チェス盤に生きるプレイヤー
一方、七塚ミラとトゥルクは、石鎚ホウキの姿を注意深く見つめていた。
「トゥーちゃん。まだ、余力ある?」
「……もちろんです。七塚様」
せっかくミラが助けに来てくれたのだ。ここで、折れる訳にはいかない。
おぼつかない足取りでトゥルクは立ち上がる。
その様子を、石鎚ホウキは鏡の拘束により身動きがとれないまま見据える。
「はっ。小娘が現れちまったか。面倒になっちまったぜ。おぼこは趣味じゃねぇってのによ」
「小娘じゃないもん。七塚ミラだもん」
ミラは触媒である鏡へと力を注ぎながら、懸命に言い返す。
「安心していいよ、おじさん。わたしは役目を果たしたらすぐに居なくなるから。――あなたは、トゥーちゃんがきっちり倒すんだから」
「おじ……。いや、ガキの言うことなんか気にしちゃいらんねぇぜ。それより、ずいぶん面白いこと言うじゃねぇか。そこの死にかけの女が、俺の相手をするって?」
「そうだよ。トゥーちゃんはすごいんだから。わたしなんかよりずっと、すごいんだから!」
力強いミラの言葉に合わせて、周囲の鏡の数が一気に増える。
数十枚に増えた鏡たちは、全てがホウキの使い魔たちを映し出していた。現在、彼は十二体の使い魔をその場に召喚しているが、それらの姿を無数の鏡が映している状態だ。
何をするつもりか――そう油断せずに見据えながら、ホウキは自身の動きを止めている鏡の拘束について、先に解析を完了させた。
「『オン・シュチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ』」
大威徳明王のマントラ。
衆生を害する悪魔を除去すると言われている真言であり、それを唱えることで、ホウキは自身の呪力を強化して鏡の拘束をはねのけた。
ミラの『万華鏡・鏡迷宮』は、敵の身動きを封じるアクティブスキルである。その拘束から逃れるには神秘性か精神力による抵抗が必要になる。
その適値をクリアしたホウキは、数枚の鏡を割りながらミラへと攻撃を仕掛ける。
その時だった。
「――『鏡面具象・鏡映複製』!」
ミラの周りに複数体の鬼が現れると、ホウキの錫杖による打撃をその鬼たちが受け止めた。
「なんだとっ!?」
現れた鬼たちは容易く打ち消える程度の弱い使い魔だったが、問題はそこではない。
その使い魔の姿は、石鎚ホウキが扱う使い魔と瓜二つだった。
「う、――やっぱり、自由に使うのは、大変みたい」
ミラはと言うと、ひたいに汗を浮かべながらその使い魔たちを制御しようとしている。
言葉とは裏腹に、ミラの周りには次々に使い魔が増えていく。それらは、数が増えるごとにステータスが減少しているようだが、何よりも数が尋常じゃない。
「なるほど、な」
それを見て、ホウキは身構えなおす。
「この俺に対して、使役戦を選ぶってのか。いいねぇ、新しいプレイに熱心なのは関心だぜ。だが大丈夫か? 随分無理をしているようだが」
「そーだね。わたしなら出来るってシオンが言ってくれたけど、これ、かなりきつい」
ミラの『鏡』の因子は、映した相手の因子を模倣する力がある。
それでホウキの『使役』と『修験』の因子を模倣した上で、無数に分裂させた鏡を媒介として、ホウキの使い魔を再現したのだった。
しかし、さすがにミラの能力を超えているのか、召喚するので精一杯といった様子である。
明らかに無理をしているミラを見て、一瞬期待を抱いたホウキは残念そうな顔をする。
そんな彼を、ミラは不敵に見返した。
「安心してよ、おじさん。わたしは無理だけど――トゥーちゃんなら、大丈夫だから」
「あん? どういう意味だ?」
「トゥーちゃん、やって!」
怪訝な顔をするホウキをよそに、ミラは後ろに向けてそう言った。
「はい、ミラさん! ――偽りの姿をここに『スウィンドル』!」
トゥルクは『虚偽』の因子を開放する。
新たに『十字架』と『プレイヤー』の因子が励起を始めると共に、トゥルクの傷だらけの身体が次第に縮んで、子供の姿へと戻り始める。
そのさなか、更に一つ、パッシブスキルを発動させた。
「痛み分けです――『ステイルメイト』!」
自身が負ったダメージと同等のダメージを対象に与えるスキル。
それを利用してトゥルクは、『ミラが召喚した使い魔』へとダメージを与えた。
