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廃嫡錬金術師の魔石国家  作者: 阿鼻恭介
第一章 五歳の結晶錬金術師
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5/25

第5話 坑道を照らす石

この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。

1日目(7/20)5話目です。

 七歳の時に蓄熱石を作ってから、三年が過ぎた。


 十歳になったレオンハルトは、屋敷の裏手にある小さな専用工房で、乳白色の魔石を細長い金属枠へ固定していた。


 元は物置として使われていた部屋だ。


 二つの窓。


 石造りの作業台。


 換気用の細い煙突。


 消火用の水桶と砂箱。


 異常が起きた魔石を隔離する金属箱。


 伯爵家の正式な錬金術工房と比べれば、設備は簡素だった。


 使える素材も、廃棄予定の魔石や、壊れた魔道具から外した金具が中心だ。


 それでも、レオンハルトにとっては大切な場所だった。


 父ゲルハルトから生活用結晶の研究へ正式な工房を使うことを制限された後、母ヘレーネと老錬金術師アルノルトの助力によって整えられた、自分専用の研究室である。


 危険な実験には、必ずアルノルトを立ち会わせる。


 実験内容と使用した素材を記録する。


 火や熱を扱った後は、異常がないことを確認するまで工房を離れない。


 その規則を守ることが、工房を使う条件だった。


 今行っているのは、既に何度も繰り返した光の保存実験だ。


「固定具は、これでよし」


 レオンハルトは金属枠を持ち上げ、留め具が緩んでいないことを確かめた。


 中央に収められているのは、乳白色の結晶だ。


 日中に窓から差し込む光と、僅かな魔力を内部へ蓄えてある。


 表面へ指先を近づけ、起動用の魔力を流す。


 結晶の中心に白い光が生まれた。


 光はゆっくりと広がり、小さな工房の隅まで照らしていく。


 炎はない。


 煙も出ない。


 油の臭いもなかった。


「前より、光の偏りが少ない」


 レオンハルトは記録紙へ書き加える。


 五歳の時に修復した照明用魔石は、魔道具の台座と術式がなければ光らなかった。


 それから三年間、光を結晶内部へ蓄え、必要な時に取り出す方法を少しずつ研究してきた。


 今では簡単な金属枠と起動用の魔力だけで、一晩近く光り続ける結晶を作れるようになっている。


 だが、まだ完成品とは呼べない。


 光の強さに個体差がある。


 強い衝撃を受ければ亀裂が入る。


 固定具が歪むと、結晶の一部へ力が集中する。


 湿気が内部へ入れば、起動術式が乱れる可能性もあった。


「次は防水と衝撃対策か……」


 レオンハルトが金属枠を机へ戻した時、工房の扉が叩かれた。


「レオンハルト様」


「どうぞ」


 入ってきたのは、中年の家令だった。


「旦那様がお呼びです」


「父上が?」


「鉱山から事故の報告が届いております。レオンハルト様にも同席させるように、とのことでございます」


 レオンハルトは作業の手を止めた。


 長男として、鉱山経営の基礎教育は受けている。


 採掘量や人件費、魔石の等級、商会との取引についても学び始めていた。


 だが、実際に起きた事故や現場の問題については、父と鉱山長ブルクハルトだけで処理されることが多い。


「すぐに行きます」


 レオンハルトは結晶を消し、保護箱へ収めた。


          ◇


 父の執務室には、ゲルハルト、鉱山長ブルクハルト、アルノルトが揃っていた。


 机の上には坑道図と、煤で黒く汚れた油灯が置かれている。


「参りました」


「そこへ座れ」


 ゲルハルトが短く告げた。


 レオンハルトはアルノルトの隣へ腰を下ろす。


「何があったのですか?」


 ゲルハルトはすぐには答えず、ブルクハルトへ視線を向けた。


 ブルクハルトは四十代半ばの大柄な男だった。


 長年鉱山で働いてきたため、顔も腕も日に焼けている。


 体つきは頑丈で、声も大きい。


 だが、レオンハルトへ向ける目には、子供へ現場の事情を説明することへの面倒さが浮かんでいた。


