久能シオンは理由を持たない
部屋に戻ったところで、デバイスにメッセージが入っているのに気づいた。
クラスメイトの葉隠レオからショートメールが届いていた。『今、通話いいか?』という内容を見て、ちらりと時間を確認する。時刻は十一時になろうとしている頃である。こんな時間にどうしたのかと思いながら『構わない』とメッセージを送る。
待ち構えていたかのように、すぐに連絡が来た。
『悪いな、夜遅くに。休んでなかったか?』
「まだ起きてるつもりだったから大丈夫だ。それより、何かあったのか?」
『いや、どうしてるかって思ってさ。草上の家にいるんだろ?』
出発前に、大方のあらましはレオたちにも伝えてあった。恋人ごっこなどという話を聞いて、レオは大笑いし、姫宮ハルノは気遣うようにオロオロとしていた。それに対して、ノキアは真剣に、シオンはむくれて「笑い話じゃない」と返したのだった。
『実家を巻き込んでだろ? 心配になったっていうか……まあ、俺はそこまで心配してないんだけど、姫宮が気にしててよ。ああ。ちょっと待ってくれ。今代わるから』
「代わる? え、何。姫宮、今そこにいるのか?」
夜の十一時にクラスメイトの二人が一緒に過ごしている?
二人で一緒に不埒なことでもしてるのか?
僕達が大変な思いしている時に?
「こんな夜中に乳繰り合って、お前ら付き合ってんの?」
驚きすぎて、内心の思いがポロリと溢れる。
『付き合ってねーよ! っていうか、何だ今の不穏な言葉! 姫宮も聞いてるんだから、変なこと言うんじゃねぇよ!』
「いやだって。この時間に電話代われるって、そういうことかなって」
『ちげーよ、グループ通話につなぐんだっつの。姫宮が電話かけてきたんだよ! っていうかどうしたんだよお前。なんか言葉が辛辣だぞ』
「あー、いやまあ。いろいろあったっていうか」
多少苛ついているのは否定できなかった。
シオンが言いよどんでいると、レオがグループ通話にハルノを入れた。
おずおずとした、聞き慣れた声が聞こえてくる。
『えと、久能くん? こんばんは……その。別に私、葉隠くんと、変なことしてるとか、そんなことじゃ、えと』
「…………」
レオをいじる分には気分が良かったが、ハルノが真に受けてオドオドしているのを聞くと、罪悪感が半端無かった。
「いや、悪い。調子に乗って冗談を言っただけだ。そんな動揺するなよ」
『そ、そうだよね! ヤダな私。びっくりしちゃって』
照れたようなほんわかとした声が聞こえて少し和む。
張り詰めていた気持ちを少し緩めながら、シオンは尋ねる。
「それで、どうしたの。こんな時間に」
『う、うん。あのね。ノキアちゃんにメッセージを送ったんだけれど、ずっと返ってこないから、心配になって。いつもは遅くなっても、ちゃんと返信はしてくれるから』
『心配し過ぎだって言ったんだけどよ。それならシオンに聞いてみるかってなってさ』
「ああ、なるほど」
確かに、今のノキアに、他人とメールが出来るほど余裕があるとは思えない。
どこまで話すべきか迷いながら、シオンはかいつまんで説明する。
「結論から言うと、少し話がこじれてしまったんだ。恋人ごっこは見破られるし、親が決めた許嫁ってのも出てきてしまって、それで、ちょっと一悶着あって」
そこから先は、どんなに説明してもノキアの内面に踏み込みそうだった。
黙り込んだシオンに対して、ハルノがおずおずと、尋ねた。
『ノキアちゃん、今、どうしてるの?』
「いろいろあって、引きこもり中だ。正直、どうなるかわからない」
『……その、許嫁さんって、あまりいい人じゃないんだね?』
遠回しではあったが、ハルノにしては厳しい言葉が飛んできた。
シオンの無言を肯定と受け取ったのか、ハルノは落ち着いた声で言った。
『久能くん。ごめん。できたら、明日までノキアちゃんのこと、お願いしていいかな?』
「別に、お願いされるほどのことが出来るわけじゃないけど……明日?」
『うん。明日、私もそっちに行くから』
いきなり何を言い出すのかと、シオンは驚いた。
それはレオも同じだったようで、びっくりしたような声をあげる。
『姫宮? お前一体何を言って』
『ノキアちゃんのそばに行く。行かないといけないの。お邪魔するのははじめてだけれど、ノキアちゃんの家は知ってるから大丈夫。多分、明日の昼前にはつけると思う』
『いやだから、何をしに行くんだよ』
『なんでもないよ。ただ、私がノキアちゃんのところに行きたいだけ。迷惑かなって思ってたけれど、今の久能くんの話を聞いて決心ついた』
気の弱いハルノにしては、はっきりとした物言いだった。
それに気圧されるレオの声を聞きながら、シオンは探るように尋ねる。
「草上が抱えているのは家の問題だ。他人がどうこう言えるレベルを越えている。姫宮が来たからって、どうにかなる話じゃないぞ」
『うん。わかってる。だから、行くの』
強い意志のこもった声で、ハルノは言う。
『せめて私は、ノキアちゃんの味方だってこと、知らせたいから』
「……それは、僕には任さられないってことか?」
『あ、ごめんね。そ、そういうつもりじゃ、ないの』
シオンの言葉にわたわたとしながら、それでもハルノは真っ直ぐな言葉を返してくる。
『だってこれは私の気持ちだから。誰かに任せて、どうにかなる感情じゃないもの』
