第11話 魔物街道
ラオラオ町から乗合馬車で南方へ向かっていた。
御者の話によれば、近年この道に魔物が頻出しているらしい。
だからここは『魔物街道』などと呼ばれるようになったとか。
「おいおい誰だよ? 熟練した冒険者じゃなくとも行ける、なんて言ったのは」
帽子を被ったムアンが目をそらす。
一方、チャオプは居眠りしている。
こんな揺れる馬車の中でよく眠れるものだ。
馬車に乗り合わせた中年男が「ガハハハ」と笑う。
「なあに、魔物については大丈夫だ。そのために俺が乗ってるんだ」
「えっ? あなたは客じゃなくて、護衛として乗ってたんですか」
話をより詳しく聞いてみると、中年男の正体は乗合馬車のオーナーに雇われた冒険熟練者だった。そんな人物が同乗しているのなら心配なさそうだ。
ああ、オレも早く強くならないと。
ガタッという音とともに馬車が急停止。車両が大きく揺れた。
正面に座っているムアンの胸も、いい具合に揺れた。
もう一回、急停車してくれないだろうか。
シェムがオレを見てミャーオと鳴く。
さっきの揺れでチャオプが目を覚ました。
ちなみにチャオプの胸は、どんな揺れにも影響あるまい。
てかチャオプ、口のヨダレ拭け。
馬車の御者が叫ぶ。
「現れました!」
「何っ、どんな魔物だ?」
中年冒険者は両手にそれぞれ剣をとった。
てことは二剣流の使い手だったか。
「いいえ、魔物ではありません」
御者の返事に、中年冒険者は眉根を寄せた。
「魔物ではないだと? では何が現れたというのだ」
「盗賊団のようです。姿は二人だけですが、他は隠れているのでしょう」
「なんと! ならばここは俺に任せろ」
中年冒険者は車両から勇ましく飛びおりた。
「あのさ、師匠」
「どうした、チャオプ。もう腹減ったか」
「そうじゃない。わたしたちも冒険者だぞ」
「だから?」
チャオプが顔を近づけて怒鳴る。
「冒険者として戦わなくちゃならないだろ!」
「わっ、お前。顔の近くでツバ飛ばすんじゃねえ」
「わたしは行くからな」
チャオプも車両をおりた。
まあ、アイツの言うとおりだ。オレも行くとしようか。
こういう経験を積まなければ、闇の王を倒せないもんな。
シェムの頭を撫でた。
「ミャーオ」
なんて可愛いんだ。この子のためなら死んでもいい。
ああ、離れたくない。でもちょっとだけ待っててくれ。
すぐ戻ってくるから。
ムアンにシェムを手渡す。
「この子を頼む」
「わかったわ。頑張ってね」
車両をおりた。
おお、いるいる! ガラの悪そうな男が二人だ。
ヤツらが盗賊団か。他にも仲間が隠れているかもしれないんだな。
ヤツらのいるところまでは距離がある。
ここは初歩魔導の使えるオレの出番だ。
グッと臍下丹田に力を入れる。
「そりゃー」
かけ声とともに火球魔導をぶっ放した。
行け!!!!!!