「昨日、第三坑道で油灯が倒れました」


「火災ですか?」


「壁際に積んでいた補修用の木材へ火が移りました。すぐに消し止めましたが、鉱夫が二人、煙を吸って倒れています」


 レオンハルトは机の上の油灯を見る。


 金属製の容器へ燃料を入れ、布の芯へ火をつけて使う簡単な照明だ。


 価格が安く、持ち運びやすいため、坑道では昔から使われている。


「どうして倒れたのですか?」


「足場の石が崩れ、作業員が油灯へぶつかったそうです」


「壁へ固定していなかったのですか?」


「掘る位置が変わるたびに照明も動かします。固定式では作業になりません」


 ブルクハルトの口調には、現場を知らない子供へ説明しているという響きがあった。


「これまでにも、同じような事故は?」


 レオンハルトが尋ねると、ブルクハルトは僅かに間を置いた。


「小さなものなら、年に数度ございます」


「年に数度も?」


「火を使えば、事故は起きます。鉱山とはそういう場所です」


 当然のことのように言う。


 レオンハルトは油灯を見つめた。


 狭い坑道。


 乾いた支柱。


 木材。


 布袋。


 油の入った容器。


 燃え広がるものはいくらでもある。


 しかも地下では煙が逃げにくい。


 炎そのものより、煙を吸って動けなくなる方が危険かもしれない。


「油灯を使わなければよいのではありませんか?」


 レオンハルトが言うと、ブルクハルトは鼻で笑った。


「暗闇でどうやって石を掘るのです?」


「魔力灯があります」


「高価すぎます」


 答えは即座だった。


「屋敷で使うような魔力灯を坑道へ入れれば、照明費だけで利益が減ります。それに、岩へぶつければすぐ壊れる」


「低品質な魔石を使えば――」


「暗いうえに長くもちません。だから油灯を使っているのです」


 ブルクハルトは話は終わりだと言わんばかりに腕を組む。


 ゲルハルトがレオンハルトを見る。


「お前を呼んだ理由が分かったか」


「照明用の結晶を作れということでしょうか」


「違う」


 ゲルハルトは指先で机を軽く叩いた。


「鉱山経営には、理想だけでは解決できない問題があると知るためだ」


 レオンハルトは黙って父を見る。


「安全な道具へ替えればよい。古い魔石を再利用すればよい。言うだけなら簡単だ」


 ゲルハルトは続けた。


「だが、初期費用、耐久性、交換、修理、運搬、盗難まで考えねばならない。お前の結晶は、一つを作るために手間をかけすぎる」


「それでも、事故が繰り返されているなら改善すべきです」


「改善には金がかかる」


「人が倒れているのに?」


 レオンハルトの声が少し強くなった。


 ブルクハルトが不快そうに眉を寄せる。


「死者は出ておりません。煙を吸った二人も、一人は数日で復帰できる見込みです」


「もう一人は?」


「咳が残っています。長くても十日ほど休めば戻れるでしょう」


「戻れなかったらどうするのですか?」


「鉱夫は危険を承知で働いている」


 その言葉に、レオンハルトの胸の奥が冷えた。


 危険な仕事だから、事故が起きても仕方がない。


 そう言っているように聞こえた。


「父上。僕に試させてください」


「何をだ」


「坑道で使える魔石灯を作ります。油も炎も使わず、安価で壊れにくいものを」


 ブルクハルトが呆れたように息を吐いた。


「子供の玩具を坑道へ持ち込むおつもりですか?」


「今あるものより安全なら、玩具ではありません」


「レオンハルト」


 ゲルハルトの声が低くなる。


 だが、今回は引き下がれなかった。


「正式な工房の素材は使いません。廃棄予定の低品質魔石と、壊れた魔道具の金具だけで作ります」


「費用はどうする」


「僕に与えられている研究費の範囲で行います」


「時間は?」


「跡取り教育と正式な授業は休みません」


 ゲルハルトは黙ってレオンハルトを見た。


 やがてアルノルトが口を開く。


「坑道用照明の研究には、意味があると考えます」


「お前まで子供の思いつきへ付き合うのか」


「油灯による事故が毎年起きているのであれば、試作品だけでも作る価値はございます」


 アルノルトはブルクハルトへ視線を向ける。


