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第二十七話 呪符と遁術



「さて、行こうか」


「はい」


馬を村に預け、式神を呪符に戻し、彼らは山を登った。


この大陸の山は基本的に危険生物で溢れている。


神龍山はその最たる例だが、あそこは竜の巣として有名。


それに対し、この山は害虫や野生の獣で溢れていた。


害虫と言っても、ただの虫ではない。


全長が人間の半分程ある巨大な虫だ。


その針に刺されれば、すぐに毒が体内に侵入し、身体を犯すだろう。


充分、危険な生物である。


野生の獣もマンティコアとまではいかないが、危険極まりない。


単体では弱いかもしれないが、群れで来られた命の危険もあるだろう。


対多数に慣れているカリスと言えど、限界はある。


素早く登り切ってしまい、洞窟に侵入するべきだ。


「洞窟の場所は分かっているのか?」


「はい。昨日の内に式神を放っておきました。居場所は把握しています」


「・・・便利なんだな。式神は」


「ええ。式神は応用が出来ますから。偵察も安心して任せられます」


『鬼人との戦争になったら、情報漏洩にはかなり注意しないと負けるな』とカリスは思った。


武人として、どうしても戦場の事を考えてしまう。


これもしがない性分だろう。


「・・・ハァ!」


「フッ!」


すれ違い際に一閃。


普通に会話をしているように見えるが、実際は襲い掛かってくる野生生物に対処しながらである。


木の上に陣取り、糸を吐いてくる巨大な芋虫。


垂れ下がり、罠を仕掛けてくる巨大な蜘蛛。


地上を駆け、襲い掛かってくる山犬。


それら全てにきちんと対処し、傷を負う事なく屠っていく。


流石はダブルアークとトリプルアークである。


「・・・全て片付いたな」


「はい。流石はカリス殿。頼りになります」


「そんな事はないさ。コウキこそ流石だな。心強い」


確かにカリスの言う通りである。


コウキは呪術を使う事なく、手持ちの武器である刀だけを用いて、全てを切り裂いていった。


カリスの太刀筋が剛ならば彼の太刀筋は柔といった所か。


力を入れる事なく、滑らかに切り裂いていった。


かなりの剣術である事が分かる。


「いえ。私なんてまだまだ。では、行きましょうか。入り口はもうすぐです」


「ああ。分かった」


カリスは大剣を鞘にしまい、背中に掛ける。


コウキは刀を鞘に収め、腰へと佩く。


そして、彼らは入り口へと向かった。










「ここです」


漸く辿り着いたカリス達。


山中の横道に逸れた所にそれはあった。


「中は暗いですね。ハッ」


懐から呪符を取り出し、声をあげると呪符が燃え上がる。


コウキは懐から透明な筒を取り出すと、そこに呪符を入れた。


即席の灯りである。


「これはどれくらい持つんだ?」


「特に時間的な制限はありません。この炎は鬼火という特別なものでして、私自身が消す、もしくは、呪符が消滅しない限り、消火される事はありません」


「不思議な火だな。この呪符は燃えないのか?」


「この呪符は特別な材料で作られているそうです。普通の炎では燃えますが、鬼火では燃えません」


「本当に摩訶不思議な技術だ」


呆れるカリスにコウキは苦笑する。


呪術を知らない者からしてみれば、確かに呪術は常識外の事ばかりだ。


「では、灯りは私が持ちますので、カリス殿は周囲の警戒を。中にはキラービーが多い筈ですので、充分に注意してくださいね」


「了解した。任せてもらおう」


キラービーとクィーンビー。


その実態は即効性の猛毒を持つ巨大な蜂である。


通常の蜂と違い、彼らは洞窟の奥に巣を作る。


どちらかというと蟻の習性に近いのかもしれない。


一つの巣に一匹、必ずクィーンビーという親玉がおり、キラービーはクィーンビーを守護する僕のような存在だ。


クィーンビーの為に働き、クィーンビーの為だけに存在する。


逆に言えば、クィーンビーさえ倒せば、キラービーは自然に滅んでいくという事だ。


