第二十六話 次の任務へ
「・・・ここは?」
日差しが瞼を照らし、眩しさにキャルは眼を覚ました。
身を包み込む暖かく、柔らかい感触。
どうやら自分はどこかのベットに寝かされているようだ。
「・・・キャル。起きた?」
不意に呼ばれ、隣を見れば、ロザニィもまたベットに寝かされているではないか。
「ええ。ロザニィ。ここはどこなの?」
「・・・里長の家。急遽、私達の寝室が用意された」
「・・・そう。あれからどうなったの?」
「・・・分からない。でも、生きてる」
「そうね。生きてるって事は倒せたのね」
意識を失う前に倒しきったという記憶はある。
でも、それからが分からなかった。
ロザニィも気を失い、カリスも瀕死。
そこで自分が気を失ってしまったのだから・・・。
キャルは不安になり周囲を見渡した。
そして、漸くカリスがいない事に気付く。
「ロザニィ! カリスはどうしたの?」
まさか、あの後・・・。
不安は強くなる。
「・・・大丈夫。カリスは報告にいった」
「そう。それならいいわ。カリスは無事なのね」
「・・・あれから三日経ってる」
「三日? そんなに?」
「・・・そう。カリスは自分の身体を治癒した後、私達と怪我した住民達を治癒して回った」
「それで私の怪我もなくなってるのね。働き過ぎよ。カリス」
「・・・本当にそう。その後、カリスも倒れた」
「倒れた!? カリスが?」
「・・・眼を覚ましたのはさっき。『お前達はまだ休んでおけ』って一人で主都に向かった」
「そっか。分かったわ」
黙るキャル。
ロザニィもまた口を閉じる。
静かだった。
戦いを終えた今、彼女達には色々と考えさせられる事があるのだろう。
「ねぇ。ロザニィ?」
「・・・何?」
不意にキャルが口を開いた。
「私達、あんなに大きなマンティコアを倒したのよ」
「・・・私達が?」
「そうよ。貴方が最後まで粘ってくれたから、私が止めをさせたの。貴方のお陰で勝てたのよ」
「・・・なら、キャルの手柄。私は避けていただけ」
「ううん。私なんかよりロザニィの方が凄かったわ。あんな攻撃を避け続けるだなんて」
「・・・無我夢中だった。あの時と同じ動きなんて出来そうもない」
「それでもよ。貴方の手柄よ。ロザニィ」
「・・・それなら・・・」
「それなら?」
「・・・二人の手柄」
ニコッとロザニィが笑った。
「・・・そうね。私達二人で倒したんだものね。私達二人の手柄よ」
そんなロザニィにキャルもニコッと笑い返した。
「・・・あ」
だが、その表情はすぐに変わる。
どこか焦ったかのような、そんな表情で額に汗を浮かべていた。
「・・・どうかした?」
「私達、カリスに謝らなくちゃ。だって・・・」
「・・・私達のせいで怪我を負った」
「そうよ。それに、私達が邪魔しなければカリスが倒していただろうし」
「・・・そうかも」
「あぁ。何だか、私達って空回り?」
「・・・ええ。でも、良い経験だった」
「まぁ、それもそうなんだけど」
「・・・どちらにしても師匠がいないと謝る事もできない」
「・・・カリス。怒ってるかな?」
「・・・致命傷だった。相手にされなくても仕方がない」
「だよね・・・。どうしよう?」
「・・・師匠だから大丈夫・・・だと思う・・・」
「そうであって欲しいわね」
ため息を吐く二人。
カリスとの対面は気が重かった。
それもまぁ杞憂なのだが。
結局、カリスが戻ってきたのは次の日の昼頃だった。
「ごめんなさい! 私達のせいで!」
「・・・ごめんなさい」
対面した途端に頭を下げられ、困惑するカリス。
「いや。何の事だ?」
本当に分かっていないらしい。
「私達のせいでいらない怪我を負ってしまったし、邪魔してなければ怪我せずに倒していたかもしれない」
「・・・致命傷だった。聖術がなければ今頃・・・」
深く頭を下げる二人。
その顔は罪悪感で一杯だった。
だが、そんな二人をカリスは笑う。
「ハハハ。そんな事を気にしていたのか」
「・・・え?」
