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廃嫡錬金術師の魔石国家  作者: 阿鼻恭介
第一章 五歳の結晶錬金術師
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2/15

第2話 捨てられた魔石

この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。

1日目(7/20)2話目です。

 五歳の誕生日から、三日が過ぎた。


 レオンハルトは自室の窓辺に座り、小さな紫色の結晶を朝日に透かしていた。


 元は、宝石箱の隅に入れられていた割れた魔石だ。


 欠片としても価値がなく、そのまま捨てられていてもおかしくないものだった。


 それが今では、濁りのほとんどない透明な結晶へ変わっている。


 内部では、淡い紫色の魔力が静かに巡っていた。


「昨日よりも、少しだけ減っている……」


 レオンハルトは目を細める。


 結晶の内部構造を意識すると、蓄えられている魔力量がおおよそ分かる。


 数字として見えるわけではない。


 水の入った器を持ち上げた時、重さから残量を感じ取るような感覚だった。


 三日前に再結晶化してから、この魔石は一度も魔道具へ使っていない。


 それでも、内部の魔力は僅かに減っていた。


「何もしなくても、漏れていくのか」


 原因はすぐに分かった。


 表面の一部に、目には見えないほど小さな乱れが残っている。


 そこから少しずつ魔力が外へ逃げていた。


 前世で扱っていた宝石なら、僅かな内包物や亀裂も石の個性として評価されることがある。


 だが、魔力を保存する道具として使うなら、余計な亀裂は性能を下げるだけだ。


 レオンハルトは机の上へ薄い紙を広げた。


 そこには、魔石の形や内部の亀裂、魔力が滞留している場所が描かれている。


 前世で研究記録を取っていた習慣が、自然と戻っていた。


 ただし、今の手は五歳児のものだ。


 文字はまだ不格好で、細い線を真っ直ぐ引くだけでも苦労する。


「もっと細い筆がほしいな」


 ぼそりと呟く。


 前世なら、顕微鏡も測定器もあった。


 今あるのは、羽根ペンと紙、それから自分の感覚だけだ。


 それでも、何も分からないよりはずっといい。


 レオンハルトは紫色の結晶を机へ置くと、隣の木箱を開けた。


 中には、小さな魔石の欠片が三つ入っている。


 母ヘレーネの侍女へ頼み、処分予定のものを譲ってもらったのだ。


 一つは透明。


 一つは薄い黄色。


 もう一つは黒く濁っている。


 どれも照明用魔道具に使われ、魔力を失った後、ひび割れて廃棄されたものだった。


「まずは、これからかな」


 レオンハルトは透明な欠片を手に取った。


 内部を意識する。


 前回の魔石よりも魔力が少なく、結晶構造も大きく乱れている。


 このままでは再利用できない。


 レオンハルトは椅子へ深く座り直した。


 前回は、何も分からないまま全体を一度に再構成した。


 その結果、小さな魔石一つで立てなくなるほど疲れた。


 今回は、作業を分ける。


 不純物を取り除く。


 亀裂を塞ぐ。


 魔力が通る道筋を整える。


 一度にすべてを行うのではなく、一つずつ試す。


 レオンハルトは魔石を両手で包み、目を閉じた。


 まず、黒い点のように感じられる不純物だけを意識する。


 自分の魔力を細い糸のように伸ばし、不純物の周囲へ絡ませた。


「石とは別の場所へ……分ける」


 手のひらの中で、魔石が淡く光った。


 前回ほど強い光ではない。


 胸の奥から腕へ流れていく魔力も、ほんの僅かだった。


 レオンハルトが目を開ける。


 透明な魔石の端に、小さな黒い粒が浮かんでいた。


 石を傾けると、その粒は表面からぽろりと落ちる。


「できた」


