起死回生
――目の前から、消えた。
瞬きするほどの間にも及ばない、ひと時。
じっと注視していたはずの視界から突然その姿が失せた。
まるで、彼の映る画像から、彼の居ない背景のみの画像に突然差し替えられたかのように、忽然と消えた。
そして、ほぼ同時に背中に受けた衝撃的な熱を伴う痛み。
それは、肩から腰にかけて斜めに走る痛み。
――彼の得意技は、闇討ち……そして辻斬り。
袈裟懸け、という言葉が朔海の脳裏に浮かぶ頃には、朔海は既に地面に倒れ伏していた。
彼が、刀剣を所持していたことに、気付けなかった。
ましてや、それを抜くところなど――
そしてどうやらそれは、弱りきった朔海だけでなく、観客もまた同様に、何が起こったのか正確に把握できた者はほとんど居なかったようで、場がざわついている。
不幸中の幸いとして、どうやら彼の得物に銀は使われていなかったようで、そして傷もそれほど深くはない。
だが、既に限界近くまで消耗した今の朔海にとって、これだけ大きな傷を負い、そこから失われる血を思えば、限りなく致命傷に近い傷。
現に、全身を苛む虚脱感が、再び起き上がることを躊躇わせ、このまま地面に懐いていたいと強烈に思わせる。
その誘惑を断ち切るには、既に理性的な思考力というのもまた限界で――
(ここが、限界なのか? あと一戦、あとこの一つを勝てば、それで終わるのに。結局僕はまた、こんな中途半端で終わらせるのか――?)
それじゃあいけない、と、頭では分かっているのに、心も体もそれに追いつかない。
意識は、遠のいていくばかりだ。
「……おい」
だが、だんだんと遠ざかっていく会場のざわめきとは違う、はっきりした声がぎりぎりのところでそれを引き止める。
「お前、オレ様が言った事、忘れちゃいねえだろうな?」
甲高い子供の声。……けれどその声を限界まで低めた声。
「ヘマをしたら――ドジ踏んでもし危なくなったら、オレ様は問答無用で敵を踏み潰す。オレ様がお前にそう言ったのを忘れたのか?」
頭の中で響く声。
「お前がここで諦めたら、姫様はどうなる? ……お前は、オレ様の主人だ。でも、忘れるな、オレ様の一番は、お前じゃなく、姫様だ。だから、お前がここで諦めて戦うのを止めるのなら、オレ様がお前の代わりに戦う」
ちりちりと、手首に熱がこもる。彼と絆を結んだ、契約の証が、熱を持つ。
「――それ、は……」
朔海は、その熱を止めようと見えない証に手を添えた。
「……ダメだ、って言うつもりなら、まずは立ってから言え」
しゅるりと、腕輪から潮が顔を出したかと思えば、その手の上に自分の手を重ねる。
「今の状態じゃ、勝つどころか戦うこともままならないだろうが。全く手のかかる主だぜ」
ぷんぷんと怒って見せる彼の手が、証に触れる。
「――! これは……」
触れた途端、手首の熱が、全身に広がり、枯渇していた魔力を補い、傷を癒していく。
この感覚には、覚えがあった。
あの時――葉月を復活させるための儀式を行った際、消耗していく朔海の魔力を補うために、咲月が自らの魔力をこの証の絆を使って分けてくれた。
「忘れたか、お前はいつ、どこでだって、姫さまと繋がってるんだ。例えどんなに離れた場所に
居ようが関係ない。お前はどんな時でも、もう、一人じゃないんだよ」
そう言えば、しばらく前から潮がやけに静かだったのは、もしかして――
「姫様に、力をお貸しいただけるよう、頼んできた。……安心しろ、事の詳細は伏せてやった。ただ、少し力の必要なことがあって、姫様の助けが欲しいとだけ言って、協力をお願いしてきた」
案の定、潮は言った。
「さあ、立てよ」
彼は、ポケッと朔海の額を蹴っ飛ばす。
「これで負けたら、今度は俺がお前ごと敵を踏み潰すからなッ」
「……そうだね。結局僕一人じゃ何をやっても中途半端で――咲月が居るから、僕はそれでも前に進むことが出来るんだ」
世界を隔てて尚も繋がる確かな熱に身を任せ、朔海は、ゆっくりと立ち上がる。
「さあ――終わらせるよ」