「正式採用は、費用、耐久性、使用時間を確認してから判断すればよいでしょう」


 ゲルハルトはしばらく考えた。


「試作品は三つまでだ」


 レオンハルトの顔が上がる。


「材料費、製作時間、明るさ、使用可能時間をすべて記録しろ。油灯と比べて、どれほど高いかも明確にしなさい」


「はい」


「ブルクハルト。完成後、第三坑道の浅い区画で一度だけ試せ」


「旦那様、本気ですか?」


「試すだけだ。採用すると言ったわけではない」


 ブルクハルトは不満を隠さず、渋々頭を下げた。


「承知しました」


 レオンハルトは胸の中で小さく息を吐いた。


 ようやく、現場で研究を試せる。


          ◇


 それから三日間、レオンハルトは専用工房で試作品の製作を続けた。


 ただ光るだけでは、坑道用には足りない。


 鉱夫が持ち歩ける重さ。


 岩へぶつけても壊れにくい外装。


 両手を空けるため、腰や兜、壁へ固定できる構造。


 光の向きを変える反射板。


 手袋を着けたままでも操作できる起動部。


 少ない魔力で、長時間使えること。


 必要な条件を一つずつ紙へ書き出した。


「結晶だけでは完成しませんな」


 アルノルトが、試作品の金属枠を確認しながら言う。


「はい。枠が曲がれば、一か所へ力が集中して石が割れます」


「薄くすれば軽くなる。しかし、薄すぎれば潰れる」


「内側へ革を挟めば、衝撃を減らせると思います」


「湿気を吸いますぞ」


「革の外側を油で処理してはどうでしょう」


「試してみる価値はありますな」


 二人で検討を重ねる。


 金属加工は屋敷の職人へ頼んだ。


 正式な軍事用品ではないため、新しい金属を多く使うことは許可されなかった。


 使えるのは、壊れた魔道具から外した留め具や、工房で余った鉄片が中心だ。


 それでも職人は、レオンハルトの図を見ながら三種類の外装を作ってくれた。


 一つ目は、鉄枠で結晶全体を覆った頑丈な型。


 二つ目は、格子状の金属枠と革を組み合わせた軽量型。


 三つ目は、兜の正面へ取り付ける小型灯だ。


 内部へ入れる魔石には、屋敷で廃棄された低品質石を使う。


 不純物を分離し、亀裂を塞ぐ。


 さらに光を一方向へ集めるため、結晶内部の構造を変える。


 これまでの照明石は、周囲全体を柔らかく照らしていた。


 坑道では、それでは光が散りすぎる。


 足元や掘削面へ向け、少し遠くまで光を届かせる必要がある。


「反射板だけに頼るより、結晶内部で光の向きを揃えた方が効率がいい」


 レオンハルトは乳白色の石へ魔力を流した。


 内部へ無数の薄い層を作り、ばらばらに進む光を一方向へ導く。


 結晶が淡く輝き始めた。


 机の上へ、細長い白い光が伸びる。


「できた……」


「まだですぞ」


 アルノルトが即座に言う。


「点灯しただけです。衝撃、湿気、粉塵、連続使用を確かめねばなりません」


「分かっています」


 レオンハルトは苦笑した。


 自分が浮かれていることを見抜かれたらしい。


 三つの試作品は、工房の床へ高さを変えて落とした。


 湿った布で包んだ。


 細かな鉱石の粉をかけた。


 数刻続けて点灯させ、結晶と外装の変化を調べた。


 鉄枠型は壊れなかったが、重すぎた。


 兜用の小型灯は両手を空けられるが、光が弱く、最大の明るさでは三刻ほどしかもたない。


 格子枠と革を使った軽量型は、比較的軽く、明るさと使用時間の釣り合いがよかった。


「最初の実地試験には、軽量型を使いましょう」


 レオンハルトが言う。


「使用時間は?」


「最大の明るさで五刻ほどです。少し弱めれば、八刻以上もちます」


「材料費は、屋敷用の魔力灯の六分の一ほど」


 アルノルトが記録を確認する。


「油灯と比べれば?」


「油灯本体のおよそ八倍です」


「それだけを聞けば、高価ですな」


「ただし、油を買い続ける必要がありません。金属枠が一年使えれば、百日ほどで燃料費との差は縮まります」


「結晶が壊れなければ、ですな」


「はい」


 初期費用は高い。


 だが、長期間使えれば油代を抑えられる。


 事故による休業や治療費まで含めれば、さらに差は縮まるはずだった。