今回の任務はそのクィーンビーを倒す事が最終目的となる。


ただし、そこまでの道のりは酷く険しい。


守護する為の存在であるキラービーが莫大の数をして行く手を阻み、基地として作られた為に罠が待ち構える。


それも巣までの道のりがかなり長い。


洞窟全体を使っているのだから当然かもしれないが。


そして、何よりもクィーンビーの強さにある。


キラービーの何倍もの巨体を持ち、何倍もの毒性を持ち、何倍もの強さを誇る。


かなりの危険度である。


単純な強さではマンティコアなどに及ばないが、彼らには集団の強さがある。


それがコウキに数が必要だと思わせた原因である。


コウキ単独でも倒せない事はないだろうが、集団で攻められれば、怪我を負う、または、毒を受ける事は必至。


毒を受ければ最後。


待つのは死である。


コウキとしては相打ちで倒れる訳にはいかない。


そこで圧倒的な武力を持ち、聖術で解毒の出来るカリスの存在を欲したのである。


即効性の毒という事もあり、解毒は早く済ませないといけない。


聖術の存在は必須だった。


「・・・襲い掛かってこないな」


「まだ序の口だからだと思います。彼らは狡賢く、集団戦法が得意だそうです。いつ来るか検討もつきません」


「ふむ。確かにそうだな。視界が悪い今、慎重にならねば」


暗い洞窟をコウキの灯りを頼りに進む。


かなり視界が悪く、突然襲われれば、対処できないだろう。


「以前、経験した事があると言っていましたよね? その時はどうだったんですか?」


「俺の他に火炎系統を得意とするマジシャンがいてな。そいつに灯りを担当してもらった。かなりの火力だったな」


「そうですか。流石にマジシャンには敵いませんよ。ですが、かなり魔力を消費したでしょう?」


「ああ。そいつでクィーンビーを燃やし尽くす作戦だったからな。灯りとクィーンビー戦以外は何もさせなかった」


「それが私達の呪術と魔術の違いですね。私達は一度発動させてしまえば気を消費しません。維持や操作に気を必要としないのです」


「ほぉ。それは便利だな。細かい事をするには、魔術では消費が激しい」


「はい。しかし、良い事を教えてもらいました。クィーンビーには炎が効くのですか。まぁ、虫ですから、当然かもしれませんね」


「お前も炎を出せるのか?」


「出来なくないですが、そんな余裕があるでしょうか?」


「マジシャンにしても呪術を使う奴にしても、詠唱の邪魔をさせないのが俺達前線組の役目だ。炎を出せるというのなら、俺がそれまで時間を稼ごう」


「そうですか。それなら、御願いします」


会話を終え、それからしばらく進む。


すると、漸く変わらない道に変化が訪れた。


「・・・分かれ道か」


「そのようですね。どうしますか?」


分かれ道があるのだ。


単純に右と左の。


「相手が集団戦法で来る以上、離れるのはまずいかもしれんな」


「ですが、これだけの長い道をしらみつぶしに探すのは時間がかかり過ぎませんか?」


「別行動が良いと? だが、連絡が取れない以上、危険性が・・・」


「連絡が取れない訳ではありません。カリス殿にはこれを渡しておきます」


コウキは懐から一枚の呪符を取り出すとカリスに手渡す。


「これは?」


「雌雄の呪符と言います。私が持っている呪符と対になっており、連絡が取り合えるようになっています」


「・・・本当に凄いな。呪符というのは」


あまりの効果に呆れるカリス。


「私の魔力を込めておきました。私が死なない限り、一日は持つ筈です」


「了解した」


「火はこちらです。これも私の鬼火ですので消える事はない筈です」


透明な筒をもう一つ取り出し、同じ即席の灯りを作り出すコウキ。


それをカリスに渡す。


「助かる。それじゃあ、俺はこちらに向かう。何かあったらすぐに連絡を取って欲しい。いいな?」


「分かりました。それでは、私はこちらに。御気を付け下さい」


「ああ。それとクィーンビーは合流してからだ。巣の中心を見つけ次第、その場で待機していてくれ」


「分かっています。独りで飛び込む程、私は命知らずじゃないですよ」


