ワイズマンズレポート『言霊の幸わう国』
ワイズマンズ・レポート。
謎解きをメインとした魔法士同士の勝負で、出題側と回答側に分かれる。そのゲーム形式は多岐にわたるが、クリア条件を満たせば回答側の勝ち、条件を満たせず回答側が敗北条件を満たした場合は出題側の負け、というのが基本的なルールだ。
例えば今回は、八重コトヨが出題側。久能シオンが回答側である。
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ゲーム名『言霊の幸わう国』
問題『天知ノリトの正体と、言霊とは何か』
勝利条件『八重コトヨの納得する答えを提出する』
敗北条件『八重コトヨが納得しない答えを提出する』
ルール
・回答側は出題側に質問をすることが出来る。
・出題側は質問に対して正確な事実を答えなければならない。
・質問をひとつするごとに、回答側は蔦葛による拘束が強くなる。
・回答は一度のみ。
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ゲーム形式としては、ワイズマンズレポートとして認められる要素を満たしているが、肝心の勝利条件がひどすぎる。
「……こんな酷い勝利条件、運営に提出しても認められないぞ。絶対に怒られる」
「かかか! そりゃすまなんだ。ここでは儂がルールじゃ。許せ」
あっけらかんと言い放つ人外の女は、試すように上から見下ろしてくる。
文句を言ったところで解決しないので、シオンは気持ちを入れ替えて人外に向き直る。
「質問だ。『正体』といっても、漠然としすぎている。その定義を教えて欲しい」
「ふむ、ポロリとヒントでもこぼれないかと思っておるな。そうは乗らんぞ。『正体』という言葉の定義そのままじゃ。それで十分ヒントになる」
シオンの身体をまとうツタが少し窮屈になる。細いもので圧迫される痛みに顔をしかめる。なるほど、これが強くなっていけば、やがて絶命して霊子体が解除されるだろう。
それを意識しながらシオンは考える。
正体という言葉の定義。
正しい姿――つまり、何かが隠されている。
天知ノリトという存在は天知家の秘蔵っ子という話だ。その詳細は謎に包まれている。今回、直接相対することで彼が高度な言霊使いであることが判明したが、それ以外は不明だ。
つまり、彼がそれほどの【言霊】を使うだけの理由がある。
「次の質問。天知ノリトの正体と、言霊は密接な関係があるのか?」
「ある。故にこの出題じゃ」
今度は真顔だった。
シオンは首が締まるのを感じた。すぅっと血の気が引いていく。
頭に血が回らないのは困る。焦燥感を覚えながら、シオンは必死で思考を回転させる。
そんな必死な様子を、八重コトヨはニヤニヤと笑いながら見つめている。
「のんびり考えておるようじゃがの。シオン坊よ」
「……なん、だよ」
今は余計なことを考えるだけの余裕が無い。
すでに息は苦しく、身体がかすかに痺れ始めている。目がチカチカする中、なんとか八重コトヨの姿に焦点を合わせる。
そんなシオンに対して、彼女は試すような笑みと共にその事実を口にした。
「あまりのんびりしていると、ノキア嬢が危険かもしれんぞ?」
「――――」
もしかしたら、ただのブラフなのかもしれないが、シオンが八重コトヨと対峙している以上、ノキアがノリトの相手をしている可能性は十分に高い。
それを指して、コトヨは「危険」と言った。
「そう、か」
ならば、危惧していた『可能性』は、向こうもきっちり意識しているということだろう。
シオンの眼の色が変わる。目標となる地点を見据え、シオンは静かに心を燃やす。
「質問――天知ノリトは自分の正体を知っているのか?」
「具体的には知らんが、言霊の『意味』は知っているな」
「質問。それは『言霊の幸わう国』という名称の意味であるか?」
「ふむ。残念じゃが、正確な回答が出来ないためその質問には答えられん」
「質問。天知家初代は、神代の人間か?」
「む、……そうじゃな。それもまた、正確な意味で答えることが出来ん事柄じゃ」
