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天蓋輪廻の幻想曲  作者: 黒乃羽衣
第三話 魔女と呼ばれた少女たち
20/22

徒花

    ∂


 あるところに2人の若い修道女がいました。

 彼女たちはとても仲良しで修道院ではいつも一緒にいました。


 でも、ある時に美しく(しと)やか女の子は貴族の男性に求婚され、修道院を出て行ってしまいます。

 悲しみに暮れたもう一人の少女は、後を追うように修道院を脱走しました。


 行く宛もない少女は南部都市の辺境から中心部にある栄えた街へと旅をします。

 そして、その街で貴族の大きな屋敷に勤めるメイドとなったのです。

 メイドとしての生活は楽ではありませんでしたが、気が強く体力もあった少女は毎日を懸命に過ごしました。


 そんなある日、少女は大きな屋敷内で運命的な再会をします。

 なんと彼女の愛した、貴族に嫁いだ女の子がその屋敷に住んでいたのです。

 少女は喜びました。

 神様はまだ自分を見放してはいなかったのだ、と。



 ――ところが、そこで少女はある事実を知ってしまいます。

 再び巡り会えた女の子は屋敷の主人である貴族の男とは結婚しておらず、愛人として買われていたのです。


 何故こんなことになっているのだ?

 少女は困惑しました。

 大好きな女の子は幸せな家庭を望み、貴族の下へ嫁いだつもりでいたはず。

 けれど現実は、貴族の男の浅ましい欲望を満たすために清らかな身を(もてあそ)ばれていただけでした。


 

 (ゆる)せない。

 わたしからあの子を奪っただけではなく、彼女の神聖な心と躰を(けが)した男が。

 わたしはすぐに女の子を――ヴァイオラを助けようとしました。

 一緒に屋敷を逃げ出して、今度こそ2人で幸せになるために!

 

 しかし、事はそう簡単には進みませんでした。

 わたしの行動はメイド長に監視され、目論見は看破されていました。

 夜の暗闇に紛れて屋敷を抜け出そうとしたわたしたちは、(たちま)ち警備隊に囲まれてしまいます。

 懐に忍ばせたナイフを手に、おびえるヴァイオラを守るように立ち向かいました。


「そう。愛する祖国のために戦った旗持ちの英雄のように。わたしも運命に(あらが)わなくてはならないのです!」

 

 屋敷の主人は警備隊に守られながら、わたしたちを(さげす)んで見ものにしています。

 わたしは警備隊には目もくれず、迷うことなく貴族の男へと突撃してナイフを振り(かざ)しました。

 短い悲鳴とともに男の顔は裂け、血に濡れます。

 傷は浅くも屋敷の主人は大袈裟(おおげさ)な素振りで(わめ)き、警備隊たちは一斉に帯刀したサーベルを抜刀しました。


 四方から敵意の視線を受けて全身が粟立(あわだ)って。

 わたしはヴァイオラを逃がすために奮闘しますが、死角から警備兵が襲い掛かり――


「……イベリスニール!危ないっ!!」

 

 咄嗟(とっさ)に振り向いた次の瞬間……!

 この身は突き飛ばされ、わたしを(かば)うようにヴァイオラが盾になって。



 彼女の腹部に深々と警備兵のサーベルが突き刺さっていました。

 それを間近で見てしまったわたしは目を見開きながら、最愛の人が地に倒れるのを支えます。

 みるみるうちに彼女の血はこの手を濡らし、血溜まりを作っていき。


「嗚呼……そんな……何故、わたしなんかを庇って……」


 茫然(ぼうぜん)としながら言葉をかけると。

 ヴァイオラは涙目で真っ直ぐわたしを見つめ、口を開きます。


「……ごめんなさい、イベリス。私はいつも……あなたの気持ちに応えてあげられなくて……」

 

 彼女はそれだけ紡ぐと――そっと瞳を閉じて一筋の涙を流しました。

 