 嬉しさが込み上げた。


 思わず笑みがこぼれる。


 亀裂は残っている。


 それでも、不純物だけを分離することには成功した。


 身体も前回ほど苦しくない。


 少し息が速くなった程度だ。


 レオンハルトは紙へ結果を書き込む。


 不純物の分離。


 消費する魔力は少ない。


 作業を分けた方が負担も減る。


「次は亀裂を……いや、少し休もう」


 続けたい気持ちは強かった。


 だが、前回のように倒れて母を心配させるわけにはいかない。


 レオンハルトは椅子から降り、窓を開けた。


 冷たい朝の空気が部屋へ流れ込む。


 深く息を吸い、腕を伸ばす。


 五歳の身体は、小さな作業だけでも疲れやすい。


 前世と同じ感覚で研究を続けることはできなかった。


 今は少しずつでいい。


 そう言い聞かせていると、扉が軽く叩かれた。


「レオンハルト様、朝食のお時間でございます」


 侍女の声だった。


「今行きます」


 レオンハルトは魔石と記録紙を木箱へしまい、鍵を掛けた。


 子供用の簡単な鍵だ。


 本気で開けようと思えば、誰にでも開けられる。


 それでも、何もせず置いておくよりはよかった。


          ◇


 朝食の席には、父ゲルハルト、母ヘレーネ、弟ディートリヒが揃っていた。


 長い食卓の上には、焼きたてのパン、卵料理、薄切りの燻製肉、温かな野菜のスープが並んでいる。


「遅いぞ、レオンハルト」


 ゲルハルトが時計へ視線を向けながら言った。


「申し訳ありません、父上」


「五歳とはいえ、長男なら時間を守りなさい」


「はい」


 レオンハルトは席へ着く。


 母ヘレーネが心配そうに顔を覗き込んだ。


「体調は大丈夫ですか?」


「もう痛いところはありません」


「無理をしてはいけませんよ」


「はい、母上」


 ディートリヒは既にパンを半分ほど食べ終えていた。


「兄上は寝坊です」


「少し考え事をしていたんだ」


「また石を見ていたのですか?」


 レオンハルトの手が僅かに止まる。


「どうしてそう思うんだい?」


「昨日も窓のところで石を見ていました」


 隠していたつもりだったが、弟には見られていたらしい。


 ゲルハルトが顔を上げる。


「石?」


「誕生日にもらった宝石です」


 レオンハルトはできるだけ自然に答えた。


「珍しいものがあったので、見ていました」


「宝石へ興味を持つこと自体は悪くない」


 ゲルハルトはそう言ったが、その声に期待は感じられなかった。


「だが、装飾品を眺めることと、鉱山を治めることは違う。お前はいずれ、この家の鉱山と魔石取引を学ばねばならない」


「宝石や魔石の構造を調べることも、鉱山の役に立つと思います」


「構造?」


 ゲルハルトの眉が僅かに動いた。


「はい。魔石の内部には、不純物や亀裂があります。それを整えれば――」


「誰から聞いた?」


「誰からというわけでは……」


 前世の記憶から考えたとは言えない。


 レオンハルトが言葉に迷っていると、ゲルハルトは小さく息を吐いた。


「魔石は魔力を蓄える鉱物だ。質のよいものを採掘し、適した大きさへ加工して使う。それだけのことだ」


「ですが、低品質なものでも――」


「レオンハルト」


 ゲルハルトの声が少し低くなる。


「五歳の子供が思いつくほど簡単な方法なら、とうに錬金術師たちが試している」


 正論のようにも聞こえる。


 だが、実際にはレオンハルトの手元で不純物の分離ができている。


 それでも今は証明できない。


「分かりました」


 レオンハルトは引き下がった。


 向かい側で、ディートリヒが胸を張る。


「僕は大きくなったら、爆発魔石を作ります」


「威力だけでは駄目だ」


 ゲルハルトが言う。


「軍が求めるのは、命令通りに安定して使える武器だ」


「では、失敗しない爆発魔石を作ります」


