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「ただいま帰りました」
「ただいま!」
土間で寝ていたつむぎは、慶一郎と正人の声に耳をピクリと動かした。
台所の隣の居間で、ちょうどお茶を飲んでいた千代が出迎えた。
「あら二人とも、おかえりなさい。遅かったのね」
「うん。郵便局の帰りに正人とタケ達に会って、一緒に遊んでたんだ」
「みんなも兄ちゃんと遊びたがってたから」
二人とも少し日に焼けて、下駄を履いた足が泥まみれだ。
「あらそう。良かったわね」
千代が目元を和らげた。
「母さん、郵便局で手紙を預かったよ」
「あら、ありがとう。お茶でも飲みましょう?……でもその前に、二人とも、井戸で手と足を洗っていらっしゃい」
「はい」
「はーい」
慶一郎は千代に手紙と肩掛け鞄を渡した。土間を出る時に正人と手を繋いだ慶一郎は、とても穏やかな表情を浮かべていた。
今の慶一郎さんは、軍人の慶一郎さんとは、どこか違うみたい。
明治三十七年の慶一郎も優しかった。でも、どこかしら厳しさも感じた。短い間しか一緒にいなかったが、あの時の慶一郎からは、今のように、春の陽だまりのような笑顔は想像できない。
二人の背中を見送ると、つむぎは千代とミツがお茶の用意をしている居間へ向かった。
「はい、どうぞ」
千代が慶一郎の前にお茶を出した。慶一郎は、隣にいるつむぎを撫でていた。
「母さん」
慶一郎が、座り方を改めた。
「どうしたの?」
正人の前にお茶を置いた千代は、一度手を止めて、慶一郎の顔を見た。
「友だちから手紙が届いていて……二人、遊びに来たいって言ってるんだ」
緊張しているのか、声が硬い。
「忙しい時期だけど……いいかな?」
「もちろんよ」
千代が、慈しむように目を細めた。と、急に真顔になった。
「ちょっと待ってね。清六さんに、いつがいいか聞いてくるわ」
「ありがとう」
慶一郎が少し力を抜いたのを感じて、つむぎはその場にゴロンと寝そべった。
「清六さん! ちょっと!」という千代の声が、遠くから聞こえてきた。
口いっぱいに蒸しまんじゅうを詰めた正人が尋ねた。
「ひいちゃん、ほほだちふるの?」
「どうかな。うちは夏が忙しいから」
慶一郎が、つむぎの背中に手を置いた。
「慶一郎」
板戸を開けた千代が、顔をほころばせた。
「繭を出荷した後の、八月のお盆開けなら良いそうよ」
「やったぁ!」
正人が立ち上がって両手を上げた。餡がついた口を大きくあけて、そのまま踊りだしそうだ。その勢いで慶一郎の背中に抱きついた。
「兄ちゃん、良かったね」
少し前のめりになった慶一郎は、正人の頭をポンポンと撫でた。




