確執
∂
宗教国家都市南西部、街の中央にある正統派の聖堂にて。
数人のシスターが祭壇の近くに寄り集まって話をしていた。
その中に南西部を管轄する五位巫女神官パフィーリアの姿はなく、代わりにドレスのような修道服を着た妙齢な女性が会話の中心にいた。
この方こそ、わたしの仕える正統派七位巫女神官ラクリマリア様です。
嗚呼、艶やかな立ち姿はまるで聖母像のようです、お姉様。
※華やかで美しく、なまめかしい様
申し遅れましたが、わたしはラクリマリアお姉様の補佐官であり、福音派七位巫女神官のイベリスニール。18歳です。
敬愛するラクリマリア様をお姉様と慕っていますが血縁ではありません。
もっとも、補佐官として常に付き従っているのですから、もう姉妹同然と言えるでしょう。
それはそれとして、わたしが福音派であることはこの場にいる誰しもが知らない事実ではありますが。
お姉様は輝く銀髪を細い指で梳きながら、周囲のシスターたちに話しかけます。
「さて、パフィーリアが留守にしている間、わたしが聖堂を預かるわけだけれど。この目が黒いうちは南西部で問題を起こさせないわ。福音派はもちろん、原理主義派の動きにも注視しましょう」
お姉様、貴女の瞳は翠色です。
わたしは笑顔で隣に控えながら、心の中で突っ込みつつ進言する。
「七位巫女神官様の仰る通りです。街には警備隊や兵士たちを配置させていますが、わたしたちも南西部の見回りをするべきでしょう!」
お姉様は端正な顔に指を当てて考える素振りを見せ、わたしを見やる。
「そうね、あからさまに物々しい警備では街の雰囲気も損ねてしまうもの。銃を隠し持つにしてもシスターなら自然と民衆に紛れ込めるわ。さすがね、イベリスニール」
そう言って微笑むお姉様に、わたしの心は舞い上がりました。
意気揚々と右手を翳し、皆さんに声をかけます。
「さぁ!そうと決まれば早速、街へと繰り出しましょう!七位巫女神官様の美貌を民衆に知らしめるために!」
「え、補佐官様……街の見回りが目的なのでは……?」
南西部のシスターたちは不思議そうな表情で首を傾げていたのでした。
❖
あたしは南西部東側のスラムから中央部に向かって歩いていた。
大通りを進むとすぐに東西を分断する高い壁が目に入ってくる。
正統派の聖堂は街の真ん中から少し西側に位置し、近くには広大な庭園と五位巫女神官の屋敷がある。
そこから北へ伸びる通りの先には宗教国家の各都市へ繋がる路線駅舎と広場があり、あたしの目的は広場の方だ。
今日は青空の広がる良い天気で、道行く住民や観光客たちも足取りは軽やか。
そんな中であたしがライブを披露すれば、きっとみんな熱狂するし目立つこと間違いなしだ。
その情景を思い浮かべ、今から楽しみになって駆けだしそうになるのを堪える。
逸る気持ちを抑えつつ広場へやってくると、大きく深呼吸をして周囲を見渡す。
南西部駅周辺は人通りも多く、あたしは広場の一段高くなったスポットへ一人立つ。
そして、みんなに声をかける。
「みんなぁあああ!今日もあたしの南西部都市へ来てくれてありがとぉおお!!」
観衆は立ち止まり、何事かとこちらへ振り返る。
そうだ。それでいい。
一瞬でもあたしに注意を引きつけられれば、もうこっちのものだ。
後は得意のダンスと歌声、可愛いルックスで魅了してしまえばいいのだから!
「このあたし、アニエスルージュの歌とダンスでみんなを楽しませてあげる!」
聖歌よりも華やかに。
舞踏よりも鮮烈に。
歌劇よりも過激に。
次々に足を止めて、広場の周囲には人だかりが出来ていく。
男も女も大人も子供も、みんな揃ってあたしの虜にして貪欲に。
極上な獲物を目の前にした狼のごとく、食らいつくがいい。
そして、それこそがあたしの求める信仰であり、神鎧の糧となるのだから!
一曲を歌い終えると大きな拍手と歓声が広場に渦巻く。
臨場感に浸りながら、両手を振り翳して応える。
と、そこで人だかりが大きく二つに分かれて、まるで海を割ったかのように道が作られる。
その間を進んでくる数人のシスターたち。
中には見覚えのある顔もあった。
先頭を歩く娼婦のような修道服を着たシスターが口を開く。
「そこのあなた、止めなさい!この場所での公演許可を教会に知らせてあるのかしら?」
凛とした声は広場に響き、周囲の観客は冷や水を浴びたように静まり返った。
その言葉は当然あたしに向けられたもので、答えは決まっている。
「許可なんて必要ないわ!この街はあたしのものだもの。それに、正統派教会に公演申請なんてしたら大金をむしり取られるじゃない。ゲリラライブだからこそ無償でみんなも楽しめるのよ!」
しかし、その女――正統派七位巫女神官ラクリマリアは尚も噛みついてくる。
「公演申請の金はそのまま保険となるのよ。曲芸や公演で何か問題や事故が起きた時、あなた一人で対処することができるのかしら?」
保険……そんなものが何の役に立つものか。
南西部都市は幾度となく災厄に見舞われてきた。
あたしは知っている。
街が二度も壊滅状態に陥ったのは正統派の神鎧が原因だってことを。
その癖にのうのうと未だ南西部を我が物顔で支配し、あたしたち福音派やスラムのみんなに救いの手すら差し伸べない。
だから、あたしはあたしのやり方でこの街を変えていくのだ。
この女には……あたしの神力を見せつけてやらなくてはならない!
「正統派の巫女神官……あたしを舐めると痛い目を見るからね――かみ砕け、『ネピリムレイヴ』!!」
そして、あたしは自ら信奉する神鎧の力を解き放った―