 ただし、その計算には耐用期間の記録が必要だ。


 量産の問題も残っている。


 結晶を整えられるのは、今のところレオンハルトだけだった。


「まずは、実際に役立つか確かめます」


「その通りです」


          ◇


 翌朝。


 レオンハルトは初めて、作業中の鉱山へ入った。


 同行者はアルノルト、ブルクハルト、現場監督、それから老鉱夫オットー・ヴェーバーだった。


 オットーは六十歳を超えているが、背筋はまだ真っ直ぐで、腕には長年つるはしを振ってきた筋肉が残っている。


「若様が作った灯りですか」


 オットーは受け取った軽量型の魔石灯を、珍しそうに眺めた。


「はい。使いにくいところがあれば、遠慮せず教えてください」


「貴族の若様へ遠慮なく、ですか」


 オットーは目尻へ皺を寄せた。


「では、本当に遠慮いたしませんぞ」


「お願いします」


 その返答が気に入ったのか、オットーは小さく笑った。


 一行は坑道の入口から中へ進む。


 外の光は、すぐに届かなくなった。


 壁へ掛けられた油灯が、橙色の炎で周囲を照らしている。


 だが光は弱く、少し離れれば足元も見えにくい。


 壁や天井の凹凸が大きな影を作り、その先に何があるか分からなくなる。


「これが第三坑道です」


 ブルクハルトが言った。


「火災は、さらに奥の分岐で起きました」


 進んだ先には、黒く焦げた支柱と煤の跡が残っていた。


 焼けた木材の一部は交換されている。


 それでも、壁には熱によって黒く変色した部分があった。


「負傷した二人は?」


「一人は既に復帰しています。もう一人は咳が残っているため、地上の選別作業へ回しております」


 ブルクハルトはそれだけ言った。


 レオンハルトは魔石灯をオットーへ渡す。


「側面の板を押してください。ほんの少し魔力を流せば点きます」


「儂のような年寄りでも?」


「強い魔力は必要ありません」


 オットーが手袋を外し、起動板へ親指を当てた。


 乳白色の結晶が光り、前方へ白い光が伸びる。


「おお……」


 周囲の鉱夫たちから声が上がった。


 橙色の油灯よりも明るく、奥の壁まで見える。


 炎が揺れないため、影も大きく動かない。


「足元が見やすい」


「煙の臭いもないな」


「天井の細い割れ目まで見えるぞ」


 鉱夫たちが口々に言う。


 レオンハルトも光が当たった壁を見た。


 表面には細い亀裂がいくつか走っている。


 ただし、目で見える範囲だけでは、それが表面だけの傷なのか、内部まで続いているのかは分からない。


 今日は照明の試験だ。


 許可なく坑道の壁へ《結晶創造》を使って調べることはできない。


 レオンハルトは位置だけを記録紙へ書き留めた。


「今の亀裂も記録するのですか?」


 オットーが尋ねる。


「次に正式な許可をもらえたら、内部まで調べたいと思います」


「若様には、岩の中まで分かるのですか?」


「触れれば、ある程度は」


 オットーは興味深そうに頷いたが、それ以上は尋ねなかった。


 実地試験を続ける。


 歩く。


 屈む。


 腰へ下げる。


 壁へ軽くぶつける。


 粉塵の多い場所へ入る。


 暗い分岐で道標を読む。


 油灯より視界は広く、火災の危険もない。


 だが、使いにくい点もすぐに見つかった。


「手袋をしたままでは、起動板を押しにくいですな」


 オットーが言う。


「板を大きくした方がいいですか?」


「大きくするか、出っ張りをつけるとよいでしょう」


「分かりました」


「それと、腰へ下げると歩くたびに揺れます。岩へ当たりそうです」


「固定用の帯を増やした方がいいですね」


「前方は明るいですが、横が暗い」


「反射板を開閉式にすれば、光を広げられるかもしれません」


 レオンハルトは次々に記録する。


 試験は順調だった。


 だが、坑道を出た後もブルクハルトの表情は変わらなかった。


「明るさと安全性は認めましょう」


 ブルクハルトは言った。


「しかし、現場責任者として正式採用を推すことはできません」


「理由を教えてください」


「一つを作るのに、どれほど時間がかかりました?」


