第49話 民間闘技場
冒険者スクールの除籍が確定した。
これ以上は寮にいられない。新しい仲間たちにも話さなければならない。
それからルアンナには、いままで面倒を見てくれたことに礼を言おう。
寮に戻ってきた。
中庭には綺麗な花壇と四阿がある。
立派なコテージが四軒並んでいる。
この景色を見るのはこれで最後だ。
皆に報告。
ルアンナは涙を流し、ギュッと抱き締めてきた。
彼女は姉であり、母であり、幼馴染みであり、友人だった。
「ラング。いつでもここへ遊びに来てね」
「ありがとう、ルアンナ。また遊びに来るよ」
もちろん嘘だ。もうここには来ない。
ルアンナにはまた会いたいけれど。
彼女とは手を振って別れた。
寮を出ていくオレたちを、いつまでも見守ってくれた。
こうして似非パーティー仲間とともに安宿に移った。
場所は敢えて、スクールからもコテージからも離れた場所を選んだ。
ちなみにその近辺の繁華街には、あまり来たことがなかった。
建物は古いが値段の割に清潔な宿だった。
オレは部屋に入るとすぐベッドに転がった。
冒険者スクールをやめたら、開放感に満たされると思っていた。
だけどなんとも言えない喪失感の中にいた。
ルアンナ、恩師の方々、クラスメイトたち、校舎や校庭、それから寮……。
五歳のときに故郷を離れ、ずっとそんな場所や環境で過ごしてきた。
ああ、いろいろと思い返すのは、退学が突然すぎたからだろうか。
一人でぼんやりしていると、いつの間にか眠ってしまった。
夢を見た。おかしな夢だった。
夢の中でオレはデートしていた。
デート相手はシェムだった。
二人でソンクラムのあちこちを訪れた。
ショッピング街、神殿遺跡、巨大ブリッジ、小高い丘、湖……。
気づかないくらいにゆっくりと、シェムの姿は変化していった。
最初は猫のはずだったのに、いまオレの隣にいるのは人間のシェムだ。
「あれ? シェム……」
しかし初めて見る顔ではなかった。よく夢に出てくるケモ耳少女だった。
「ふふふ。いまごろ気づいたのですか?」
目が覚めた。
オレは一人で部屋にいた。
そっか。皆、出かけたんだっけ。
しばらく一人にしてほしいと言ったから、皆が気を利かせてくれたのだ。
そういえばシェムまでいない。どこに行っちゃったんだろう。
仲間が宿に戻ってきたのは夕方だった。シェムもいっしょだった。
シェムが皆を街に案内してきたのかな。なんて、そんなはずはない。
たちまち部屋が賑やかになった。
チャオプがチケットを持っている。
目の前に差しだしてきた。
「師匠。もし良かったら皆で見にいかないか? きっと面白いから見にいこう! 嫌ならばわたしたちだけで行ってくるけど……」
そのチケットは闘技観戦のものだった。
きょうの闘技は『魔物X魔物』『魔物X人間』『剣士X剣士』らしい。
闘技観戦チケットか。冒険者スクールに通っていた頃、生徒たちに無料で配られることがあった。それらは国立闘技場のチケットだったが、いまチャオプの持っているのは、民間闘技場のチケットだ。
へえ、民間闘技場のものとは珍しい。
「確かに面白そうだな」
「そうだろ? 師匠もいっしょに行こう」
「わかった。メシ食ったら行ってみようか」
◇
夕食を済ませたあと、民間闘技場へ行った。
付近の至るところに、ポスターが張られている。
あるポスターの前でイリガが立ち止まった。
ソードマスターのポスターだった。
『美しすぎる女剣士』
いつ見てもイラッとするタイトルだ。
チャオプが赤いペンをとりだした。
ソードマスターの絵に鼻毛を描き加える。
思わず笑ってしまった。
しかし係員に叱られた。こっぴどく叱られた。
さらには弁償させられた。当然のことである。
チャオプは何度も謝った。オレたちもいっしょに謝った。
弁償するためのカネは、共有の財布から支払うことになった。結構高い。
しかも闘技場で売られているポスターは、ありがちなボッタクリ価格だった。
チャオプはオレたちにも謝った。
「皆、ごめんなさい」
しかし誰のために落書きしたのかは明白だ。
だからオレは彼女に向いて頭をさげた。
「何言ってんだ。ありがとな」
遠くの方がガヤガヤと騒ぎ始めた。おやっ、なんだろう?
周囲の話し声によれば、有名な剣士が馬車からおりてきたとか。
オレは剣士ではなく魔導士であるため、有名な剣士といわれてもピンとこない。
ぜんぜん詳しくないのだ。たぶんオレの知らない剣士だろう。
人だかりの隙間からチラッと顔が見えた。
思ったとおり、知らない剣士だった。
なおも続々と闘技場前に馬車が停まる。
今夜出場する剣士たちが馬車からおりてくる。
黄色い声も多かった。耳がキンキンする。
生で剣士たちを目にするファンたちは大興奮だった。
そしてさらに人々の声が大きくなった。
それほどまでに有名な剣士が来たのだろうか。
普段は無関心なオレですら、その顔を見てみたくなった。
見えた――――。
オレの知っている顔だった。
なんと、あのソードマスターではないか。
三割増しに美しく描かれたポスターの絵は、ここ最近あちこちで見かけている。
だが実物のソードマスターを見たのは、オレが売られたとき以来だった。
いまでは大人気の女剣士かよ。こんなことって……。
ファンたちに手を振っている。あんなにファンがいるとは。
くそっ、アイツめぇー!
ソードマスターにが大きな恨みがある。
どうしても文句を言いたかった。
もちろん文句だけでは足りない。
人混みを掻き分け、ソードマスターのもとへと歩いていく。
ああ、ファンの人垣が邪魔だ! 前に進めやしない。
くそっ、くそっ、くそっ。
人混みの向こう側に、別の人物の姿も発見。
「プリーーーーストォーーーーーーー!!!!」
オレの叫びはソードマスターのファンの声に掻き消される。
人混みを大きく迂回し、プリーストを追った。
「待て、プリースト」
声はプリーストに届かなかったようだ。
そのまま闘技場内に入ってしまった。
もちろん追いかける。だが係員に止められた。
そこは関係者専用の出入り口だったらしい。
通路の奥を歩くプリーストに向かって叫ぶ。
「てめぇー、こら待て!」
この喧噪の中、やはり声は届かないのか。
係員三人に体を掴まれた。それでも叫び続ける。
通路の奥にもう一つの影。
さっきのソードマスターだ。
「おい、ソードマスターぁーーーーー」
どうやら今度は聞こえたようだ。
首をこっちに向けた。
オレの顔を見てハッとする。