「質問。神咒宗家は、神代から続く血族であるというのは本当か」
「それもじゃ。答えられない」
「しつ、もん――」
「お、おい、シオン坊?」
拘束が強まり、意識が飛びかけるが、それを気合で繋ぎ止める。
シオンの自殺まがいの行動に、意外にもコトヨが動揺を見せる。その様子を気分よく思いながら、シオンは拘束が強まるのも気にせずに質問をぶつける。
「天知家の直系血族――Y染色体は途絶えたことがないか?」
「……それは、答えられん」
「質問。天知ノリトは人間であるか?」
「そうだ。人間であることは間違いない」
「質問。では、天知、のり……」
拘束が強くなりすぎて息ができなくなる。
まずいと思いながら、シオンは体中に魔力を張り巡らせた。そこを通り道として大地のマナを取り込み、首のあたりを防御する。
「が、はぁっ。はぁ、は」
こんなものは応急処置でしかない。すぐにまた、首は締まるだろう。
それだけではなく、身体はすでに限界まで締め付けられて鬱血していた。あと少しで皮膚を切り裂き、血が吹き出しそうである。
そんな状態でも構わずに、シオンは質問を向ける。
「は、ぁ。質問、だ。天知ノリトは、人間以外の、何かではないか?」
「坊主よ。それ以上は」
「うる、さい! いいから答えろよ『代理人』。こんなの、なんてことない。国を譲るのに比べたらどうってことないだろ? なぁ、売国奴!」
「……吠えるのう。いいじゃろう、後悔するなよ、人の子よ」
顔から表情を消し、能面のような様子で彼女は答える。
「その質問は答えることができない。――正確な回答が出来ないためじゃ」
「なら……これは。どうだ」
おそらく、これが限界だ。
血反吐を吐きそうになりながら、シオンはまっすぐに、神話へと挑む。
「質問、天知ノリトは、海外においても、同じレベルで言霊を扱えるか?」
「答えは否じゃ」
回答は間髪入れずに行われた。
それを答えた女は、まるで観念したかのように付け加えた。
「アヤツの言霊は日本以外じゃと力が弱まる。やつの全能はこの国限定じゃ」
「そう――か」
首がしまる。身体が締め付けられる。皮膚が切れ、血がにじむ。すでに頭には血が足りない。酸素が上手く供給されない。気が遠くなる。体力以前に人間の身体的な問題で死にかける。
それでも――一手だけ、こちらが勝った。
「回答」
肺にありったけの空気を取り込んで、シオンは一息に言い切った。
「天知ノリトは現人神。言霊の幸わう国とは日本のことであり、転じて天知ノリトのこと。『言霊』とは『祝詞』、すなわち『祝詞』。天知ノリトが口にする言葉こそが『言霊』である。そうだろう? 事代主神!」
瞬間――空間がはぜた。
お社だった風景は一変し、高層ビルの立ち並ぶ都会の情景へと移り変わる。
シオンの身体を拘束していた蔦葛も、いつの間にか消え失せていた。体中に走るひも状の鬱血の跡と息苦しさだけが、先程までの拘束を証明していた。
急に呼吸が楽になったことでシオンは咳き込んでその場に伏せる。
そんな彼を見下ろしながら、八重コトヨは一言。
「【傷を治してゆけ。人の子よ】」
その【言霊】と共に、シオンの身体の怪我が治っていく。
カニングフォークによって傷ついた右腕すらも、動かないが形だけは元に戻っていた。
「応急処置じゃ。さすがに体力は戻らんし、その右腕は、今は元通りとはいかん」
「……どういうつもりですか」
「言うたじゃろう。納得する答えを出せば、お主の勝ちじゃと」
微かに顔を微笑ませながら、彼女は言う。
「よもや、あのような力技をかけられるとは思わんかったがのう。思った以上に早く回答されて、儂の威厳も形無しじゃ。まあ、儂の名前まで出されたら、認めるしかあるまいて」
「…………」
「行くが良い。儂は敗北じゃ。居ないものとして扱うが良い」
佇むコトヨに対して、シオンは一礼すると、脇目もふらず駆け出した。
その姿を見送りながら、コトヨはそっと、一言。
「それにしても、『代理人』に『売国奴』とは。人間風情が、ずいぶんとえげつないことを云うてくれるものよ」
そうして、八重コトヨは自ら霊子体を消滅させた。




