第22話 継龍
目が覚めた。
ちょうどムアンが服を着せてくれようとしているところだった。
「す、すまん」
慌てて服を奪うように受け取り、自分自身の手で着る。もちろんズボンも。
着衣が済んだあとで、チャオプに訊いてみる。
「さっきの白い息はなんだったんだ?」
いまの彼女の顔には、子供のようなあどけなさは残っていない。
すっかり“大人の女”の雰囲気を醸しだしている。
「スノードラゴンの特殊スキル『スノーブレス』。生きたファイアリザードの炎には効かない。けれども死んだファイアリザードの炎は弱まるため、なんとか鎮めることが可能だった」
彼女は死体に近づいていった。
人差し指と中指の二本だけを伸ばす。
ナイフのような鋭い爪が生えていた。
その爪で死骸の表皮を切り裂く。
裂け目から臓器をとりだした。
「これがファイアリザードの肝」
「おお、すげえ」
灰になる前に取りだすことに成功したようだ。
彼女からファイアリザードの肝を受け取った。
これで解毒剤が手に入る!
「あのさ、チャオプ。お前、ずっとそのままなのか」
「そのままとは?」
「だからさ、その……いつものチャオプじゃないだろ。髪や肌の色とか爪とか、喋り方にしたってそうだし。落ち着き方っていうか雰囲気もまるで違う。顔立ちだって少し変わったよな」
「心配せずとも間もなく元に戻る。ただし元に戻ったわたしは、いまのことを覚えていないだろう」
「ぜんぶ忘れてしまうのか」
「この半龍の状態に慣れるまでのこと。継龍のスキルが完全に身につけば、自由に半龍状態になることができ、そのときの記憶も失わなくなる。そればかりかスノーブレスの威力は増し、角や翼も生えてくる。翼が生えれば飛ぶことも可能」
「いまの状態になったのは、怒ったときだったよな? 怒りと関係あるのか」
「怒りでなくとも強い感情が生じれば、この状態になりやすくなる」
とにかくいまのところ、状態の変化は自由自在というわけではなさそうだ。
もし自由自在に変化できれば、冒険はかなりラクになりそうだが。
やがてチャオプが元に戻った。
半龍化したときのことを話してみた。
しかし彼女はポカンとするばかりだった。
本当に記憶がないらしい。
彼女の火傷の痕はすっかり消えていた。
これは半龍による能力なのだろうか。
◇
洞窟の出口までやってきた。あまりの眩しさに目が眩みそうだ。
久々に陽光を全身に浴びた。外の空気が清々しい。土と草木の匂いがする。
木陰で荷馬車が停まっていた。
荷台で眠っている男に声をかける。
彼は驚いたように飛び起きた。
「あ、あなた方は……。ご無事でしたか」
「無事です。ファイアリザードの肝を取ってきましたよ」
男が目を丸くする。
「おおおおおおおおおおおおお! 本当に手に入れたのですか。こんな少数のパーティーで、あのファイアドラゴンを……。もちろん信じていました、信じていましたとも。ですが信じられない気持ちです」
なんだそりゃ。
「ところでオレたちは、どのくらい洞窟の中にいたのでしょう?」
「そこに入っていかれたのは一昨日のことなので、丸二日間ですね」
「もしかして、ずっとここで待っていてくれたんですか」
「いいえ、交代で待たせてもらっていました。さあ、集落へ戻りましょう」
◇
荷台で居眠りしていると、またケモ耳少女が夢に出てきた。
「とうとうレベル7となりました」
ああ、そうだった。最後にファイアリザードを倒したとき、そんな表示が出てきたっけ。
「確かにレベル7になったみたいだ。でもなんのレベルだろう」
「特殊スキルのレベルです」
「えっ? そっか、やっぱりそうだったか。あれがオレの特殊スキル……」
「何を言ってるのでしょう」
「だからオレの特殊スキルのレベルが……」
よく考えてみると……てか、考えなくてもヘンだ。
オレの特殊スキルは魔獣召喚。すなわちハツカネズミを召喚したこと。だが、あれはシェムに呑み込まれてしまった。すなわち無敵のハツカネズミ化したのは、オレの特殊スキルによるものではない。じゃあ、なんのレベルの話だ?
ケモ耳少女が言う。
「わたしの特殊スキルのレベルが7になったのです」
「えっ! あれってアンタの?」
「そういうことです」
オレは溜息をついた。
「で、それを自慢するために現われたのか」
「いいえ、自慢なんてとんでもありません。大事なお話があります」
「なんだ?」
ぐへっ
夢の途中で目を覚ました。
◇
オレを起こしやがったのは、寝相の悪いチャオプの足だ。
チャオプめ、なんてことをしやがる!
その足に関節技でも決めてやろうかと思ったが、半龍化した彼女の姿が脳裏を横切った。
まあ、ワザとじゃないし、こんなことに腹を立てるのも大人げないな。
もう一度、荷馬車に揺られながら眠ることにした。
だがケモ耳少女は夢に出てこなかった。
集落に到着。
人々が集まってくる。
「誠になんと礼を申しあげましょうか。あなた方は多くの者たちの命の恩人です」
ファイアリザードの肝を持ち帰ったオレたちは、大勢の集落民から驚愕とともに感謝され、称えられた。
さっそく解毒剤の調合が始められた。
爽やかイケメンの寝ている部屋に行ってみる。
彼も連れの美女二人も眠っていた。
「解毒剤はもうすぐですよ」
起こさないように小声でそっと囁いた。
別れの挨拶はできなかったが、オレたちは集落をあとにした。
集落の人々は山麓の町まで荷馬車で送ると言ってくれた。
しかしケガ人や病人が多いため、皆忙しそうだったので、丁重に断った。
山麓の町までは徒歩で行く。
目指すは、さらに先にある山の中腹だ。
そこにムアンの探している占い師がいる。
占い師の名はコールワット。
そんなムアンに尋ねてみた。
「どんな特徴の占い師なんだ?」
「何もわからない。手掛かりは名前だけ」
「そっか」
ムアンが占い師を探しているのは、三年前に失った記憶を戻すため。
とにかくオレは、最後まできっちりと人探しに付き合うつもりだ。
仲間の願望が現実となれば、オレにとっても嬉しい。
彼女の過去を知りたいというオレの興味もある。
それに冒険を続けることは、経験を積むことでもある。
故郷を滅ぼした闇の王への復讐に、また一歩近づけると思っている。
ただ、いまのオレにとっての最大の怒りは、闇の王よりもむしろ元パーティー仲間に向いていた。




