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廃嫡錬金術師の魔石国家  作者: 阿鼻恭介
第二章 崩れ始めた鉱山
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8/15

第8話 低純度魔石の可能性

この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。

2日目(7/21)3話目です。

 価値がないと捨てられた低純度鉱石を専用工房へ持ち帰ってから、レオンハルトは三日間、その内部構造を調べ続けていた。


 作業台の上には、選別場から正式に許可を得て受け取った廃石が並んでいる。


 赤黒く濁った石。


 青灰色の筋が入った石。


 黄褐色の斑点を持つ石。


 どれも含まれている魔力が弱く、通常の魔石としては利用できないと判断されたものだった。


 だが、《結晶創造》を通して内部を見れば、魔力が存在しないわけではない。


 一つの石の中へ、火、水、土、光といった性質の異なる魔力が薄く散らばっている。


 魔力を保持する結晶部分も小さく、土砂や金属質、不安定な鉱物によって細かく分断されていた。


 前世の知識で例えるなら、目的の成分を僅かずつ含む低品位鉱石に近い。


 一つだけを精製しても、得られる量は少ない。


 ならば、複数の石から同じ性質の魔力を集めればよい。


「問題は、どうやって分離するかだ」


 レオンハルトは赤黒い石を手に取った。


 内部には火属性に近い魔力が僅かに含まれている。


 だが、それだけではない。


 土属性の魔力。


 熱を外へ逃がしやすい金属質。


 魔力の流れを乱す細かな不純物。


 すべてが複雑に絡み合っていた。


 力任せに火属性の魔力だけを引き抜けば、石の内部構造が崩れ、異なる属性同士が反発する可能性がある。


 蓄熱石を作った時のように、魔力の流れを整えるだけでは足りない。


 必要なのは、分析と分離だった。


「レオンハルト様」


 工房の扉が開き、アルノルトが入ってきた。


 手には、食事を載せた小さな盆がある。


「先生。その青灰色の石をこちらへ置いてください」


「その前に、こちらを受け取っていただきます」


 差し出されたのは、黒パンと肉の入ったスープだった。


「まだ昼には早いのでは?」


「昼は、とっくに過ぎております」


 レオンハルトは窓の外を見る。


 朝には高かった日が、既に西へ傾き始めていた。


「……すみません」


「私へ謝る必要はございません。奥様から、食べ終えるまで工房から出さないよう言いつけられております」


「僕が工房から出ないのでは?」


「ご自分で分かっておられるではありませんか」


 アルノルトは椅子へ腰を下ろした。


 レオンハルトは渋々パンを手に取る。


 食事をしながらも、視線は作業台の鉱石から離れなかった。


「何か分かりましたか」


「同じ火属性とされる魔力でも、性質が少しずつ違います」


 レオンハルトは三つの廃石を指した。


「こちらは短時間で強い熱を出す性質。こちらは弱い熱を長く保つ性質。最後の石に含まれているのは、熱より光へ近い魔力です」


「従来の測定では、すべて火属性として扱われるものですな」


「はい。でも、混ぜたままでは流れがぶつかります」


 レオンハルトはスープを一口飲んだ。


「性質の近いものだけを集めて、一つの核へ定着させます」


「異なる鉱石から魔力だけを抜き出すおつもりですか」


「完全に抜き取るのではありません。石の中へ細い経路を作り、必要な魔力だけを外へ導きます」


「受け皿は?」


「不純物を取り除いた透明な魔石片を使います」


 透明な結晶は、特定の属性へ偏っていない。


 そのため、火や水の魔力を大量に蓄えているわけではないが、外から与えられた魔力を受け入れる余地が大きい。


 属性を持つ魔力を保存する器としても使える。


 複数属性を一時的に受け止める核としても優れている。


 その反面、強い属性魔力を一度に流し込めば、どの方向へも変化できる性質が災いし、不安定になりやすい。


「急いではなりませんぞ」


 アルノルトは念を押した。


「属性の違う魔力が一度に流れ込めば、核そのものが割れる可能性があります」


「分かっています」


「本当に?」


