茨木さんといろいろ2
峰先輩は和服が一番似合う男とよく言われているが、実際に着ている姿は見たことがないという人が大多数だ。それはそうだろう、ごく一般的な家庭で高校生までに着物を着る機会など茶道部に入部する以外には夏祭りぐらいしかない。背中の人によれば峰先輩は夏祭りの際も私服で参加していたそうだ。
少女達の峰先輩の和装が見たいという欲求は限界にまで高まっていた、そう、誰も止められないくらいに。
「峰先輩見事に追い込まれているね」
「ええ、あざやかな手さばきは感嘆に値するわ」
詳しくは知らないが最近東野ファンクラブの大多数は峰先輩に移行したそうで、連携プレーを得意とする彼女たちは既存のメンバーに挨拶代わりと称して隙のない話術と実力を駆使し、峰先輩をじわじわと着物がずらりと並んでいる教室内に追い込もうとしている。
ちなみに峰先輩は眉ひとつ動かしていないがじりじりと足が後退している所を見るに相当ビビッている。理由は単純、最初に着物を着てくださいって言われた時に首を振って拒否をしたせいだ。それは着るのが嫌とかではなく、ただ単に着物を持っていないし、着方も分からないという理由だったが、無口の先輩が悪いのか、はたまた金持ちの感覚で持っていない筈がない!着ないなら、着させてみましょうホトトギスと勢いでいったお嬢様が悪いのか・・・すれ違いから起こった悲劇である。
「あれは止めなくていいのかしら」
不安気に峰先輩を見つめる茨木さん。その瞳には恋慕の感情は込められておらず、ただただ心配という様子である。
「うーん、止めたいけど川中さんにまたいろいろ言われちゃうし」
そう、最初からこの場に立ち会い事情も知っていることもあり私と茨木さんは最初に東野ファンクラブの元会長である川中さんを止めようとした。
しかしキッと睨まれ怯むと更に追撃するように責められ
「望月さん、あなたは私から東野様を奪うだけでは飽き足らず峰先輩まで奪うというの!?あなたもよ茨木様、峰先輩が自分のファンクラブの長だからと言って調子に乗らないで頂戴。ああ、そんな哀しそうなお顔をなさらないで私が言い過ぎたわ!ごめんなさい。望月さん、茨木様を哀しませちゃだめじゃない!」
「酷い冤罪を被せられた気分だ」
「実際被っているわね」
「お黙りなさいな!もう私には峰先輩しか残っていないのよ・・・!」
「うちのお兄ちゃん紹介しようか?望月家の遺伝子にしてはわりかし優秀だと思うよ」
困っている人を見ると誰だろうと放っておけず、面倒見のいい兄は優良物件であり自信を持ってお勧めできる。
「いやよ!なにがよくてあなたを義理の妹にしなければいけないの」
「おねえさ~ん(裏声)」
「あら望月さんかわいいわ」
「・・・っ!出て行って下さいまし!!」
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「追い出されちゃったしね」
「ええ、なにがいけなかったのかしら」
嫉妬や恋慕という感情がなく、ただ不思議そうな表情の茨木さんを見つめる。
理由については確実に私が川中さんを怒らせたせいだろう。彼女があの薄い茶色の髪を逆立ててふーふーと威嚇している様子を見ていると近所のハチ(猫)を思い出し、ついついちょっかいをかけてしまう。
「それで望月さん、どうして私を峰先輩のところに連れてきたの?」
そう、石田君除く、茨木ファンクラブから情報提供を貰い、峰先輩の居場所を突き止め、放課後になったと同時に峰先輩の元に茨木さんを引っ張って来たのは私だ。
「確認をするためだよ」
「だから――私は峰先輩のことが好きで石田君のことは好きではないわ!」
茨木さんはもういい加減にしてと表情を歪ませながら強い口調でそう言い切った。私もそのフレーズは場面、セリフは多少違えども何度も聞いてきた、だからこそ違和感があった。
「茨木さん、もう一度聞くよ、なんで峰先輩のこと好きなの?」
「それは、見ていて落ち着く――」
「落ち着いているんじゃない、茨木さんは峰先輩のことを何とも思ってないんだよ」
「そんなことない!」
「ある!だから今のを見ていても無理矢理止めようとしない!好きだったら嫌そうにする筈だけど茨木さんは可哀想とは思ってもそれ以上の感情はなかった!」
「そんなこと私にしか分からないわ!」
泣きそうな茨木さんを見ているとつられて号泣したくなるが、そこはぐっと堪える。
茨木さんは大声を出したのは初めてなのかもしれない、綺麗な声は掠れている。
「分かるよ、友達のことだもん!杏ちゃん、逃げずにちゃんと考えて!」
「杏・・・ちゃん?」
自分の名前を震える唇でもう一度呟いた後に、茨木さんは私から距離を置くためか分からないが覚束ない足でよたよたと2歩後ずさる、うつむいているため表情はよく見えない。
私の心境を一言でいうなら、そう、やっちまった!