「何で笑うのよ。私達は悪い事をしたからって」
カリスの態度に困惑するロザニィと憤慨するキャル。
しかし、カリスの態度は変わらなかった。
「戦場に出る以上、怪我をするのは当たり前だ。何を謝る必要がある」
「でも、私達が邪魔しなければ・・・」
「だが、お前達は二人であのマンティコアを打ち負かしただろ? あいつは上級任務でもおかしくない程の凶暴性だった。見事だったよ」
「・・・・・・」
それでも怪我を負わせた事に違いはない。
そう伝えたかったが、カリスの笑顔を見ていると口を閉じるしかなかった。
「確かにお前達が今回取った選択は誤りだったのかもしれない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
表情を一転させ、真剣になるカリス。
そして、そのカリスが告げる言葉は二人の胸を刺した。
「だが、それが間違いだったのかも俺には分からん。結果としてこれがお前達の成長に一役買ったのなら、それは正解へと向かうだろう。今回のもまた遠回りだっただけだ」
「それって・・・」
先日の夜に告げられた言葉。
カリスはそれを再度、二人に告げた。
「今回の行動を間違ったと認識したならば、次はそうならないよう精進すれば良い。その積み重ねがお前達を強くする。そうなるよう導くのが師匠としての俺の役目だからな」
「・・・それで怪我を負っていたら元も子もないじゃない」
カリスの言葉に俯きながら告げるキャル。
「俺には聖術があるからな。多少の無茶はできる。安心して犠牲にするが良い」
「カリス。貴方ねぇ!」
その言葉に苛立つキャル。
カリスを犠牲にしてまで強くなりたくない。
その気持ちはロザニィも同じだった。
「・・・師匠」
「ハハハ」
睨むロザニィに笑うカリス。
カリスは二人の頭をそっと撫でてから告げる。
「冗談だ。早く俺を安心させるぐらい強くなってくれ」
そう告げると、カリスは二人がいた部屋から出て行った。
恐らく、里長のもとへ向かうのだろう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
残された二人。
その顔は真っ赤だった。
「・・・頭撫でられるのなんて初めて」
「・・・意外と心地良い?」
「・・・ええ。そうね」
赤面する二人。
経験した事のない温もり。
その優しさが二人の胸を暖かくした。
「まるでお兄さんみたいね」
「・・・師匠は師匠」
「そう。それなら、私はカリスの事を兄だと思いましょう」
「・・・それもズルイ」
結局の所、カリスは二人にとって親愛する友だという事だろう。
二人の顔から赤みが消えるのは当分先になりそうだ。
「すいませんでした! こちらの落ち度です!」
里長への挨拶を終え、別れを惜しんでくれる住民達に別れを告げ、カリス達三人は主都へと戻ってきた。
そして、その足で本部までやってきたのだが・・・。
「最近、謝られてばかりだな」
カリスは眼の前の光景に苦笑した。
本部までやって来たカリス達に調査部の調査員達が揃って頭を下げているのだ。
それこそ、青褪めた顔をして・・・。
「一匹の、それも中型のマンティコアという事で中級任務と断定しましたが、まさか群れだったとは・・・」
「上級任務でもおかしくない。いえ、危険度でいえば、上級任務でも上位に入る任務です。死体から検証させてもらいましたが、あれは・・・」
震える調査員達。
『もし、自分の調査ミスで部隊の隊員達を死なせてしまったら』と想像しているのだろう。
死体から検証された結果、あのマンティコアは最上級危険生物に認定されるだけの巨大さだったのだから。
「怪我は負いましたが、死んだ訳ではありません。そう自分を責めないで下さい」
本来ならば、文句の一つや二つを言っているのだろうが、一番の大怪我を負ったカリスがそう言ってしまえば、二人は何の文句も言えない。
仕方なく、二人も容認した。
「ミスは誰にでもあるものです」
「・・・気にしてないです」