「……一つずつ試します」


 食事を終えるまで研究を再開してはならないと言われ、レオンハルトは残りのスープも飲み干した。


          ◇


 最初の実験には、火属性の魔力を僅かに含む廃石を三つ使った。


 作業台へ小型の錬成陣を描く。


 中央には、爪の先ほどの透明な魔石片。


 その周囲へ、三つの廃石を等間隔に並べた。


 魔力の経路が途中で交わらないよう、錬成陣の線は一本ずつ独立して中央へ続いている。


「始めます」


 レオンハルトは一つ目の廃石へ触れた。


 《結晶創造》を使い、内部を構成する鉱物と魔力を細かく捉える。


 土属性の魔力は動かさない。


 熱を生む赤い魔力だけを選び、結晶の隙間へ細い通り道を作った。


 赤い光が糸のように石の表面へ浮かぶ。


 そのまま錬成陣を通し、中央の透明結晶へ導く。


 魔石片の一部が淡い赤色へ変わった。


「定着しましたな」


「まだ純度が低いです」


 ここでいう純度とは、結晶内部の魔力のうち、目的とする属性が占める割合だ。


 魔力の総量が多くても、異なる属性や不純物が混ざれば、術式へ流す途中で損失が出る。


 逆に、魔力量が少なくても、純度が高ければ取り出す際の無駄は小さい。


 二つ目の廃石へ移る。


 こちらの火属性魔力は、一つ目より不安定だった。


 赤い魔力の中へ、光属性に近い白い魔力が絡みついている。


 無理に分けようとすると、錬成陣の経路が震えた。


「流れが乱れております」


「一度止めます」


 レオンハルトはすぐに魔力を切った。


 焦ってはいけない。


 石の構造をもう一度確認する。


 赤と白の魔力は、途中まで同じ鉱物層を通っている。


 最初から別々に動かそうとすれば、両方の流れが乱れる。


 ならば分岐点まで一緒に導き、そこで切り分ければよい。


「もう一度」


 赤い魔力と白い魔力を、絡まった糸を解くようにゆっくり動かす。


 分岐点まで運び、火属性だけを中央へ送る。


 透明結晶の赤色が少し濃くなった。


 三つ目も慎重に分離する。


 最後の赤い光が核へ吸収された瞬間、中央の結晶が明るく輝いた。


 小指の爪よりも小さな赤い魔石。


 魔力の総量は、屋敷で使われる大型魔石より少ない。


 だが、内部を巡る魔力のほとんどが同じ火属性で、不純物による乱れもほとんどない。


「できた……」


 レオンハルトは結晶へ手を伸ばした。


「待ちなさい」


 アルノルトが金属製の挟み具で持ち上げる。


「まずは漏出と外殻の確認です」


 耐熱皿へ置き、周囲の魔力変化を調べた。


 急激な発熱はない。


 異なる属性同士の反発も起きていない。


 外殻にも亀裂はない。


「純度は高そうですな」


 アルノルトが言う。


「ただし、保持している魔力の総量までは多くありません」


「試してみます」


 レオンハルトは、以前作った蓄熱石の空になった外殻を用意した。


 新しい魔石と蓄熱石を同じ術式へ接続し、一定の強さで火属性魔力を放出させる。


 蓄熱石はすぐに赤い光を取り戻した。


 以前なら、低品質魔石を一つ使っても、途中で魔力が散り、十分には満たせなかった。


 今回は、小さな結晶に蓄えられていた魔力の大半が、そのまま蓄熱石へ移っている。


「出力効率が違う」


 レオンハルトの声が弾んだ。


「魔力の総量は多くありません。でも、取り出す時にほとんど失われていません」


「つまり、小さいが無駄の少ない魔石ということですな」


「はい。もっと多くの廃石から集めれば、魔力量も増やせます」


「完成までに、どれほどかかりました?」


 アルノルトの問いに、レオンハルトは時計を見る。


「一刻半ほどです」


「廃石三つから、これ一つ」


「最初なので時間がかかりました。鉱石を性質ごとに分類できれば、もっと早くできます」


「一つずつ手作業で行う限り、量産は難しいでしょう」


「それでも、危険な深部の高品質魔石を掘る量を減らせるかもしれません」


 選別場の外には、同じような廃石が山ほど積まれている。


 一つから得られる魔力は僅かでも、数は多い。


 捨てられる石を利用できれば、主力鉱脈への依存を減らせる。


「父上へ見せます」


「もう少し検証してからにしなさい」


「今も鉱山では爆破が続いています」


「だからこそ、急いで不完全なものを見せてはなりません」