 ゲルハルトは満足そうに頷いた。


「その意気だ」


 レオンハルトは黙ってスープへ視線を落とした。


 父はまだ三歳のディートリヒが語る爆発魔石には期待を示す。


 だが、自分が話した魔石の再利用には、耳を貸そうともしない。


 前世の大人として考えれば、証拠のない話を信じてもらえないのは当然だと理解できる。


 それでも、今のレオンハルトは五歳だった。


 少しくらい興味を持ってほしかった。


「レオン」


 母ヘレーネが穏やかに呼ぶ。


 レオンハルトが顔を上げると、母は小さく微笑んでいた。


「興味があるなら、よく調べてみなさい。ただし、危険なことはしてはいけません」


「はい、母上」


 それだけで、胸のもやもやが少し軽くなった。


          ◇


 朝食の後、レオンハルトは屋敷の使用人区画へ向かった。


 目的は、使い終えた照明用魔石を集めるためだ。


 貴族の屋敷では、夜になると廊下や客室の魔力灯が使われる。


 中に入っている魔石は、魔力を使い切れば交換される。


 残った魔石は砕いて道路の材料へ混ぜるか、そのまま廃棄されることが多い。


 倉庫の前へ行くと、中年の侍女マルタが箱を整理していた。


「レオンハルト様。こちらへ何か御用でしょうか?」


「使えなくなった魔石を見せてもらいたいんだ」


「廃魔石でございますか?」


「うん。できれば、照明に使っていたものを」


 マルタは不思議そうにしながらも、木箱を一つ引き寄せた。


 中には白や黄色の濁った魔石が、無造作に積まれている。


「こちらは処分予定の品でございます。尖った欠片もございますので、手をお切りになりませんよう」


「少しもらってもいい?」


「処分品ですので構いませんが……何にお使いになるのですか?」


「調べたいんだ」


「調べる、でございますか」


 マルタは困ったように笑った。


「レオンハルト様は、本当に石がお好きなのですね」


 揶揄するような声ではない。


 珍しい趣味を持つ子供を見ているような口調だった。


 レオンハルトは箱の中から、比較的形の残っている魔石を三つ選ぶ。


 一つは完全に魔力が抜けている。


 一つは内部に僅かな光が残っている。


 最後の一つは、中心部が黒く焦げていた。


「これはどうしたの?」


 黒く焦げた魔石を指差す。


「昨夜、東廊下の魔力灯が急に消えまして。交換した者によれば、少し煙も出たそうです」


「灯りの道具が煙を?」


「古くなると、時々ございます」


 レオンハルトは魔石へ触れた。


 内部の魔力の流れが、中央で塞がれている。


 魔力が通れなくなり、同じ場所へ溜まり続けた結果、熱を持って焦げたのだ。


 もし魔石が破裂していれば、近くにいた者が怪我をしていたかもしれない。


「これ、僕がもらってもいい?」


「危険な品かもしれません」


「触る時は気をつけるから」


 マルタは少し迷った後、厚い布で包んでくれた。


「奥様へは、私からお伝えしておきます」


「ありがとう」


「ただし、お一人で砕いたりなさいませんように」


「約束するよ」


 レオンハルトは魔石を抱えて自室へ戻った。


 机の上へ布を広げ、焦げた魔石を置く。


 改めて内部を調べる。


 原因は明確だった。


 不純物と亀裂が魔力の通路を塞いでいる。


 魔力灯が暗くなるたびに、使用人が追加の魔力を込めていたのだろう。


 この世界では、多くの人がごく少量の魔力を持っている。


 大きな魔法を使えなくても、日用品の魔石へ魔力を補充する程度なら可能だった。


 だが、魔石の状態は外から分からない。


 暗くなれば魔力不足だと考え、さらに魔力を足してしまう。


 前世でいえば、壊れた電池へ無理に充電を続けるようなものだった。


「魔力灯の問題は、魔石だけじゃない」


 状態が分かる仕組みも必要になる。


 ただ、今は焦げた魔石を直す方が先だ。