渋々といった感じで呟く二人。
だが、その言葉が調査員達の自尊心を傷つける事となる。
「それでは許されないのです!」
「私達は自分の仕事に誇りを持っています。ミスは誰にでもあるもので片付けられる程、簡単な事ではないのです!」
その誇り故に、自分達の過ちが許せなかった。
彼らの握り締められた拳はこれでもかという程に震えていた。
その震えは己に対する怒りからか、情けなさからか。
それはカリス達には分からなかったが、調査員達の抑え切れない自責の感情は伝わってきた。
「私は責任を取り、辞職します。それでご勘弁願えませんでしょうか」
一人の調査員が前に出て告げる。
恐らく、彼がこの件を調べた調査員のようだ。
その申し出にカリス達は慌てた。
「辞職? そ、そんな事しなくても」
「いえ。そうでもしないと申し訳が立ちません」
「・・・・・・」
本当に実行してしまいそうだった。
『優秀な調査員をクビにする訳にはいかないだろう』とカリスが代案を出す。
「辞職はしなくて構いませんので、依頼させてくれませんか」
「依頼・・・ですか?」
「はい。調べて欲しい事があるのです。それで今回の件はなしという事にしてください」
カリスの考えに悩む調査員。
「分かりました。貴方の依頼を受けましょう。ですが、それだけでは足りません。お二人も何かあったら申し付け下さい。私に出来る事でしたら、成功させて見せます」
「それなら、私達も御願いしようかしら。ね? ロザニィ」
「・・・ええ」
考える二人を他所にカリスは調査員に近付く。
どうやら周りには聞かせたくない事らしい。
耳元に口をやり、囁くように告げる。
「今から凡そ二年前にセイレーン国内のとある屋敷が一夜にして滅ぼされました。それは奴隷として働かされていた亜人達の暴動だったようです」
「え!? どこでそれを?」
カリスの言葉に絶句する調査員。
調査員として働く自分ですら知らない事だったからだ。
「そこから無事に逃れた者が俺の知り合いでして。とにかく、その事件の事を調査して欲しいのです」
「分かりました」
力強く頷く調査員。
カリスの言葉が真ならば、それこそ亜人種保護部隊の役割。
亜人を奴隷として虐げる貴族を罰する。
王家としても、そして、部隊としても、それが最も優先される活動内容だった。
「どこでか? 誰の屋敷でか? どんな目的で奴隷として働かされていたのか? 少しでも構いません。何かしらの情報が得られた教えてください」
「はい。お任せ下さい。突き止めてみせます」
「それと、くれぐれも内密に。今、分かっている事は、その者が相当の高貴な身分である事です。公にすれば、貴方が危ない」
「分かっています。諜報活動は得意ですから」
「そうですか。それなら、御願いします」
一礼し、後ろに下がるカリス。
それと入れ替わるように二人が前に出た。
「何を話してたの?」
「ああ。少しな」
「そう。まぁいいわ」
ニヤリと笑うキャルに怪訝とするが、二人はそんなカリスを無視して、調査員の所へ行ってしまう。
「何を頼む気だ? あいつら」
カリスがそう呟くが、誰からの返事もなかった。
「そ、それはちょっと」
「御願いします。どうしても知りたいんです」
「ですが、それはプライベートの侵害に・・・」
「そんな事を言うんですか? 私達、死に掛けたんですよ」
「ウッ」
「一体、誰のせいでこんな危険な眼に」
「ウッ!」
「あぁ・・・。また同じ眼に・・・」
「わ、分かりました。出来る限りはやってみますが、大まかにですからね。詳しくはとても」
ニヤリ。
キャルが笑う。
「・・・性格悪い」
「いいじゃない。貴方だって知りたいでしょ? というか、調べなくちゃ何も教えてくれないわよ」
「・・・訊けば教えてくれる」
「駄目よ。謎は自分で解き明かすから良いの」
「・・・調査するのは貴方じゃない」
「細かい事は気にしないの。調べるという事が大事なのよ」
「・・・・・・」
キャルの言葉に黙り込むキャル。
