第12話 ポイズンベア
まるで盗賊団のようなゴツい二人が、オレとチャオプの細腕を掴んでいる。
ポイズンベアのいる集落の中へと、強制連行するつもりのようだ。
チャオプはノリノリだが、オレは気が進まない。ああ、イヤだなあ。
何しろ冒険熟練者でさえ逃げだすような魔物なのだ。
オレたちのあとから、ムアンもついてきている。
どうしてそんな好奇心いっぱいの顔をしていられるのだろう。
ゴツい二人の片方が、集落の中に向かって大声をあげる。
「おーい、冒険者さんを二人も連れてきたぞぉー」
集落の方から返事はなかった。
もう片方が言う。
「まさか皆やられちゃったんじゃないだろうな」
「ハハハハ、先着の冒険者さんは七人。やられるわけがない。さらにいま二人の冒険者さんが加わる。もう心配はない……ですよね、冒険者さんたち?」
先着の冒険者が七人も来ていたのか。それなのにまだ応援が必要だとは。
ポイズンベアという魔物は、それほど恐ろしい相手だったのか。
こりゃ、あの中年冒険者が逃げだすわけだ。
となると事態は深刻だ。
オレたちはここへ来るべきではなかった。
なんたって冒険者としては初心者なのだ。
チャオプが二人組に勇ましく答える。
「応とも。わたしと師匠が来たからもう大丈夫!」
簡単に言うな。嘘を言うな。
大丈夫なわけがない。
オレとチャオプの細腕は二人組にずっと掴まれていた。
しかしここでやっと解かれるのだった。ポンと背中を押される。
「さあ。頼みましたぞー、若い冒険者さんたち」
ゴォーーーーーーーー
咆哮が聞こえた。ポイズンベアのものだろう。
しかもリレーするように、次から次へと聞こえてくる。
集落から一頭の熊が出てきた。熊としてはデカすぎる。
赤い体毛に黒の斑点。いかにも毒々しい。アイツがポイズンベアか。
ゴツい男が言う。
「あの爪にはお気をつけください。吐きだす毒息も危険です」
ドカッと音がしたので振り向いてみた。
チャオプが尻餅ついている。腰が抜けたようだ。
しかも地面に染みが広がっている……。
もしやチャオプのヤツ、ポイズンベアを見て失禁してしまったのか。
さっきまで威勢のいいことを言っていたくせに、この変わりようはなんなのだ。
嗚咽を始めるチャオプ。ムアンが彼女を優しく抱き締める。
「冒険者さんたち、何をやっているのですか。例の魔物が次々と出てきました。ほら、こっちに向かってくる!」
ゴツい男たちは大騒ぎだ。
でも誰があんな怪物と戦うものか。
まだ立てないでいるチャオプに手を伸ばす。
「おい、チャオプ。さっさと立て! ムアン、逃げるぞ」
「冒険者さん!」
チャオプの手を引き、立ちあがらせた。
あんなのと戦うのは、もっと強くなってからだ。
悪いが逃げさせてもらう。シェムを危険に曝さないためでもある。
「シェム、お前だけは絶対に守るからな。オレは初歩魔導しか使えないけど、なんとしてでも守ってみせる」
足下のシェムがオレを見あげる。
ミャーオと鳴いた。
そのときだった――。
オレの体を光が包む。徐々に体が縮んでいく。
前にもこんなことがあったっけ。
変化するオレを見て、ムアンが悲鳴をあげる。
きゃああああああああああああああ
小さくなったオレの体に衣服が余る。
その衣服の隙間から這いでていった。
当然、いまは全裸状態だ。
頭がぼんやりする。自分が自分ではないような気分だ。
そのためか全裸の恥ずかしさなんて感じなかった。
サッと何かが正面に出てきた。
巨大猫だ。恐怖のあまり震えあがった。
食われる――。
巨大猫がシェムに似ていることに、このときまったく気づけていなかった。
ポイズンベアに怯えていたこともすっかり忘れていた。
あとから思えば不思議なことだ。
体の向きを百八十度変えて猛ダッシュ。
とにかく巨大猫から逃げなくてはならい。
加速がMAXに達したところで大ジャンプ。
何かにぶつかる――ポイズンベアだ。
ジャンプ中に方向を変えることは不可能。
そのままポイズンベアの頭部に衝突した。
ヤツの頭蓋骨を穿ち、地面に着地。
オレは無事だった。痛みもなかった。
なおも走り続ける。
背後から大きな物体が頭上を過ぎていく。
さっきの巨大猫だ。四肢を地面について振り返る。
オレは急には止まれず、走りながら『く』の字に方向転換。
怖い、怖い、怖い、怖い! 巨大猫が怖かった。
全力疾走する。またもや大ジャンプ。
正面に見えたのは、やはりポイズンベア。
後足で立ち、前足を広げている。
ヤツの胸部に衝突し、そのまま心臓を貫通。
眼前に奇妙な表示が浮かびあがる。
『レベルが5にアップしました』
オレにはさっぱり意味がわからなかった。
巨大猫に追われながら、次々とポイズンベアの体を貫いていく。
もう、何体のポイズンベアの巨躯に、穴を開けたことだろう?
『レベルが6にアップしました』
またヘンな表示が出た。
同時にオレは巨大猫に丸呑みされてしまった。
◇
目が覚めた。
いつの間に眠っていたのか。いままでオレは何を?
ああ、この前みたいにまた体が小さくなったんだっけ。
「冒険者さんっ」
顔を近づけてくるゴツい男たち。
あまり近くで見たくない顔だ。
彼ら二人が交互に言う。
「おど……おど……驚きましたぞ!」
「驚きましたとも! あれだけの数のポイズンベアを、一気に倒してしまうとは」
「他の大勢の冒険者さんたちでも、歯が立たない相手でしたのに」
「いくら感謝したところで感謝しきれません」
「我々の集落を救ってくださいまして、本当にありがとうございました」
そんなことやったっけ? そういえばやったかな。
ぼんやりだけど、なんとなく覚えてる……。
続いてムアンが抱きついてきた。
「ラング! やっと目を覚ましたのね。心配したわ」
大きな胸の谷間に顔が埋もれる。
くっ、苦しい。けど気持ちいい。
わーん、と泣きだすチャオプ。
「師匠が生き返ったぁー」
「えっ、オレ、死んでたのか?」
ムアンが説明する。
「ラングがネズミになっちゃったの。それからシェムに食べられちゃって……。でもシェムが光を吐きだすと、それが人間のあなたに戻ったの」
やっぱりか。またネズミになってたんだな。
「わっ、服着ないと……」
慌ててムアンの腕の中から抜け出た。
あれ? ちゃんと服を着ている。素っ裸じゃない。
ムアンが笑う。
「おじさんたちが服をちゃんと着せてくれたのよ」
ああ、あのゴツい二人のことか。
着せてもらっているところをあまり想像したくない。
いやいや、やってもらったことについては感謝すべきだな。
「本当にビックリしたわ。ラングにあんな能力があったなんて」
「うん、やっぱり師匠は師匠だ。わたしの見込んだ師匠だ」
「初歩魔導しか使えないとか言ってたくせに、ラングは大嘘つきだったのね」
「これでよくわかったぞ。師匠がユニコーンの角を砕いたのは、やっぱり本当だったんだな!」
二人から尊敬の眼差しを向けられている。
ちょっぴり気持ちがいい。
「だけど、ラング。どうしてネズミが熊を倒せたの?」
シェムがぴょんと膝の上に乗った。
小さな彼女の頭を撫でながら答える。
「オレにもまったくわからないんだ」