「ハハハ。そうか。それなら安心だな。では、健闘を祈る」


カリスが先に右の道へと進む。


「では、私も行きますか」


続いて、コウキが左の道へと進んだ。


村から共に行動してきて、初の単独行動だ。


コウキは気を引き締めた。










~SIDE コウキ~


「・・・・・・」


分かれた途端、襲い掛かってくるキラービー。


この様子ならカリス殿の方にも来ている筈です。


まぁ、カリス殿の事だから、心配ないと思いますが。


「青鬼。赤鬼」


まずは式神を召喚します。


数には数で対抗しなければ。


「赤鬼。貴方は援護を」


「・・・・・・」


「青鬼。貴方は私と共に前線で」


「・・・・・・」


無言で頷く赤鬼と青鬼。


心強いですね。


「では、行きましょう」


腰に佩いた刀を抜き、駆け出します。


「ハァ!」


一。


「フッ!」


二。


「ハッ!」


三。


地道に屠っていきますが、いっこうに減りません。


赤鬼、青鬼も健闘していますが、相手の数が多過ぎました。


「・・・仕方ありませんね」


刀を鞘にいれ、懐から呪符を取り出します。


相手が虫なら、これです。


「火遁!」


私の叫びと共に放たれるのは炎の渦。


威力的には中位魔術程はあります。


喰らった側としては堪ったものじゃないでしょう。


キラービーが次々と燃え尽きていきます。


「まだまだ! 火遁」


続けて火遁を放ちます。


呪符をまた一つ消費しますが、広範囲なので短時間で殲滅できます。


「あまり無駄遣いはしたくないのですが・・・。火遁!」


幾つもの呪符を持ち歩いている訳ではありませんので、無駄な消費は避けなければなりません。


クィーンビー用に幾つか取っておく必要があるので。


「そろそろ良いですね。赤鬼。後は貴方の炎に任せます」


そう告げ、私は再度刀を抜きます。


三度の火遁で大分数は減りました。


後は一匹ずつ対処すれば良いでしょう。


残りも少ないですしね。


「・・・先に進みます。赤鬼。貴方が灯りを持って下さい」


しばらく戦い続け、漸く殲滅しました。


洞窟内での初戦闘にしては、時間を掛けすぎました。


「コウキ」


呪符越しにカリス殿から連絡が来ました。


「どうかしましたか?」


「分かれた途端に襲われたが、そちらはどうだった?」


どうやら、カリス殿も襲われたようです。


「私の方もです。無事ですか?」


「もちろんだ」


流石ですね。


私は呪符を使って漸く片付けたのに。


「お前こそ、毒は受けていないか?」


「心配はご無用です。まだ序盤ですから。それに幾つか解毒剤は持ってきていますので」


キラービーが毒持ちだという事は理解していましたから。


きちんと持ってきましたよ。


もちろん、毒を喰らわないに越した事はありませんが。


「そうか。何かあったら連絡してくれ」


連絡ですから。


これぐらい簡単な方が良いです。


「分かりました。そちらも何かありましたら連絡を」


「もちろんだ。それじゃあな」


声だけしか聞こえませんが、連絡が取れないよりはマシです。


やはり呪符は便利ですね。


鬼人の特権です。


「さて、進みましょうか。行きますよ。赤鬼。青鬼」


洞窟を進みます。


絶妙なタイミングで襲い掛かってくるキラービーの群れ。


落とし穴や毒針といった巧妙な罠。


とてもじゃないですが、知能が低い生物だとは思えません。


クィーンビーを頂点とした命令系統がきちんと確立されているのでしょう。


軍組織に身を置く者として、これらは参考になります。


やはり命令系統の確立は大切なんですね。


と、感心している場合ではありません。


先程、毒針を腕に喰らってしまいましたので、押し寄せるキラービーの群れをさっさと倒して解毒剤を飲まなければなりません。


毒針で弱っている時に群れで奇襲。


完璧な戦術ですね。


ですが、私もそうは甘くありません。


「赤鬼。最大火力です」


赤鬼の口から吐かれる炎。


今回は緊急という事もあり、最大の力で出してもらいます。


