13 ウェイン、領主として親として
あの日以来、雨が降り続いていた。
空は暗くよどみ、強風による横殴りの雨が頬を叩く。
ここは郊外にある共同墓地。俺、ウェイン・ロスガルドは、礼服の上に合羽を羽織り、亡くなった騎士の葬儀に参列していた。
神父の祈りが終わり、最後の別れの時となる。俺は神父に促されるまま、前に進み出て、棺桶の中を覗き見た。
雨に打たれながらも、安らに眠ったようなその顔は、まだあどけなさが残る少年のもの。
祈りを終え、視線を上げると、そこには死者の家族の姿があった。
母親であろう中年女性が、敵意むき出しの視線で、こちらを見てくる。
まあ、仕方が無い。彼女から見れば、俺はこの少年を死地へと送り出した司令官となるのだから。
そんな彼女の両肩を持ち、なだめている初老の父親。その脇では、死者の兄と妹が涙を流していた。
一礼をして、俺は参列場所に戻る。
ガイアンなどは、いちいち領主が参列する必要は無いと言うし、実際先代などは、見習い騎士の葬儀になど、一度も出席したことは無かった。
だが、自分が死地に送り出した戦士の、最後を看取るのも領主としての義務だろう。
自分に仕えている騎士たちひとりひとりに家族があり、それぞれの人生がある。
こういう光景を見ると、心の中で、領主としての責任と自覚が呼び起こされるのだった。
とはいえ、結構キツいな………。
帰り道、馬に乗って雨に打たれつつ、俺はそう思った。
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今回の事件では、アルフィンも命の危険にさらされた。
葬儀中、何度か死者の少年に、アルフィンが重なって見えた。
そのたび俺は、死んだのがアルフィンでなくて良かった、と思ってしまう。
不謹慎なのはわかっていたが、それが親としての素直な気持ちだった。
だが、アルフィンの無事を考えると同時に、俺の脳裏に蘇るひとつの光景があった。
メルティナが命を落とした、あの瞬間である。
振り下ろされる短刀と、空を切る俺の剣───。
果たしてあの時、俺がとった行動は正しかったのか?
もしも捕らわれていたのがアルフィンだったなら、俺は振り上げられた腕では無く、傭兵の喉元を直接突きに行ったのではないか?
あの時は、俺も必死だったし、どんな考えでその行動を執ったかは、覚えちゃいない。
だが、できるならば傭兵を生かして捕らえたい、そういう考えが、心の片隅にあったのは事実だ。
俺は、部下の娘、そしてアルフィンの学友の命よりも、傭兵の捕縛を優先させてしまったのか。
………だとしたら、俺は最低だ。
何処にも行きようの無い思いが、ぐっと胸を締め付ける。
先日出席した、メルティナの葬儀───、
静かに悲しみに暮れるグルガンとその家族。
まるで抜け殻のように立ち尽くし、雨に打たれるアルフィン。
相当ショックだったのだろう。あの日以来、アルフィンは自室に籠り、ふさぎ込んでいる。
グルガンは、きっと俺を恨んでいるだろう。
俺の剣は、メルティナを守ることができなかったのだから。
どうにもやり切れない思いに、俺は思わず、空を見上げた。
灰色の空に、轟々とうなる風、雨の雫が俺の頬を伝っていった。
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ベルナード城へと戻る。
回廊を走り回る平服の騎士たち、それにメイド。
城内はやたらと慌ただしかった。
執務室に入ると、俺の隣りの机で、ガイアンがせっせと書類を書いている。
俺の机にも、書類がいくつか積まれていた。
傭兵団を討伐したからといって、それで事態は解決したわけでは無い。
ここから、国家でいうところの戦後処理という、第二の戦争が始まるのであった。
こんな辺境の貴族領に、武官と文官を分けて雇う力は無い。
文字が書ける騎士は、剣をペンに持ち替え、今度は文官としてせっせと業務をこなす。
ガイアンはその代表格だった。いや、彼の場合はペンの割合が圧倒的に多いわけだが。
俺が執務机の前に立つと同時に、ガイアンは俺の机上を指して言った。
「兄上、その書類は最優先だ。目を通してくれ」
「………これか、わかった」
机に座りつつ、その書類を手に取った。
それは今回襲撃をしてきた傭兵団の団員リスト。
戦死した者、十九名。
生け捕った者、九名。うち、瀕死の重傷三名。
「逃げたのは何名だ?」
「ああ、捕縛した奴らを今、尋問している。今のところ、五~六名といったところか」
「団長の所在は?」
「戦死者の中にいるようだ。今、首を確認させている」
「そうか、とりあえず良かった」
