第95話 あの子は誰
軍の病院へ急ぐルアンナ。オレたちのパーティー全員が同行する。
ソードマスターとマスターもいっしょに来てくれるという。
前校長もついてきた。軍の本部を見ておかないとならないらしい。
彼の率いてきた部隊はそこに残り、ケガ人たちの世話をすることになった。
軍施設の敷地に到着した――。
ここには軍の本部も病院もある。
しかしすべての棟が全壊または半壊となっていた。
皆、この変わり果てた光景に、あらためて茫然とするのだった。
軍の病院はどの辺りだっけ。瓦礫ばかりでわかりにくい。
ムタはいまどうなっている…………?
ルアンナが嗚咽を始めた。
彼女に優しい言葉をかけてやりたい。
諦めるのは早いとか、まだ生きているかもしれないとか。
だが、この瓦礫を見ては何も言えなくなってしまう。
まずこれでは助かるまい。生きているはずがない……。
「我が主、我が主」
「呼んだか、シェム」
「はい。あの先で誰か生きています」
本当かっ。
ルアンナが顔をあげる。
そんな彼女の肩をポンと叩いた。
「とにかく行ってみよう」
崩壊した建物の間を抜けていった。
大きな瓦礫を潜ったりのぼったりして進む。
皆もちゃんとついてきている。
なんだ……あれは……?
その先に光が見えた。光の壁だった。
前校長でさえ、その光の正体がわからないと言っている。
マスターが叫ぶ。
「うわっ」
彼が光の壁に手を触れたのだ。
静電気のようにビリビリッときたと言っている。
しかもその衝撃は凄まじいものだったらしい。
危険な光だ。これ以上は進めないのか。
「我が主、そこのもっと先に何かがいるのです」
シェムはそう言うが……。
ルアンナが光の壁に向かって歩いていく。
オレは慌てて彼女を止めた。
「よせ、ルアンナ。落ち着いてくれ」
「でもムタがいるかもしれないの」
「だからって……」
ルアンナの手が光の壁に触れる。
火花が飛び散った。
「きゃっ」
やはり光の壁を通り抜けるのは無理だった。
オレも前校長もやってみたが、結果は同じ。
触れた手が強烈にビリビリする。
途方に暮れていたところ、なんと成功者が現れた。
それはムアンだった。
光の壁に触れても、なんともないようだ。
いったいどうしてムアンが……?
彼女は平然と光の壁を抜けていった。
「ムアンっ? どうして?」
すると光の壁の向こうから彼女の声。
「なんとなく越えられるような気がしたの。やってみたら本当にこっちへ来られたわ。もちろん無事よ。なんともなかった。さあ、ラング……」
光の壁から手が突きでてきた。
この手はムアンのものに間違いない。
握れというのか?
手を握った。
「ちょ、ちょっと、ムアン……」
ムアンの手が何故か熱い。この熱はなんだ?
握った手をグッと引かれた。
やめろ、引かないでくれっ。
わあ、光の壁に触れてしまう――。
あれ? 触れたがなんともなかった。
オレも無事に壁を抜けられたのだ。
さっき触ったときはビリッときたのに……。
「あらまあ、ラングったら。女の子の手を握ると、汗ばんじゃうのね」
「こんなときに何言ってんだよ! ムアンの手が異様に熱いからだ」
慌てて手を放した途端、ビリッときた。
すぐに手を握り直す。
「お姉さんの手、しっかり握ってた方がいいみたいね」
「そのようだな。てか、お姉さんって……」
「ねえ、ラング。光の壁の外に手を出してみて。まだ誰かいっしょに入れそうよ」
「本当に?」
光の壁から外に手を突きだしてみた。
「おーい、誰か握ってくれー」
オレの手はガッチリと握られた。
壁が眩しくて外は見えないが、この小さな手はチャオプか。
「し、師匠。手が熱いぞ」
「ヤケドするほどじゃない。我慢してくれ」
「わかった」
しかし手は放されてしまった。互いに強く握っていたはずなのに。
誰かから強引に手を引き剥がされたような感じだ。
あらためて手が握られた。
今度は……シェムの手だ。
「我が主の手はわたしがお守りします。ですが……熱くなってますね」
やはりシェムの声だった。
でもオレは握っただけで、誰の手か当ててしまうなんて……。
手を引くとシェムが中に入ってきた。
ムアンによれば、まだまだいけそうとのことだ。
シェムが手を出すと、ルアンナが入ってきた。
手を繋ぎながら、同様にチャオプ、イリガと続いた。
バチン
それはイリガの手を握る前校長が、光の壁を越えようとしたときだった。
手を握る全員が感電した。ハードなショックに、皆、思わず涙目となった。
前校長は光の壁を通ることができなかった。定員オーバーらしい。
手を握ったままの六名で先を進んでいく。
はて、これはどういうことだろう。
光の壁の内側では、不思議なことが起きていた。
床に瓦礫があまり落ちていない。
天井もほとんど壊れていなかった。
確か、この辺りは病棟のはず……。
ムタの病室を発見。
訪れるのは今回で二度目だ。
病室のドアを開ける。
天井や床は完璧に無事だった。
「あっ!」
思わず声をあげてしまった。
一人の少女が片手をあげている。ムタではない。
ムタならば、ちゃんとベッドで寝ている。
オレはこの片手をあげた少女を知っている。
前回もこの病室で目撃したのだ。
あのとき彼女は人形のように動かなかった。
彼女は誰だ?
皆で病室に入った途端、手の熱さが消えていった。
試しに全員同時に手を放してみる……。
ビリッとはこなかった。もう大丈夫なようだ。
ルアンナがベッドに駆け寄っていく。
「ムタっ」
魔物の襲撃によるケガはなさそうだ。
病室は壊されていないのだから当たり前か。
眠っているムタを、ルアンナが抱き締める。
オレは片手をあげた少女に視線を送った。
「あの女の子は何者なんだろう」
いったい何をしているのか。
実に奇妙な少女だ。
「師匠、誰のことだ。女の子?」
「ほら、あそこで片手をあげている……」
「誰もいないぞ?」
なんだと。誰もいないって?
チャオプには見えていないのか。
そんな馬鹿な。
「イリガにはあの子が見えるか」
「何を言っている?」
てことはイリガにも見えないのか。
「我が主、わたしにはちゃんと見えています」
「おお、そうか。シェムには見えてるんだな」
そして……。
「見えた」
そう言ったのは白いチャオプだった。
半龍化したら見えるのか。
あれっ。ムアンはどこに行った?
そのムアンは病室の隅にいた。
頭を抱えながら、身をかがめている。
とても辛そうだ。
「ムアン、大丈夫か」
「痛い……」
前回ここに来たときと同じだ。
あのときも頭痛に襲われていた。
「ムアン、いっしょに病室から出よう」
「ううん、もうすぐ治まるわ。いますべてがわかったの」
すべてってなんだ。
「頭痛の原因のことか?」
「そう。それもある」
「じゃあ教えてくれ、ムアン」
ムアンは片手をまっすぐ伸ばした。
指先はしっかりと例の少女に向いている。
えっ?
いまのムアンには、彼女が見えているってことなのか。
だけど……。
「あの女の子が頭痛の原因か? あの子はなんなのだ」
オレの疑問にムアンが答える。
「あの子は…………わたしよ」