 レオンハルトは焦げた部分へ触れる。


 全部を一度に直す必要はない。


 まず、塞がっている通路を開く。


 次に、魔力が一方向へ集中しないよう、内部へ細い道筋を作る。


「少しずつ……」


 魔力を流す。


 焦げた魔石が弱く光った。


 胸の奥が僅かに重くなる。


 だが、前回のように一気に再構成してはいない。


 息を整えながら、最もひどい亀裂だけを塞ぐ。


 黒く変色していた部分が少しずつ薄くなった。


 完全な透明には戻らない。


 それでも、魔力が通る道はできた。


 レオンハルトはそこで手を離す。


「今日はここまで」


 続ければ、もっと直せる。


 けれど、指先に僅かな痺れが出ている。


 無理をしないと決めたばかりだ。


 レオンハルトは昼食と休憩を挟み、午後に作業を再開した。


 焦げた魔石の修復が終わる頃には、窓から差し込む光が少し傾いていた。


 形は不格好なままだ。


 中央には薄い黒色も残っている。


 それでも内部の魔力は、滞ることなく流れるようになった。


「問題は、本当に光るかどうかだ」


 魔石だけでは照明にはならない。


 魔道具の台座へ取り付け、光へ変換する術式を通す必要がある。


 レオンハルトは自室にある卓上魔力灯へ目を向けた。


 夜間に本を読む時に使う、小型の照明だ。


 中には新しい魔石が入っている。


 台座の留め具を外し、新しい魔石を取り出す。


 代わりに、修復した焦げ跡のある魔石を入れた。


 魔道具の側面へ触れ、ほんの少し魔力を流す。


 次の瞬間、卓上魔力灯が白く輝いた。


「……明るい」


 以前よりも、明らかに光が強い。


 それでいて、魔石内部の魔力はゆっくりとしか減っていない。


 乱れていた流れを整えたことで、少ない魔力でも効率よく光へ変換されている。


 レオンハルトは一度消し、もう一度点灯する。


 流す魔力を減らしても、十分な明るさを保った。


「使える」


 捨てられる予定だった魔石が、もう一度照明として使える。


 しかも以前より長持ちする。


 興奮で頬が熱くなった。


 すぐに父へ見せたい。


 これなら、魔石の再利用ができると信じてもらえるかもしれない。


 レオンハルトが卓上魔力灯を両手で持ち上げた時、扉が開いた。


「レオンハルト様。お茶をお持ちいたしました」


 先ほど倉庫で会ったマルタだった。


 彼女は部屋へ入ったところで足を止める。


「まあ……」


 視線は、机の上の魔力灯へ向けられていた。


「どうしたの?」


「そちらの魔力灯は、以前からそのように明るい品でございましたか?」


「ううん。中の魔石を替えたんだ」


「新しい魔石を?」


「捨てる予定だったものを直した」


 マルタは聞き間違いかと思ったように瞬きをする。


「先ほどの、焦げていた魔石でございますか?」


「そうだよ」


 レオンハルトは魔力灯を一度消し、蓋を開ける。


 中から、薄い焦げ跡の残る魔石を取り出した。


 マルタは恐る恐る覗き込む。


「本当に、あの魔石です」


「割れているところを直して、詰まっていた部分を取り除いたんだ」


「レオンハルト様がお一人で?」


「うん」


 マルタは驚いたまま、もう一度魔力灯を見る。


「昨夜まで煙を出していた品とは思えません」


「これなら、捨てる魔石を減らせると思う」


「素晴らしいことでございます」


 マルタの言葉には、社交辞令ではない感心が含まれていた。


「廊下の魔石は頻繁に交換しております。使えるようになるなら、使用人たちも助かります」


「本当に?」


「はい。夜中に明かりが消えると、倉庫まで新しい魔石を取りに戻らなければなりませんから」


 レオンハルトの胸が弾んだ。


 自分が考えていたことを、初めて誰かが役に立つと言ってくれた。


「では、ほかの魔石も直してみるよ」


