第77話 いざ、進軍
有翼人への攻撃開始の日――。
「チャオプ、本当にここでいいんだろうな?」
「お……おう。ちゃんと思いだしたんだ。間違いなくここだ、師匠」
怪しいものである。
現在、ソンクラムから北西へ向けて、軍を進めている真っ最中だった。軍勢はなんと八千人を超えているとか。そのうち冒険者は千三百人弱もいるらしい。この大軍はあまり密集せずに、横に広がって進行している。
事前に行なわれた作戦会議には、オレたちの代表としてチャオプが出席した。しかし彼女は作戦内容をあまり聞いてこなかった。会議中はほとんど居眠りしていたらしい。
そう――――。
リーダーのチャオプのせいで、オレたち『白龍』の役割はまったくの不明。
オレたちは横長の陣形のどの辺を進んでいればいいのだろう。チャオプは指定された配置場所について「今度こそここだ」と繰り返して言っている。ウトウトしかかる前の話だったため、おぼろげに覚えているとか。
だったらどうして行くところ行くところで、他の兵士たちから「邪魔だ」と追い払われるんだ? 結局のところ、ぜんぜん覚えていなかったんじゃん!!
「本当か? 本当にここなのか?」
オレはジロっとチャオプを睨んだ。
目をそらすチャオプ。
「やっぱり嘘だったか」
ムアンもイリガも苦笑いしかしていない。
ちなみにシェムはオレの腕の中でお休み中だ。
「ああ、今度は本当の本当に思いだしたぞ! ここじゃなかった。わたしたちが任されたのは中央のしかも先頭だ」
前方をまっすぐ指差すチャオプ。
もう信じない。てか、どうでも良くなった。たとえ見当違いのところを歩いていようが、敵が現れたら頑張ればいいんだ。そうさ。どのパーティーよりも活躍できさえすれば、上層部から叱られずに済むだろう。
カーン カンカン カーン カンカン
右手から鐘のようなものが鳴った。
これについては進軍前に説明があった。
休憩の合図だ。
カーン カンカン カーン カンカン
今度は左手からだ。横に広がったソンクラム軍の合図の鐘は、こうして次から次へとリレーしていくのだった。
「師匠、やったぞ。休憩だ」
どうしてコイツはこんなに脳天気なんだ?
オレたちはお前のせいで……。
「レインボーファイア!!!」
火球がオレに直撃した。
うわっ。なんだなんだ!
敵が現れたのか?
「レインボーファイア!!!」
また来た。
赤い炎、黄色い炎、青い炎、白い炎が踊るように絡み合っている。
とても美しい炎だが極小だ。オレは直撃されたものの、火傷すらしなかった。
てか、いったい誰がこんなことを……。
火球が飛んできた方に目をやる。
はて、コイツは誰だ? なんとなーく見たことがあるような。
見かけの年齢はほぼオレと同じくらい。長い金髪が縦に巻かれている。
冒険者とは思えないような綺麗な恰好。高貴な感じが漂っている。
あっ、思いだした!
「お前はビリッ尻だったヤツじゃないか」
「何をおっしゃるのっ。最下位はあなたよ」
「師匠、なんの話だ?」
若い冒険者による交流戦において、剣ではイリガが見事に優勝したが、その前日には火球魔導の競技試合があった。オレはその参加者七十六人中、六十一位タイ。しかしオレより下がいるということではなく、火球が的まで届かなかった者が、すべて平等に六十一位タイとされただけだ。ちなみに十六人もいた。
ということでチャオプに答える。
「そこにいるヤツは先日の火球魔導競技で、ビリになった可哀想な女だ。一応、オレも六十一位タイなので、順位としては同じくビリかもしれないが、彼女の場合はそれだけじゃない。火球を最も飛ばせなかった参加者。ビリ・オブ・ビリだ」
「違うわ。火球を一番飛ばせなかったのはあなたよ」
「いいや、オレの方がちょこっと遠くまで飛ばせただろ」
「あれはラインの内側に立って飛ばすというアンフェアなもの。手の長さを考慮すれば、わたくしの勝ちだったわ」
「手の長さのことは関係ない。ルール通り、ラインの内側に立って飛ばしたんだ」
「でも、あなたの手はラインを越えていたではないの」
「空中はセーフだぁー。皆も同じだろ。お前の手だってラインを越えてたじゃん」
チャオプがムアンに向いて溜息を吐く。
「師匠たち、かなり低いレベルでの言い争いしてるな」
「そうよね。どこまで飛ばせるかじゃなくて、的となる物体にどれだけダメージを与えられるかで競うものだと聞いてたわ」
「差なんて本当は無いも同然だったんじゃないか」
するとチャオプたちのもとに、見知らぬ老人が歩いてきた。
老人の割にピンと背筋が伸びている。片手を伸ばし、指を見せるのだった。
「差はきっちりありました。この親指の長さほどですが」
チャオプが眉根を寄せる。
「たった親指の差……。このくだらないことに、そこまできっちり計った者が?」
「はい。わたくしが計測いたしました」
「わあー、暇人。ところであんたは?」
「はい。申し遅れました。わたくしたちは……」
「わたくしたち?」
老人の背後には四人が立っていた。
「はい。皆、あちらの王女様の護衛です」
「お、お、お、お、お、王女様!?」
オレと言い争っている金髪縦巻き女のことのようだ。
チャオプの他、ムアンもイリガも目を丸くしている。
「さようです。七つの町と八つの村を有する藩王国の王女様です」
「遠い辺境には『都市国家』の他に、『藩王国』っていうのもあるんだっけ。でもどうして王女なんかがこんなところに?」と、怪訝そうなチャオプ。
「はい、王女様が『冒険者』を始めてしまいまして……。わたくしたちはその道楽に付き合い、パーティーメンバーという形で護衛に努めております」
「ど、道楽で冒険を!?」
チャオプたちの会話は、オレの耳まで届いていた。
コイツは道楽で冒険者をやっているのか……。
普通、冒険は命がけでやるものなのに。ああ許せん!
「火球魔導競技では、確かにオレの微妙な勝利だったかもしれない。だがもし水流魔導競技だったら、お前に圧勝してたぞ。それどころかオレの優勝は固かった」
チャオプが歩いてきて耳元で言う。
「優勝って。いくらなんでもそれはないぞ、師匠」
「うるせ」
ビリッ尻王女が顔を歪めている。
「花吹雪魔導競技ならば、わたくしの優勝で間違いなくてよ」
護衛の老人が言う。
「はい。王女様の優勝は固いでしょう。おそらく花吹雪という魔導は、この世で王女様以外には使いませんので」
「いいぜ。だったらオレの水流と勝負してみるか」
「望むところだわ。わたしの花吹雪であなたを瞬殺よ」
オレたちは対決することになった。




