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親愛なる召喚士へ ~世界を越える魔法〜  作者: asahi
第一章 召喚士と方陣士
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10.村を守る青年

10.村を守る青年


「トリーシャ、誕生日おめでとう!」

「おめでとう!!!」


 パンッ、と軽い破裂音と共に紙吹雪とテープが飛び交う。トリーシャはみんなの祝いの言葉と紙テープをひとしきり浴びてそれに応えた後、目の前に置かれている鶏の丸焼きに舌なめずりした。

 何よりも食い気が先行してあふれ出ているトリーシャを見ていると、自然と頬が緩んできてしまった。


 みんな思い思いに食べては飲み、笑いあって過ごしていた。

 祝会は用意された料理がすべてみんなのお腹の中に入ってしまった後も続いていたが、間もなく机に突っ伏してそのまま寝入ってしまう人もちらほら現れるようになってきた。

 トリーシャはさんざん笑い、ふざけ回って疲れたのか、私の肩にもたれかかって幸せそうに寝息を立てている。


 宴もたけなわとなった穏やかな空気の中、その余韻に浸っていると、窓の外に司祭の姿が見えた。トリーシャを起こさぬように静かにソファに横たえると、そっと扉を開けて司祭の後を追った。


「司祭様、何か私にご用でしたか」

「おお、エア。いやいや、急な話ではないから気にしないでください。今日はトリーシャの誕生会なのでしょう?」

「…もしかして、巡業のお話でしょうか」

「おお、なんとなんと。エアは察しがいいですね」


 司祭は困ったように笑って言った。

 祝会に向かう前に挨拶をしに行ったけれど、その時には話題にならなかった。

 おそらく、急な報せが入ったのではないだろうか。旅立つのはずっと後だと聞かされていたから、私はそのつもりでいたのに。少しだけ、嫌な予感がした。


「君が島巡りに行っている間、帝都にいる賢者様と会っていたのですが、君のことを話したら、なんとなんと、是非会いたいとおっしゃられてね。その時は大変興味を持たれておりました。そしてつい先ほど、その賢者様から文が届きましてね。なんでも、君の力を借りたい件があるのだとか。これは非常に喜ばしいことですよ、エア」


 賢者様が、私の力を借りる?

 いまいち実感が沸かなかった。修行の身である私が何故都に呼ばれるのだろう。


「賢者様は早ければ早いほどいいとも書いておられるのですが、流石に巡業をないがしろにしろとまではおっしゃられていませんでした。なので、エア。巡業の日取りを早めて、三日後にはここを発ちなさい」

「三日、ですか…」

「そうですそうです。それに、安心しなさい。賢者様は私の友であり騎士であるサー・エドガー帝国騎士を護衛として当たらせてくれることを約束してくださいました。彼は防人としてこの島に滞在しているのですが、一時的にその任を解いてくれるそうです。その彼がコレットに到着するのが三日後なのです。エドガーと共に大陸に渡り、帝都を目指しながら各地を回りなさい」

「しかし、司祭様。その、私はまだ未熟で大陸の巡業にはまだ早いとついさっき…」

「いやいや、エアよ」


 司祭は大げさに首を振った。


「あなたは優秀だった。きっとこの旅も成功するだろう。私はそう確信している。…君もそう思うだろう、アトモよ」


 司祭は私の顔を見ているかと思いきや、視線は私のずっと後ろに向いていたようだ。振り返ると、木陰からアトモがちょうど姿を現したところだった。


「盗み聞きとは、君らしくもないですね」

「司祭様、どうかお許しを。人の話し声が聞こえたので、つい」


 アトモはそのまま近付くと、司祭に尋ねた。


「エアはオルゲニアへ行くのですか」

「ええ、ええ。賢者オルヴィエ公の頼みなのです。是非ともお会いしたいとおっしゃいましてね。私としても弟子が都に上るのは嬉しいことでしてね」 

「その旅、俺もついて行きます」

「え?」


 思わず声を漏らしていた。アトモの目は本気そのものだ。


「まあまあ、アトモよ。落ち着きなさい。エアは何もたった一人で行くわけではありません。私の友人である騎士がエアの護衛につきます。安心しなさい」

「護衛なら俺が努めます」

「アトモ。あまり自分の魔法を過信してはいけません。君の魔法は確かに魔物を遠ざけてくれるかもしれません。しかし、盗賊や山賊に襲われたり、小国同士の突然の紛争に巻き込まれたりしたときはどうするのです。相手は人間なのですよ。アトモ、私の教えは覚えていますか?」

