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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第二部 言霊の幸わう国
50/68

久能シオンは理由を持たない


 部屋に戻ったところで、デバイスにメッセージが入っているのに気づいた。

 クラスメイトの葉隠レオからショートメールが届いていた。『今、通話いいか?』という内容を見て、ちらりと時間を確認する。時刻は十一時になろうとしている頃である。こんな時間にどうしたのかと思いながら『構わない』とメッセージを送る。

 待ち構えていたかのように、すぐに連絡が来た。


『悪いな、夜遅くに。休んでなかったか?』

「まだ起きてるつもりだったから大丈夫だ。それより、何かあったのか?」

『いや、どうしてるかって思ってさ。草上の家にいるんだろ?』


 出発前に、大方のあらましはレオたちにも伝えてあった。恋人ごっこなどという話を聞いて、レオは大笑いし、姫宮ハルノは気遣うようにオロオロとしていた。それに対して、ノキアは真剣に、シオンはむくれて「笑い話じゃない」と返したのだった。


『実家を巻き込んでだろ? 心配になったっていうか……まあ、俺はそこまで心配してないんだけど、姫宮が気にしててよ。ああ。ちょっと待ってくれ。今代わるから』

「代わる? え、何。姫宮、今そこにいるのか?」


 夜の十一時にクラスメイトの二人が一緒に過ごしている?

 二人で一緒に不埒なことでもしてるのか?

 僕達が大変な思いしている時に?