鏡が割れ、使い魔たちが血を吹いて消滅する。その反動にミラは眉をしかめるが、メインとなる六枚の鏡は無事なので、なんとか持ちこたえた。
身軽になったミラは、トゥルクに向き直る。
「作戦通り、行けそう?」
「はい。問題ありません」
徐々に子供の姿へと戻っているトゥルクは、安心させるようにミラへと言った。
「ありがとうございました、七塚様。この御恩は、後で必ず報います」
「むー。トゥーちゃん、固いよ」
顔をむくれさせて、ミラは緊張感のない声で言う。
「わたしは同じファントムなんだから、もうちょっと親しげに呼んでほしいよ」
「は、はぁ……」
こんな時に何を言っているんだとは思ったが、あまりの場違いっぷりに緊張がほぐれた。
トゥルクは自然と頬をほころばせながら、言った。
「はい、ミラさん。お願いします」
「お願いされました!」
ミラは鏡を召喚してその中に入り込むと、あっさりと戦闘から離脱した。後に残されたのは、もうすぐ完全に子供の姿へと戻るトゥルクと、その様子を眺めるホウキである。
ホウキは、呆れたような表情を浮かべている。
「んー。よくわかんねぇけど、お前ら一体、何がしたかったんだ?」
「何かと問われますと、作戦通り、と答えるしかありませんね」
ホウキへと向き直りながら、トゥルクは言う。
彼女の身体は十歳前後の子供の姿になっていた。ウサギの耳のついたパーカー姿にあどけないかんばせ。その姿で、彼女は落ち着いた仕草でうさ耳フードを脱ぐ。
「一つ、白状しますね。あなたが本来は使役戦を得意とするように、わたくしも元々、直接戦闘を行う人間だったわけじゃないのです」
「ほう。それで、お前も使い魔を召喚できるってのか?」
「いえ。わたくしの『持ち駒』は、この身に宿した六種類のコマだけです。チェスという概念に縛られたわたくしは、そこから逸脱することは出来ない」
ですが、と。
彼女は自身の胸のうちにある、最も原初の因子を呼び覚ます。
「こういったルールも、チェスにはあるのですよ」
自身の『プレイヤー』としての因子を励起させ、彼女はアクティブスキルを使用する。
「盤面よ捻じれて狂え――『クレイジーハウス』」
デイム・トゥルクの周りに使い魔が連続で召喚される。
その使い魔たちの姿は、ホウキのものと瓜二つで、そして――先ほど七塚ミラが召喚したものと全く同じだった。
「召喚……ではなく、再現か!」
「ご名答です」
クレイジーハウス。
変則チェスの一つで、簡単に言ってしまえば将棋のように持ち駒のルールがあるチェスである。
相手の駒を取った場合、そのコマを自陣にて使用可能であるというルールだ。
このスキルは、それまでの戦闘で倒した敵を低ランクの使い魔として再現するというものである。
発動条件が『プレイヤー』の因子を最大にする――つまりは子供の姿になるというものなので、条件はかなりかなり厳しい。また、都合よく何体も敵を倒せるとは限らないので、本来のゲームではほとんど無用のスキルだった。
しかし、今回のような使役戦においては非常に有用である。
「わたくしは生前もチェス人形の中身でしか無く、その操作も人の指示によるものでしかなかった。ただの代理でしかなかった私には、自分自身の戦いなど一度もなかった」
だから、強くなりたかった。
そう願った過去の自分を振り返る。
無力な子どもだった自分を受け入れ、ありのままの姿で胸を張って立つ。
「しかし、この身を鍛えるだけが戦いではない。『あたし』には、あたしのできることがある」
この子どもの身体は足手まといにしかならないと思っていた。
しかし、こんな自分でも役に立てる場があると、あの少年が言ってくれたから。
「さあ――ここからは消耗戦です。士気を高めなさい、大天狗。あなたの軍勢のことごとくをこのあたしが制圧して見せます」
「はっ。どちらが相手の軍勢を制圧できるかの戦い、か」
くくく、とホウキは楽しげに笑う。
「いいぜ、最後にとっておきのサプライズじゃないか。そこまで言うなら、最後まできっちりと付き合ってもらうぜ、チェス人形!」
ホウキは吠えながら、召喚出来るだけの使い魔を召喚する。
「我が神力の源泉は霊峰石槌山、従えしは調伏せし無量の悪鬼羅刹。この身、この真名を持って、神異を為さん! 急急如律令!」
鬼神、天狗、管狐、犬神、人魂、式神――妖怪、怪異、魑魅魍魎!