赤鬼の通常の炎は下位魔術より劣るかなり弱いものでしかありません。


ですが、これが赤鬼の実力だと思われるのは心外です。


私の相棒である二匹の鬼の一匹ですよ。


本気を出せば・・・。


「終了ですね。ご苦労様です」


上位魔術よりやや劣る程度までの出力は可能です。


但し、当分の間、呪符状態に戻して休憩させる必要がありますが。


バッと煙を出しながら、赤鬼が呪符に戻ります。


「では、青鬼。付いて来てください」


解毒剤をゴクッと飲み、しばらく休めば、体調も元に戻ります。


今度は青鬼に灯りを持たせ、私は更に進みます。


定期的にカリス殿から連絡が入ります。


カリス殿もどうやら順調なようで、何の問題もなさそうでした。


洞窟に入って数刻。


そろそろ巣に着いても良いと思うのですが・・・。


「コウキ。巣への入り口を見つけた。そちらはどうだ?」


カリス殿からの連絡が入ります。


「いえ。まだです。こちらではなかったのでしょうか?」


「分からん。もう少し進み、行き止まりなようだったら引き返してこちらに来てくれ」


「分かりました。あれ以降に分かれ道はありましたか?」


「あったが、進んだ方の壁に跡を残しておいたから分かる筈だ」


流石ですね。


それなら合流しやすいでしょう。


「分かりました。もう少し進んでみます」


しかし、結局、ここまで来たのに行き止まりという結果でした。


私の方にも幾つか分かれ道があったので、全て回ってみたのですが、無駄骨だったようです。


「カリス殿。今からそちらに向かいます」


「了解した。待機している」


さて、道が分かったのですから、急ぎましょう。


待たせる訳にはいきませんからね。


しかし、時間の無駄でした。


~SIDE OUT~










「カリス殿」


「来たか。コウキ。とりあえず火を消してくれ」


やって来たコウキと青鬼を出迎えるカリス。


青鬼に火を消すように命令し、呪符に戻すと、コウキはカリスに近付いた。


「ここから巣が見える」


壁に寄り掛かり、隠れるように顔を出すカリス。


それに倣い、コウキも顔のみを出して巣内を眺めた。


巣内は不思議な事に光が溢れており、灯りを必要としなかった。


どうやら不思議な鉱石が壁の表面に含まれているようだ。


「これはまた、莫大な数ですね」


見渡す限りのキラービー。


恐らく、それらがいる場所の更に奥こそクィーンビーがいる場所なのだろう。


「全てを倒すのには時間がかかりそうですね」


「不可能ではないが、あくまで目的はクィーンビーだからな」


クィーンビーを倒してしまえば、巣として成り立たなくなり、キラービーは逃げ出す。


逃げ出したキラービーは運良く違う巣に合流する事もあるが、大抵のキラービーは野生に出る。


野生の彼らはハッキリいって弱い。


群れを成してこそ強いのであって、単体では食物連鎖の最下位にいるような存在だ。


当然、すぐさま上位の者に追われ、その命を失う事になる。


要するにクィーンビーの死が彼らの死であるという事だ。


命令系統の頂点が死んだ時に集団としての機能を失くしてしまう。


これは人間の軍にも言える事であり、命令系統の乱れが集団行動の破滅だという軍略の基本を実感させてくれる。


「どうする? 強引に突破してクィーンビーを倒してしまうか? それとも、足止め役と攻め込む役で役目を分けるか?」


「・・・・・・」


悩むコウキ。


どちらにも利点と欠点があるのだから、悩んで当然である。


強引に突破して二人でクィーンビーを倒してしまうという作戦。


これはクィーンビーに対して二人で挑めるという利点があるものの、下手すると挟み撃ちにあってしまうという欠点がある。


速攻で倒す事が出来れば良いが、時間を掛けてしまえば囲まれてしまうだろう。


囲まれてしまえば、多勢に無勢。


幾らカリス達と言えど、対処しきれない。


時間との問題になると言える。


では、もう一つの作戦、足止め役と攻め込み役の二つに役割を分けるというものはどうだろうか?