「…魔法は、人を傷つけてはならない」

「よろしい。ならば分かるでしょう。人間同士の争いには魔法を用いない、いわゆる剣と盾の力が必要なのです」


 司祭はアトモをなだめるように言った。


「それに、君の魔法の炎はこの村を守るのになくてはならない大事なもの。いかな私でも、村を隅々まで魔物や災害から守ることは難しい。君にはここに残って、村を守る助けとなってほしいのですよ」


 怒るでもなく諭すでもなく、司祭はアトモに嘆願していた。アトモはしばらく何も言わなかったが、逡巡したあと何かを諦めたかのようにため息をついた。


「わかりました。司祭様の言うとおり、エアの旅は見送るだけにしておきます。村の守護はお任せ下さい」

「アトモ…。ありがとう」

「その代わり、この任は、エアの護衛につくという騎士様とやらに会って話した後、正式に承りたいと思います」

「アトモ?」


 アトモは再び厳しい表情で言った。


「エアの護衛に相応しいかどうかは、俺が判断します」


 ※


 その日はあっという間にやってきた。


 どうしてこうなってしまったのか、いまいち理解できていない私がいる。しかし、困惑しているのはどうやら私と騎士だけで、司祭や村の人達はみな、その理由を分かっているようだった。

 村の広場には大勢の村人が広場の中心を囲うように勢揃いしている中、騎士とアトモがその中心で向かい合った。そして、アトモが放った一言で、私はようやく何が始まるのかを悟ったのだった。


「俺はアトモ・シーウェル。帝国騎士サー・エドガー・ドレスデン。貴殿に決闘を申し込む」

「アトモ!? 一体何を言って…!」


 驚いて慌ててアトモを止めようと手を伸ばし掛けたが、周りの野次が突然沸き上がったためそっちに気を取られてしまった。


「いいぞアトモ! やっちまえ!」

「男見せろよアトモ!」

「負けんじゃないよ!!」


 村の人々は口々にアトモに声援を浴びせかけている。これは一体どういうことなの?

 周りをぐるりと村人に囲まれて混乱しているのはエドガーも同じようで、困惑顔で立ち往生していた。


「どうして私が君と闘わなければならない? 同じ騎士であればまだしも、君は一般人じゃないか」

「簡単なことです。私達の村の仲間を、騎士団に預けるのは信用ならないということです」


 アトモが喋れば、観衆もそれに合わせて歓声を上げる。


「ひとつ聞きたいことがあります。この村が魔物に襲われた時、騎士団はなにをしていたのでしょうか。市民を、国民を守るための騎士は何処にいたのですか」

「水を差すようですまないが、それはいつのことを指しているんだ?」

「私の一番古い記憶で十年前になります。その後も度々、この村は魔物の群れに襲われています。私達はその都度脅威を追い払ってきた。自分達の身を削って。今でこそ大きな犠牲は出しませんが、かつては死人が出ない争いはありませんでした。私達はその度に憤りを感じてきました。騎士団は何をしているのだと」


 エアはようやく、アトモや村の人々からじわりと感じる苛立ちの訳を理解した。そして同時に、ひどく胸を締め付けられる思いがした。


 村を守らなかったことが罪ならば、私も同罪だ。襲撃の報せを受ける度に、肝心の我が身は修業の旅に出ている最中だったのだから。

 

 アトモの言う通り、最近はアトモをはじめとする魔術や剣に長けた人が増えたおかげで、自分達の力だけで村を守ることができるようになった。

 しかしそれまでは、旅から帰る度に墓標が増えている、ということは珍しいことではなかった。

 村に戻った時に訃報を知れば、私は真っ先に墓地へ花を手向けに行き、自分を責めた。力不足であることよりも、少しの手助けもできなかったことが悔しかったから。

 それと同時に、村の人々やアトモは、責務を果たさない騎士団に怒りを募らせてきたのだろう。


 そう。もしかしたら、私の事も…


「この村が育て大陸に献上した花卉や作物は、あなた達の住む帝都や王宮を豊かにしている。騎士はその豊かさの代わりに、他国や魔物から民を守るのが使命のはず。それが果たされていない以上、私達には騎士団を信用する理由がないのです。貴殿にもそれはわかってもらえると思うのですが」

「そういうことか」


 エドガーは眉をしかめ、噛みしめるように言った。


「騎士団の力が及ばなかったことについては本当に申し訳なく思う。しかし、言い訳がましく聞こえるかもしれないが、この島に駐屯している騎士は私を含め数人しかいないのだ。決して防衛任務を放棄しているわけではないが、手が回りきっていないのが現状だ。どうしても、要所の防衛を優先せざるを得ない」