それら悪鬼羅刹を連続で召喚する姿は、伝説に謳われた大呪術師そのものだった。
そんな伝説に――一つのコマでしかなかった少女は、己のすべてを掛けて挑む。
「我こそはフォン・ケンペレン氏が作りし至高のチェスプレイヤー。チェス盤こそが我が戦場。身命をとしたこの奇術、挑むならば心せよ!」
そして、二つの軍勢がぶつかり合った。
※ ※ ※
――デイム・トゥルクは、草上家が召喚したファントムである。
はじめは、『プレイヤー』の因子しか持たない、ただのチェス人形の擬人化でしかなかった。そこから何度も降霊を繰り返し、一年の月日をかけて因子七つにまで育て上げた。
元の因子の弱さから考えると、七つもの因子を掛けあわせられたのは奇跡としか言い様がない。草上エレクトロニクスの魔法研究部はよほどの腕前であるといえるだろう。
そんな風に誕生したトゥルクだったが、初めて草上ノキアと対面した時の印象は、ありていに言って良いものではなかった。
むしろ悪かった。
なにせその時のノキアは、初めての一人暮らしという状況で、存分に羽根を伸ばしていたのだ。
部屋は汚部屋一歩手前であり、食生活はインスタント中心。学校から帰ったら速攻で布団に入り、食っちゃ寝食っちゃ寝の自堕落三昧。だらしないという言葉が可愛らしく見えるほどに、いろんな意味で終わっていた。
こんな少女が、自分が一年待ちわびた主なのだと思うと気が遠くなるかと思った。
これは自分が更正させなければならない。そうトゥルクは誓った。
そこからは、衝突の日々である。
事あるごとに楽な方を選ぼうとするノキアに、トゥルクはいちいち口出しした。食事のバランスや、ゴミの分別、部屋の掃除、お風呂の使用法、洗濯物の取り込み、果ては睡眠時間にまで、全てに口出しをした。
もちろんノキアは面白く無い。
しかし――それでも、ノキアは怒ったりはしなかった。
不機嫌そうにしながらも、ただ、甘えるように苦言を呈するのだ。
「いいじゃないか。これくらい」
「ダメです。ちゃんとしてください、お嬢様」
「……トゥルクのケチ」
ノキアがいうことを聞いてくれる確率は、五分五分だった。結局トゥルクの目を盗んでサボることも多く、特に学校では自由気ままに振舞っていた。
そんなノキアとの関係に、最初の頃は本気で悩んだりしたものだが、草上秀星にそのことを相談すると、彼は珍しく愉快そうに笑ったのだった。
『いや、トゥルク。君はそのままでいい』
「ですが、ご主人様。わたくしの役目はお嬢様を正しい方向に導くことで――」
『そうではない。家を出たら自堕落になるのは分かっていたことだ。それよりも、君に対してノキアが『条件』を出していないのがわかって、安心したよ』
くっく、と笑う秀星は、普段の物静かな様子からは予想もできないほどに楽しげだった。
『ノキアを頼んだよ。トゥルク』
彼の言っていることの意味は分からなかったが、トゥルクは頷いた。
しばらく生活をしていて、わかったことがある。
ノキアは、決して怠けているわけではないのだ。
無論、サボりはするし、すぐに逃げる。
楽な方へと向かう姿は、はっきり言って怠けにしか見えないのだが、しかし、やるべき最低限のことはやっていた。特に学校の授業に関しては、自宅でちゃんと時間を取って自習を行なっていた。
その時間は一般的には短いものだが、その集中力は並大抵のものではなかった。
集中している時のノキアは、トゥルクが話しかけても中々気づかないくらいだ。
オンオフと言う点でオンの時間は非常に短いのだが、その集中力が深いのだ。横着といえばそれまでだが、短い時間でもしっかり成果を出す実力を持っているのだ。
横着といえばそれまでだが、それで成果を出せるだけの実力を持っているのだ。
そのことを褒めると、彼女はいつだって困ったような顔をする。
「そんなことはない。私は、中途半端だよ」
だから――私は本気が出せないんだ。
そう語る少女の表情は、どこか寂しそうで、なんだか泣きそうに見えた。
そんな姿を見てきたからだろう。
今回の縁談に際して、彼女がことさら積極的に動くのを見て、トゥルクも感化されたのだ。
だから――彼女のためになるのだったら、あたしだって何だってやってやる。
※ ※ ※
「はぁ――あああああああああぁ!!」
使い魔の軍勢を全力で制御する。
集団戦の指揮というのは、単独で戦うよりも消耗が激しい。
肉体よりも精神が、刻一刻と消耗していく。一瞬の隙も見逃さないために神経を張り詰め続けなければならない。
それでもこの戦い、実はトゥルクに分があった。
なぜなら彼女の側は、倒せば倒すほどに持ち駒が――使い魔が増えていくのだ。
「く、この!」
ようやくそのことに気づいたのか、ホウキが焦り始める。
自身も呪術で応戦をしようとするが、気づけば物量差は三倍にも及んでいた。
後、勝敗を分けるものがあるとすれば、精神的な問題だ。
どちらが先に集中を切らすか。
自陣の数が多いトゥルクの方が一見有利にも見えるが、しかし、それは制御する数が多いことも意味するため、消耗は激しい。
物量で圧倒は出来ても、決め手にかけているのが致命的だった。
しかし――それで良いのだ。
なぜならデイム・トゥルクの戦いは、ここでホウキを食い留めることにあるのだから。
(それでは、よろしく頼みます。ミラさん。久能様)
そして。
「頑張ってください。ノキアお嬢様」
呟きながら、トゥルクは懸命に使い魔の軍勢を操作する。
そうして、ゲーム終了まで、彼女は石鎚ホウキを完封するのだった。
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トゥルクステータス番外編
ホウキステータス




