たないながら穏やかでない系統の戦い方だ。
そんな彼にとって、こんな大舞台で大観衆に注目されながらの仕合など、畑違いも甚だしい。
それは、不本意極まりないに違いない。
けれど――
あと、一戦。彼に勝てば、朔海は“竜王位”の称号を手にする事ができる。
手のひらの傷から入り込んだ銀の毒が、全身を巡りきり、心臓へと到達してしまう、その前に勝負をつけなければならない。
……幸い、朔海にはこの毒にある程度耐性がある。
おそらく、この会場に在る者の中ではこの毒に最も強い耐性を持っている。
だから、死ぬ事はないはずだが、完全に毒が回れば、しばらくはまともに動けなくなるだろう。
……まあ、もうすでに“まとも”というにはあまりにお粗末な動きしかできなくなっているけれど。
ともすると、焦点がずれて視界がぼやけ、そのまま暗転しそうになる。
油断すればそのまま飛び立って行ってしまいそうな意識を、ほとんど無理やり引き止めて。
それでも、朔海はこれより酷い状態を味わったことがある。そう、あの時に比べればまだまし。
竜王と戦ったあの時に比べれば――
そう、自らに言い聞かせ、目の前の対戦相手を注視し――
「――え?」
不意に突然、その姿が見えなくなった。
と、同時に背中に衝撃的な熱さを感じ、それが脳髄を揺さぶった。
続けざまにもう一度、背に激痛が走る。
何が起きたか理解出来ないまま、朔海は地面に膝をつき、そのまま崩れ落ちるようにして、地面に倒れ込んだ。




