表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/19

13 ウェイン、領主として親として

 あの日以来、雨が降り続いていた。

 空は暗くよどみ、強風による横殴りの雨が頬を叩く。


 ここは郊外にある共同墓地。俺、ウェイン・ロスガルドは、礼服の上に合羽を羽織り、亡くなった騎士の葬儀に参列していた。

 神父の祈りが終わり、最後の別れの時となる。俺は神父に促されるまま、前に進み出て、棺桶の中を覗き見た。

 雨に打たれながらも、安らに眠ったようなその顔は、まだあどけなさが残る少年のもの。


 祈りを終え、視線を上げると、そこには死者の家族の姿があった。

 母親であろう中年女性が、敵意むき出しの視線で、こちらを見てくる。

 まあ、仕方が無い。彼女から見れば、俺はこの少年を死地へと送り出した司令官となるのだから。

 そんな彼女の両肩を持ち、なだめている初老の父親。その脇では、死者の兄と妹が涙を流していた。


 一礼をして、俺は参列場所に戻る。


 ガイアンなどは、いちいち領主が参列する必要は無いと言うし、実際先代などは、見習い騎士の葬儀になど、一度も出席したことは無かった。

 だが、自分が死地に送り出した戦士の、最後を看取るのも領主としての義務だろう。

 自分に仕えている騎士たちひとりひとりに家族があり、それぞれの人生がある。

 こういう光景を見ると、心の中で、領主としての責任と自覚が呼び起こされるのだった。


 とはいえ、結構キツいな………。


 帰り道、馬に乗って雨に打たれつつ、俺はそう思った。


       ・

       ・

       ・


 今回の事件では、アルフィンも命の危険にさらされた。

 葬儀中、何度か死者の少年に、アルフィンが重なって見えた。

 そのたび俺は、死んだのがアルフィンでなくて良かった、と思ってしまう。

 不謹慎なのはわかっていたが、それが親としての素直な気持ちだった。


 だが、アルフィンの無事を考えると同時に、俺の脳裏に蘇るひとつの光景があった。

 メルティナが命を落とした、あの瞬間である。


 振り下ろされる短刀と、空を切る俺の剣───。


 果たしてあの時、俺がとった行動は正しかったのか?

 もしも捕らわれていたのがアルフィンだったなら、俺は振り上げられた腕では無く、傭兵の喉元を直接突きに行ったのではないか?


