後編
2年後、私は15歳となった。
この国では、15歳で成人と認められ、夜会にも出席できる。
今夜は、キルツォーク公爵家の夜会に招待されていたが、煌めくシャンデリアの下、人々の注目を集め、私は婚約破棄の宣言をされていた。
婚約者である私をエスコートせず、ヒロインである男爵令嬢を腕にまとわりつかせているライアンに、貴族としてのマナーをやんわり忠告したところ、逆ギレされたのだ。
「このリリアナは、いじらしく、お前より可愛いらしく、お前の数十倍すばらしい。よって、私ライアン・ロイベルトは、セリア・ハインと婚約破棄をし、リリアナと婚約する」
「その発言は、ご自分の浮気を認めたも同然となり、ライアン様の有責となりますが、よろしいのでしょうか?」
「はっ!あさましい女め。金の話か?慰謝料ならば払ってやる」
「私たちの婚約は、神前契約です。意味がわかっておいでのお言葉ですか?」
「私をバカにするのか!いつも、小賢しくふるまいおって!契約も婚約も破棄だっ!!」
その瞬間、カシャンと小さな音がした。
私の手首にあった婚約の腕輪が、壊れて床に落ちたのだ。逆に、ライアンの手首の腕輪は真っ黒になり、形をかえ、手首から上へ蛇のようにグルグル巻きつきながら、最後に首を一周して止まった。
人々の悲鳴が、高く、高く響く。
神が、ライアンを有罪に処したのだ。
「な、なんだ、これは!?」
「私たちは神の前で、お互いに誠実であることを誓ったのです。浮気は、有罪になります」
ライアンの首には、黒い首輪が巻きついていた。それは、神が断罪した罪人の証。ライアンの貴族としての命は、終わった。黒い首輪の意味を、誰もが知っている。
「バ、バカな!浮気ぐらいで。神前契約をしても、浮気している者は大勢いるのに!」
「ライアン様の契約は、浮気は許されない、とちゃんと書かれてありましたが?」
「あんな何十枚もの!ややこしい書類なんて、無効だっ!」
キリリ、と首輪が少しだけしまった。
「く、くるしい…!」
「契約に文句をつけるたびに、少しずつ首輪がしまっていきますわよ、ライアン様」
苦しむライアンをおいて、ヒロインが走って逃げて行く。人々の蔑みの目を、背中にうけて。今後、ヒロインの貴族令嬢としての立場は、危ういものとなるだろう。
反対に、人々をかき分けて、こちらに走ってきた者がいた。ロイベルト伯爵だ。よほど慌てたのか、髪が乱れていた。
今まで、キルツォーク公爵が、商談という体で、他の部屋で足止めをしてくれていたのだ。
ロイベルト伯爵は、息子の黒い首輪をみて、怒鳴った。
「どういうことだ!?」
「たった今、ご子息の有責で、婚約は破棄されました。残念ながら、当家との縁もこれまで。つきましては、契約不履行の賠償をもとめます」
にっこりと美しく笑った兄は、私をそっと抱き寄せた。
「ば、賠償…?」
「はい。契約書通りに」
真っ青になったロイベルト伯爵をみて、私は兄が、あの百枚の書類で、たぶん金鉱山をふくめ、色々と、それはもう色々とぶんどるのだろう、と思った。が、同情はしない。ゲームでは、兄を殺した人だ。
ロイベルト伯爵は、獣のような唸り声をあげてライアンにつかみかかった。
「お前、お前のせいでロイベルト家はっ!」
すぐさま、キルツォーク公爵家の騎士たちが、二人をロイベルト伯爵家の馬車につみこんで、good-byeしていた。続きは、馬車のなかではじまるのだろう。
そして、その後の話として。
私は、兄と結婚した。
この国では、血筋を守るため、財産の分散を防ぐため、兄妹の結婚は許されている。前世の常識では、許容できないが、私が生まれ育ったのは、この世界でありこの国である。
それに、前世の世界三大美女クレオパトラだって、兄弟と結婚している。常識など、時代や場所で変化するのだ。
近縁者間の結婚で障害となる、子供に劣性の遺伝形質が発現する可能性の問題だが、今世では魔力があるため、むしろ逆に優秀な子供が生まれやすい。ただ、血が近すぎると子供が生まれにくい、それだけが問題なのだ。
だが、私と兄との間には、子供が次々と生まれ、四男四女にめぐまれた。どの子供も、魔力が非常に高く、聡明で美しい子供ばかりだった。
あまりにも優秀な子供が産まれるため、王族が横恋慕してきたが、兄が、完璧にしりぞけてくれた。
ちなみに、その王族とは、第三王子であった。こんなところで登場とは、とかわいた笑いがもれた。
私は、思うのだ。
裏ヒロインのセリアのハッピーエンドが、兄の死からはじまるならば、セリアのバッドエンドは、兄が死なないことではないか、と。
兄の愛は、深く、深く、限りなく重い。
ゲームのセリアは、兄の狂気のような愛を、受け入れることができたのだろうか?だって、セリアのバッドエンドは、婚約破棄された傷心のセリアは、兄に庇護されて、生涯、屋敷から一歩もでなかった、で終わっているのだ。それって、監禁エンドでは・・・?
でも今世では、私は私。ゲームのセリアではない。今の私は兄を、片羽根のような兄を、例えば、あの歌のように愛しているから。
「天に在りては願わくば比翼の鳥と作り、地に在りては願わくば連理の枝と為らん」
「はじめてきくけど、どういう意味?」
愛しげに兄が、私の頬にふれてくる。私は兄に抱きついて、言った。
「ずっと一緒、てこと。大好きよ、お兄様」
「愛しているよ、セリア。例え、死んでも離すことはないよ」
僕たちは、連理枝だった。雷でさけて、燃えた。君は僕を覚えていなくて、前世では、僕を拒絶した君を殺して食べて1つになった。今世では、夫婦になった。では、来世では・・・?
来世では、また木に産まれたい。そうすれば、ずっと一緒にいられる。
何があっても、何度生まれ変わっても離さない。
愛しているよ、愛しい人。
「え?なにか言った?」
「愛している、て言っただけ」
私は、嬉しくなって兄にキスをした。