「こんな夜中に乳繰り合って、お前ら付き合ってんの?」


 驚きすぎて、内心の思いがポロリと溢れる。

『付き合ってねーよ! っていうか、何だ今の不穏な言葉! 姫宮も聞いてるんだから、変なこと言うんじゃねぇよ!』


「いやだって。この時間に電話代われるって、そういうことかなって」

『ちげーよ、グループ通話につなぐんだっつの。姫宮が電話かけてきたんだよ! っていうかどうしたんだよお前。なんか言葉が辛辣だぞ』

「あー、いやまあ。いろいろあったっていうか」


 多少苛ついているのは否定できなかった。

 シオンが言いよどんでいると、レオがグループ通話にハルノを入れた。

 おずおずとした、聞き慣れた声が聞こえてくる。


『えと、久能くん? こんばんは……その。別に私、葉隠くんと、変なことしてるとか、そんなことじゃ、えと』

「…………」


 レオをいじる分には気分が良かったが、ハルノが真に受けてオドオドしているのを聞くと、罪悪感が半端無かった。

「いや、悪い。調子に乗って冗談を言っただけだ。そんな動揺するなよ」

『そ、そうだよね! ヤダな私。びっくりしちゃって』


 照れたようなほんわかとした声が聞こえて少し和む。

 張り詰めていた気持ちを少し緩めながら、シオンは尋ねる。


「それで、どうしたの。こんな時間に」

『う、うん。あのね。ノキアちゃんにメッセージを送ったんだけれど、ずっと返ってこないから、心配になって。いつもは遅くなっても、ちゃんと返信はしてくれるから』

『心配し過ぎだって言ったんだけどよ。それならシオンに聞いてみるかってなってさ』

「ああ、なるほど」


 確かに、今のノキアに、他人とメールが出来るほど余裕があるとは思えない。

 どこまで話すべきか迷いながら、シオンはかいつまんで説明する。


「結論から言うと、少し話がこじれてしまったんだ。恋人ごっこは見破られるし、親が決めた許嫁ってのも出てきてしまって、それで、ちょっと一悶着あって」


 そこから先は、どんなに説明してもノキアの内面に踏み込みそうだった。

 黙り込んだシオンに対して、ハルノがおずおずと、尋ねた。


『ノキアちゃん、今、どうしてるの?』

「いろいろあって、引きこもり中だ。正直、どうなるかわからない」

『……その、許嫁さんって、あまりいい人じゃないんだね?』


 遠回しではあったが、ハルノにしては厳しい言葉が飛んできた。

 シオンの無言を肯定と受け取ったのか、ハルノは落ち着いた声で言った。


『久能くん。ごめん。できたら、明日までノキアちゃんのこと、お願いしていいかな?』

「別に、お願いされるほどのことが出来るわけじゃないけど……明日?」

『うん。明日、私もそっちに行くから』


 いきなり何を言い出すのかと、シオンは驚いた。

 それはレオも同じだったようで、びっくりしたような声をあげる。


『姫宮? お前一体何を言って』

『ノキアちゃんのそばに行く。行かないといけないの。お邪魔するのははじめてだけれど、ノキアちゃんの家は知ってるから大丈夫。多分、明日の昼前にはつけると思う』

『いやだから、何をしに行くんだよ』

『なんでもないよ。ただ、私がノキアちゃんのところに行きたいだけ。迷惑かなって思ってたけれど、今の久能くんの話を聞いて決心ついた』


 気の弱いハルノにしては、はっきりとした物言いだった。

 それに気圧されるレオの声を聞きながら、シオンは探るように尋ねる。


「草上が抱えているのは家の問題だ。他人がどうこう言えるレベルを越えている。姫宮が来たからって、どうにかなる話じゃないぞ」

『うん。わかってる。だから、行くの』


 強い意志のこもった声で、ハルノは言う。


『せめて私は、ノキアちゃんの味方だってこと、知らせたいから』

「……それは、僕には任さられないってことか?」

『あ、ごめんね。そ、そういうつもりじゃ、ないの』


 シオンの言葉にわたわたとしながら、それでもハルノは真っ直ぐな言葉を返してくる。


『だってこれは私の気持ちだから。誰かに任せて、どうにかなる感情じゃないもの』


 おそらく、彼女はちゃんとわかっているのだろう。自分が動いたからといってどうにもならないのは百も承知で、なにか行動をしないと気がすまないのだ。

 たとえそれが無駄に終わると分かっていても、自分の意志だけは表明しておく。

 言い訳のためではなく、自分の納得のために。


 あいさつもそこそこに、ハルノはグループ通話から抜けた。明日、早めに起きて出発するのだという。本気でノキアの実家まで来るらしい。

 大人しい女子の大胆な発言に、あっけにとられた男子二人だけが残される。


『……なんつーか。姫宮の意外な一面を見たわ』

「同感。びっくりした」


 ハルノとノキアは中学からの付き合いという話は聞いていた。高校からの付き合いであるシオン達には、あずかり知らぬ絆があるのだろう。

 ため息を付きながらレオが言う。


『はぁ。仕方ねぇ。俺も行くわ』

「……は? 何言ってんだ、レオまで」

『いやだって。こんな話聞かされて、放って置けるわけねぇだろ。明日、早起きして姫宮と連絡取るよ。そんで一緒にそっち行くから待ってろ』

「……かっこつけてる所悪いけど、結構距離あるから、旅費かかるぞ」


 具体的な交通費を言うと、レオは一瞬言葉に詰まった。


『ま。ま、まあ! そうだな。な、なんとかなるさ。うん』

「一気にかっこ悪くなったな」

『仕方ねぇだろ。こちとらお前と違って毎月カツカツなんだよ。それに、無理やり押しかけるんだから、日帰りになるだろうし』


 そう文句を言ってはいるが、決定を覆すつもりはないらしい。

 心強いと言うわけではないが、友人二人の心遣いに思うところはあった。

 それじゃあ、と言って、通話が切られる。


 通話を終えた直後は、部屋の静寂を必要以上に感じる気がした。慣れない広い部屋が、今は自分を責め立てているようにすら感じた。

 友人たちは何が出来るわけでもないのに、それでもノキアのために駆けつけるという。

 では、自分は――?


「シオン」


 背後で霊体が実体化するのを感じる。

 半透明の姿で、七塚ミラは険しい表情をして俯いている。


「シオンはどう思ってるの? ノキちゃんがあんな目にあって、悔しいって思わないの?」


 ミラは拳を強く握りしめて、小刻みに震えていた。

 そんな彼女に、シオンは後ろめたさを覚えながら言う。


「悔しいからって、どうしろって言うんだ。これは、他人が口を出す話じゃない。確かに天知の横暴は目に余った。けれど、それ以外は家の問題だ。僕達には口を挟む権利がない」

「そんな建前は聞いてないよ!」


 顔を上げたミラの瞳に涙がたまる。悔しさを吐き出すように、彼女は口を開く。


「権利だなんて、そんな話はしてないよ。わたしは、シオンがどう思ってるのかが知りたい。悔しくないの? ノキちゃんのこと可哀想だって思わないの?」

「思ったからってどうなる。そんな感情でどうにかなる問題じゃない」

「感情の問題だよ! 何が出来るかじゃなくて、どうしたいのか、シオンは一度も話してくれない。シオンは最初から諦めてる。それが、……わたしは、嫌だよ」


 尻すぼみになりながら、ミラはまた顔を伏せた。そのまま少し震えた後、彼女はさっと霊体化してその場から姿を消した。

 後には、広い部屋でシオンが一人だけ残された。

 その夜は、眠りにつくのに時間がかかった。


 ※ ※ ※


 久能シオンには理由がない。

 思えば、彼はいつも、誰かに理由をもらっていた。


 神童と持て囃された時代も、彼を引っ張っていたのはいつも相方の久我アヤネだった。

 テクノ学園でウィザードリィ・ゲームに手を出したのも、七塚ミラに誘われたからだ。


 シオンが自分に自身が持てないのは、与えられた評価が全て他人から貰ったものだからだ。

 彼は努力をしたし、成果を出した。それはシオンの実力であるのは確かだが、しかしその努力と成果は、誰かと共になければ、決して成し得なかったものだ。


 きっとシオンは、一人では一歩を踏み出すことすらしなかっただろう。

 きっかけを貰えばシオンは全力を尽くせるが、そこに他者からの評価などを求めていない。なぜなら、彼が本当にほしいのは理由であって、結果ではないからだ。


 なのに、人々はシオンに期待をかけてくる。

 誰かに何かを求められる度に、シオンはずっと、心の中で叫び続ける。

 自分は、そんなに大した人間ではないと。


 シオンは本当に輝かしい才人を知っている。彼女たちは一人で決めて走れる人間だ。自分でやるべきことを定め、最初の一歩を踏み出せる人たち。シオンはただ、そんな彼女たちの後ろをついていくだけなのだ。


 ついていける実力があるだけで、決して、自分だけで何かが成せたわけじゃない。

 果たして自分は『彼女』と同じように、人を変えられるほどの器があるのか。そう問われたら、そんなものはないと答えるしか無い。

 だから――久能シオンに期待するのは間違いなのだ。


 ※ ※ ※


 嫌な夢を見た。

 気候は涼しくなってきているというのに、寝苦しくて仕方がなかった。嫌な汗を覚えながら、浅い眠りを繰り返し、明け方近くになってようやく意識を完全に手放したと思う。

 目を覚ましたのは、差し込む朝日が理由ではなかった。


 身体に重さを感じた。

 朦朧とする意識を覚醒させながら、シオンはかすむ目をゆっくりと開く。


「……ぁ?」


 自分の体の上に、何故か草上ノキアの姿が見えた。




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