納得したというよりは呆れたといった感じだ。
「そちらの方は?」
「・・・私?」
「はい」
調査員の眼がロザニィに向く。
「・・・なら、私は過去を」
「え?」
「・・・同じ人物の過去を」
「そ、それもまたプライベートの」
「・・・過去を・・・調べて」
「わ、分かりました」
有無を言わせないロザニィの態度に頷くしかなった調査員。
どうにも押しに弱すぎる気もするが・・・。
「・・・ハァ・・・」
・・・これでも優秀な調査員なのだろう。
きっと。
「分かりました。依頼された件に関しては責任を持って調べさせた頂きます」
向かい合うカリス達と調査員達。
先程の男が代表で話す。
「今回の件では多大な迷惑をおかけしました。改めて謝罪させていただきます。すいませんでした」
「・・・・・・」
『謝らなくて良い』では逆効果。
カリス達は無言で頷いた。
「また、今回の任務でしたが、こちらの手違いで中級任務とされていましたが、再度、調査し、状況任務に値すると正式に認定されました」
「それなら、私達は・・・」
「はい。貴方達は上級任務を成功させた事になります。その報酬と功績は三人分に分け、それぞれに配分いたします」
「やっぱり人数分なんですね。私達より彼の方が働いたとしてもですか?」
「はい。これは規定ですので。功績、報酬は人数分に配分致します」
「そうですか。分かりました」
『大怪我もさせて、カリスには悪い事したかな?』とキャルは考えた。
『あまりにも割りに合わないではないか?』と。
「では、失礼します」
一礼し、調査員達は去っていった。
「ごめんなさいね。カリス。割に合わない思いさせて」
立ち去るのを眺めていると、不意に声をかけられる。
そちらに視線をやると、そこには俯くキャルの姿があった。
「何を気にしてるんだ? 最初は慣れる為に手軽な奴って予定だっただろ。少し計画がズレただけだ」
俯くキャルにカリスは笑って告げる。
「・・・そっか。貴方はそんな人だものね」
「何を言っているか、分からんな」
「まぁいいわ。そうだ。ねぇ。カリス」
「ん? 何だ?」
表情を一転させ、ニヤリといった表情になるキャル。
その変わりように、カリスは眉を顰ませた。
「私達を導くのが師匠としての貴方の役目だって言ってたわよね?」
「ああ。確かにそう言ったな」
「それなら私も導かれる側よね?」
「ん? まぁ。そうなるな」
「って事は、私もカリスの弟子って事よね」
「・・・ふぇ?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまうロザニィ。
眼を見開いてキャルを見詰める。
「・・・俺に教えられるような事はないぞ」
「それでもいいのよ。カリスに魔術を教わろうとは思わないわ。でも、何ていうの? こう、心の強さとか、精神的な強さとか、そういうのを学びたいの」
「・・・キャル・・・」
「何よ? ロザニィ」
「・・・師匠は私の師匠。貴方は別の師匠を探して」
「えぇ? いいじゃない。ねぇ? カリス」
冷ややかな眼でキャルを見詰めるロザニィ。
キャルはそんなロザニィの視線をまるで気にせず、カリスに詰め寄る。
「・・・ふむ。残念だが、弟子が出来たのにすぐに弟子を作るのは薄情だからな。断らせてもらおう」
「・・・え?」
まさか断られるとは思っていなかったキャルは眼を見開き、呆然となる。
裏切られたかのような、そんな気分になり、胸が痛んだ。
「・・・キャル」
その様子を見て、ロザニィが呟く。
『認めてあげればよかったかな』と少し後悔した。
「じょ、冗談よね? カリス」
先程の言葉がまだ信じられないのか、キャルが聞き返す。
だが、答えは変わらない。
「駄目だ」
「そ、そんな」
今度こそ、瞳に涙が浮かぶ。
「だが・・・」
「・・・え?」
俯くキャル。
しかし、そんなキャルにカリスは告げた。
「お前に師匠が出来るまでは面倒を見てやろう。まだ放っておけないからな」
「それって・・・」