 アルノルトの言葉に、レオンハルトは一度息を吐いた。


「同じ火属性を、あと二つ作ります。それから透明な核も一つ作って、保持できる魔力量と安定性を調べます」


「それがよろしいでしょう」


          ◇


 五日後。


 レオンハルトは三つの高純度魔石と実験記録を、父の執務室へ運んだ。


 同席しているのは、ゲルハルト、アルノルト、ブルクハルト。


 ディートリヒも後継者教育と、爆破石への転用可能性を確認するため、父の隣へ座っていた。


「低純度鉱石から作っただと?」


 ゲルハルトが赤い魔石を見下ろす。


「はい。廃棄されていた複数の鉱石から、同じ性質の魔力を分離し、一つの結晶へ集めました」


「元の石は?」


 レオンハルトは袋から濁った廃石を三つ取り出した。


「これらと同じものです」


 ブルクハルトが石を眺める。


「選別場の外へ、いくらでも積まれておりますな」


「一つでは利用できません。ですが、複数から魔力を集めれば、純度の高い魔石を作れます」


「高純度とは、何が違う」


 ゲルハルトが尋ねた。


「魔石の大きさや、内部へ蓄えている魔力の総量とは別です」


 レオンハルトは三枚の記録板を並べる。


「純度とは、目的とする属性の割合です。純度が低い魔石は、別の属性や不純物が混ざり、魔力を取り出す途中で損失が出ます」


「それをどう証明する」


「同じ規格の放出術式へ接続し、同じ時間、同じ強さで魔力を流します」


 一方へ屋敷で使われている標準的な火属性魔石。


 もう一方へ廃石から作った小型魔石を置く。


 二つの魔石から同じ強さで魔力を放出させた。


 通常の魔石では、術式を進む赤い光が途中で濁る。


 異属性や不純物へ魔力が流れ、熱として逃げているのだ。


 レオンハルトの魔石では、赤い光がほとんど乱れず、術式の末端まで届いた。


 先に置いた二つの鉄片を、同じ時間だけ加熱する。


 通常の魔石を使った側は、表面の一部だけが赤くなった。


 小型魔石を使った側は、より均等に熱を持っている。


「小さな魔石なので、蓄えられる魔力の総量は多くありません」


 レオンハルトは説明した。


「ですが、取り出せる割合が高い。廃石を大量に処理できれば、危険な深部から掘り出す魔石を補える可能性があります」


 ゲルハルトは記録紙を手に取った。


「一つを作るのに、どれほどかかる」


「最初は一刻半でした。今は一刻ほどです」


「一日に何個作れる」


「安全に作業するなら六個ほどです」


「王国軍へ納める魔石は、月に何個必要だと思っている」


「大小合わせて三千個以上です」


「六個では、納品量を変えられぬ」


「今は僕一人だからです。分離する工程を錬成陣へ組み込み、鉱石の分類を先に行えば――」


「できるのか」


「まだ、できていません」


「ならば、現時点では可能性にすぎない」


 ゲルハルトは記録を机へ置いた。


「性能は認めよう。だが、お前一人が一日に六個作れるだけでは、採掘量を減らす理由にはならぬ」


「高品質魔石が必要な用途へだけ使えば、深部から掘り出す量を僅かでも減らせます」


「軍へ納める品には規格がある」


 ゲルハルトは赤い魔石を見る。


「製造者が一人しかおらず、月ごとの数量も品質も安定しない品を、契約品として扱うことはできぬ」


 経営者としては正しい判断だった。


 だからこそ、レオンハルトには苦しかった。


「研究費を増やしていただければ、分離用の錬成陣を――」


「認めない」


「父上」


「量産の見込みを示してから申請しなさい」


 ゲルハルトは透明な魔石へ目を向けた。


 火属性魔石とは異なり、内部には特定の色がほとんどない。


「こちらは何だ」


「無属性に近い核です」


「何に使う」


「特定の属性を持たないので、外から魔力を受け入れやすい性質があります。複数の術式へ使える可能性がありますが、強い魔力を一度に込めると不安定になります」


「宝石としては美しい」


 ゲルハルトはそれだけ言った。


「装飾品なら商人が興味を持つかもしれん」


 また装飾品だった。


 照明も。


 蓄熱石も。


 鉱夫を守る魔石灯も。


 危険な採掘を減らすために作った高純度魔石さえ、父には宝石遊びに見える。


「これは飾るために作ったのではありません」