これは挟み撃ちなどを防ぐ事ができ、危険性が低いという利点があるが、戦力を分散してしまうという欠点もある。


先程の作戦と違い、一度にとてつもない群れに襲われるという事はないが、一人に対する負担が大きいのも事実だ。


だが、時間的な制約もなく、時間をかけて攻略できるという利点がある。


無論、かかる負担は凄まじいのだが。


どちらかが優れているというものがない以上、二人の特性と能力を考慮して作戦を決定すべきだ。


「炎を操れる以上、お前がクィーンビーを攻略するのに適しているな」


「ですが、カリス殿なら炎がなくとも攻略できるのでは?」


「出来なくはないが、クィーンビーには刃物を退ける鋼鉄のような甲殻がある。それを炎で燃やしてしまった方が簡単に攻略できるんだ」


「なるほど。甲殻が問題なのですか。甲殻を燃やしてしまえさえすれば、後は簡単という事ですね」


「ああ。その為にはお前の炎が必要になる。足止め役をするなら俺が適任という訳だ」


「しかし、クィーンビーに火遁を使用する余裕があるでしょうか?」


「火遁? それが炎を操る術か?」


「はい。火遁、水遁、風遁、雷遁があります」


「そうか。足止め役に式神を使えば良いのではないか? そうすれば、お前にも余裕が出来るだろう?」


「いえ。流石にクィーンビーを相手には難しいかと」


「俺が足止めする必要があるか。・・・コウキ。一ついいか?」


「何でしょう?」


「お前の式神はお前が近くにいなくても行動できるのか?」


「え? ええ。簡単な命令を与えておけば可能です」


「じゃあ、そいつらを使って巣内のキラービーを引き付けて、俺達二人でクィーンビーに向かうという事は可能か?」


「ッ! その考えはありませんでした。恐らく可能です。殲滅でなく、キラービーの足止め程度なら赤鬼、青鬼でも可能でしょう」


カリスの提案に眼を見開くコウキ。


同時にこれこそが最善の策だと理解する。


「そうか。それなら、この作戦でいこう」


「はい。式神でキラービーを足止めし、我々で奥にいるクィーンビーを始末する。最善の策かと」


「よし。分かった。すぐに式神は呼べるか?」


「すぐには無理です。後ちょっとだけ時間が必要です」


「分かった。お前の方の準備が出来次第、作戦を実行する。それまでは待機としよう。見つからないよう注意して休んでくれ」


「分かりました」


壁に寄り掛かるようにして、二人は腰を降ろした。


「中々、苦労したようだな」


「ええ。流石にあの数は面倒です。強くはないのですが、疲れます」


表情と腰を下ろした時の様子でカリスはそう判断した。


それが事実であるから、コウキは苦笑するしかない。


「数だけは多いからな」


「カリス殿はあまり疲れていないようですが、どう攻略したのですか?」


「俺とて疲れているさ。俺には纏めて倒す術がないからな」


「では、一匹一匹?」


「ああ。地道にな」


「それは・・・大変だったでしょうね」


自分が苦労したからこそカリスの苦労が理解できるコウキ。


自分は式神や火遁を使っていたのに対し、カリスは武術のみなのだ。


自分より何倍も苦労した事だろう。


労うというか、呆れるしかないコウキであった。










~SIDE コウキ~


「そろそろ大丈夫です」


かなり休ませて頂きました。


赤鬼も青鬼もこれで充分な働きをしてくれる事でしょう。


「了解した。突入する」


「了解しました」


バッとカリス殿が穴から飛び降ります。


私のそれに続きました。


これで、私達は彼らの巣内に足を踏み入れた訳です。


そして、その瞬間、巣内の全てのキラービーがこちらを見詰めてきます。


視界一杯の蜂が一斉にこちらを向いてくる光景は正直気味が悪いですね。


「行くぞ!」


「はい!」


カリス殿の声をきっかけに私達は奥の穴へと走り出します。


当然、キラービー達は私達を追って来ます。


「御願いします。赤鬼。青鬼」


それを止めるのが我が式神の役目。


頼みました。


煙と共に現れる赤鬼と青鬼。


私達は振り返る事なく先へ進みます。


私はともかく、カリス殿が振り返らないのは私を信用してくれている証でしょう。


単独行動が多かった私としては嬉しい限りです。


では、その信頼に応えなければなりませんね。


「見えたぞ」


穴を駆け抜け、また空洞に。


そこには・・・。


「漸くだな。あれがクィーンビーだ」


予想外の大きさを持つクィーンビーがいました。


「あ、あれが・・・ですか」


「あの大きさは予想していなかったか? 人間の倍の大きさを持っているんだ」


人間の倍。


見上げなげれば顔が見えない程の高さです。


「当然、針も大きい。毒を受ける事なく、針で貫かれて死ぬ事もありうるだろうな」


確かにその意見には説得力があります。


その針の大きさが何たる事。


まるで大剣があるかのようです。


そして、一見太く長い針ですが、その先端は本当に細く、私達など容易に貫いてしまいそうです。


「まずは身体を覆う甲殻を燃やす事を優先する。俺が相手をしている間に狙いを済ませ」


「分かりました」


そう言って飛び出すカリス殿。


彼ばかりに負担させては申し訳が立ちません。


「・・・・・・」


・・・素早い。


縦横無尽に空を飛び、針を突き出しては空を飛ぶ。


カリス殿をしても中々捉えられません。


空を飛ばれたら対処できないのは当たり前なのですが。


ですが、カリス殿も流石です。


次々と襲い掛かってくる針を時に剣で受け止め、時に避け、一撃も喰らっていません。


共に一撃を与える事がない膠着状態。


この状況を打破する為に私がいるのです。


呪符の数もあまりありません。


ここは慎重に、そして、正確に狙いをつけましょう。


・・・今です!


