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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第二部 言霊の幸わう国
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感情の少女と理性の男


 そのまま飛び出てしまったので、身なりは酷いものだったが、最低限、顔を洗い寝癖を整えて、シオンは目的の部屋に向かった。

 目的の場所は昨夜のうちに聞いていた。広い屋敷の奥まったところにある書斎兼自室が、その男の寝床らしい。


 朝食は七時半と聞いていたので、六時半の今ならば、起きていることだろう。

 シオンは扉をノックする。

 中から反応が帰ってきたので、引き戸を引いて中に入る。


「おはようございます。草上さん」

「ああ。おはよう。シオンくん」


 座椅子に座った草上秀星が、シオンの方を振り返りながら言った。

 和服の部屋着は彼の居住まいにとても良く似合っている。机に向かっている姿を見れば、書生のように見間違えそうなくらいだ。


 彼はシオンに座布団を勧めて向かい合った。

 穏やかで曇りない瞳を向けながら、秀星は尋ねる。


「さて。こんな朝早くにどういった要件かな」

「一つ、尋ねたいことがあります」


 これはおそらく、余計なことなのだろう。

 どの家にも、その家のルールというものがある。虐待のような過剰なものでない限り、それを間違っていると断ずるのはただのエゴでしかない。

 何よりシオン自身、あまり普通の家庭で育ったとは言い難いので、彼にとっての常識が非常識の可能性は高い。それをシオンは重々承知している。

 それでも、確認しておきたい。


「草上さんは、娘さん……ノキアさんのことを、どう思っているのですか?」

「随分と婉曲な表現をするね。それでは質問の意図がわからないよ」

「では、言い方を変えます」


 この時点で、シオンは草上秀星という人物への認識を改める。

 今の彼は、草上家の当主としての態度で接している。だからこそ、クラスメイトの父親ではなく、大人の男性として認識をし直した。


「あなたは、ノキアさんを父親として愛していますか」

「もちろんだよ。シオンくん」


 草上秀星は目を閉じる。

 そこには、一瞬だけ父親としての表情が浮かんだ。


「ノキアは一人娘だ。それを父親として愛さずに居られるかい?」

「……しかし、今回の縁談をノキアさんは嫌がっている」

「では逆に尋ねるけれども、嫌がっているからといって、それを全て認めてやるのは正しいことかい? 言い分を全て認めることが、愛といえるかね?」


 秀星の堂々とした様子は、自身の言に偽りがないからこその態度だ。

 昨日から、それにずっと違和感があった。


「それが最終的に良いことだと信じているから、縁談に賛同している、ということですか?」

「さて。それはわからない。例え第三者がそれを良いと思ったところで、当事者がそこから何かを見出さない限り、結果は悪い方に流れるだろう。良いか悪いかは当人次第だ」


 あっさりと、彼は手のひらを返してみせる。

 これだ。

 この他人事のような態度が、昨日からずっとひっかかっていた。彼はずっと、場の状況に対して能動的でない。自身の主張というのがないかのようだった。

 しかし、視点を変えてみる。

 もし彼が、最初から自分の意見を変えていないとすれば。


「――あなたは理性的なんですね」


 まるで自分の鏡を見ているような気分だった。

 それも、数段性能が上の虚像を映す鏡だ。理性的であろうとするシオンにとって、草上秀星の理性を重んじる価値観は理想的な姿だ。だからこそ、彼が何を考えているのか予測がつく。

 草上秀星はゆるりと答える。


「私には立場がある。今でこそ草上の実権を握っているが、婿養子として入ったばかりの頃は権限など何もなかった。故に、権力の恐ろしさというのは身にしみている」

「だから、どっちつかずの態度を取り続けている、と言うわけですか?」

「君には、私が優柔不断に見えるかい?」

「……いえ。今のは言葉が違いました」


 シオンは素直に失言を認める。やはり、草上秀星は自分の主義に信念を持っている。

 権威など持てず、主張は容易に認められない。

 そんな立場から、彼は一企業をトップ企業にまで成長させて、家の実権を握るほどにまでなった。生半可なことでは出来ない所業だ。


 そんな彼の主義は、利益主義だ。

 それは、利のために何もかもを捨てる、というものではない。

 全ての条件から得られるものが多いものを選ぶ。それが即物的なものであれ、感情的なものであれ、彼は常に公平に選ぶ。私情さえも数値的に見て、そこに余計な肩入れをしない。


「あなたは、自分が納得できるなら、例え悪い状況になっても構わないんですね」

「究極的に言えばその通りだよ。けれど、悪い状況を受け入れる時には、その納得には余程の利がないといけない」


 秀星は淡々と、自身の主義を主張する。


「チャンスは平等に与えられるべきだと私は思う。だから、私が認めた決定であっても、ノキアにはそれに抗うチャンスを与えた。そのチャンスをものに出来た時は、私は父親として肩入れしよう。けれど、チャンスをものに出来ないのならば、私は今の立場を崩さない」


 なぜなら、自分の未来は自分でつかむものだから。

 草上秀星の言葉にシオンは黙りこむ。

 おそらく、この親子の関係は歪だ。

 この関係はノキアが幼い頃から続いてきたのだろう。良家の娘としての立場を強いられる度に、ノキアはそれから逃れるための抵抗をしたという。おそらく、秀星はそのチャンスを与えてきたのだろう。そんな親子の勝負がずっと続いたのだ。


 この親子関係をおかしなものだとは思うが、しかしそれを主張したところでどうにかなる問題ではない。ここは草上家だ。ならば、草上家のルールでないと、話し合いにならない。

 草上秀星のことはよくわかった。

 ならば、それを前提として話を進めるべきだ。


「分かりました。朝早くから変なことを言って申し訳ありません。これで本題に入れます」

「ふむ。本題かい」

「朝食まで時間がないので、単刀直入に言います」


 シオンは真正面から草上秀星の顔を見据える。

 その真意がどうであれ、自分がこれからすることの意味を考える。

 この一言によって、おそらく色んなものが変わってしまうだろう。得るものと、失うもの。その責任を取れるかどうかはともかく、義理は通さなければならないだろう。


 これまでは巻き込まれる立場だった。だからこそシオンは明確な一線を引いていた。巻き込まれる分にはいいが、自分から当事者として関わるつもりはないし、またその資格はないと考えていた。


 その一線を、今踏み越える覚悟を決める。

 ふぅ、と。息を吐いて。

 まっすぐに、シオンは言った。



「お嬢さんを僕にください」




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