9 アルフィン、修羅場に遭遇する
その日、館の様子は朝から変であった。
簡潔に言い表すならば、やたらと慌ただしかった。
ガチャガチャと甲冑を鳴らしながら、早足で回廊を歩く騎士たち。
「おい、俺の右のすね当て知らんか。見当たらないんだが」
「知るかよ。地下倉庫に一個くらい余ってるんじゃないか? もらって来いよ」
「ああ~~………、怒られそうだなぁ」
「こそっと持って来ちゃあ、わからねえって!」
そんな会話をしつつ、どこかへ立ち去ってゆく。
そうかと思えば、今度はどこからかメイドの話し声。
「そうなんです、騎士に持たせる保存食が全然足りてないんです。誰かが倉庫から、いつの間にか持って行ったみたいで」
「そんなの、適当に何か持たせればいいのよ。どうせ領内から出ないんだし、長期戦にはならないんだから」
「そうですか………。ところで、今回の出撃って、けっこう危ない任務なんですか?」
「そうねぇ、でも相手は盗賊でしょう? そんなでも無いんじゃないの?」
「ああっ、でもすごく心配ですっ! 実は私、ピピンのことが好きなんですけど、これを機に告白しておいた方がいいでしょうか?」
「ピピンって、新入りの見習い騎士の? あの子って、確かユナと付き合ってるって………」
「ええっ!?」
俺は、とりあえずピピンとかいう見習い騎士の爆発を祈ると、エランと共に、朝食が用意されている食堂へ急いだ。
回廊を過ぎ、食堂へと入る。
そこにはすでに母親が待っていた。
「おはよう、アルフィン、それからエラン」
俺とエランは挨拶を返す。父親の姿は無い。
昨日のノゾキ行為について何か言われるのではないかと、俺とエランはビクビクしたが、とりたて、それへの言及は無かった。
食事中、館の慌ただしさについて、少し聞いてみる。
母親の話だと、ちょっとした手違いで、領内に傭兵団が入ってしまったらしく、退去を説得するため騎士団がこれから出立するとのことであった。
「結局、傭兵なのか、盗賊なのか、どっちなんだろうな?」
「うん、でも盗賊ってのはメイドの話だし、母上の言ってるほうが正しいんじゃないかな?」
などと話しつつ、教室へと入る。すでにそこにはアニスとメルティナの姿があった。
入った瞬間、アニスが目を輝かせてこちらに来る。
「ねえねえ、見た? すごいねっ!」
「何がさ?」とエラン。
「あれよ、あれ!」とアニスは窓の外を指差す。
そこでは、ぱっと見、四〇~五〇騎の騎士たちが、馬を闊歩させつつ、今まさに集結しようとしているところであった。
騎士長の掛け声とともに、雑然としていた騎士たちが移動を始め、徐々に整然とした方陣を形成してゆく。
そのてきぱきとした集団行動に、俺はしばし目を奪われた。
今まで麓の街へ巡回に行く、五~六騎の隊列は見たことがあったが、さすがにこの数の集結を見るのは初めてである。
まさしく騎士団、いかにも軍隊………って感じの、壮観な光景であった。
やがてウェインと、騎士長のグルガン・オルテスが、騎士団の前へと馬を進めて行く。
「何だよ、親父は留守番かよ」と、悔しそうにエラン。
続いて「お父様、がんばって!」と、メルティナの声が響いた。
それに対し、大きく手を振って応えるグルガン。
そして、その横では親父が、じっとこちらを見つめていた。
何だ?
もしかして、『パパ、頑張ってね!』とかいう言葉を期待してるのか?
いや、やらんぞ、俺は。絶対に。
などと考えるうち、ウェインがこちらへ手を振ってきた。
心臓がビクリと動き、思わず反射的に、小さく手を振り返す。
………な、何だよ、もう。
どうせなら、もう少し大きく振ってやれば良かったかな?