「結晶加工に半刻ほどです。外装は職人がまとめて作れば短縮できます」


「鉱夫は百人以上いる」


「全員分を一度に作る必要はありません。危険な深部や、油灯事故の多い区画から――」


「壊れるたびに、若様が修理するのですか?」


 レオンハルトは言葉を止める。


「それに、初期費用は油灯の八倍。盗難も考えなければなりません」


「油代を含めれば、長く使うほど差は縮まります」


「一年もつ保証がありますか?」


「まだありません」


「ならば、費用に見合うとは言えません」


 ブルクハルトの指摘には、間違っていない部分もあった。


 耐久性は未知数。


 修理もレオンハルトに依存している。


 盗難対策も必要だ。


 完成品とは言えない。


「旦那様へは、現段階での正式採用は時期尚早と報告します」


 ブルクハルトはそう結論づけた。


 最終判断を下すのはゲルハルトだ。


 だが、現場責任者であるブルクハルトが導入を推さなければ、採用される可能性は低い。


「分かりました」


 レオンハルトは答えた。


「正式採用は、今は求めません」


 ブルクハルトは満足そうに頷く。


「賢明です」


「ですが、比較試験は続けさせてください」


「何?」


「一度だけでは耐久性も費用も判断できません。三つの試作品を、一月だけ、オットーさんの班へ貸し出します」


「勝手な持ち込みは認められません」


「アルノルト先生に毎日確認していただきます。使う区画も第三坑道の浅い場所だけ。使用後は必ず回収し、異常があれば即座に中止します」


 レオンハルトはゲルハルトから渡された試験許可書を取り出した。


 そこには、一度目の試験結果次第で、アルノルトと鉱山長の監督下に限り、短期間の継続試験を認めると記されている。


 試験条件を決めるよう、前日のうちにアルノルトと相談していたのだ。


「正式設備ではなく、期間限定の試験品です」


 アルノルトも言葉を添える。


「毎日私が確認いたします。異常が出れば、その日のうちに回収します」


 ブルクハルトは不満そうに許可書を確認した。


「一月だけです」


「はい」


「使用するのはオットーの班のみ。深部へは持ち込まない。紛失した場合は、研究費から弁償すること」


「承知しました」


 ブルクハルトは渋々頷いた。


 オットーが低く笑う。


「若様も、なかなか粘りますな」


「安全かどうかを、最後まで確かめたいのです」


 レオンハルトは三つの試作品をオットーへ差し出した。


「最初の数日は軽量型を使ってください。結果を見ながら、残り二種類も比較します」


「使いにくいところも、壊れたところも、全部お伝えします」


「お願いします」


 オットーは魔石灯を受け取った。


 その声は、貴族へ向ける形式的なものではなかった。


          ◇


 比較試験が始まってから、一月が過ぎた。


 最初の数日間は、軽量型だけを使った。


 大きな問題が起きなかったため、その後は鉄枠型と兜用小型灯も、班の中で交代しながら試すことになった。


 鉄枠型は、岩へ落としても壊れなかった。


 だが重く、長時間持つと腕が疲れる。


 兜用の小型灯は両手を空けられるため好評だったが、光が弱く、深い影までは照らせない。


 軽量型は最も使いやすかったものの、一つは落下によって枠が曲がった。


 もう一つは湿気が入り、起動しにくくなった。


 壊れた品も捨てられず、細かな使用記録とともにレオンハルトへ返された。


 手袋でも押せる起動部がほしい。


 腰へ固定する帯を増やしてほしい。


 壁へ掛ける鉤が必要。


 光を弱くすれば、さらに長く使える。


 仲間へ合図を送るため、点滅機能があると便利。


 現場から届く意見は、どれもレオンハルトだけでは思いつけないものだった。


 試験期間中に作れた追加の魔石灯は四つ。


 最初の三つと合わせて、使えるものは合計七つになった。


 第三坑道の二つの班だけへ貸し出し、壊れた外装は鉱夫たち自身が簡単な補修を行うようになった。


 広く普及したとは言えない。


 それでも、魔石灯を使う区画では油灯の数が半分ほどに減った。


 一月の間、小さな火災も起きなかった。


「若様の灯りを、あと二つ貸していただけませんか」