「・・・師匠。それは・・・」
「弟子ではないぞ。だが、導く役目はお前の未来の師匠の代わりにやってやろう。それぐらいは許してやれ。ロザニィ」
「・・・了解」
喜ぶキャルにロザニィはホッと安堵の息を吐く。
色恋沙汰には程遠いが、初めての友達という事がキャルのカリスに執着する原因となっていた。
その気持ちは分からないでもないロザニィ。
先程の罪悪感も働き、受け入れるしかなかった。
ロザニィもまた、初めての友達を独占したいという気持ちに駆られていたが、それを必死に押し込んで。
「さて、初任務を終えてだが・・・」
カリスが二人に視線を向ける。
その表情が真剣だったから、キャルとロザニィもまた真剣な面持ちになった。
「お前達が決定的に不足しているのはやはり経験だ。それは二人も自覚しているだろう?」
「・・・ええ。悔しいけど、認めざるを得ないわ」
「・・・(コクッ)」
カリスの言葉に頷く二人。
その顔は悔しさが滲み出ていた。
「各々の戦闘技能はダブルアークに相応しく優秀だ。だが、戦闘技能と実戦は別。実戦では戦場の経験が何よりも大事になる」
ベテランが強いのは戦場の空気を知り、効率の良い行動を知っているから。
若く、強い事を経験が上回る事なんて戦場ではざらにある。
「酷な言い方をするが、お前達は戦闘能力という観点から見れば、シングルアークに等しい。いや、シングルアークでお前達より強い奴も少なくないだろう」
「・・・・・・」
事実であるからこそ、言い返せない。
経験不足は誰よりも、自分が感じている事だからだ。
「それを解消する為には経験を積み重ねるしかない。簡単でも良い。とにかく戦場の空気に慣れ、戦うという行為を繰り返せ。それが今のお前達に必要な事だ」
「それは、下級任務って事?」
「それも良いだろう。だが、中級任務でも構わない。無論、無理だと思う任務にまで参加する必要はないがな。まずは自分がこなせるレベルを確実にこなせ」
「分かった。それで強くなれるなら」
「・・・分かった」
二人は頷く。
『それが強くなる為の近道なら、やってみせようじゃないか』
そう伝わったくるような力強い瞳だった。
「二人でやるのも良いが、偶には一人でこなしてみると良い。一人でこそ見えるものもあるからな」
「ええ」
必ずしも味方が傍にいてくれる訳ではない。
たった一人で打破しなければならない事もある。
これらは一人でこそ学べる事だ。
「カリス。教えて欲しい事があるわ」
「何だ?」
「貴方は私達と同じか、少し上ぐらいの年齢よね?」
「ん? ああ。そうだろうな。詳しくは分からんが」
「細かくは追求しないわ。でも、何故かを知りたいの。どうして、私達とあまり変わらないのに、貴方はそんなに戦闘経験を積んでいるの? 貴方の初陣は何時なの?」
「・・・私も気になる」
キャルの疑問にロザニィが同意する。
カリスを師と仰ぐ彼女はどうしても知りたかった。
遥か高みにいる師匠。
カリスを支える培われた戦闘経験の過程を。
「俺の初陣は・・・」
カリスの言葉を待つどちらかの唾を呑み込む音が聞こえた。
「十歳の時だったな」
「・・・え?」
「・・・十歳? そんなに・・・」
『そんなに早かったのか!?』
それが二人を驚かせた理由である。
初陣は戦場に出ても大丈夫だと判断された頃に漸く許可してもらえるもの。
親とて子を失いたくない。
初陣の選択は慎重になるものだ。
通常であれば、十代の半ばから後半、成人してからの者も決して珍しくない。
身体が出来てきて、武術でも魔術でもとりあえず親から及第点をもらえるようになるのがその辺りの歳だからである。
戦場に出る恐怖を知っているからこそ、精神的な面も考えなければならないだろう。
死と隣り合わせの緊張感。
人、獣、問わず、生物を殺すという恐怖感。
とてもじゃないが、子供には耐えられない。
大人とて耐えられるものではないのだ。
どれだけ慣れようとも戦場に立つのは怖いものである。
だが、眼の前の男は何なのだろうか?