やや嬉しい反面、かなり恥ずかしかった。俺は赤面しつつ、顔をうつむける。
そんなうちに、騎士団は出立を開始していた。
突き抜ける青空、緑の大地に響き渡る馬蹄の響き。
陣頭に立つのはウェイン。伝令が持つ軍旗、剣と鷹の紋章がはためく。
その光景に、俺の体がわずかに震えた。
この胸に、じんと染みる気持ちは、何と表現すればいいのだろうか。
もしかして、これが日頃から繰り返し言われている、貴族の誇りというものなのか。
(がんばれ、親父………)俺は拳をぐっと握りしめ、そう願う。
そして、それを口に出して伝えなかったことを、今更ながらに後悔していた。
▼
騎士団が出立し、どれくらいの時間が経ったろう。
俺たちは、教室に放置されていた。
本来であれば、剣術の稽古が予定されていたが、ガイアンは今、それどころではない。
今回の軍事行動が正当なものであることを報告書にし、早急に王都へ伝達しなければならなかった。
付け加えれば、忙しいのはガイアンだけでは無い。
騎士団は出立したものの、城で働く面々は、何かしらの仕事を続けている。
今回の軍事行動は、ベルナード騎士団主体のものとしては、およそ二〇年ぶりの出陣となった。
久しぶりで、しかも急な出陣となったため、保存食の不足、甲冑のパーツの紛失、剣の錆付きなど、次々と問題が浮上していたのである。
中には、太り過ぎて甲冑を着込むことができず、出陣を見合わせた騎士も居たのだとか。
まあ、いわゆる皆が平和ボケしていたということだろう。
城に残った騎士やメイドたちは、その対応に四苦八苦していた。
静寂に包まれた教室で、ぺらり、ぺらりと、本のページをめくる音だけが響く。
エランとアニスは、机でぐた~っと突っ伏しながら、本を読む俺とメルティナを横目で見ていた。
「ナニソレ、オイシイノ?」
半目で、こちらをじと~っと見つめつつ、ぼそり、とアニスがつぶやく。
俺は何も答えない。これはアニスの戦法なのだ。
下手に答えると、色々と絡まれ、暇つぶしの相手をさせられ面倒くさい。
しかし………
「で、でもね、アルフィンから借りたこの本、すごく面白いんだよ」
メルティナのその声に、俺は心の中で頭を抱えた。
アニスは待ってましたとばかりに、にやっと、まるで悪の総帥のような笑みを浮かべる。
「へぇ~、その本、アルフィンが貸したんだぁ。ふぅ~ん………」
(うわぁ、面倒くせえ………)
俺は完全に無視を決め込むと、ひたすらに本のページをめくる。
もはや内容など頭に入っちゃいなかったが、下手な応答は、墓穴を掘るだけだと思った。
そんな俺の対応が癪に障ったようで、しばしの沈黙の後、アニスはぼそりと言う。
「あんたたちさぁ、付き合ってるの?」
そのぶっこみ発言に、俺は思わず鼻水を吹き出し、机に突っ伏す。
背後のメルティナも、何やら咳込んでいるようだった。
ハンカチで鼻を抑えつつ、俺は答えた。
「ち、違うよ。そんなことないよ」
「じゃあさぁ、付き合っちゃえば」
「そんな、まだ早いよ」
「そう? そんなことないと思うけど。あたしらと同年代の街の子、結構恋人いる人多いよ」
「そ、そうなの?」
アニスは無言のまま、こくこくっと頷く。
確かに、この世界では十五~十六歳が、成人と見なされている。
騎士学校の、入学目安が十四歳であるのもそのためだ。
そして結婚適齢期とされるのは、二〇歳前後。
そう考えると、十代の前半で恋人がいるってのも、おかしくは無いのかもしれない。
だが、はいそうですか付き合いましょう───ともいかないだろう。
ちらりと背後を見やる。
そこには顔を真っ赤にし、少しうつむいているメルティナの姿があった。
とりあえず、アニスの冷やかしから、彼女を守らねばならないと思った。
俺は、薄笑いを浮かべて余裕をかますアニスに対して切り出す。
「じゃあ、アニスはどうなのさ?」
「は、はぁ? あたしィ?」と、思わず声が裏返る。
攻守交代といった感じであった。
思わず視線を落とし、途端に落ち着きがなくなるアニス。
「ほら、あたしはさぁ、髪もこんなだし、肌も白くないしさぁ………」
ショートカットの黒髪の端を、指でくるくると回しながら、アニスはつぶやく。
確かに、この世界での美女の基準は、長髪に白い肌であった。
「そんなこと無いと思うけど」
「………え?」
「アニスは綺麗だよ。そんなに自分を卑下することないと思うけどなぁ」