おそらく、彼女はちゃんとわかっているのだろう。自分が動いたからといってどうにもならないのは百も承知で、なにか行動をしないと気がすまないのだ。
たとえそれが無駄に終わると分かっていても、自分の意志だけは表明しておく。
言い訳のためではなく、自分の納得のために。
あいさつもそこそこに、ハルノはグループ通話から抜けた。明日、早めに起きて出発するのだという。本気でノキアの実家まで来るらしい。
大人しい女子の大胆な発言に、あっけにとられた男子二人だけが残される。
『……なんつーか。姫宮の意外な一面を見たわ』
「同感。びっくりした」
ハルノとノキアは中学からの付き合いという話は聞いていた。高校からの付き合いであるシオン達には、あずかり知らぬ絆があるのだろう。
ため息を付きながらレオが言う。
『はぁ。仕方ねぇ。俺も行くわ』
「……は? 何言ってんだ、レオまで」
『いやだって。こんな話聞かされて、放って置けるわけねぇだろ。明日、早起きして姫宮と連絡取るよ。そんで一緒にそっち行くから待ってろ』
「……かっこつけてる所悪いけど、結構距離あるから、旅費かかるぞ」
具体的な交通費を言うと、レオは一瞬言葉に詰まった。
『ま。ま、まあ! そうだな。な、なんとかなるさ。うん』
「一気にかっこ悪くなったな」
『仕方ねぇだろ。こちとらお前と違って毎月カツカツなんだよ。それに、無理やり押しかけるんだから、日帰りになるだろうし』
そう文句を言ってはいるが、決定を覆すつもりはないらしい。
心強いと言うわけではないが、友人二人の心遣いに思うところはあった。
それじゃあ、と言って、通話が切られる。
通話を終えた直後は、部屋の静寂を必要以上に感じる気がした。慣れない広い部屋が、今は自分を責め立てているようにすら感じた。
友人たちは何が出来るわけでもないのに、それでもノキアのために駆けつけるという。
では、自分は――?
「シオン」
背後で霊体が実体化するのを感じる。
半透明の姿で、七塚ミラは険しい表情をして俯いている。
「シオンはどう思ってるの? ノキちゃんがあんな目にあって、悔しいって思わないの?」
ミラは拳を強く握りしめて、小刻みに震えていた。
そんな彼女に、シオンは後ろめたさを覚えながら言う。
「悔しいからって、どうしろって言うんだ。これは、他人が口を出す話じゃない。確かに天知の横暴は目に余った。けれど、それ以外は家の問題だ。僕達には口を挟む権利がない」
「そんな建前は聞いてないよ!」
顔を上げたミラの瞳に涙がたまる。悔しさを吐き出すように、彼女は口を開く。
「権利だなんて、そんな話はしてないよ。わたしは、シオンがどう思ってるのかが知りたい。悔しくないの? ノキちゃんのこと可哀想だって思わないの?」
「思ったからってどうなる。そんな感情でどうにかなる問題じゃない」
「感情の問題だよ! 何が出来るかじゃなくて、どうしたいのか、シオンは一度も話してくれない。シオンは最初から諦めてる。それが、……わたしは、嫌だよ」
尻すぼみになりながら、ミラはまた顔を伏せた。そのまま少し震えた後、彼女はさっと霊体化してその場から姿を消した。
後には、広い部屋でシオンが一人だけ残された。
その夜は、眠りにつくのに時間がかかった。
※ ※ ※
久能シオンには理由がない。
思えば、彼はいつも、誰かに理由をもらっていた。
神童と持て囃された時代も、彼を引っ張っていたのはいつも相方の久我アヤネだった。
テクノ学園でウィザードリィ・ゲームに手を出したのも、七塚ミラに誘われたからだ。
シオンが自分に自身が持てないのは、与えられた評価が全て他人から貰ったものだからだ。
彼は努力をしたし、成果を出した。それはシオンの実力であるのは確かだが、しかしその努力と成果は、誰かと共になければ、決して成し得なかったものだ。
きっとシオンは、一人では一歩を踏み出すことすらしなかっただろう。
きっかけを貰えばシオンは全力を尽くせるが、そこに他者からの評価などを求めていない。なぜなら、彼が本当にほしいのは理由であって、結果ではないからだ。
なのに、人々はシオンに期待をかけてくる。
誰かに何かを求められる度に、シオンはずっと、心の中で叫び続ける。
自分は、そんなに大した人間ではないと。
シオンは本当に輝かしい才人を知っている。彼女たちは一人で決めて走れる人間だ。自分でやるべきことを定め、最初の一歩を踏み出せる人たち。シオンはただ、そんな彼女たちの後ろをついていくだけなのだ。
ついていける実力があるだけで、決して、自分だけで何かが成せたわけじゃない。
果たして自分は『彼女』と同じように、人を変えられるほどの器があるのか。そう問われたら、そんなものはないと答えるしか無い。
だから――久能シオンに期待するのは間違いなのだ。
※ ※ ※
嫌な夢を見た。
気候は涼しくなってきているというのに、寝苦しくて仕方がなかった。嫌な汗を覚えながら、浅い眠りを繰り返し、明け方近くになってようやく意識を完全に手放したと思う。
目を覚ましたのは、差し込む朝日が理由ではなかった。
身体に重さを感じた。
朦朧とする意識を覚醒させながら、シオンはかすむ目をゆっくりと開く。
「……ぁ?」
自分の体の上に、何故か草上ノキアの姿が見えた。