「師匠、ダメじゃないか。ぜんぜん届いてないぞ」
確かに……。
遠くまで飛ばす練習がもっと必要だな。
「なーに。いまのはウォーミングアップだ。火球魔導だけに」
「なんだ。ウォーミングアップだったのか。びっくりした」
「そんじゃ、得意な水流魔導を見せてやる」
この得意魔導ならばヤツらにも届くだろう。
おりゃーーーーーーーーーーー
水流が放物線を描く。
「ほら、命中した!」
「何をふざけてるんだ、師匠。相手の服を水で少し濡らしただけじゃないか」
「ちゃんと届いたんだから、素直に褒めればいいだろ」
チャオプにデコピンを見舞った。
「はっ……まさか師匠。いまのって猛毒水なのか」
「いいや、真水だ。ううん、ちょっと違うな。成分はオレの汗と同じだ」
「汚いだけの攻撃なんか、ヤツらに効くはずがないぞ!」
「オレの汗を汚いって言うなっ」
チャオプが二人の盗賊を指差す。
「そんなことより師匠。ヤツらのようすがおかしい」
確かにヘンだ。二人は降参と言わんばかりに両手をあげている。
「もしやオレの水流魔導に屈して……」
「それはありえないぞ、師匠」
中年冒険者が盗賊二人に近づいていく。
すると盗賊のヤツらは、大声でこう尋ねてきた。
「そちらの馬車に冒険者の方は何名いますかぁー」
「冒険者は俺一人だ」
中年冒険者が回答すると、チャオプが否定する。
「三人、三人、三人だぁーーーーー」
二人の盗賊たちが歓喜の声をあげる。
「やったぞ、三人もいるのか!」
中年冒険者がヤツらの前に立つ。
盗賊たちと何やら話を始めた。双方とも難しそうな顔だ。
中年冒険者が大きく首肯。こっちの馬車に戻ってきた。
御者に言う。
「彼らの集落が魔物に襲われているそうだ。いま戦ってる冒険者もいるが、まったく手が足らないらしい。これから助太刀に行かなくてはならない。悪いが俺だけをこの場に残し、馬車を出発させてくれないだろうか?」
あれっ、オレたちのことは……まあ、いっか。
とりあえず二人組は盗賊団ではなかったようだ。
御者は中年冒険者に対し、首を横に振った。
「困りますよ。ここは魔物街道じゃないですか。しかもこの先ますます危険になっていきます。冒険者の護衛ナシに馬車を進めることなんてできません」
ああ、そうだった。彼がいなければ安心できなくなる。
ここでムアンが横から口を出す。
「御者さん、問題ありません。冒険者ならばそこにも二人いますので」
「いや、無理無理無理無理」
否定したのはオレだ。魔物街道なんて危険で恐ろしい道を、冒険初心者に任せるのはどうかと思うぞ。
「師匠の言うとおりだ。わたしたちも魔物に襲われた集落へ行く!」
おい、そっちもダメだ。
オレたちは冒険初心者なんだぞ。
今度は御者が言う。
「それではこうしましょう。馬車をここに停めて待ってます。皆さん、なるべく早く帰ってきてください」
皆さんってオレも含まれるのかよ。
まあ、そりゃそうだよな。
◇
「どうしてムアンまで来るんだ? 冒険者じゃないだろ。馬車で待ってろって」
「何言ってるの、ラング。わたしだってパーティーの仲間でしょ」
「パーティーじゃなくて似非パーティーな。とにかく危険だ」
「行・く・の。似非だろうがなんだろうが、パーティー仲間は一蓮托生よ」
「わっ、いいヤツじゃないか」と、チャオプがムアンに抱きつく。
確かにムアンはいい人だ。それはオレも認める。
だけどムアンがいっしょに来たら、シェムも来ることになるだろ?
心配だからムアンに預けたはずなのに……。
シェムがじっとオレの顔を見つめてる。
「どうしたんだ、シェム~」
「ミャーオ」
「可愛いなあ」
オレはシェムに頬ずりした。
「おやっ、チャオプ。お前もイグアナをちゃんと連れてきたじゃないか」
「もちろんだとも。戦闘におけるパートナーだからな」
密集した民家が見えてきた。
二人組の一人が指差す。
「あそこが我々の集落です」
中年冒険者はようすをうかがっている。
彼の目の動きが止まった。
集落の中に魔物を見つけたようだ。
「あっ、あれは……ポイズンベアではないか!」
「魔物の名前には詳しくありませんが、恐ろしく凶暴です」
中年冒険者の額から、一筋の汗が流れ落ちる。
「凶暴なのは知っている。体が大きく力が強いだけではない。鋭い爪は岩をも切り裂き、さらには毒性の瘴気も吐く。かなり厄介な相手だ」
二人組の一人が首をかしげる。
「冒険者さん、大丈夫ですか。足が震えているようですけど」
「ふ……震えてなどいないぞ! 馬鹿にするな。よく見てみろ」
中年冒険者の声が、一瞬、裏返っていた。
しかし中年冒険者は勘違いしてる。
震えているというのは、オレの足のことだ。
「はあ。とにかく冒険者さん、集落にあんなのが十体以上もいるんです」
「十体以上……? 俺は帰る! 怖くはないが、さっきの台詞で気分を害した」
え? 帰るのか。冗談だろ。
中年冒険者は本当に踵を返してしまった。
「てことは、師匠。わたしたちの腕の見せどころだな」
おいおい。熟練した中年冒険者でさえ、逃げ帰るような相手だぞ?
「期待してます、若い冒険者さんたちっ」
二人組はオレとチャオプの腕をガッチリ掴んだ。
逃がさないつもりのようだ。




