扶桑の国の龍神
久能シオンは身体を木の根に貫かれながら、鋭い視線で目の前の敵を見据えた。
狩衣姿の女――それは、敵などと呼ぶのもおこがましいほど次元の違う相手である。
「お主の『竜』。姿を見たら、だいたい察しがついてきたぞ」
八重コトヨは興味深いパズルでも解くように、シオンの魔法を解説していく。
「北欧の世界樹の名を使ったのは、元となる因子の力を薄めて扱いやすくするためじゃな? しかし、紐づける上でまったく無関係のものでは意味をなさん。すなわち、世界樹――神樹という要素は変わらぬと見える」
コトヨは語りながら周囲に散らばった木の破片に目を落とす。それは久能シオンが作り出し、今しがた彼女によって砕かれたものだ。
冷徹な視線は、観察によって形而下に在る事象を紐解いていく。
「神聖な木というのは世界中に存在する。しかし、世界そのものが木として扱われる事例となるとそう数はない。その中でも、儂にとって身近なのは『扶桑樹』じゃ」
ミシリ――と、かろうじてシオンを守っていた右腕の樹木が軋みをあげた。
「扶桑の国――もとは中華の伝承じゃが、その対象はこの日本、この土地こそが、扶桑の木であるとする考え方じゃの。つまり、そなたの竜は異国から見た日ノ本の伝承じゃ。さて。日の本の国における竜神伝承と言えば限られてくるのう。そなたの竜は樹木を操る。しかし、樹木そのものの竜神伝承は寡聞にして知らぬ。何処かにはあるかもしれぬがのう」
竜の因子が断末魔を上げるように暴れる。それを、コトヨは言霊に寄って封じる。
「――では視点を変えてみようか。竜――『龍』とはそもそも信仰の対象である。では何を信仰している? 樹木が成長するには大地の恵みが必要じゃ。逆説的に、大地の恵みを体現した樹木を龍として崇める――つまり『大地を神格化したもの』じゃろうな。では、その恵みはどこから与えられる? 未開の土地を切り開き、発展途上で天災に抗うためには犠牲は避けられん。それはある種の生贄のように――つまり、人身御供に寄って未開の地を切り開き、大地の恵みを享受する人民たち。それらが犠牲を忘れぬよう、人身御供を対価として豊穣を与える龍神の伝承として語り継いだもの――それがそなたの龍の正体じゃ」
見事なまでに、丸裸にされた。
シオンが身に宿す竜の名前は『扶桑国の龍神』。各地に点在する昔話としての人身御供伝承。その人柱たちの恩讐こそが原典である。神格そのものを扱うだけの力がないため、シオンはその龍神を西洋の悪竜へと解釈を変え、更に世界樹の信仰によって性質を変化させていた。
しかし、こうまで的確に見透かされるとは。
「は、ぁ――、さすが、自国のことはお見通しといったところですか」
「ほう。その様子じゃと、そろそろ儂の正体にも察しがついているようじゃな。しかし、まだ確信には至っていない。否、信じられないと言った方が正確かの?」
八重コトヨは悠然とした態度で歩み寄ってくる。
その妖艶に微笑む女の姿を懸命に睨みながらシオンは思い返す。
狩衣に烏帽子という姿。出会った時に釣りをしていた姿。大事な決定のほとんどを彼女が代わりに行なった事実。さらには彼女も言霊を使った。そして、葛城の主という名称。極めつけは――八重コトヨという名前。
要素だけつなげていくと正体はほぼ確定しているが、しかし一つだけ解せない点がある。
「……ぁ、ぐ。あなた、は、人間じゃ、ないんですか」
「かか。それは疑問に思うじゃろうな。そう、見た通り儂は『人間』としてここにおる。最も信じられんのも無理はないがの。――ふむ。では、その謎解きを含めてゲームをしようか」
コトヨが腕を一振りすると、シオンの身体を貫いていた木の根が引いていく。
代わりに、二人の周囲に細いつるのようなものが張られていく。蔦葛のツル。それらは、コトヨとシオンの身体を伝っていき、締め付けるようにまとわる。
「そうじゃのう。ウィザードリィ・ゲームに『ワイズマンズレポート』と言う種目があったじゃろう? 主宰が謎掛けをし、参加者が謎解きをする。そういった競技だったかの」
「……それが、どうしたって、言うんです?」
「儂とお主だけで、別のゲームをしようと提案しておるのじゃ」
コトヨは周囲を見渡しながら、状況を楽しむように言う。
「この空間は、現し世から放たれた隠り世での。霊子庭園とも違う。観戦者からも見えん空間よ。無論、仲間の助けも期待するでない」
「つまり、僕一人でアンタを倒せって、ことか……」
「そうじゃ。しかし、力の差ははっきりとわかっておるじゃろう?」
わかりきった事実を突きつけるように、コトヨは言う。
「なにせお主は、儂が『何をしたか』すらも認識できておらん。なにやら『言霊封じ』の策でも使っておるようじゃが、そんなものは効くはずもない。こればかりは、次元が違う話じゃからのう。『何かをした』ことを察しただけでも上等じゃ」
だからこそ、まともに戦っても勝負にならない。
八重コトヨにとって、シオンは羽虫同然である。羽虫では人間には敵わない。
「故にゲームじゃ。ルールは簡単。これから儂が出す問題に対して、儂を納得させる答えを出せればお主の勝ちとしよう。お主は儂に好きに質問をして良い。ただし、質問をひとつする度に、そのツタはお主の身体を締め付けるから、質問は計画的にすることじゃ」
簡単じゃろう? と。軽い調子で言ってくれる。
「……それで。肝心の問題はなんだよ」
もはや、敬語なんて使っていられない。
彼女の正体が本当に想像通りならとんでもない不敬であるが、そんなことを気にする余裕はすでになかった。今は、気持ちを強く持たなければきっと折れてしまう。
そんなシオンの様子が面白いのか、コトヨは可笑しそうに笑う。
「そう焦るでない。くく、存外余裕が無いのう、シオン坊」
軽口を叩きながら、八重コトヨは、その『問題』を口にした。
「【天知ノリトの正体と、言霊とは何か】――ゲーム名はそうじゃのう……」
にやりと、顔を歪めながら彼女は言った。
ワイズマンズレポート。
ゲーム名『言霊の幸わう国』