初陣の恐怖を既に何年も前に乗り越えてしまっているというのだ。
遠ざけられたものの、平穏な生活を送っていた自分達とは違い、既に戦場を経験し、戦っていたというのだ。
彼女達からしてみれば、どこか現実味がない事だった。
「・・・貴方の前の家は、幼い貴方を戦場に出さないといけない程に人材不足だったの?」
「ん?」
「だって、普通、十歳で初陣なんてありえないもの。何か事情があったんでしょう?」
キャルの言葉に眉を顰めるカリス。
そんなカリスを見て、キャルは慌てて、意味を告げる。
「ハハハ。そんな事はないさ」
意味を理解したカリスは笑い出す。
その行動がキャルには分からず、今度はキャルが眉を顰めた。
「むしろ、逆だな。幼い俺なんかいてもいなくても変わらないぐらいの小さな存在だったさ。兵力は充実し、指揮官も優秀だった」
「それなら、何でよ?」
「強くありたい。その為には戦場に立たずにはいられなかった」
「じゃあ、自ら望んで戦場に立ったというの?」
「ああ。幼い自分が強くなる為にはどうすれば良いかと懸命に考えて導いた結論がこれだった。実戦を経験する。それが当時、行き詰っていた自分の殻を破ると思ったんだ」
「・・・行き詰る。そんな時期が貴方にもあったのね?」
「当然だろ? 武術にしろ、魔術にしろ、行き詰まりを超えて強くなるんだ。何度も俺は行き詰まりを感じた」
「・・・親がよく許した・・・」
ロザニィが口を開く。
親というものをあまり経験した事がない彼女は親とはこういうものだという理想像があった。
自らを遠ざけた両親の事など、彼女達の頭には微塵も残っていない。
彼女達にとっての親は理想の像である親か、親しい使用人であった。
そして、彼女が理想とする親は幼い子供を平気で戦場に出させるような親ではないのだ。
・・・平気で子を疎んじるような親ではないのだ。
「そうだな。もちろん、反対されたさ。だが、俺が駄々を捏ねたら納得してくれたよ」
「駄々を捏ねるって。カリスがそんな事をしていたなんて想像できないわね」
「ああ。自分でもそう思う」
苦笑しあう二人。
「渋々だったからな。お目付け役を付けられた。それでも、初陣から二年程したら単独行動を許されたよ」
「二年って。十二歳でしょ? そんなに幼いのに単独行動なんて危険じゃない」
「もちろん危険だ。だが、その経験があるから、今の俺がいるのも間違いない」
「・・・師匠は既に何年分も経験がある。でも、私達はまだ初陣を済ませたばかり・・・」
「それだけの差があるんだもの。敵わないのは当たり前よね」
「ハハハ。対等だったら俺が困るな。今までの努力が報われないじゃないか」
「それもそうね」
苦笑交じりのカリスの言葉に二人も苦笑した。
カリスが相当に努力しているのだという事は二人にも理解できる。
それをすぐに超える事は不可能であるとも。
「分かったわ。とにかく実戦経験を積み重ねる事。それが今の私達に必要な事なのね」
「ああ。簡単なものでいい。とにかく任務をこなせ」
「・・・師匠は?」
「俺か? 俺は・・・」
「それなら、私の任務を手伝って頂けませんか?」
考え込むカリスにかかる声。
「・・・コウキか。どうした?」
振り向けば爽やかな笑みを浮かべたコウキがいるではないか。
「いえ。それがですね。数を必要とする任務を受けてしまいまして。手伝って頂ける方を探していたんですよ」
「数を必要とする? どんな任務だ?」
「ある洞窟を根城にする害虫の討伐という奴です。危険な虫が大量発生する恐れがあるとか・・・」
「あぁ。キラービーとクィーンビーの事か?」
「良くお分かりですね」
「一度経験があってな。確かにあれが大量発生したら面倒だ。分かった。協力しよう」
「ありがとうございます。では、受付まで御願いしますね」
「了解した」
コウキに了承の返事をした後、振り返り二人に声をかけるカリス。
「キャル。ロザニィ」
「何?」
「・・・・・・」