 牢獄のような修道院から羽ばたいた先に待っていたのは、愛玩目的の新たな鳥籠(とりかご)で。

 そんな彼女を救い出すはずだったわたしの行動そのものが、最愛の人を犠牲にしてしまったのだ。

 わたしの想いも、ヴァイオラの命も――境遇に立ち向かい(あらが)った結果、全てが荒廃(こうはい)しただけだった……



 まるで時が止まったかのような感覚を覚えながら、ただただ……わたしは自分の愚かさを恨み、世界を憎しみ、運命を呪いました。

 冷たくなった彼女を抱きしめ、慟哭(どうこく)の中でわたしは不思議な光に包まれたのです。


 青白い光の中で、わたしの瞳に映る周囲にいた警備隊は次々と倒れ伏し……

 屋敷の主人は何十もの大槍で串刺しにされて絶命したのでした。

 わたしの(かたわ)らには淡い光を発する大勢の騎士たちと、青い鎧を身に(まと)った旗持ちの旗手――神鎧(アンヘル)『ラストラエール』の姿。

 

 その神鎧(アンヘル)の振り向いた顔は……他ならぬヴァイオラそのものなのでした。



 

 ――その後、わたしは貴族の主人を害した魔女として捕らえられ、南部都市の聖堂で審問を受けることになります。

 審問官はもちろん、南部都市を治める七位巫女神官であるラクリマリア様。

 彼女はわたしを見据えながら問いました。


「本当に貴女(あなた)が一人で、あれだけの警備隊と屋敷の主人を殺したのかしら?」


 七位巫女神官様を前にして、わたしはまるで心の中まで見られているかのようでした。

 半端な答えをしようものなら、即座に首を()ねられても不思議ではありません。

 処刑台に立たされた旗持ちの英雄さながらの心持ちで答えます。


「わたしは、自身とヴァイオラの自由……尊厳を取り戻したかっただけなのです」


 七位巫女神官様は考える素振りを見せつつ、何か面白そうなものを見つけたような表情をしました。


「ふぅん……貴女(あなた)、なかなか()()がありそうじゃない」


 そしておもむろに左手の指を(はじ)くと、周りの兵士たちによって何故か拘束が解かれます。

 七位巫女神官様は美しい銀髪をなびかせて立ち上がると、告げます。


「イベリスニール。わたしの補佐官になりなさい。質問と拒否には斬首で返すわよ」




 それから一年後、七位巫女神官様のお供で南部都市を見回っていたある日のこと。

 歓楽街の片隅の花屋で一人の少女と出会いました。

 白い制服調の衣装を着た白髪の……本当に上から下まで真っ白な女の子。

 彼女は座り込んで苗木の(ポット)を選んでいるようで。

 少女はわたしの視線に気がつくと、顔をこちらに向けてきます。

 

「ねぇ、あなたはこの花の名前と花言葉を知ってる?」 


 そう言って手に取ったのは、飴玉のような小さな白い花をいくつも咲かせた(ポット)

 彼女はわたしの返答を待たずに言葉を紡ぎます。


「この花はイベリス。花言葉は初恋の思い出。太陽に向かって花を咲かせるの。健気で可愛らしいと思わない?」


 わたしと同じ名前を持つ花を手にそう言われ、返す言葉が見つからず。

 少女の赤い瞳と見つめ合うと、何故か心がかき乱されている気がしました。


「――楽園の花は神様の愛に照らされて、種下ろし枯れることを知らず。奈落の花は孤独の中で太陽を求め、他を根絶やし徒花(あだばな)となる。どちらがより華々しく花咲かせるのかしらね」


 わたしの太陽。

 ヴァイオラはもう、この世界の何処(どこ)にもいない。

 彼女への想いは一年経った今でも消えてはいない。

 そして、自身への戒めと世界に対する憎悪、運命への叛意(はんい)さえも。


「わたしに何を求めているのでしょうか?」


 それだけ返すと、真っ白な少女は小首を傾げて微笑みます。

 華奢な白い手をこちらに向かって差し伸べながら。


「私、この花を()()()()()()かと思うわ!」


 それは白昼夢だったのでしょうか。

 白い少女の存在感はあまりにも希薄で、しかし彼女の赤い瞳の輝きがこの心を(とら)えて離さずに。


 わたしは小さく温かな手を握り返していたのでした。

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