「ならば、使える数を用意しろ」


 ゲルハルトは書類を閉じた。


「量産できないなら、鉱山経営を変える意味はない」


 レオンハルトは反論できなかった。


 正しい部分があるからこそ、言葉が出ない。


「試作品は持ち帰ります」


「ああ」


 三つの魔石を、番号を書いた小箱へ戻す。


 試作品にはそれぞれ作成日と素材の記録を添え、箱へ封蝋をしてあった。


 その時、ディートリヒが透明な魔石へ手を伸ばした。


「触らないで」


 レオンハルトが言うと、弟は不満そうに手を引いた。


「見るだけです」


「透明な方は、まだ保持できる魔力量の上限を調べている途中なんだ。急に魔力を流すと割れるかもしれない」


「兄上は、僕が壊すと思っているのですか?」


「そうではないよ。安全性が確認できていないからだ」


 ディートリヒは小さく鼻を鳴らした。


          ◇


 実演から数日後。


 レオンハルトは、鉱山の選別場へ出向いていた。


 低純度鉱石を性質ごとに分類するため、廃石の採掘場所や含有鉱物を調べる必要があったからだ。


 専用工房には、検証用として残した高純度魔石が二つ保管されていた。


 一つは火属性。


 もう一つは、無属性に近い透明な核。


 二つとも番号をつけた小箱へ入れ、封蝋をし、鍵のかかる引き出しへ収めている。


 さらに、保管した日時を研究帳へ記録し、アルノルトにも確認してもらっていた。


 それでも、その日の夕方。


 屋敷へ戻ったレオンハルトは、工房へ入った瞬間に違和感を覚えた。


 扉の鍵は壊されていない。


 机も、椅子も、作業道具も同じ位置にある。


 だが、引き出しの鍵穴の周囲へ、細い擦り傷が増えていた。


 鍵を差し込み、開ける。


 中には火属性魔石の小箱だけが残っている。


 透明魔石を入れた箱が消えていた。


「まさか……」


 研究帳を開く。


 保管記録は残っている。


 引き出しの中へ敷いた薄い紙には、箱を置いていた四角い跡もあった。


 封蝋の欠片が一つ、引き出しの奥へ落ちている。


 家令へ報告し、工房の鍵を扱える者を確認した。


 正規の鍵を持っているのは、レオンハルト、アルノルト、家令の三人だけ。


 だが、屋敷では簡単な錠前を開けるための細い工具が、設備修理用として保管されている。


 その一本が、前日から見つからなくなっていた。


 誰が持ち出したかを記す帳簿もなかった。


 使用人たちへ尋ねても、工房へ入った者を見た者はいない。


 アルノルトも、保管箱には触れていなかった。


 窓は内側から閉まっている。


 扉の錠前だけが、壊さずに開けられた可能性が高い。


 だが、誰が行ったかは分からない。


 レオンハルトは屋敷の倉庫や正式工房まで探した。


 透明魔石は見つからなかった。


          ◇


 さらに数日後。


 正式な錬金術工房から、大きな破裂音が響いた。


 本来、その日はアルノルトがディートリヒの爆破石を確認する予定ではなかった。


 事前に伝えられていたのは、外殻を組み立てるだけの作業であり、起爆試験は翌日に行うことになっていた。


 しかしディートリヒは、父を驚かせようと考え、ブルクハルトを通じてゲルハルトを工房へ呼んでいた。


 出力を抑えた小規模試験を行うつもりだったらしい。


 レオンハルトが工房へ駆けつけた時、試験壁には想定を超える深い穴が開いていた。


 石片が床へ飛び散っている。


 厚い遮蔽板には亀裂が入り、工房の窓まで震えていた。


 幸い、全員が遮蔽板の後ろにいたため負傷者はいない。


 だが、成功と呼ぶには危険すぎる威力だった。


「何が起きた」


 ゲルハルトの声は、称賛より先に厳しさを帯びていた。


「出力は予定どおりだったのか」


 ディートリヒは興奮した顔で答える。


「予定より強くなりました。でも、成功です、父上!」


「遮蔽板が割れている」


「次はもっと厚いものを使います」


「そういう問題ではない」


 ゲルハルトは崩れた試験壁へ目を向けた。


「術者や見学者へ破片が届いていれば、怪我人が出ていた」


 ブルクハルトはそれでも、深く穿たれた壁を見て目を輝かせている。


「しかし旦那様、威力は以前の倍以上です。これなら主力鉱脈の硬い岩盤も、一度で崩せます」


「安全に扱えなければ使えぬ」


 ゲルハルトはディートリヒへ向き直った。