「頑張れ。次の共同任務を楽しみにしている」
「もちろんよ」
「・・・こちらこそ」
「それと・・・」
懐から何か取り出すカリス。
「約束していたものだ。ロザニィに贈ろう」
手渡すカリス。
「これは?」
青い鉱石。
どこか海を感じさせる青く透き通った石である。
「知り合いの商人からもらってな。海底にある特別な鉱石で魔術の威力を半減させてくれるらしい。効果は実証済みだ」
「そんな貴重な物を良いの? カリスにだって必要なんじゃない?」
キャルがロザニィの手にある鉱石を見ながら問う。
「俺には魔術に対する戦法があるからな。それもいずれロザニィに教えるつもりだが、現状ではロザニィの耐魔には不安がある。是非、使ってくれ」
「・・・ありがとう。師匠」
「ああ。まだ加工していないから、街の鍛冶屋に頼んで首飾りにでもしてもらうと良い。首にかけられるようにすれば、失くす事もないだろう」
「・・・そうする」
頷くロザニィ。
当然、商人とはシーザーの事である。
海人である彼女達にとって海底は庭のようなもの。
彼女達の売りの一つでもある特別な鉱石であった。
「それじゃあな」
パッと手を挙げて、カリスがコウキに付いて行った。
「行きましょうか」
「・・・ええ」
残された二人。
二人は顔を見合わせて、掲示板のある依頼部屋へと向かった。
その顔は覇気に満ちており、向上心溢れる姿であったという。
「どうやら、順調に任務をこなしているみたいだな」
「ええ。カリス殿の言う通り、徐々にレベルを上げるようにしています」
「そうか」
受付を終え、彼らは目的地である山へと向かった。
山の奥の方にある洞窟に討伐隊長の巣があるようだ。
「それにしても、聞きましたよ。災難でしたね。カリス殿」
「あぁ。誤報の事か? 別に構わないさ」
カリス達の任務の事は部隊内でも噂が広まっている。
曰く、上級を中級として受けた。
曰く、誤報のせいで隊員が大怪我を負った。
どちらにしろ、話題性としては充分なものだ。
「手軽なものという事で受けたが、予定外の事が起きた。それだけの話だ」
「そうですか。ですが、逆に言えば、幸運だったかもしれませんね。普通のダブルアークが単独で行っていたら、失敗していたかもしれません」
「ふむ。そう考えれば、確かに幸運だったな。ダブルアークも二人いたし・・・」
「トリプルアークであるカリス殿もいました。カリス殿の力も大きかったのでは?」
「さぁ。どうだろうな」
カリスの言葉に苦笑いを浮かべるコウキ。
自分の手柄を認めようとしないカリスの態度。
ある種、謙虚とも言えるし、ある種、傲慢とも言える。
とりあえず今は好意的に受け止められているようだが。
「しかし、コウキ。呪術というのは奥が深いな。そいつもお前の呪術なんだろ?」
「あぁ。これですか?」
カリスはコウキが跨っている生物に視線を向けた。
カリスが馬で移動しているのに対し、コウキは巨大な犬で移動していた。
その大きさはカリスが乗る馬より少し小さい程度で、ローゼンと比べても巨大だった。
「こいつも式神の一種でしてね。でも、幼い頃から共にいるので、私にとっては愛犬と言った所でしょうか」
「幼い頃から共にいるか。良い事だな」
「ハハハ。ありがとうございます」
「実際の所、式神というのはどのようなものなんだ?」
「式神とは・・・」
懐から呪符を取り出すコウキ。
「呪符を媒介として作り出された擬似生物です」
「媒介?」
「はい。この呪符に気、即ち、魔力を注ぎこむ事で呪符に宿る擬似生物を呼び出す事が出来るんです」
「擬似生物とはどういう意味だ?」
「文字通り、擬似的に存在する生物の事です。生物であって、生物ではない。矛盾した存在です」
「生物としての姿ではあるが、魂といった生物に不可欠なものがないという事か」
「はい。そうなります。あえて言うならば、この呪符こそが彼らの魂ですかね」
「不思議な生物という訳か」
「簡単に言えば、そうなります」