 試験期間の終わりが近づいた頃、オットーが専用工房を訪ねてきた。


「新しく入った若い者が、暗い場所をひどく怖がっておりましてな」


「もちろんです」


「代金は払います」


「まだ試験品です。お金は受け取れません」


「それでは、若様が損をする」


「事故が減るなら、損ではありません」


 オットーはしばらくレオンハルトを見つめた。


「若様は、変わった貴族ですな」


「よく言われます」


「悪い意味ではございません」


 オットーは魔石灯を手に取った。


「坑道では、明るいだけで人は落ち着きます。暗いと、僅かな音でも山全体が崩れるように思えてくる」


 彼は結晶の光へ目を細める。


「足元が見えれば、転倒を防げます。天井が見えれば、小さな落石にも気づける。仲間の顔が見えれば、声を掛け合う余裕も生まれる」


 レオンハルトはその言葉を書き留めた。


 光は、作業をするためだけのものではない。


 恐怖を減らす。


 周囲を確認する。


 危険を早く見つける。


 人と人をつなぐ。


 それも、灯りの役目だった。


「もっと作れるようにします」


「無理はなさらんでください」


「でも、必要なのでしょう?」


「必要です。だからこそ、若様一人が倒れるまで作っては意味がない」


 レオンハルトは驚いてオットーを見る。


 母やアルノルトと同じことを言われた。


「鉱夫は道具を使いますが、道具を作る者まで使い潰してよいとは思いません」


「……はい」


「若様が儂らを大切にしてくださるなら、若様もご自分を大切になさってください」


 レオンハルトは小さく頷いた。


          ◇


 同じ頃、伯爵家の正式な錬金術工房では、別の試験が行われていた。


 八歳になったディートリヒが、火属性魔石を利用した小型の爆破石を完成させたのだ。


 子供が単独で扱うことは許されていない。


 起爆術式はアルノルトが管理し、魔力を込める作業も大人の補助を受けて行う。


 威力も、石材へ小さな穴を開ける程度に制限されていた。


 それでも、八歳の子供が爆破用の錬成式を形にしたこと自体が、並外れた成果だった。


 工房の中央には厚い石壁が設けられ、その向こうに試験用の石材が置かれている。


 アルノルトが全員を安全な位置まで下がらせ、起爆術式を作動させた。


 低い破裂音が響く。


 石材の表面が砕け、拳ほどの穴が開いた。


「成功です!」


 ディートリヒが歓声を上げる。


 父ゲルハルトとブルクハルトは、その結果を高く評価した。


「これが改良されれば、つるはしで何日もかかる岩盤を短時間で崩せます」


 ブルクハルトは興奮した様子で言った。


「採掘量も大きく増えるでしょう」


「ディートリヒ。よくやった」


 ゲルハルトが弟の肩へ手を置く。


 ディートリヒは誇らしげに胸を張った。


「もっと強くできます」


「まずは安定させろ」


 ゲルハルトは完成した爆破石を見る。


「狙った場所だけを砕き、運ぶ途中で破裂しないこと。それができなければ、鉱山では使えぬ」


「はい、父上」


 レオンハルトは工房の入口から、その様子を見ていた。


 自分の魔石灯は、一月の試験を終えても正式採用が決まっていない。


 弟の爆破石には、既に改良用の新しい魔石と資金が用意されている。


 父が求めている成果の違いが、これ以上ないほどはっきり示されていた。


 ディートリヒがレオンハルトに気づく。


「兄上も見ていたのですか?」


「うん。完成したんだね」


「僕の爆破石なら、鉱山の役に立ちます」


 その言葉には、悪意よりも純粋な誇りが強かった。


「兄上の灯りより、たくさん石を採れます」


「そうかもしれないね」


「父上も褒めてくださいました」


 レオンハルトは胸の奥が少し痛むのを感じた。


 それでも弟へ笑い返す。


「よかったね、ディート」


 工房を離れようとした時、保護台の上に置かれた爆破石が目に入った。


 内部には、強い火属性魔力が圧縮されている。


 外見上はきれいな球形を保ち、目立つ亀裂もない。


 だが、《結晶創造》による感覚では、外殻の一部だけ密度が薄かった。


「待って」


 レオンハルトは爆破石へ近づいた。