「国の役人が住む港町のことですね。それも知れたことです。だからこそ余計に苛立っているんですよ、私達は。その意味はさっきも言った通りです」

「…」

「騎士エドガー・ドレスデン。決闘を受けてもらえますね」


 皆、エドガーの答えを固唾を飲んで見守った。エドガーは深い息をひとつついた後、静かに言った。


「受けよう、アトモ・シーウェル。君の言い分はよく分かった。君が納得するまで闘うことを約束するよ」


 アトモは鞘から剣を抜き、前に構えた。剣はその身から光を発するかのように陽光を浴びて輝いている。魔物退治をする時、アトモが使っている剣なのだろう。


「…。困ったことになったな」


 エドガーは厳しい顔つきになりながらも、ついに自分の腰に携えた剣に手を添えた。


「決闘のルールは騎士団が採用しているもので構わないな。まさか死人を出すつもりじゃあるまい」

「それぐらいの気概でやってほしいものですがね。まあ、いいでしょう」


 エドガーも剣を抜いた。アトモの剣よりも幅が広い両刃の剣。陽の光を跳ね返すことなく、その剣は鈍い金属光沢を放っている。


「アトモ・シーウェル。本当に…」

「はあぁぁぁっ!!」


 エドガーが何か言いかけた時、アトモはいきなりエドガーに切りかかった。

 エドガーは不意を突かれて体勢を崩したものの、剣でアトモの突進を防いだ。

 そのままお互いの剣でせめぎ合う形になるかと思いきや、アトモが剣を持つ腕に力を込めた。

 

 すると剣が僅かに輝き、突如燃え上がった。エドガーは咄嗟に身を捻って後退し、アトモから距離をとった。


「…魔導士か」


 エドガーが呟くのが聴こえた。アトモは剣を一薙ぎして刃にまとわりついた炎を払うと、再びエドガーに向かって突進する。


 剣戟の音と歓声が広場に響いている。しかし、近くで聴いているはずなのに、それはどこか遠くで鳴り響いているように聴こえていた。とても、寂しいと思った。こんな時になって、どうしてそんな気持ちになるのだろう。


 …早く、終わらないかな。


 エドガーが攻勢に回った。アトモの突進を見切り、剣で受け流すように身を翻す。

 勢いに乗ったまま前進するアトモの背後にエドガーは回りこみ、そのまま斬りかかろうとする。

 しかし、アトモが振り向き様に剣を振り抜くと、その軌道にそって炎が上がり、それに視界を眩まされたエドガーは身を引く他なかった。


 魔法の炎を直接人に浴びせかけるのは、魔導士の掟に反する。

 騎士団の決闘の形式に則っているのなら尚更だ。だからアトモは目眩しや誤魔化しのためだけに魔法の炎を使っている。歴戦の戦士を相手に、一狩人でしかないアトモが対等に渡り合うには魔法に頼らざるを得ないのだろう。

 それかもしくは、その戦い方を、村を守るために一人で磨いてきたのかもしれない。

 たとえ人と戦う事になっても、魔導士としての利を活かせるように。


 ぎんっ、と鈍い金属の音が響き渡り、辺りは静まり返った。その光景を見て我に返ると、広場の真ん中で相対するアトモとエドガーが視界に入った。


 アトモは地面に尻餅をつき、エドガーがそれを見下ろしながら剣をアトモに突きつけていた。二人とも肩で息をしており、泥まみれだった。


「アトモ・シーウェル。気は済んだか」


 アトモの持つ剣に目をやると、刃の中程から先が折れて無くなっていた。勝負あり、だ。


「クソ親父め…。なまくら持たせやがって…」


 アトモは悪態をつきつつも、ゆっくりと立ち上がった。


「…参りました」


 周りから拍手がまばらに起こり始める。誰も、アトモにも罵声を浴びせるようなことはしないどころか、労うように声をかけていた。


「よくやった!」

「かっこよかったぞー!」


 エドガーとアトモはお互いに剣を鞘に収めると、泥にまみれた手を握り合った。


「アトモ・シーウェル。君は本当にここの村人なのか。まるでもう何度も人と戦っているかのような動きだった」

「村を襲うのは魔物だけじゃない。この辺には蛮族、盗賊も出るんだ。襲われた時に、相手が人だからといって退く訳にはいかない」

「なるほどな。君はいい戦士だ」

「嫌味にしか聞こえないな」

「…そうだな」


 アトモは身を翻し、広場から去って行った。それに合わせるように観衆もそれぞれ村の中に散っていき、結局、広場にはエドガーと司祭、そしてエアだけが残された。


「エドガー。さぞかし疲れたでしょう。ほらほら、とにかく今は休みましょう」

「あ、ああ…」


 エドガーはまだアトモに何か言いたげに村の奥を見つめていたが、すぐに司祭の後について教会の中へと入っていった。

 エアは村の奥と教会を交互に見やり、少し逡巡した後、エドガー達を追うようにして教会へと向かった。


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