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親愛なる召喚士へ ~世界を越える魔法〜  作者: asahi
第一章 召喚士と方陣士
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1.旅と手紙と召喚士

1.旅と手紙と召喚士


 魔法は存在する。


 魔法は不思議な力だ。

 火を起こし、風を吹かせ、雨を降らし、岩を砕き、金を生みだす。

 魔法は超人的で、時に想像を絶する事態を招くことだってできる。

 

 しかし、人々は魔法を操る人間に対し、尊敬や嫉妬はあれど、恐れも怯えもしない。

 なぜなら、禁忌を破った者には天罰が下ることを知っているからだ。

 その禁忌とは、

 

 「魔法によって人を殺めること」である。

 

 そして何より、魔法は自然を操る神の力であると同時に、望む者全てに等しく与えられる力でもある。

 魔法は持って生まれるものではない。

 魔法を知り、魔法を信じ、魔法を学べば、どんな人にも扱うことができるのだ。


 そしてイオンもまた、魔法を会得した多くの人のうちの一人だった。


 ※


 雪が降り積もる港の桟橋に、ひとつの小柄な帆船が停泊していた。その船べりには、腰掛けるひとりの青年の姿があった。

 イオンはぼさぼさの髪の毛に白雪を積もらせながら、黙って一枚の手紙を見つめていた。彼の傍らには、一羽の鷹が大きな体を休ませるようにゆったりと座りこんでいる。


「おい兄ちゃん! そろそろ出るぞ! 中に入れ!」


 操舵輪を握る男がイオンに向かって叫ぶ。


「すいません! 今降ります!」


 イオンも叫び返しつつ、あわてて手紙を肩掛けの小さな鞄の中にねじ込んだ。

 船室に入ろうとすると、パイプ煙草をくわえた男がにやけながら声をかけてきた。


「なんだなんだぁ。ガールフレンドからのお手紙か?」

「ちがいますよ。仕事の手紙です」


 そうかよ、と男はつまらなそうに肩をすくめると、さっさと入れと言わんばかりに手を振った。イオンは耳が熱くなっているのを隠しつつ船室へと入っていった。


「出港だ! 面舵いっぱーい!」


 イオンが船室のベッドに横たわると間もなく、船長の号令が響き渡るのが聞こえた。そしてゆっくりと船は動き出した。


 イオンは背中で波に逆らう船の揺れを感じながら、上着のポケットから手紙を引っ張り出した。


 その手紙は、もう何度もそうやって引っ張り出されてきたためか、くたびれてあちこちに皺が寄っていた。


 イオンはベッドに横になりながら、その手紙を眺めた。


 親愛なる イオン へ


 お元気ですか。


 この前は木苺のワインをありがとう!

 お母さんが、大陸の北に住んでいた頃を思い出すと言って、とても喜んでいました。

 私も少しばかり舐めてみましたが、あまりに甘いので、本当にお酒なのかと疑ってしまいました。その後すっかり酔って、次の日のお昼まで寝入ってしまったのはお察しの通りです。


 さて、もし、この近くに来ているのであれば、会ってお話しませんか。


 もちろん、ここへ来るのに何日もかかるのであれば、無理をせずに旅を続けてくださいね。でも、もし帰ってきてくれるのなら、手紙で知らせてくれるととても嬉しいです。イオンが帰ってくると知ったら、きっとみんな喜ぶと思います。


 また、お手紙くださいね。

 あなたの旅に風神様のご加護がありますように。


 エア・フローレンス より    

 

 イオンはこの世界で最も大きな大陸の、とある港町に居た。


 そして今日は数十年ぶりに、故郷の村へと帰ろうと決意した日でもある。 


 イオンの故郷へは、港町の沖を南に進み、大海に浮かぶ島へ向かう必要がある。

 しかし、船乗りたちによると、最近になって洋上に竜巻が出るところがあるらしく、これから通ることになる海の沖もその例外ではないそうだ。

 

 イオンは小さくため息をついた。


「嵐が収まるのを待ってたら春になるからな…」


 ひとりごちたイオンの傍らに、船室の窓から鷹が一羽舞い降りた。

 そして主人の髪の毛を細かく何度もついばみ始めた。


「ユーリ、わかったわかった。今から手紙を書くよ」


 イオンはベッドから起き上がると、船室の隅っこにある机に向かった。

 