どんなくだらない傭兵団だろうと、三十名を超えるゴロツキどもを束ねているのだ。ひとかどの人物には違いない。
そういうリーダーシップを持つ人間が残っていると厄介だった。人を集めて報復に来ることも考えられる。
とりあえず、その恐れは消滅したわけだ。
だが、山狩りはすべきだろうな。逃げた奴らが山に住み着き、山賊化してしまうと厄介だ。
それには騎士たちだけでは人数が足りない。平民も動員する必要があるだろう。
ふと、ガイアンの机を見る。
その片隅に、黄ばんだ古い資料があるのが目に留まった。
(今やっているのがそれか………)
二十年ほど前、ベルナードの山中に山賊が住み着き、山狩りを行ったことがあった。
あれはその時の資料だろう。それをお手本に、今回の計画を練っているのだ。
(俺のやることが無いな………)
書類にサインをしつつ、そんなことを思う。
そして、改めて優秀な弟を持ったことを認識した。
今回、被害がひとつの村に留まったのも、周囲の村に避難を呼び掛けた彼の一手が効いていた。
襲撃された村は、避難こそしなかったものの、夜通しの見張りを置き、万が一の事態に備え、男たちは武器を手元に置き、備えていたのだ。
そのため、まともに奇襲を食らうことなく、襲撃の初期から組織立った抵抗ができ、騎士団の到着まで何とか持ちこたえることができた。
そういえば、あの日以来、ガイアンは城に泊まり込みだな。
ふと、彼の体と、その家族が心配になる。
「なあ、エランは大丈夫か?」
その俺の問いに、彼のペンが止まった。
あの日、俺がエランと会ったのは、山の中腹、傭兵団を追撃している最中であった。
全速力で山を駆け下りたせいだろう、息は絶え絶え、傷は開き、右肩は血まみれであった。
彼は青白い顔で、俺の胸にすがり付くと、山の上で起きている事態を伝え、そのまま気を失う。
「今晩くらいは家に帰ったらどうだ?」
そう問いかけても、ガイアンの表情は変わらない。
ただ、その態度には、彼の心の動揺が見て取ることができた。
止まった右手のペンが、小刻みに震えている。
「医者に任せてある。問題ない」
「意識は戻ったのか?」
「さあな」
「さあなって、お前………」
「俺が戻ったところで何もできんさ」
止まっていたペンが、再び動き出す。その姿を見てふと思った。
こいつは現実に目を背け、仕事に逃避しているだけなのではないかと。
そう思った瞬間、考えるよりも早く手が動く。
俺は、彼の手元にあった書類を取り上げていた。
「………何をする?」
「一度家に帰れ、ガイアン」
「言ったろう、帰ったところで何もできん。それなら、ここでやるべき仕事をしていた方が合理的だ」
「合理的とかそういう話じゃない。これは領主命令だ。家に帰ってエランの様子を見てこい」
しばらく俺たちは無言のままにらみ合った。
やがて、ガイアンが折れる。
彼はペンを置き、立ち上がりつつ言った。
「夕方には戻る」
「認めん。せめて今晩は自宅で過ごせ」
「ここの仕事が滞るぞ」
「俺が代わりにやっておくさ」
「それだけはやめてくれ。滞るどころか、マイナスになってしまう」
「お前な………」
そしてガイアンは、机の上は動かすなと、何度も念を押しつつ、部屋を出ていった。
俺はやや苦笑いしつつ、微妙な面持ちでそれを見守る。
そして、取り上げた書類を机に戻すと、今度は窓から外を見てみた。
ほどなく現れたのは、合羽を着込み、馬にまたがったガイアンの姿。
彼は、雨に打たれながらも、矢のような速さで、麓の街まで駆けて行った。
何だあいつ、けっこう心配してたんじゃないか。
それにしても、マイナスとは酷い言われようだ。
別に俺だって事務仕事ができないわけじゃない。
ガイアンが全てやってしまうから、やらないだけだ。
少し対抗心が燃え、俺はガイアンの机へと座る。
ほぼ何も無い俺の机とは対照的に、様々な書類や資料が積まれていた。
だが無造作という印象では無い。きちんと分類がされている感じ。
見るからに、素人が手を出してはならない、危険な臭いがプンプンしている。
その書類と資料で展開された机上の布陣に、俺は思わず怖気づく。
むう、戦場以外でこんなプレッシャーを感じることになろうとは。さすがは我が弟。
ならば、と俺はその引き出しに手を伸ばす。
す───っと、普段開かない引き出しが、すんなり開いた。
なんだあいつ、慌てて鍵をかけ忘れて行ったな。
悪いこととはわかっていたが、その中身に興味が湧いた。少し中をあさってみる。
やがて、綺麗に整理されたそこの片隅に、俺はとある物を見つけた。
それは片手サイズの肖像画。
若い女性のものだったが、奴の奥さんじゃない。
おいおい、何か俺、ヤバいもの発見しちゃったか?
