アニメーター失踪届け(上)
今日も王都ハザセンダイクは快晴でお洗濯日和である。
そんな日に窓という窓を閉め切りひっそりと佇む小さな家のドアを激しく叩く者がいた。
「ダクセンさん!!居るのは分かってますよ!!兎に角出てきてください!!」
まるで限界で転がり込んだトイレの個室が全て閉まっていたかのような絶望的な状況を彷彿とさせるノックの音が木霊する。
しばらくすると扉の奥に微かな気配と共に扉が開いた。
「五月蝿い煩いウルサイうるさい!!近所迷惑だ!!!大家が来たらどうする!!!!」
中から現れたの大男であった。
無精髭にクマの張り付いた目、ノースリーブのシャツから生えた腕は丸太の様に太い。
「お疲れ様です!!大家さんなら先程お声掛けしてから来たのでいらっしゃってます!!!」
久しぶりの再開に満面の笑みを投げかけながら大家さんの居所を教えてあげた。
つまり今開いたドアの裏、僕の真横だ。
「随分と遅い起床みたいだねダクセン。あんたが滞納していた分の家賃、シンゴーからもう貰ったからね」
大男のダクセンよりも一回りほど大きい体躯に岩の様な四肢を持った大家のおばさんは、
腕を組み有無を言わさぬ声でダクセンへ声を掛けた。
「お、おはようございます!大家様!!」
瞬間、縮みあがったダクセンはまるで上官に不備を指摘された新兵の様に敬礼をしたがそれは逆効果だった様だ。
「挨拶はいい!!さっさと仕事に行って来いって言ってんだ!!!」
移動中の車の中の気不味い沈黙を破ったのはダクセンだった。
「さっきはすまなかったな・・・」
「それは一体どれについてですか?
上がりがないことですか?
それとも家賃を建て替えた事ですか?
この土壇場で3日間連絡が取れなかった事ですか?
一体どれについてですか?」
「全部だよ全部!隅から隅まで心当たりしかねぇよ!!」
「まぁ僕は別にいいですけどね。ゴッガスさんがスタジオでカンカンです」
「だろうな・・・。師匠なんか言ってたか」
「いやもう怖くて誰も近付けないですよ」
「そりゃそうか・・・」
ダクセンが突如としてスタジオからの失踪をしたのは5日前だった。
今回は師匠であるゴッガスさんの演出回である。
基本的にスーパーなアニメーターとして知られるゴッガスさんの初演出という事で、
一度は聞いた事のあるビッグネームなアニメーターがどんどんと集まり現場の熱量は凄まじかった。
そんな中で重要なシーンを任されたのが弟子であるダクセンさんだったのだが・・・。
「ダクセン!!どこへ行ったん!!!あん馬鹿また放り出しおったんか!!!!」
血走った眼で僕の元へやってきたゴッガスさんの叫びによりスタジオから逃げ出した事が発覚したのだった。
元より何かあると逃げ出す事は過去に何度かあったそうで、
その度に鬼の形相で飛び出していったゴッガスさんに引き摺られて帰ってくるというところまでがセットのイベントだった。
「シンゴーからも何とか言ってくれよ!俺にあのシーンを描くのは無理なんだ!!
俺は・・・俺わぁ・・・カワイイ女の子のシーンがやりたかったんだ!!!c34からの一連!!ヒロインであるナギサのパンチラ!!c108のキョーとのラッキースケベ!!!なのにぃよぉ・・・」
ギリギリと歯軋りをしながら血の涙を流しダクセンは訴えるが今更そんな我侭は通らないのだ。
「でもダクセンさんのシーンが一番盛り上がる所なんですよ?ゴッガスさんだって作打ちの時に言っていたじゃないですか。
ここが決まらないとこの話数は終わりだ!って、というか途中まで順調でしたよね?あの自信はどこへ行ってしまったんでしょうか」
僕の問いにダクセンは先程までの勢いを失い、俯き考え込むようにして暫く黙り込むと重々しく口を開いた。
「師匠の席の上がり棚を見ちまったんだ。俺がやりたかったカット。ナギサのパンチラだった」
「そこはベイリューさんが担当してくれているカットですね」
「そうかベイリューが描いたのか・・・。凄かった。めちゃくちゃ上手かった。
あの師匠がほぼ修正を入れてなかった。俺には・・・あんな風にパンツを描く事は出来ない・・・!!!!
そう思ったら急に自分の絵や芝居がブレちまって・・・。
自分でも分かってんだよ、この話数は俺のシーンがどれだけ重要か。師匠が期待して振ってくれたのも分かってる!
だけど、俺よりも上手い人が、それこそ師匠が描いた方が良いアニメが出来るってのも分かりきっているんだ!!!」
「何当然のこと言ってるんですか。そんな事と上がりがない事の何が関係あるんですか。僕の薄給から支払われたダクセンさんの家賃と何か関係あるんですか。甘いのは打ち合わせに出すお茶菓子くらいで結構なんですよ。お茶菓子も僕の自腹で用意してるし、いったいどうなってるんでしょうか」
僕はざらざらとガラス瓶に入った銀の金平を口の中に流し入れた。
淡々と移動する車は幾つかの通りを抜けて何度か曲がる
そこでダクセンは気が付いたようだった。
「おい、これどこに向かってんだ?スタジオならさっきの所を右だったよな?」
その問いに答えるつもりはさらさらにない。
僕の運転する車に呑気に乗り込んで来て、滞納していた家賃が支払われて、仕事の愚痴を聞いてもらって。
そのままスタジオに着く訳がないだろう!そんなに順風満帆じゃないんだよ人生は!!
「おい!答えろよ!!急に黙り込むなよ!!!」
「ハハハハハハ」
「急に笑うな!!」
楽しくなってきた僕の様子を見てダクセンは何か悪い予感でもしたみたいだが大当たり。
「ダクセンさんには今からダンジョンに入ってもらいます!!」