 ユーリはイオンと旅を共にする従順で賢い鷹だ。

 今まで、山でも海でも、それこそ砂漠やツンドラでも、平気でイオンの側に就き従ってきた。

 そしてイオンが旅の間、唯一曇りなく信頼できる友でもあった。


「クニヒロ? ここに置いてあった羽ペンとインクを知らないか」


 イオンは部屋の下層につづく扉に向かって呼びかけた。

 すると、扉が開いて眼鏡をかけた黒髪の青年が現れた。


 クニヒロと呼ばれた青年は無言で羽ペンとインクを差し出すと、下層に戻っていった。

 イオンは特別気にしたふうでもなく、肩がけ鞄から便箋を取り出し、インクに羽ペンを浸した。


 交易船や漁船の船長と交渉し、船に乗せてもらうということは今に始まったことではない。


 そして船に限らず、こういった移動手段は個人で持つのは大変難しい。


 街道では馬車が、雪山ではソリが、といったように、国々を渡り歩くには移動や運搬の道具を、そこの環境や地形に合ったものに変えなければならない。

 ヒッチハイクは学ぶべくして習得する常套手段だった。


 そして、交渉して乗せてもらった船や馬車の中で、見知らぬ人と同じ部屋で寝ることになるのもまた、よくあることだった。


 イオンにとって、あくまで旅の同伴者はユーリのみ。たとえルームメイトがさっきのように無愛想でも、それで不機嫌になったり、気に留めることはないのである。


 しばらくイオンが便箋とにらめっこしていると、再度下層への扉が開き、クニヒロがのそりと登ってきた。


「イオン。それ、何書いてるんだ」

「手紙の返事だよ」

「手紙? ああ、ちょくちょくお前が外で読んでる奴か。相手は誰だ? 女か?」

「…故郷の友達だよ」

「なんだ、つまんねぇな」

「なんだってみんな同じこと聞くんだろうな…」

「そういや、あんたがこの町でやってたことが耳に入ったんだ。お前、この港町の雪について調査してたんだって?」


 クニヒロはとても自然にイオンのベッドに腰掛けた。遠慮する様子はまるでない。

 イオンは気に留めることなく、したためた手紙の文章に目を通しながら答えた。


「そうだけど」

「それなら、噂も聞いてるはずだ。雪女の」

「あれか。いや。調査したが、そんなやつがいる痕跡はなかったよ」

「本当か」

「ああ。神に誓ってもいいぞ」

「そうか」


 イオンが滞在していた港町――ノザントーレは、一年を通して温暖な地域に属しているが、とある一定の時期だけ強い寒波に覆われ、大雪が降ることで有名な港町だった。


 そのため、この期間が近づくと、人々は港を離れ、郊外や故郷へと散り散りになっていく。

 普段は大陸間で交易を行う玄関口であるため人と声でたいへん賑わう活気のある町だ。


 しかし、冬を迎えつつある今は閑散として、静かなものだった。

 

「これでよし。頼んだぞ、ユーリ」


 イオンはしたためた手紙をユーリの足元に括り付けた。

 ユーリは頷くような仕草を見せた後、勢い良く船室の窓から飛び立って行った。

  

「しかし、なんでそんなもの調べまわってるんだ。確かにここらで雪が降るのはノザントーレだけだが、別に不思議でも何でもないだろ」

「やりたい事があるんだが、そのための情報収集の一環なんだ」

「ふーん。お前、国の調査員か何かなのか」

「違うよ。ただの旅の召喚士だ」


 クニヒロは目を丸くした。


「召喚士? あんた、修道士だったのか。…とてもそうは見えないが」

「よく言われる」


 イオンはうんざりだ、とばかりに手を額にあてた。


 召喚士とは、召喚魔法を主に扱う魔導士のことだ。


 そして、この大陸で魔道に通じている人はみな、年少期を教会に入れられて過ごす。魔導士とはすなわち、修道士としての経験がある人のことを指す言葉でもあった。


「誤解しているようだから言っておくけど、魔道に通じている人全員が敬虔なブラザー、シスターってわけじゃないからな」

「違うのか」

「違う。そりゃ、おおっぴらに神様を冒涜する真似はしないけれども、清廉潔白な生活や姿勢を貫いて生きてるのはごく一部だ。慎ましやかなのを強制されるのは学徒や見習いの間だけで、『成人の儀』の後は他の人達となんら変わらない生活をしてる人がほとんどだ」