 あの時は、俺も必死だったし、どんな考えでその行動を執ったかは、覚えちゃいない。

 だが、できるならば傭兵を生かして捕らえたい、そういう考えが、心の片隅にあったのは事実だ。

 俺は、部下の娘、そしてアルフィンの学友の命よりも、傭兵の捕縛を優先させてしまったのか。


 ………だとしたら、俺は最低だ。


 何処にも行きようの無い思いが、ぐっと胸を締め付ける。


 先日出席した、メルティナの葬儀───、

 静かに悲しみに暮れるグルガンとその家族。

 まるで抜け殻のように立ち尽くし、雨に打たれるアルフィン。

 相当ショックだったのだろう。あの日以来、アルフィンは自室に籠り、ふさぎ込んでいる。


 グルガンは、きっと俺を恨んでいるだろう。

 俺の剣は、メルティナを守ることができなかったのだから。


 どうにもやり切れない思いに、俺は思わず、空を見上げた。

 灰色の空に、轟々とうなる風、雨の雫が俺の頬を伝っていった。


       ▽


 ベルナード城へと戻る。


 回廊を走り回る平服の騎士たち、それにメイド。

 城内はやたらと慌ただしかった。


 執務室に入ると、俺の隣りの机で、ガイアンがせっせと書類を書いている。

 俺の机にも、書類がいくつか積まれていた。


 傭兵団を討伐したからといって、それで事態は解決したわけでは無い。

 ここから、国家でいうところの戦後処理という、第二の戦争が始まるのであった。


 こんな辺境の貴族領に、武官と文官を分けて雇う力は無い。

 文字が書ける騎士は、剣をペンに持ち替え、今度は文官としてせっせと業務をこなす。

 ガイアンはその代表格だった。いや、彼の場合はペンの割合が圧倒的に多いわけだが。


 俺が執務机の前に立つと同時に、ガイアンは俺の机上を指して言った。

 「兄上、その書類は最優先だ。目を通してくれ」

 「………これか、わかった」


 机に座りつつ、その書類を手に取った。

 それは今回襲撃をしてきた傭兵団の団員リスト。


 戦死した者、十九名。

 生け捕った者、九名。うち、瀕死の重傷三名。


 「逃げたのは何名だ?」

 「ああ、捕縛した奴らを今、尋問している。今のところ、五~六名といったところか」

 「団長の所在は?」

 「戦死者の中にいるようだ。今、首を確認させている」

 「そうか、とりあえず良かった」


 どんなくだらない傭兵団だろうと、三十名を超えるゴロツキどもを束ねているのだ。ひとかどの人物には違いない。

 そういうリーダーシップを持つ人間が残っていると厄介だった。人を集めて報復に来ることも考えられる。

 とりあえず、その恐れは消滅したわけだ。


 だが、山狩りはすべきだろうな。逃げた奴らが山に住み着き、山賊化してしまうと厄介だ。

 それには騎士たちだけでは人数が足りない。平民も動員する必要があるだろう。


 ふと、ガイアンの机を見る。

 その片隅に、黄ばんだ古い資料があるのが目に留まった。

 

(今やっているのがそれか………)


 二十年ほど前、ベルナードの山中に山賊が住み着き、山狩りを行ったことがあった。

 あれはその時の資料だろう。それをお手本に、今回の計画を練っているのだ。


 (俺のやることが無いな………)