それは、完全にからかったわけでは無く、半分本心から出た言葉であった。
前世の価値観からすると、彼女は間違いなく美少女のカテゴリに入る。
「な、な、なに言ってんの、あんた!」
アニスの顔が、徐々に赤くなり、瞳がじわっと潤むのがわかった。
彼女はきゅっと唇を噛むと、そのままエランの席を見る。
普段、自分に援護射撃を入れる、エランの存在感が皆無であることに気付いたのだろう。
だが、エランは席には居なかった。
窓際で、何やら外を眺めている。
「あ、そうだ、エラン!」
アニスはわざとらしくそう叫ぶと、あたふたと席を立ち、エランの元へ駆けてゆく。
それを見つつ、俺は心の中でガッツポーズを取っていた。
普段、やられっ放しだったアニスに、一矢報いた感があったからである。
また今度からかわれたら、ああいう風に言い返せばいいのか───、などと考える。
だが、そんな俺の服の袖を、くいくいっと引っ張る者がいた。
メルティナである。
彼女は、どす黒い負のオーラを放ちつつ、闇落ち寸前といった表情で、俺に小声で問いかける。
「アルフィンは………、アニスのことが………、好き、なの?」
この時、俺の寿命は、確実に一年縮んだに違いない。
「な、なに言ってんだよ。違う違う!」
「でも、アニスのこと、綺麗って言ってた」
「だって………、アニスは実際、綺麗だろう?」
「ふぅん、アルフィンは、アニスみたいなのが好きなんだね」
いや、別に綺麗イコール好き、じゃないだろう?
そんな風にふと思ったが、もはや何を言っても墓穴になるような気がしていた。
トータル人生五〇年にして、初の修羅場!
漫画やラノベなんかだと、こういう場面あるよなぁ………。
しかし、あれは読者という第三目線だからこそ良かったのだと痛感する。
実際の当事者になってみると、これはかなり心臓に悪い。
加えて俺は小心者なのだ。
メルティナのオーラに怯え、もはや正視すらできなくなっている。
そんな俺は………、
「あ、そうだ、エラン!」
アニスと同じ戦法で、その場から逃げた。
▽
窓際では、エランとアニスが何やら話をしていた。
背後からひしひしと、どす黒いオーラを感じつつも、俺はそれに加わる。
すると即座に、エランが問いかけてきた。
「なあ、アルフィン、騎士団はどこに行くって言ってた?」
「え、確か………、リュマ方面って聞こえたけど」
「やっぱりそうか………」
しばしの沈黙。
いったい、何の話をしていたんだ?
ふと、アニスを見ると、俺と同じく首を傾げている。
アニスもわからないのか。
やがて、決意したかのような顔で、エランは言った。
「俺さ、騎士団が戦うとこ、見てみたい」
その発言に、思わずアニスが問いかける。
「ええっ、危ないよ。それにきっと怒られる!」
「危なくないし、見つからない。遠くから見るだけだから」
「遠くからって………、後をつけて行くの?」
「違うよ。いい場所があるのさ」と、エランは俺に視線を送る。
その視線を受け、俺はエランの構想を理解した。
ここ一年ほど、俺たちは馬術の訓練を始めており、かなり馬を乗りこなせるようになっていた。
授業終わりの空いた時間や、休日など、俺とエランは馬であちこちを駆け回り、かなり付近の地理にも詳しくなっている。
そして、ベルナード城から、山道をしばらく進んだ先に、リュマ方面を一望できる丘があることを知っていたのだ。
この山道は、かつては山で伐採された樹木を、馬車で運んだ道らしく、今はやや荒れているものの、馬一頭くらいであれば、余裕で通ることができた。
それを話したところ、アニスは非常に乗り気であった。
一方、俺は正直、あまり気が進まなかったが、臆病者と思われるのも嫌なので、エランたちに賛同する。
だが、そこで、ひとつ問題が発覚した。
俺たち三人は、そろって視線をメルティナに送る。
彼女は、馬に乗れなかった。
「私を置いてくの?」
先ほどの件もあり、彼女はやや不機嫌である。
「ああ、ここで待っててくれるかな?」と俺。
「置いて行かれたら………、私、先生に言うからね」
それを聞き、待て待て───と、慌てて三人で彼女の元に集まる。
そして、アニスが仕方ない───、といった感じで進み出て言った。
「わかった、あたしの後ろに乗って行きな」
それを聞き、メルティナは笑顔でこくり、と頷いた。
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