茨木さんといろいろ3
東野くんと私は5時間目をさぼり、また屋上に来ていた。
お互いにフェンスによりかかり、近くを見れば都会らしく、遠くを見れば山ばかりで田舎らしい風景をただ眺めている。というより脱力していてそれしか出来ないというのが現状であった。
「――とんだピエロだったね」
「うん、流石に予想外だった。あいつはほんと予想の遥か上をいくよ」
杏ちゃんを説得したその日の夜、東野君から成功の知らせを電話で受けこれでもう大丈夫と久しぶりにぐっすり眠ることが出来た。歌を小声で口ずさみながらご機嫌に登校した私を待っていたのはいつもと変わらない光景だった。
これはおかしくないかと首をかしげたが、流石にそんなに早く進展はしないかと思い改め2人の仲が進展するのを野次馬根性でわくわくしながら見つめていた。
そう――
3ヶ月も
変わらずに過ごす杏ちゃんを後ろから熱い視線で見つめているクラスメイトと石田君。
何も変わっていない。変わったことといえば東野君と石田君が一緒にお昼を食べるようになったこと、杏ちゃんが持っていた漫画の所有者が実は東野君だったことでよく話すようになったことぐらいだろう。
2人がぎこちないながら楽しそうに会話している姿を死んだ目で見つめる私と東野君はいい加減しびれを切らした。
そして私は杏ちゃんになんで告白しないのかも問い詰めたのだ。
清々しい笑顔で彼女はこう答えた
「お付き合いするのは高校を過ぎてからって決めているの」
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「――どこの昭和時代だよ!ってつっこんじゃった」
「昭和の人だって付き合ってたと思うよ」
「だよね・・・まぁ石田君に杏ちゃんをしばらくは取られなくて済むし、よかったのかな?石田君もようやく好かれているって意識し始めてきたところだしね」
逆に意識しすぎて石田君が恋する少女のようになっているのは笑ってしまった。最初はあの鍛えられた筋肉を持ちながらもじもじされて戸惑いはあったが、後半はHAHAHAと笑い飛ばせるまでになれた。
「よくない」
にがにがしく口を歪め東野君は続けた
「折角あの2人を望月さんから引き離せると思ったのに誤算もいいところだよ」
「あーうん・・」
最近東野君は私に対する好意を隠さなくなっていた。川口さんから見るといちゃいちゃしている様にしか見えないらしく、毎回文句を言われる。ので、登校した時に摘んだねこじゃらしをご機嫌取りに渡したら凄い怒られた。げせぬ、隣の猫なら喜んでくれるのに。
私としては杏ちゃんとの方がラブラブしていると思っている、証拠に石田君が毎回凄い顔をしてこっちを見てくるからだ。この泥棒猫!といわんばかりに見つめられる。
「それにさ、成功したらって新居のデザインとか考えてはりきっていたのに」
恨みがましい表情でこちらを見てくる東野君。流石イケメン、その表情すら様になっている。でも言っていることは私にとっては今後を変える一大事件だ。
「前向きに考えるとしか言ってないけど残念だったね」
「そうなんだよ、まぁ卒業したら結婚はするけどね」
きた―――
はっきりとした声で言い切った東野君にときめきとは違う胸の高まりを感じる。そうだ、いつかははっきりさせないといけないことが私にも残っていた。
「あのね東野君、結婚とかはそんなに軽いものじゃないと思うんだ」
「そうだね、僕にとっても軽いものじゃないよ」
「東野君みたいにかっこいい人に興味を持ってもらえて凄く嬉しいけど、卒業しても無理だよ。本当に好きじゃないと結婚は出来ない、ううん、したくない…です」
言い切った、笑顔の圧力に少々押し負けたがいいきったぞ私は!
微笑んだままだった東野君は横に視線を逸らし悲しそうに眉をひそめた
「そうだね、ごめん――少し強引過ぎた。望月さんと仲良くしたいって気持ちが強くて先走りすぎてた」
「私こそごめん、東野君のこと凄く尊敬してるしいい人だって思うけど…」
悲しそうな表情を見て申し訳なくなる。
この3ヶ月の間心境の変化がなかったわけでなかった。常にやさしくて気にかけてくれる人を嫌いになれる筈もなく、むしろ私は東野君に対して好意的だった。けれど結婚まで行くとなると高校生の自分には荷が重過ぎる。
「でも俺は望月さんの事あきらめたくないんだ!俺の事が嫌いじゃないっていうならまずは付き合おう、それで卒業までに答えを出してくれればいいから。それからでも遅くないと思わない?」
「…そうだね、それならよろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしく」
東野君は晴れやかな笑顔で笑った。
*******
休館日の今日吉川はいつも通りに1人蔵書の点検を行おうとしていたところに2人女子生徒が遊びに来た。いつも通りに2人を招きいれいつも通りに聞く体勢に入った。
今回の話はどうやら茨木の話ではなく望月の話題だった。
「てな話になったんですよ先生!杏ちゃん!」
「あら、よかったわね」
「とても悔しいけれど、おめでとう早紀ちゃん」
「一応ありがとう!それじゃあ今日は報告に来ただけだから帰ります。杏ちゃんはどうする?」
「私はもう少しお話してから帰るわ」
「そっかじゃあ先生と茨木さんさようなら」
ぱたぱたと足早に去っていく望月を悲しそうに見つめる茨木を見ながら吉川は口を開く
「意外だわ」
「何がですか?」
「望月さんのこと、絶対邪魔すると思ってから」
キッと鋭い目つきになった後に机にうなだれて茨木は呻いた
「体育祭の件で東野には散々迷惑をかけたせいで邪魔をしない不可侵条約を結ばされたんです。じゃなきゃ邪魔してます。でも早紀ちゃんもそれほど無理やり付き合った様子ではなく無碍にも出来なくて・・・」
話すにつれ段々と語尾が小さくなっていく茨木、痛みひとつないつややかな黒髪は机にひろがっている。
「東野君は凄いやり手ね、詐欺師にでもなったら世界中の女性が泣くと思うの」
「あの男は望月さんにしか興味がないのでその心配はないですよ?」
「気にして欲しいのはそこではないの。問題は結果論よ」
「結果論?」
「東野君は望月さんの性格上絶対に結婚は無理だと分かっていたと思うわ。けれど付き合えばそこまで持ち込める自信は合った――つまり、どういうことか分かるかしら」
「結果…つまり楓の目的は一部も欠けることなく叶えられていると言う事ですねーー」
茨木は無言のまま一礼し望月のあとを追うように足早に図書館をあとにした。
吉川はそのまま窓際により、玄関が見える位置に腰掛けた
すると玄関先でスタンバイしていた東野が玄関を通過した望月を確保、しばし話した後一緒に帰ることになったのだろう、2人は一緒に歩き始めた。望月の背後から近寄る東野の手、様子から見るに肩をくもうとしているらしいが、走ってきた茨木がすかさず望月の手を引っ張り自分の背中に回した。その瞬間どこから沸いたか草陰より複数の男子達が現れいっせいにシャッターを切り始めた、よく見るとうわさの石田もいる。
声は聞こえないが、各自が口を動かしているので相当騒いでいるのがわかる。
しばらくすると4人はぞろぞろと歩き出し、学校から遠のいていった。
最後まで見送り吉川は静かに微笑んだ
「今日も元気ね」
最後までご閲覧いただきありがとうございました。
多分まだ続けていくかもしれませんが、ここで一区切りにさせて頂きます。