 書類にサインをしつつ、そんなことを思う。

 そして、改めて優秀な弟を持ったことを認識した。


 今回、被害がひとつの村に留まったのも、周囲の村に避難を呼び掛けた彼の一手が効いていた。

 襲撃された村は、避難こそしなかったものの、夜通しの見張りを置き、万が一の事態に備え、男たちは武器を手元に置き、備えていたのだ。

 そのため、まともに奇襲を食らうことなく、襲撃の初期から組織立った抵抗ができ、騎士団の到着まで何とか持ちこたえることができた。


 そういえば、あの日以来、ガイアンは城に泊まり込みだな。

 ふと、彼の体と、その家族が心配になる。


 「なあ、エランは大丈夫か?」

 その俺の問いに、彼のペンが止まった。


 あの日、俺がエランと会ったのは、山の中腹、傭兵団を追撃している最中であった。

 全速力で山を駆け下りたせいだろう、息は絶え絶え、傷は開き、右肩は血まみれであった。

 彼は青白い顔で、俺の胸にすがり付くと、山の上で起きている事態を伝え、そのまま気を失う。


 「今晩くらいは家に帰ったらどうだ?」


 そう問いかけても、ガイアンの表情は変わらない。

 ただ、その態度には、彼の心の動揺が見て取ることができた。

 止まった右手のペンが、小刻みに震えている。


 「医者に任せてある。問題ない」

 「意識は戻ったのか?」

 「さあな」

 「さあなって、お前………」

 「俺が戻ったところで何もできんさ」


 止まっていたペンが、再び動き出す。その姿を見てふと思った。

 こいつは現実に目を背け、仕事に逃避しているだけなのではないかと。

 そう思った瞬間、考えるよりも早く手が動く。

 俺は、彼の手元にあった書類を取り上げていた。


 「………何をする?」

 「一度家に帰れ、ガイアン」

 「言ったろう、帰ったところで何もできん。それなら、ここでやるべき仕事をしていた方が合理的だ」

 「合理的とかそういう話じゃない。これは領主命令だ。家に帰ってエランの様子を見てこい」

 しばらく俺たちは無言のままにらみ合った。


 やがて、ガイアンが折れる。

 彼はペンを置き、立ち上がりつつ言った。

 「夕方には戻る」

 「認めん。せめて今晩は自宅で過ごせ」

 「ここの仕事が滞るぞ」

 「俺が代わりにやっておくさ」

 「それだけはやめてくれ。滞るどころか、マイナスになってしまう」

 「お前な………」


 そしてガイアンは、机の上は動かすなと、何度も念を押しつつ、部屋を出ていった。

 俺はやや苦笑いしつつ、微妙な面持ちでそれを見守る。

 そして、取り上げた書類を机に戻すと、今度は窓から外を見てみた。


 ほどなく現れたのは、合羽を着込み、馬にまたがったガイアンの姿。

 彼は、雨に打たれながらも、矢のような速さで、麓の街まで駆けて行った。


 何だあいつ、けっこう心配してたんじゃないか。

 それにしても、マイナスとは酷い言われようだ。

 別に俺だって事務仕事ができないわけじゃない。

 ガイアンが全てやってしまうから、やらないだけだ。


 少し対抗心が燃え、俺はガイアンの机へと座る。

 ほぼ何も無い俺の机とは対照的に、様々な書類や資料が積まれていた。

 だが無造作という印象では無い。きちんと分類がされている感じ。


 見るからに、素人が手を出してはならない、危険な臭いがプンプンしている。

 その書類と資料で展開された机上の布陣に、俺は思わず怖気づく。

 むう、戦場以外でこんなプレッシャーを感じることになろうとは。さすがは我が弟。


 ならば、と俺はその引き出しに手を伸ばす。

 す───っと、普段開かない引き出しが、すんなり開いた。


 なんだあいつ、慌てて鍵をかけ忘れて行ったな。


 悪いこととはわかっていたが、その中身に興味が湧いた。少し中をあさってみる。

 やがて、綺麗に整理されたそこの片隅に、俺はとある物を見つけた。


 それは片手サイズの肖像画。


 若い女性のものだったが、奴の奥さんじゃない。

 おいおい、何か俺、ヤバいもの発見しちゃったか?

 などと一瞬、焦ったが、すぐにそれが誰であるか思い出す。


 それは、ガイアンの母親の、若かりし頃の姿であった。


 俺としては、亡くなる間際の、痩せ細った印象しかなかったため、すぐには気付けなかった。

 肖像画の彼女は、黒髪黒眼の、やや地味ではあるが、凛とした感じの美人。


 そうだなぁ、若い頃は、こんな感じだったかもしれない。


 俺の印象としては、神経質で少し口うるさいおばさんといった感じの人。

 そういえば、ガイアンはよく怒られたり、説教をされていた。


 ちなみに親父との付き合いは、正妻───すなわち俺の母親、よりも長かったらしい。

 親父がロスガルド家を継ぐにあたり、いったん離縁したものの、その後すぐに復縁し、第二夫人として迎え入れられたのだ。


 親父が浮気を繰り返すようになっても、彼女は一途に親父を想っていたらしい。

 ちなみに俺の母親は、親父を見限り、自分も愛人を作ってよろしくやっていた。

 元が政略結婚だったため、愛情も薄かったのだろう。


 俺は無言のまま、引き出しを元に戻す。


 う~ん、あまり思い出したくは無かった。

 ガイアンの母親に、あまり良い思い出は無い。


 俺を見つめる冷たい目が、脳裏をよぎる。

 子供心に、この人、俺のこと嫌いなんだな………と感じていた。


 まあ無理もない。俺の存在は、きっと目の上のたんこぶだった筈だ。

 俺さえ居なくなれば、ガイアンがロスガルド家の当主になれるのだから。


 むしろ俺を毒殺しなかっただけ、常識をわきまえた良い人だったのかもしれない。

 王都で出回っている、貴族間の黒い噂話を聞いていると、そんなふうにも思える。


 俺は椅子から立ち上がり、扉へと進み出ると、大きく背伸びをした。


 まあ、それももう過去の話だ。

 親父も、俺の母親も、ガイアンの母親も、誰もこの世に残っちゃいない。


 そして、二つ並んだ机を振り返る。


 あれはかつて、親父と、テッドという老臣が使っていた机だった。

 今は、俺とガイアンが座っている。


 いずれは、アルフィンとエランが座ることになるのだろう。


 自然と、そこに座る、青年となった二人の姿が思い浮かんだ。

 アルフィンは本が好きだし繊細だからなぁ、事務仕事に向いているかもしれない。

 一方のエランは活発だし、何となく大雑把な印象だ。あまり事務仕事には向かないか。

 そうなると、今とは逆の構図になるのだろうか?


 机を並べ、意見を交わしている二人を想像し、思わず口元に笑みが浮かんだ。


 まあ、それもまだ先の話だ。

 今は俺たちの世代が、粛々と目の前にある事象をこなさなければならない。


 彼らに、あの机を引き継ぐために。


       ・

       ・

       ・


 さて、捕らえた傭兵たちの尋問の様子でも見てくるか。


 俺はそのまま、扉から外へ出る。


 無人の部屋に残された、二つの机。ぱたん、と扉が閉まる音。

 薄暗い部屋には、ただ静かな雨音だけが響き渡っていた。


       ◇◆◇◆◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