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行李  作者: 長廻三月
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21/21

3-8

「ただいま帰りました」

「ただいま!」


 土間で寝ていたつむぎは、慶一郎と正人の声に耳をピクリと動かした。

 台所の隣の居間で、ちょうどお茶を飲んでいた千代が出迎えた。


「あら二人とも、おかえりなさい。遅かったのね」

「うん。郵便局の帰りに正人とタケ達に会って、一緒に遊んでたんだ」

「みんなも兄ちゃんと遊びたがってたから」

 二人とも少し日に焼けて、下駄を履いた足が泥まみれだ。

「あらそう。良かったわね」

 千代が目元を和らげた。


「母さん、郵便局で手紙を預かったよ」

「あら、ありがとう。お茶でも飲みましょう?……でもその前に、二人とも、井戸で手と足を洗っていらっしゃい」

「はい」

「はーい」

 慶一郎は千代に手紙と肩掛け鞄を渡した。土間を出る時に正人と手を繋いだ慶一郎は、とても穏やかな表情を浮かべていた。


 今の慶一郎さんは、軍人の慶一郎さんとは、どこか違うみたい。


 明治三十七年の慶一郎も優しかった。でも、どこかしら厳しさも感じた。短い間しか一緒にいなかったが、あの時の慶一郎からは、今のように、春の陽だまりのような笑顔は想像できない。


 二人の背中を見送ると、つむぎは千代とミツがお茶の用意をしている居間へ向かった。



「はい、どうぞ」

 千代が慶一郎の前にお茶を出した。慶一郎は、隣にいるつむぎを撫でていた。


「母さん」

 慶一郎が、座り方を改めた。

「どうしたの?」

 正人の前にお茶を置いた千代は、一度手を止めて、慶一郎の顔を見た。

「友だちから手紙が届いていて……二人、遊びに来たいって言ってるんだ」

 緊張しているのか、声が硬い。

「忙しい時期だけど……いいかな?」


「もちろんよ」

 千代が、慈しむように目を細めた。と、急に真顔になった。

「ちょっと待ってね。清六さんに、いつがいいか聞いてくるわ」

「ありがとう」


 慶一郎が少し力を抜いたのを感じて、つむぎはその場にゴロンと寝そべった。

「清六さん! ちょっと!」という千代の声が、遠くから聞こえてきた。


 口いっぱいに蒸しまんじゅうを詰めた正人が尋ねた。

「ひいちゃん、ほほだちふるの?」

「どうかな。うちは夏が忙しいから」

 慶一郎が、つむぎの背中に手を置いた。


「慶一郎」

 板戸を開けた千代が、顔をほころばせた。

「繭を出荷した後の、八月のお盆開けなら良いそうよ」


「やったぁ!」

 正人が立ち上がって両手を上げた。餡がついた口を大きくあけて、そのまま踊りだしそうだ。その勢いで慶一郎の背中に抱きついた。

「兄ちゃん、良かったね」


 少し前のめりになった慶一郎は、正人の頭をポンポンと撫でた。

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