懐に呪符をしまうコウキ。
「我々の里や鬼人の国、バレント襲国には呪符を作る事を専門とする呪符師という方がいるんです。その方が我々に呪符を提供してくれています」
「呪符師か。どのように呪符を作るか興味があるな」
「そうですね。ですが、彼らは秘密主義なんです。私もどのように作っているかは知りません」
「それなら仕方がないか。式神に寿命とかはないのか?」
「呪符が媒介ですので。呪符が破損しない限りは生き続けます。無論、呼び寄せた擬似生物が死んでしまえば、呪符も消滅してしまいますが」
「ますますもって不思議な存在だな。式神というのは」
「そうですね。私とて全てを理解している訳ではありません」
苦笑いのコウキ。
「噂なので真偽は分かりませんが、バレント襲国の王家に与えられた神具は天地を揺るがす恐ろしい式神を呼び出す呪符だと言われています」
「そうか。確かにこれ程の巨大な犬を呼び出す事が出来るんだ。ものによっては凄まじい式神を呼び出す事が出来るだろうな」
「はい。噂でしかありませんが、そのような呪符がある事は間違いないと思います」
式神として呼び出される擬似生物。
その存在は多種多様である。
今回のように犬を呼び出す事もあれば、以前の入隊試験のように鬼を呼び出す事もある。
呪術の中でも代表とされる技術であり、鬼人達にとっては基本とも言える呪術である。
その万能性、応用性は彼らの強みだろう。
しかし、呪術は式神行使だけではない。
「呪術には式神以外にどのようなものがあるんだ?」
「そうですね。基本的に呪符を使う事に変わりはありませんが、炎、水、風、雷という自然現象を操る事が出来ます」
「ほぅ。まるで魔術だな」
「そう捉えてもらっても構いません。氷結と違って水ですけどね。また、呪術の名の通り、対象に向けて呪いをかける事が出来ます」
「・・・呪いとは物騒だな」
「ハハハ。そうですね。ですが、呪いと一言に言っても、たくさんの種類があるんですよ。動きを止めたり、身体を石化させたり、麻痺させたり」
「・・・やはり物騒だな」
「確かにそうですね。但し、呪いは精神的なものです。対象者の精神力が術者より強ければ、逆に返されてしまいます」
「返される? 呪いをか?」
「はい。呪詛返しと言います。呪術は魔術のように相殺される事はなく、必ずどちらかが呪いを受けるのです。その為、術者としても軽い気持ちで呪いをかける事はありません」
「そうか。確かに気軽には出来ないな。呪いを解く方法はないのか?」
「解呪と呼ばれるものがあります。これは、巫女と呼ばれる女性のみが行えます」
「巫女? セイレーンと同じ名前だな」
「そうですね。字も同じです。ですが、鬼人の巫女は誰かを治癒する事は出来ません。あくまで解呪が専門です」
「なるほど。男性は?」
「何故かは知りませんが、女性のみです」
「そうなのか。それはさぞかし敬われるだろうな」
「そうですね。村に一人いるか、いないかの存在です。大事にされますよ」
巫女と巫女。
共に同じ神を信仰するからこそ同じ名前なのだろう。
ただし、セイレーンなどの多くの国がファレストロードと呼ぶのに対し、バレントでは単純に神龍と呼んでいる。
神社と呼ばれる建物が国内の至る所に建てられており、そこに神龍が祀られているらしい。
ちなみに、セイレーンでは神殿と呼ばれる建物にファレストロードが祀られている。
「お。そろそろ着きますね」
山の麓にある小さな村。
そこにカリス達は辿り着いた。
「話は既に依頼主から聞いています。先程は共同で任務を受けてくれる方を求めて本部に戻っただけなのです」
「そうか。それなら、今日はここに泊まろう。明朝、洞窟へ向かう」
「分かりました。そうしましょう」
近場の宿を探し、二人はそこに泊まった。
明日、目的である危険生物の討伐に向かう。
待ち受けるキラービー、クィーンビーとはどのような生物なのだろうか?
明日、その全貌が分かる。