「ですが、先ほどお顔が少し青く見えました」


「え?」


「奥様から、レオンハルト様が無理をなさらないよう見ていてほしいと申しつけられております」


 マルタは穏やかながらも、はっきりと言った。


「研究は、お茶と菓子を召し上がってからになさってください」


 レオンハルトは少し困った。


 すぐに次の魔石を試したい。


 だが、母との約束もある。


「分かった」


「よろしいお返事でございます」


 マルタは満足そうに頷き、机へお茶を置いた。


          ◇


 その日の夕方。


 レオンハルトは修復した魔石を入れた卓上灯を持ち、父の執務室を訪れた。


 部屋にはゲルハルトと家令、それから老錬金術師アルノルトがいた。


 ディートリヒも父の隣で、木製の剣を振る真似をしている。


「何の用だ、レオンハルト」


「父上に見ていただきたいものがあります」


 レオンハルトは卓上灯を机へ置いた。


「屋敷で使われている魔力灯か」


「はい。ただ、中に入っているのは廃棄予定だった魔石です」


 ゲルハルトの眉が僅かに動く。


「使えなくなった魔石を直しました」


「直した?」


「不純物を分け、魔力が通るように内部を整えました」


 レオンハルトは魔力灯を点灯する。


 白い光が執務室を照らした。


 家令が驚いたように目を見開く。


 アルノルトはすぐに魔力灯へ近づき、内部を覗き込んだ。


「これは……確かに、通常の照明より光が安定しております」


「魔力の減りも遅いです」


 レオンハルトは期待を込めて父を見る。


「屋敷で捨てている魔石を直せば、新しい魔石を買う量を減らせます。鉱山でも使えるかもしれません」


「どの程度の時間がかかった」


「一つ直すのに、休みながら半日ほどです」


「一つに半日か」


 ゲルハルトの声から、関心が薄れていく。


「まだ慣れていないので、練習すれば早くできると思います」


「一日に二つ作れたとしても、屋敷で消費する魔石の数には届かぬ」


「ですが、捨てるはずだったものが――」


「レオンハルト」


 ゲルハルトは椅子へ深く座り直した。


「技術そのものを否定するつもりはない。廃魔石を再利用できるなら、使用人か下級錬金術師へ研究させればよい」


「では、続けても――」


「お前自身が時間を使う必要はない」


 レオンハルトの表情が止まる。


「お前はベルクシュタイン家の長男だ。鉱山経営、魔石取引、軍事錬金術を学ぶべき立場にある。古い照明石を一つずつ直すことへ時間を費やすな」


「使用人の仕事が楽になることも、領地の役に立つと思います」


「役には立つだろう」


 ゲルハルトは即座には否定しなかった。


「だが、長男が優先すべき仕事ではない」


 レオンハルトは唇を引き結ぶ。


 アルノルトが魔力灯を調べながら口を挟んだ。


「旦那様。こちらの再生方法は、私も見たことがございません。魔石の内部へ直接作用しております。少なくとも、詳しく記録する価値はあるかと」


「ならば、お前が記録しろ」


「ですが、レオンハルト様にしか再現できない可能性がございます」


 アルノルトは魔力灯から目を離さずに続ける。


「もしそうなら、通常の錬金術とは異なる固有能力かもしれません」


 ゲルハルトの視線が、初めて少しだけ鋭くなった。


「軍事用魔石にも使えるのか?」


「現時点では分かりません。ただ、結晶内部を整える力であれば、高純度化や安定化へ応用できる可能性はございます」


「可能性か」


 ゲルハルトはしばらく考えた。


 レオンハルトは、今度こそ認めてもらえるかもしれないと期待する。


 だが、父が出した結論は違った。


「では、アルノルトが監督し、空いた時間だけ試させる」


「空いた時間だけ……?」


「跡取り教育を優先しろ。軍事や経営を疎かにしない範囲なら、石を調べることまでは禁じぬ」


 完全な否定ではなかった。