「火遁!」


ボ~っと大気中を炎が伝わります。


一直線に向かう先はクィーンビー。


「クッ!」


ですが、素早い動きで避けられてしまいます。


素早い動きに堅い甲殻。


かなりの強敵です。


そんな事を考えている間に、クィーンビーがこちらにやってきます。


どうやら、私の行動が仇になったようです。


クィーンビーの攻撃対象がカリス殿から私に変わってしまったのです。


空から私に襲い掛かってきます。


「不味い!」


凄まじい速度で襲い掛かってくるクィーンビーに対し、私は避ける事しか出来ません。


呪符を手に持っていますし、刀を抜く余裕もありません。


「・・・・・・」


ギリギリです。


本当に危なかった。


どうにか地面に倒れ込む事で避けました。


しかし、まだ危機が去った訳ではありません。


むしろ、今の体勢の方が不味いです。


私は今、相手に背を向けて地面に倒れこんでいるという状況ですから。


「危なかったな」


ですが、私は一人じゃない。


カリス殿という頼もしい仲間がいるのです。


「距離を取り、立て直せ。まずは火遁を当てない事には対処のしようがない」


襲い掛かってきた針をカリス殿が受け止めながら、そう告げます。


「御願いします」


私はカリス殿の言う通り、距離を取ります。


「甘いな」


ですが、クィーンビーの対象はあくまで私。


クィーンビーは空から私に迫ってきます。


結果的にまたカリス殿に受け止めてもらったのですが。


「どうする? 逃してくれないみたいだぞ」


「ハハハ。困りました」


苦笑する私。


苦笑していられるのもカリス殿の存在があるからです。


やはり心強い。


「あまり時間はかけたくないな」


「そうですね。青鬼と赤鬼にも限界があるでしょうから」


足止め役として御願いしましたが、全てを防ぎ切る事は不可能です。


事実、何匹からこちらにやって来ていますから。


ま、その度にカリス殿が屠っているので、心配ないですが。


「雷遁のスピードなら捉えられるか?」


雷遁。


雷撃系統と同じ強みを持つ遁術です。


一瞬のスピードならどの遁術でも敵いません。


「大丈夫だと思います」


「都合良く行くかは分からんが、まずは雷遁をぶつける。そうすれば、相手は麻痺するだろう。最低でも怯ませるぐらいはもっていける筈だ。その間に俺が羽を断ち切る」


「なるほど。羽を失くしてしまえば、飛べませんからね」


「ああ。だが、飛べなくなるからといって、油断はするな」


「何故ですか? 確かに強敵ですが、それはあの素早い動きがあったからこそ。動きを止めてさえしまえば、後は簡単では?」


動きさえ止めてしまえば、私でも簡単に打ち勝てるかと。


「動きを止めれば、まず甲殻を破壊しようとするだろう?」


「はい。甲殻が邪魔で倒せないのですから、当然です」


素早く、堅い。


それがクィーンビーの強みです。


では、その二つさえ失くしてしまえばクィーンビーなど恐るるに足らず。


「甲殻を破壊したその後だ。その時の行動で勝敗が決まる」


「どういう意味ですか?」


破壊してしまえば勝ちなのでは?