などと一瞬、焦ったが、すぐにそれが誰であるか思い出す。
それは、ガイアンの母親の、若かりし頃の姿であった。
俺としては、亡くなる間際の、痩せ細った印象しかなかったため、すぐには気付けなかった。
肖像画の彼女は、黒髪黒眼の、やや地味ではあるが、凛とした感じの美人。
そうだなぁ、若い頃は、こんな感じだったかもしれない。
俺の印象としては、神経質で少し口うるさいおばさんといった感じの人。
そういえば、ガイアンはよく怒られたり、説教をされていた。
ちなみに親父との付き合いは、正妻───すなわち俺の母親、よりも長かったらしい。
親父がロスガルド家を継ぐにあたり、いったん離縁したものの、その後すぐに復縁し、第二夫人として迎え入れられたのだ。
親父が浮気を繰り返すようになっても、彼女は一途に親父を想っていたらしい。
ちなみに俺の母親は、親父を見限り、自分も愛人を作ってよろしくやっていた。
元が政略結婚だったため、愛情も薄かったのだろう。
俺は無言のまま、引き出しを元に戻す。
う~ん、あまり思い出したくは無かった。
ガイアンの母親に、あまり良い思い出は無い。
俺を見つめる冷たい目が、脳裏をよぎる。
子供心に、この人、俺のこと嫌いなんだな………と感じていた。
まあ無理もない。俺の存在は、きっと目の上のたんこぶだった筈だ。
俺さえ居なくなれば、ガイアンがロスガルド家の当主になれるのだから。
むしろ俺を毒殺しなかっただけ、常識をわきまえた良い人だったのかもしれない。
王都で出回っている、貴族間の黒い噂話を聞いていると、そんなふうにも思える。
俺は椅子から立ち上がり、扉へと進み出ると、大きく背伸びをした。
まあ、それももう過去の話だ。
親父も、俺の母親も、ガイアンの母親も、誰もこの世に残っちゃいない。
そして、二つ並んだ机を振り返る。
あれはかつて、親父と、テッドという老臣が使っていた机だった。
今は、俺とガイアンが座っている。
いずれは、アルフィンとエランが座ることになるのだろう。
自然と、そこに座る、青年となった二人の姿が思い浮かんだ。
アルフィンは本が好きだし繊細だからなぁ、事務仕事に向いているかもしれない。
一方のエランは活発だし、何となく大雑把な印象だ。あまり事務仕事には向かないか。
そうなると、今とは逆の構図になるのだろうか?
机を並べ、意見を交わしている二人を想像し、思わず口元に笑みが浮かんだ。
まあ、それもまだ先の話だ。
今は俺たちの世代が、粛々と目の前にある事象をこなさなければならない。
彼らに、あの机を引き継ぐために。
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さて、捕らえた傭兵たちの尋問の様子でも見てくるか。
俺はそのまま、扉から外へ出る。
無人の部屋に残された、二つの机。ぱたん、と扉が閉まる音。
薄暗い部屋には、ただ静かな雨音だけが響き渡っていた。
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