「アルノルトの確認を受ける前に、なぜ起爆した」


「父上に早く見せたかったのです」


「次からは手順を守れ」


「……はい」


 叱られはしたものの、ディートリヒの顔から誇らしさは消えていない。


 レオンハルトは試験台を見る。


 爆発後の魔石は砕け散っていた。


 だが、残された破片の一つに見覚えのある透明な輝きがある。


 不純物の少ない外殻。


 内部へ自分が作った六角形の格子。


 そして、属性魔力を受け入れるために中央へ設けた空間。


 間違いない。


 盗まれた透明魔石だ。


 無属性に近い核は、火属性の魔力を大量に受け入れる。


 既存の爆破石の術式へ組み込めば、通常の核よりも多くの魔力を一時的に溜められる。


 ディートリヒは新しい爆破術式を作ったのではない。


 完成済みの爆破石の核を交換し、込められる魔力量を増やしたのだ。


「ディート」


 レオンハルトの声が低くなる。


「その爆破石の核に、何を使った?」


 ディートリヒが振り返る。


「僕が作った新しい魔石です」


「どこで作った」


「僕が研究して作りました」


「製作記録は?」


「兄上に見せる必要はありません」


「その破片を調べさせて」


 レオンハルトが近づこうとすると、ゲルハルトが手を上げた。


「待て。試験直後だ。アルノルトが来るまで触るな」


「その核は、僕の工房からなくなった透明魔石です」


 工房が静まり返った。


 ディートリヒの顔が強張る。


「何を言っているのですか」


「廃石から作った、無属性に近い核だ。内部構造が同じだ」


「兄上は、僕の成功を自分のものにしたいのですか?」


「違う。盗まれた試作品が使われたと言っている」


「石は爆発して、もう残っていません」


「破片がある」


「透明な魔石など、どれも似ています」


「六角形の内部格子と、中央の空間は僕が作ったものだ」


「レオンハルト」


 ゲルハルトが制した。


「証拠のない段階で、弟を盗人と決めつけるな」


「保管記録があります。透明魔石は工房から消えました。引き出しの鍵にも開けられた跡があります」


「ディートリヒ」


 ゲルハルトが弟を見る。


「兄の工房へ入ったのか」


「入っていません」


 ディートリヒは即座に答えた。


「これは僕が作りました」


「ならば製作記録を見せて」


 レオンハルトが言う。


「必要ありません」


「素材は?」


「僕が選んだ魔石です」


「どこから持ってきた」


「覚えていません」


「自分で作った核の素材も?」


「兄上は質問ばかりです」


 ディートリヒは父の近くへ寄った。


「僕は実際に爆破石を完成させました。兄上は自分の石だと言うだけで、証明できていません」


 レオンハルトは床の破片を見つめた。


 自分には、《結晶創造》を通して内部格子が見える。


 研究帳にも、同じ構造を記してある。


 だが、その構造を確認できるのは現時点ではレオンハルトだけだ。


 通常の錬金術師には、砕けて高熱で変形した魔石の内部を読み取れない。


 まだ固有の結晶印も刻んでいなかった。


 研究帳の図と破片が同じだと、第三者が証明する方法がない。


「僕にしか見えない構造です」


 レオンハルトは悔しさを噛みしめながら言った。


「今の方法では、第三者へ同じものだと証明できません」


「ならば、調査が必要だ」


 ゲルハルトは冷静に告げた。


「だが、証明できぬまま弟の成果を奪ったと決めつけることも許さぬ」


「父上」


「ディートリヒの製作記録は後で提出させる。工房の鍵についても家令に調べさせる」


 完全に取り合わないわけではなかった。


 それでも、ゲルハルトの視線は破壊された試験壁へ向けられている。


「爆破石については、アルノルトが安全性を確認するまで鉱山での使用を禁じる」


「ですが旦那様」


 ブルクハルトが声を上げた。


「この威力があれば、採掘量を大きく増やせます」


「だからこそ確認が必要だ」


 ゲルハルトは言い切った。


「出力が想定を超えた魔道具を、そのまま坑道へ持ち込むことは認めぬ」


 レオンハルトは僅かに息を吐いた。


 すぐに実用化される事態だけは避けられた。


 だが、父の口からディートリヒを疑う言葉は出なかった。


「僕の魔石を使ったから、出力が上がったのです」