「動きを止められ、甲殻を破壊される。そこまで追い詰められるとクィーンビーは強力な毒霧を辺りに撒き散らすんだ」


「・・・毒霧。それはどれ程の?」


「即効性の危険な毒だ。聖術で解毒は可能だが、命を落とす可能性は非常に高い」


そんな事が・・・。


知らずに挑んでいたら、私は今頃・・・。


「それ程の危険な相手がよく中級任務でしたね」


「対処法さえ知っていれば余裕だからな」


「対処法とは?」


「クィーンビーの甲殻は己が吐き出す毒から護る為と言われている。では、その甲殻がない状態で身体に毒を浴びせれば・・・」


「なるほど。己の武器が仇になる訳ですね」


「その通りだ。撒き散らした瞬間に、こちら側から風を送ってやれば良い」


「己の毒で己を死に到らせる。そういう事ですか。風は私にお任せを。風遁を使います」


「了解した。頼む」


作戦は決まりました。


では、早速実行と行きましょう。


「雷遁!」


大気中を駆ける雷気の塊。


凄まじい速度で迸るそれはクィーンビーに直撃します。


「いいぞ。ハァ!」


一瞬です。


一瞬ですが、クィーンビーが怯みました。


カリス殿にはそれだけで充分です。


跳びながら、横に一閃。


背中に生える二つの羽が根本から切り裂かれます。


結果、飛んでいる事が出来なくなり、クィーンビーは地面に倒れます。


「火遁後、すぐに風遁をする事は可能か?」


「可能です。威力が低い分、私達は呪符があれば詠唱がいらないので」


遁術はどうしても中位魔術程の威力しか出せません。


これは上位の呪術士、呪術を専門とする兵種ですね、その方でも変わりません。


ですが、反面、たった一瞬で自然現象を操る事が出来ます。


威力が低い分、速効性に優れているのです。


「了解した。だが、万が一、風遁が間に合わないようだったら、すぐに言ってくれ。脱出する」


「はい」


身動きが取れないクィーンビー。


私は慎重に呪符を構えます。


外す訳にはいきませんから。


「火遁!」


熱量を持った炎の渦がクィーンビーを包みます。


炎に囲まれているので、何も見えませんが、効果はあるようです。


「良いぞ。退け!」


カリス殿の言葉に従い、火遁をやめ、距離を取ります。


後は毒霧を吐くまで待つだけです。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


私の身体を緊張感が包みます。


ここで私が失敗すれば、私だけでなく、カリス殿も危険なのです。


私は今、カリス殿の命まで背負っています。


失敗する訳には行きません。


「来たぞ!」


カリス殿の言った通り、クィーンビーが毒霧を吐き出しました。


禍々しい色をしています。


「コウキ」


「はい。風遁!」


疾風を呼び起こす遁術。


私の前方に勢い良く風が吹きます。


「・・・これは・・・」


しかし、私の風は毒霧全てを跳ね返すには充分の力がありませんでした。


遁術の風では力が足りないのでしょうか?


「カリス殿。退きますか?」


「・・・いや。一点突破する。数秒で良い。クィーンビーに辿り着くまでの間にある毒霧を弾き飛ばしておいてくれ」


