098)淡い光(最終話)
西暦二○五○年、九月。
宙香の執行猶予期間はもうすぐ終わる。
そうなったら、五十二歳の元代表は、紀元前一八○七年へ旅立つ。そこでは、四十代のクリティネがウザクを待っている。
夜が近付く中、私の実家から駅までの道を、私とソラは手を繋いで歩いていた。実家へはたまにこうして、ソラと一緒に訪れている。
ママとの関係は、何も無かったようにはなっていないけど、パパや弟の協力もあって、普通に会話ができるようにはなっていた。
「クリティネの時代から、百年くらい後の時代へ行ったアテンダントが教えてくれたんだけど。アリネが生んだ双子は、それまで以上にあの国を繁栄させたらしい。アリネの血筋は続いていて、クリティネ達は国の祖と崇められる存在になったようだよ。地震で崩壊するクノッソス宮殿が、あの規模以上で築かれたのは、双子達の子孫の力ってことになるね」
「そっか」
巫女王の立場を捨てるクリティネ達の選択は、結果的に国のための選択になった。
「もうすぐ、在斗が単独業務に行くんだ」
「じゃあ、明日美の教育係も終了だね」
在斗と明日美は教団から脱退して、今は『T・T・T』でアテンダントとして働いている。二年早く入社した明日美が、在斗の教育担当になっていた。
「明日美も在斗も優秀だよ」
「なんだか、置いていかれた気分」
「紬生だって、前へ進んでる。二人に負けてないよ」
あれからしばらくして、私は大学に入った。今は建築を学んでいる。
「ペースは人それぞれだから。あ、ちょっと、公園に寄って行こう」
ソラは私の返事も待たずに公園へ入って行った。
ソラと私の遊び場だったのはここ。ソラの後ろ姿を見送ったのもこの場所。
思えば、唯一の理解者が消えたあの日から、私の世界は暗くなった。
ママに付き従い、この世界と自分自身を否定して生きていた。私が自由に生きている世界が、この宇宙のどこかにあると、自分を慰めながら。
だけど、自由な世界は、別の世界へ行かなくても自分の中にあったんだと、今なら分かる。
道しるべの無い状態で生きて行くのは、やっぱり怖い。私の心の根底には、いつも恐れがある。それは前と変わらない。だけど今は、恐怖より好奇心が勝ることのほうが多くなった。
そんな自分が好き。あんなに嫌いだった自分の良い所を、今の私は知ってる。
きっとそれは、私が自由を得るために、一番に必要だったことなんだ。
滑り台の階段を上ったソラは、上から手を振り、無邪気に笑いかけてきた。
「紬生! 誕生日おめでとう!」
私はソラに笑顔を見せて、滑り台の坂の下で待った。子供の頃は、ソラのほうが、何度もここで私を待っていてくれた。
ソラは窮屈そうに屈んで、無理に滑り台を滑り下りてくると、座ったままごそごそとポケットを探った。見下ろす私に、小さな箱を差し出して蓋を開けた。
「僕と、結婚してください」
私は両手で口元を押さえた後で、返事の代わりに、両手でソラの顎を支えてキスをした。
手首を掴まれ、ソラに引き寄せられた私は、背中から強く抱き締められた。
「これからもずっと、僕の側にいて」
ソラの温もりが伝わってくる。この幸せをずっと感じていたい。
もう、この世界を脱け出したいと思う私はいない。私はこの世界の中で生きていこうと思う。ソラと一緒に。
ソラは黙って私の左手を取り、薬指に指輪を差し込んだ。
夜の訪れた東の空に上った満月。月の光が指輪へと静かに溶け込んでいく。黄金の指輪が、私とソラの間で淡い輝きを放っていた。〔完〕
読んでくださった皆様
皆様の心に、少しでもほっこりとした時間が訪れていたら幸いです。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
またいつか、お会い出来ますように。