「そうなのか。じゃあ、やっぱりあんたにも慎ましやかな時期があったってことだな」

「あのなぁ」


 イオンは悔しそうに顔を歪めたが、クニヒロは声をあげて笑った。

 成人の儀は大陸を統治する帝国と、その植民地で行われている風習だ。子どもの修道士は満15歳になると、この成人の儀で大賢者と呼ばれる者から洗礼を受けることになっている。

 洗礼を受けることで初めて、人は魔導士として魔法を扱えるようになる。


「悪かった。本当をいうと俺は修道士と話をしたことがなくてさ。町の教会で見かけるそういうやつらのイメージしかなくって。修道士ってのは全員、身も心も清く正しい真面目で温厚なつまらないやつだ、って思ってたんだ」

「そうか。それは偏見にもほどがあるな。話しておいて良かったよ」

「でもさ、修道士なら、雪女の調査とか、大雪が降る原因を調べるとか、そんなことしないだろ。風神様や雪の精霊のご意志だから…ってまとめそうなもんだが」

「俺はそういうのが大嫌いなんだよ。精霊なんてごまんといるのに、そのどれもが聖なる化身や敬うべき象徴だって考えられてる。精霊にだって外れ者・・・はいる。ノザントーレの雪だって、明らかに異常じゃないか。きっと、そこの精霊の仕業に違いない」

「ようは偏屈なんだな、あんた。今の言葉、司祭にでも聞かれたら仕置きもんじゃないのか」

「たぶんね」


 イオンは肩をすくめてみせた。


 自然の理は神が支配し、神が操っている。

 魔法は未熟な我々に神が分け与え、困難や試練を耐えうる力として授かるもの。

 即ち魔法は自然そのもの、神のお力なり。

 我々はいかなる時も未熟であり、神によって支えられ、助けられていることを忘れてはならない。

 いついかなる時も、神に感謝せよ。


 魔道を志す者は、そうやって教えられて育つ。イオンも、例外ではなかった。

 

 しかしイオンにとっては、魔道を志したきっかけが、例外だった。


「おいイオン。お返事のお手紙だぞ」

 

 船室のドアが開き、先ほどパイプ煙草をふかしていた男が顔をのぞかせた。

 手には見慣れない色をした封筒が握られている。

 

「返事? 返事ならついさっき俺が出したばかりなんだが」

「知るか。こいつ宛名がないんだ。でも、誰かとお手紙交換なんてしてるのはお前ぐらいだろ。もし違ったら後で取りに来るから、とりあえず受け取れよ」


 イオンは訝しみつつも封筒を受け取った。

 ぶどう酒のような濃い赤紫色をした封筒に、真っ赤な封蝋が押されている。

 

「ずいぶんと立派な封筒だな。お国の親書みたいだ」

「見たことあるのか」

「いや、ただの想像で言った」


 クニヒロは両手をあげてとぼけた。

 イオンは丁寧に封蝋を取り、中身を確認した。

 中には一枚の便箋が三つ折になって入っていた。

 

 イオンは便箋を広げ、最初の一文を読んだ

 

 『親愛なる 召喚士 へ』

 

 突然、衝撃とともに部屋が大きく傾いた。

 天井から下がっていたランタンが床に落ちて、激しい音を立てて割れる。

 ベッドや椅子がひっくり返って宙を舞い、一部は窓を突き破って海へと飛び出していった。

 イオン達は受け身をとる間もなく、傾いた壁にしたたかに打ちつけられた。


 どうにか態勢を整えたイオンはクニヒロの腕をとって立たせた。


「大丈夫か」

「大丈夫なものか。…前が見えない」


 クニヒロは眼鏡をかけていなかった。衝撃の時、なにかと一緒に吹き飛んでしまったようだ。


「とにかく甲板へでるぞ。船室が水没したら溺れてしまう」

「ああ」


 二人は揺れ動く船室を這うようにして外へ出た。

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