「それも調査してから判断する」


「その間に、破片が失われたら?」


「誰も触れさせぬ。家令に保管させる」


 ゲルハルトは騎士へ破片の回収を命じた。


「レオンハルトも下がれ。これ以上ここで言い争うな」


 レオンハルトは床に残る透明な破片を見つめた。


 山を守るために作った魔石だった。


 危険な深部を掘らずに済むように。


 それが今、より強く岩盤を砕くための核へ変えられている。


 自分の研究が、正反対の目的へ使われた。


 その事実だけは、誰に認められなくても変わらなかった。


          ◇


 その夜。


 レオンハルトは専用工房で、空になった引き出しを見つめていた。


 机の上には、一つだけ残った火属性の高純度魔石がある。


 父へ見せた時には、量産できなければ鉱山経営を変えられないと言われた。


 弟が爆破石へ組み込めば、危険なほどの威力を生み出した。


 石は同じだ。


 違うのは、使い道だった。


 人を守るための可能性は評価されない。


 岩をより多く壊す力になれば、皆が注目する。


「僕が作りたかったのは、こんなものじゃない」


 レオンハルトは呟いた。


 それでも、研究を捨てることはできない。


 低純度鉱石から高純度魔石を作れることは証明できた。


 量産方法を見つければ、危険な深部への依存を減らせる。


 今回も保管記録は残していた。


 封蝋もした。


 アルノルトの確認も受けた。


 それでも、試作品そのものを自分の物だと第三者へ証明できなかった。


 足りなかったのは、誰にでも確認できる印だった。


 レオンハルトは新しい研究帳を開いた。


 最初の頁へ日付を書く。


 使用した低純度鉱石の種類。


 採取場所。


 個数。


 抽出した属性。


 魔力の総量。


 属性純度。


 放出時の損失率。


 製作時間。


 外殻の形状。


 今後作る試作品には、内部だけではなく、外殻にも番号を刻む。


 さらに、同じ番号を持つ薄い結晶片を二枚作る。


 一枚は試作品へ組み込み、もう一枚はアルノルトへ預ける。


 並べれば同じ結晶から分けたものだと確認できるようにする。


 保管箱には封蝋をし、開封者と日時を記録する。


 製作記録も、自分だけの工房ではなく、アルノルトの管理下へ写しを残す。


「もう、同じことはさせない」


 怒りだけで口にした言葉ではなかった。


 研究を守るには、正しいと主張するだけでは足りない。


 記録。


 保管。


 照合できる印。


 第三者の確認。


 誰が見ても否定できない証拠が必要だった。


 レオンハルトは残された高純度魔石を握った。


 小さな赤い結晶の奥では、廃石から集めた火属性魔力が静かに巡っている。


 捨てられた石には、確かに可能性がある。


 それを破壊の力だけで終わらせてはならない。


 危険な山をさらに掘り進めるためではなく。


 鉱夫たちが安全に働き、暮らしを守るために使う。


 レオンハルトは研究帳へ、新たな題名を書き込んだ。


『低純度鉱石の再利用と量産化』


 その下には、盗まれた透明魔石の番号。


 使用した素材。


 保管日時。


 紛失を確認した時刻。


 ディートリヒの爆破試験が行われた日時。


 破片に残っていた内部構造。


 確認できた事実だけを、一つずつ書き残した。


 今は盗用を証明できなくても、記録は消えない。


 いつか同じ技術が使われた時。


 事故が起きた時。


 真実を調べる者が現れた時。


 この頁が、答えへつながるかもしれない。


 レオンハルトは最後に、選別場から持ち帰った廃石の一覧を開いた。


 その中には、ベルクシュタイン領以外の鉱山から試料として運び込まれた石も僅かに混ざっている。


 採掘済みとして放棄された鉱山。


 低純度しか出ないため、閉鎖された鉱区。


 この方法が使えるのは、主力鉱山の廃石だけではないかもしれない。


「ほかの廃鉱山にも、同じ石が残っているなら……」


 レオンハルトは産地の記録へ目を落とした。


 価値がないとされた石が、どこに、どれほど捨てられているのか。


 次に調べるべきものが、少しずつ見え始めていた。

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