「ご、ごめんね茨木さん、いきなり杏ちゃんなんておこがましかったよね。ほんとごめん」
「・・・杏、ちゃん――」
「ごめんね茨木さん!お願いだから嫌いにならないで、とりあえず反省の意を込めて土下座するから!」
なんとか許してもらおうと私が両膝を床に着けよとする前に茨木さんの制止がかかった。
「もう一度」
「へ?」
「もう一度言って」
「ごめんね茨木さん・・・」
「そこじゃないわ、名前。もう一度呼んで――?」
「杏ちゃん?」
「もう一度」
「杏ちゃん」
「なぁに早紀ちゃん」
あまぁ――――――い!!
どこぞのバカップルのやり取りの後、お日様のように笑った茨木さん、いや杏ちゃんの周りは至高の輝きで満たされている。
体中の血管を通して雷にうたれたような衝撃が走り、とり肌が立つ、そして情けないことに生まれたての小鹿のように足がぷるぷる震えてしまっている。
そんな私の様子など露知らず茨木さんは普段見せないようなにこにことした笑顔で口を開いた。
「考えてみたらそうね、早紀ちゃんに名前を呼ばれてこんなにドキドキしているのに、峰先輩には何も感じないという事は好きではないという事よね。ありがとう、大事なことに気付かせてくれて」
「う、ううん。杏ちゃんが幸せなら私も幸せだから」
「嬉しいわ、そうだ!吉川先生にも報告してくるわね」
「いってらっしゃい・・・」
ハレルヤと今にも歌い出しそうな明るい表情のまま、そろそろ王手がかかりそうな峰先輩の隣を素通りしていく後姿を見えなくなるまで見送りながら東野君とした会話を思い出す。
《僕が石田をなんとかするから望月さんは杏を説得して、一度決めたことを曲げない性格だから面倒だと思うけど僕に秘策があるんだ》
《秘策?》
《そう、最初に決め付けでもいいから石田のことが好きか、会長が好きじゃない、どちらでもいいけど断言しながら話すんだ。多分とかの言葉は禁止だよ、内容が曖昧になってしまうからね。で、ここからが秘策なんだけど険悪になったなと思うときに名前を呼んでやるといいよ。それだけで杏の機嫌はすぐ直るから》
《ほんとに?私も名前で呼ぶタイミングが今まで掴めなかったから丁度いいけど・・・》
《大丈夫心配ないよ、どうにかなるから。で、もしうまくいったらさ・・・僕達もそういう関係にならない?》
《うまく言ったあかつきには前向きに検討させていただきます》
《それは新居をもう決めてもいいってことでいいかな?》
《え?》
《え?》
嫌な所まで思い出してしまった。
まぁいい、そちらは成り行きにまかせよう。となると後は東野君が石田君を論破できるかにかかっているが、東野君が失敗する要因がなさそうなので心配はいらないだろう。
帰り際、誰か助けてくれ、やばいと必死に視線で訴える峰先輩とばちりと目が合い、動物の本能を垣間見たような素早さで峰先輩は私の背中に回りこんだ。邪魔するんじゃないわよと他の女子生徒達も着物を片手に迫ってくる、杏ちゃんの件についてもだが不憫すぎる峰先輩をそのまま群れに戻るのも可哀想なので背中越しにこっそり事情を説明して、無理矢理ではなく同意で着物を着用することを了承させた。