 それでも、父にとってこの研究は、あくまで本来の役目の余りで行うものだった。


「……はい、父上」


 レオンハルトは卓上灯を抱えた。


 役に立つと分かれば、父も少しは喜んでくれると思っていた。


 だが、父が最初に考えたのは、誰に任せるか、軍事へ使えるか、長男の仕事に相応しいかということだけだった。


「兄上」


 ディートリヒが声を掛ける。


 レオンハルトが振り返った。


「そんな古い石を直すより、新しい石を使えばよいのではありませんか?」


 悪意のない、素朴な疑問だった。


「新しい石なら、最初からきれいです」


「そうだね」


 レオンハルトは静かに答える。


「でも、まだ使えるのに捨てるのは、もったいないと思うんだ」


 ディートリヒはよく分からないという顔をした。


 レオンハルトはそれ以上説明せず、執務室を出た。


 後ろから、アルノルトの声が聞こえた。


「レオンハルト様。後ほど、あの魔石をもう一度見せていただけますかな」


 レオンハルトは振り返る。


 老錬金術師の目には、明らかな興味が浮かんでいた。


「はい」


 小さく答えると、アルノルトは満足そうに頷いた。


          ◇


 自室へ戻る途中、廊下はまだ薄暗かった。


 夕方になり、使用人たちが壁の魔力灯へ一つずつ魔力を流している。


 一人の若い侍女が椅子へ乗り、高い位置の魔力灯を交換していた。


 古い魔石を外し、新しいものを入れる。


 足元には、交換済みの魔石が入った重い箱が置かれている。


「レオンハルト様」


 侍女が気づき、椅子から降りて頭を下げる。


「その箱は重い?」


「少々重うございますが、いつものことでございます」


「一晩で、どれくらい交換するの?」


「多い日は十個以上でございます。古い魔石は明るさが安定しませんので」


 十個。


 一日で十個。


 一年なら、数千個。


 屋敷一つだけでも、それだけの魔石が捨てられている。


 王都やほかの貴族家、商店、宿屋まで含めれば、数え切れない。


 父の言う通り、一つ直すのに半日かかっていては、まだ実用的とは言えない。


 それは認めなければならなかった。


 だが、それは今の話だ。


 能力の使い方を覚え、工程を分け、専用の道具を作れば、もっと早くできるかもしれない。


 一つずつではなく、複数をまとめて処理する方法も考えられる。


「その古い魔石、捨てる前に僕へ見せてもらってもいい?」


「もちろんでございます」


「ありがとう」


 レオンハルトは自室へ戻り、机の上へ卓上灯を置いた。


 修復した魔石は、まだ安定した光を放っている。


 父は、この仕事を長男がするべきではないと言った。


 それでも、マルタは助かると言ってくれた。


 廊下の侍女も、毎日重い箱を運んでいる。


 誰かの手間が減る。


 捨てられるものが、もう一度使える。


 それは、レオンハルトにとって十分な価値だった。


「一つに半日なら、まだ足りない」


 記録紙を広げる。


「では、もっと早くする方法を探そう」


 不純物の分離。


 亀裂の修復。


 魔力経路の再構成。


 作業ごとに必要な魔力量を記録する。


 どの工程へ最も時間がかかるのかを調べる。


 魔石の形や色によって違いがあるかも確かめる。


 焦らず、一つずつ。


 レオンハルトは新しい廃魔石を手へ取った。


 灰色に濁り、端が欠けている。


 普通なら、もう捨てるしかない石だ。


 だが、レオンハルトには、その内部に残る僅かな魔力が見えていた。


「まだ、役目は残っているよ」


 少年の手の中で、捨てられた魔石が小さく光った。


 価値がないと決めつけられたものへ、もう一度役目を与える。


 それが、レオンハルトの錬金術の始まりだった。

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