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彼は野外研修に行きたいんだもんっ

「や、野外研修……?」


 私は仁王立ちする一ノ宮くんに恐る恐る聞き返した。

 彼は尚、満面に笑みを作って手は腰のままだ。鬼塚くんはまたろくでもない提案かという様に溜息を吐き、汐莉ちゃんはいきなりの物音に肩に力が入ったままだ。


「うむ、皆。ゴールデンウィークの予定は?」


 目を輝かせる一ノ宮くん。そんな彼に比べ私たちは華のない表情で顔を見合わせて、首を横に振った。


「ならば野外研修に行こうではないか!」


「だから野外研修ってなんだよ」


 鬼塚くんは冷静に突込みを入れる。


「さっこみゅ部で外に出て、様々な刺激を受け、作品に活かそうではないか!」


 つまるところ、部活のメンバーで出掛け実際に体験したことを作品に活かそう、ということらしい。


「成程な。たしかに色々なことを見て、体験すれば表現の幅も広がるな」


 納得したように鬼塚くんも頷く。


「そうだね! 私たち学生が足りないものって社会体験とか経験だよね。昔、作家は人生経験を積んだ方がうまくなるって何かで読んだなぁ」


「ああ、どうしても成人の登場人物が書けなくなってしまうし、やっぱ何事も体験しないと難しいよな」


 私も体験したこと以外創作することが苦手だ。

 どうしても客観的に見ることは難しく、偏ってしまう。街並みも、登場人物も自分の周りに当てはめて書くととてもスムーズに書けるのだが。全く自分の周りにない要素……例えば私の連載小説“浪漫少女・ミステリヰ”の舞台である大正時代の背景を書くのはとても苦労するのだ。


「でも、何をするんですか? ゴールデンウィークは明日からですよ。さすがに私たち学生だけじゃそう遠くには行けませんし、予定を決めるには遅すぎます」


 汐莉ちゃんが不安そうに眉を下げる。


「確かにそうだよね……どこに行くにも混んでいるし。高校生だけで行くにはあまり遠くはだめだしね。うーん」


 私たちは頭を捻る。その時、鬼塚くんが顔を上げる。


「そういや、話を持ち出したのは一ノ宮なんだ。お前なんかないのか?」


 指摘された一ノ宮くんの顔は周りに星が飛んでいるみたいに輝いている。

 こういうのなんて言うんだっけ? エ、エフェクトっていうんだっけ?

 一ノ宮くんは目を蘭々に輝かせ薄く大きい口からは白い歯がちらりと覗いた。

 周りから見れば、イケメンがすごく嬉しそうに笑っている……そういう風に見えるかもしれない。

 だけど私は一ノ宮くんがこの部室に入って来てからなんだかとても嫌な予感がするのだ。それは彼のいつもと違う口調にも関係しているのだろう。


「ずばり、僕が提案しよう! 野外研修、その行先は……!」


 皆が息を飲んだ。その先の言葉を待ちわびるように。

 だが、彼が放った提案は突拍子もなく、しかしそれらしく誰もが拒否できない……そんな驚きの提案だったのだ。




* * *




「はぁ……」


 私はぼんやり溜息を吐く。右手にはお箸、左手には林檎のりんちゃん限定茶碗。

 そして目の前には母、百合子さん。


「あらぁ、桃ちゃんが溜息なんて珍しいわねえ」


 今日はオレンジの花柄エプロンを身に付けて私の前に座っていた。

 それは約1時間前、一ノ宮瑞輝くんが放った言葉が原因だった。


「お母さん、秋葉って何があると思う?」


「そうねえ……秋葉は電気街やオフィス街ってイメージね。最近はオタク文化? とかで賑わっているってお母さん、テレビで見たわぁ」


 そう、野外研修の場所は東京の秋葉原。


 人々で賑わい、様々な文化を発信し続ける街がこの研修の目的地になった。


 一ノ宮くんの目的は研修でないことは明白であり、事実でもあった。秋葉原駅近くの4階だか6階だか7階でこの大型連休中に開催される“期間限定 まじかる☆ステラ オンリーショップなんだもんっ”これに行くからである。

 私の住む市から電車で1時間半、日帰りも出来て様々な建物、施設があるために勉強になる、彼はそう言っていた。

 次に賛成の声をあげたのは勿論汐莉ちゃんだった。彼女の目的も勿論オンリーショップである。

 鬼塚くんは最初こそ反対していたが、近くにある古書店に釣られてそれを承諾してしまった。


 もう、素直に秋葉原に遊びに行こうでよかったんじゃないかな。


 私と言えば秋葉原に行くことはもちろん初めてで、隣県に住んでいるにしろ東京というところに行くのは実に数年ぶりだ。


「そっかぁ……電車混んでいるかな……」


「アラ、桃ちゃんお友達と秋葉原に行くの? いいわねえ。昔お母さんも専門学校は秋葉原に通っていたわあ。迷子にならないように気を付けなさいね」


 そう、何を隠そうこの遠藤桃、満員電車と人ごみ……都会がとってもとっても怖いのです。

 普段も電車で通っているがさほど混雑はしなく、快適に通学している。しかし数年前に乗った東京の電車、あれは別の乗り物だ。どこもかしこも人、人、人で、身長の低い私は、人に押され両方の足が浮いてしまうという恐怖体験をしたのだった。


「ただいまー」


 疲れ切った声でリビングに入ってきたのは野球ユニフォームの姿の弟、俊だった。


「おかえりなさい。俊くん、お姉ちゃんはゴールデンウィーク秋葉原に行くんですって!俊くんはどこか行くの?」


「遠征の練習試合一日と練習と練習と練習だよ。中学最後の大会が控えてるし。また秋葉なんて姉ちゃんオタクにでもなったの?」


「ち、違うよ!」


 皮肉っぽく言う俊に思わず言い返す。違うもん、オタクの友達がいるだけだもん。


「ふうん、まあ。お土産期待していますよ、お・ね・え・さ・ま」


 そういうと着替えるのか俊は自室に逃げて行った。本当にかわいくない。何時からこんなにかわいくない弟になったのだろうか。昔はお姉ちゃん、お姉ちゃんって慕ってくれたんだけどな。


「そういえば桃ちゃん、だれと一緒に行くの? 美加ちゃんかしら?」


 少し遠くに行く娘が心配なのだろう、お母さんは俊の分の夕飯を温めながら聞いてきた。


「えっとね、新しく入った部活の皆で行くの。一ノ宮くんって子が言いだして、汐莉ちゃんが賛成して、そして鬼塚くんがしょうがないなーって……え! 鬼塚くん?」


 神様、事件です!

 さっこみゅ部で野外研修ってことは休日に秋葉原に出かける訳で。そこには鬼塚くんがいる訳で。


「うう、可愛い私服なんて持ってないよ! お母さんどうしよー!」


 私はお箸をおいて自室への階段を駆け上がる。

 それを見ながら母、百合子さんはアラアラ、と頬に手を当てるのだった。

 野外研修もとい、鬼塚くんとのお出掛けまであと2日、遠藤桃の慌ただしい準備がはじまったのだった。

先週は体調不良により更新をお休みさせていただきました。お知らせをせずに申し訳ありません。

更新を一か月程度お休みいたします。

次話更新が決まり次第こちらと活動報告にてお知らせいたします。

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