第97話 出発へ
なんと、ムタも召喚魔導の特殊スキルの持ち主だった。
彼女の召喚魔獣が、実はムアンだった。
オレたちの知っているムアンは、仮の姿だった。
片手をあげていた少女こそ、ムアンの本体だった。
ずっと不可解に思っていたことがあったが、ようやく飲み込めてきた……。
以前、オレがネズミ化したときのことだ。人さらい親子宅の地下室で、ムアンがオレを口に入れたことがあった。ムアンはシェムのように、オレを元の人間の姿に戻してみせた。それはシェムと同じ召喚魔獣だから、オレのネズミ化を解くことができたのだろう。
もう一つ。ムアンはスケルトン兵に矢を射られたことがあった。矢が胸に刺さって大量出血したわけだが、結局は無事だった。それも召喚魔獣であるムアンの能力によるものなのだろう。
ムアンの前に立った。
彼女がオレを見あげる。
やや小柄なムアン……。
もうかつてのムアンではない。
お姉さんっぽさの欠片もなくなっている。
「ムアンのことを聞かせてほしい。もっともっと知りたいんだ」
ムアンの目が少し泳いだ。表情もなんだか曇ってきた。
まるで怯えているようにも見えた。どうしてなんだ?
彼女はオレを無視するようにムタに向いた。
「もしご主人が許してくださるのなら、彼にすべて打ち明けたく思います。わたしは彼に対し、その義務がありますから」
ちらっとオレに視線を投げかけるムタ。
恐ろしいものを見たかのように顔を伏せる。
しかし拒否はしなかった。
「うん、わかった。ムアンが言うのなら好きにして」
「ご主人に感謝します」
ムアンがふたたび振り返る
「ご主人から許可をもらったから、すべて話そうと思う。でもここではダメ」
「移動すればムアンの話がもっと聞けるんだな? じゃあ、どこに行けばいい」
「ずーっと遠いところよ」
「ずっと? それ長旅になるとか?」
無言の首肯が返ってきた。
マジかよ。でもなんで長旅に……。
「ムアン、わたしもついていっていい?」
チャオプの問いにムアンが首肯する。
「ええ、チャオプも来てほしい。イリガもいっしょに。きっと最後になるから」
「「最後?」」
チャオプとイリガが小首をかしげる。
ムアンは首を小さく左右させた。
「気にしないで。こっちの話」
とりあえず話は決まった。
当然、長旅はムタの同行も意味している。ムアンのご主人だからだ。
またムタの強い希望で、ルアンナも長旅に加わることになった。
「ならばわたしもいっしょに……」
ずっと隅っこで見守っていたソードマスターだった。
彼女のパーティーリーダーであるマスターをちらり。
「行っておいで、ナインス。こっちのことは構わないよ」
「ありがとう、マスター」
笑みをこぼすソードマスター。
その顔をオレたちに向けた。
しかし……。
「あなたは、だーめ」
ムアンがソードマスターの同行を許可しなかった。
「えっ、そんな」
出発は翌日に決まった。それまでにムアンが馬車を用意すると言っている。馬車なんてすぐに入手できるのだろうか? カネが必要だというので、パーティー仲間共有の財布を渡した。
オレたちは旅の準備にとりかかることにした。
軍の敷地から立ち去ろうとする。
ここで呼び止められた。
「待ってくれないか」
今度はマスターだった。
どうやらイリガに話があるらしい。
「イリガ。あれこれ考えたんだ」
「マスター……?」
足を止めるイリガ。
「キミを本名で呼んだのは、初めてだったね」
「そうだと思います」
「まずは謝りたい。すまなかった」
「えっ」
「俺は妹を失ったとき、ひどく気が動転してたようだ。だからキミの言うことに耳を貸せなかった。他の多くのメンバーの話を信じてしまったんだ。だけどきょう彼女たちの本性がわかった気がする……」
マスターは顔を歪め、頭を抱えた。
「……俺はなんてひどいことを、キミにしてしまったのだろう。とても反省してるんだ。キミは愛妹の親友だった。愛妹がキミを親友に選んだのには、ワケがあったに違いない。それはきっとキミのことを誰よりも信用してたからだ。どうしてこんな簡単なことに、俺はずっと気がつかなかったのだろう……」
深呼吸のあと、言葉を付け加えた――。
「……またいっしょに俺と組んでくれないだろうか。キミが必要なんだ」
イリガは大きく首を振った。
「ごめんなさい。もう遅いです。わたしはこんな素敵な仲間たちと出会ってしまったのです。彼らと離れて、マスターとまた組むことはできません。でも決して恩は忘れません。いつまでも感謝し続けます」
大きく頭をさげるイリガ。
「そっか。わかったよ。元気でな」
「マスターもお元気で」
マスターは無言で首肯し、踵を返した。
そして独りごちる。
「ああ、これは当然の結果だ。俺が馬鹿だったせいだ。せっかく仲間になってくれたメンバーを、一人一人きちんと見られずにいた。まったくリーダー失格だ」
続いてソードマスターに詫びる。
「ナインス。本当にすまないと思うけど、いまのパーティーを解散して、すべてを始めからやり直したいんだ」
「マスターがそう言うのでしたら、わたしは構いません」
マスターはその場で一礼し、背中を丸めながら去っていった。
ソードマスターがふたたびオレの方へとやってくる。
「いってらっしゃい、ラング」
「おう。行ってくる」
「わたしはこのソンクラムで待ってるわ」
「待つ?」
彼女は両手を胸に当てた。
「ここへ戻ってきたら、もう一度だけ、考えてみてほしいの」
「何を考えればいいんだ」
「その……わたしやアーチャーといっしょに、またやり直せないかしら……」
何かと思えば。
「それは無理だ。一度裏切った者とは二度と組めないよ」
「そ、そう……。だけど、もしまた組む気になったら声をかけて」
「わかった。気が変わったら声をかける」
この日を最後に、オレたちは二度と会うことがなかった。
◇
その夜。廃墟同然となったソンクラムに、僅かばかりの人々が戻ってきた。だが完全な復興には数年かかるのではなかろうか。あるいは十年あっても足らないかもしれない。
ムアンはその日のうちに帰ってこなかった。壊滅状態のソンクラムには、もはや乗合馬車もなければ貸し馬車やもない。ムアンはカネがあれば馬車を用意できるとか言っていたが、どうするつもりなのだろう。
朝がやってきた。
出発の日だ。
野宿に慣れていないルアンナは、ちゃんと眠れただろうか?
「おはよう、ラング」
「おはよう、ルアンナ」
彼女は大丈夫そうだ。朝から血色がいい。
結構タフなのかもしれない。
これなら長旅もきっと大丈夫だ。
ムアンはオレたちのもとに戻っていた。
ちゃんと馬車が用意されている。
わざわざ遠い町まで行き、馬を買ってきたらしい。ということは、ほとんど眠っていないのだろう。馬は結構、高かったそうだ。でも使用後ふたたび売ればいいわけだから、長い目で見ればさほどの出費にはならないだろう。
馬車の車両については、軍の施設から壊れていないものを探し、無断で持ってきたそうだ。まあ、このくらいは許してもらおう。オレたちは軍にかなり貢献したはずだ。バチは当たるまい。
だけどムアンはオレたちを連れて、どこへ行く気なのか……。