「そんな。無茶です。カリス殿と言えど毒霧の中に飛び込むなど」


たとえ風で道を作ろうとも、すぐに毒霧がその空間に回ってきてしまうでしょう。


あれだけの量です。


回ってくるのもすぐな筈。


「道は作れるのだろう?」


「それは・・・ですが、本当に数秒しか持ちませんよ」


「充分だ。道を作る事が出来る。倒す事が出来るなら倒すべきだ。クィーンビーの生命力。キラービーの繁殖力を甘く見てはいけない」


先を見越して、無理でも倒しておきたい。


そう言われてしまえば、反対なんて出来ません。


「・・・分かりました。やってみます」


「ああ。やってくれ」


始めて組む相手なのに無条件で信じてしまうカリス殿。


甘い方ですが、そんな素直なカリス殿には好感が持てます。


「いつでも良いぞ」


そんな無条件の信頼には応えるしかないでしょう!


「では。風遁!」


渦を巻くように風を生じさせ、クィーンビーまでの道のり、一直線の毒霧を弾き飛ばします。


パッと、それを確認したカリス殿が消えます。


相変わらずの素早さ。


そして・・・。


「ハァ!」


次にカリス殿の姿が現れたのは私の隣。


私がその姿を確認すると共に、前方にいたクィーンビーが真っ二つに分かれます。


・・・私っていた意味あるんでしょうか?


いや、ありますよね。


風で弾き飛ばしたのですから。


「・・・毒霧が巣内を充満するまであまり時間はない。急いで脱出するぞ」


「分かりました」


サッと身体を振り向かせ、出口まで走ります。


とりあえず風遁で抑えておきましょう。


「風遁」


後ろに向かって風を吹かせます。


それだけでも多少の時間稼ぎにはなる筈です。


穴を抜けて、戦い続ける赤鬼と青鬼を回収した後、私達は無言で走り続けます。


長かった行きと同じ距離な訳ですから、帰りも相当な距離です。


ですが、休んでいる暇はありません。


後ろを振り向けば、紫色をした毒霧が追って来ているのですから。


外に出れば、大気中に流れ、自然と消えますから、とにかく外へ急ぎましょう。


「明かりが見えた。出口は近いぞ」


「はい」


漸く辿り着いた洞窟の出口。


ダッと抜け出し、振り返ると毒霧が上空へと拡散していきました。


「ふぅ。ギリギリだったな」


「ええ。ですが、この毒霧で巣内のキラービーも一網打尽でしょう。そう考えれば幸運でした」


「それもそうだな」


結果よければ全て良しという訳ではありませんが、都合良く殲滅する事が出来ました。


そして、行きと同じ道を下り、私達は村の門まで辿り着きます。


一日もかかりませんでしたが、長い道のりでした。


「では、依頼主に完了したと伝えて来ます。カリス殿はどうしますか?」


「俺は散歩でもしているさ」


「分かりました。では、先日の宿屋で落ち合いましょう。連絡は雌雄の呪符で」


「了解した」


そう言って、カリス殿は村の露店の方に歩いていってしまいました。


では、私も村長のもとへ向かうとしますか。


お疲れ様でした。


~SIDE OUT~




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