「何ですか?」


「外側の力が、均等ではない」


 ディートリヒの顔から笑みが消える。


「僕の石が失敗だと言うのですか?」


「失敗ではない。でも、ここだけ外殻が薄い。魔力を何度も込め直したり、威力を上げたりすると、この部分へ圧力が集まる」


 ゲルハルトがレオンハルトを見る。


「危険なのか」


「今すぐ破裂するほどではありません。ただ、同じ構造のまま威力を強くすると、外側が耐えられなくなるかもしれません」


 アルノルトが爆破石へ顔を近づける。


「外見上、亀裂は確認できません」


 彼は慎重に答えた。


「私の感覚でも、大きな魔力漏れはございません。ただし、内部構造まで正確に見抜けるのは、レオンハルト様だけです」


 ディートリヒが爆破石を取り上げようとする。


「兄上は、僕が褒められたから邪魔をするのですか?」


「違うよ」


「では、勝手に失敗だと決めないでください」


「ディートリヒ」


 アルノルトがたしなめる。


 ゲルハルトは爆破石を見つめた後、淡々と言った。


「レオンハルトが示した箇所を、記録へ残せ」


「父上?」


「問題があるなら、外殻を補強すればよい」


 ゲルハルトはディートリヒへ向き直る。


「補強した上で、威力向上の研究を続けろ」


「はい、父上」


 危険の可能性は受け入れた。


 だが、研究を止めるつもりはないらしい。


 レオンハルトはそれ以上何も言わなかった。


 爆破石が役立つことまで否定するつもりはない。


 硬い岩盤を効率よく砕ければ、鉱夫の負担も減る。


 問題は、使い方と限度だ。


 威力ばかりを求めれば、石だけでなく、坑道や山そのものへ負担がかかる。


 魔石灯の試験中、白い光に照らされた天井や壁には、細かな表面亀裂がいくつも見えていた。


 今のところ、それが内部まで続いているかは分からない。


 だが、爆破を繰り返せばどうなるのか。


「兄上」


 ディートリヒが呼び止めた。


「何だい?」


「僕は父上の役に立てます」


 勝ち誇るような口調だった。


 レオンハルトは少し考えてから答える。


「うん。だから、安全に使えるものにしないといけないね」


 ディートリヒはその返事が気に入らなかったらしく、顔を背けた。


          ◇


 夕方。


 レオンハルトは専用工房へ戻り、改良途中の魔石灯を点灯した。


 白い光が作業台を照らす。


 机の上には、鉱夫たちから届いた要望書と、第三坑道の簡単な見取り図が並んでいた。


 正式採用は、まだ決まっていない。


 父から高く評価されたわけでもない。


 それでも、一月の試験で七つの魔石灯が使われた。


 油灯の数が減った。


 小さな火災も起きなかった。


 暗闇の中で足元を照らし、鉱夫たちの恐怖を和らげた。


 その事実は、誰に否定されても変わらない。


 一方で、頭から離れないものもある。


 白い光で見つけた壁や天井の細かな亀裂。


 ディートリヒの爆破石。


 採掘量を増やそうとするブルクハルト。


 利益を求める父。


 爆破石が本格的に使われ始めれば、採掘速度は確実に上がる。


 だが、山が受ける負担も増える。


 レオンハルトは坑道図へ、目視で確認した亀裂の位置を書き込んだ。


 あくまで、表面で見つけたものだけだ。


 内部まで続いているかは、まだ分からない。


「次に入る時は、壁へ触れて調べよう」


 そのためには、正式な調査許可が必要だ。


 勝手に坑道の岩盤へ能力を使えば、作業を乱す可能性がある。


 父やブルクハルトに、必要性を説明しなければならない。


 今の自分には、山全体の状態までは分からない。


 それでも、岩へ触れれば、内部の亀裂や魔力の乱れを感じ取れるはずだ。


 火災を防ぐだけでは足りない。


 崩れる前に、危険を見つけなければならない。


 レオンハルトは魔石灯を持ち上げた。


 白い光が、坑道図の上をゆっくりと移動する。


 暗闇を照らせば、今まで見えなかったものが見える。


 だが、見えてしまった危険から、目を背けることはできなかった。

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