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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第一部 まだ青き出藍の鏡
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七塚ミラ成長中


 七塚ミラは、トレーニング室にいた。


 彼女は葉隠レオに協力を求め、草上ノキアとデイム・トゥルクの二人と共に、自主的な練習を行っていたのだった。

 シオンに隠れて何をやっているかと思えば、彼女は一人で、そんなことをやっていたのだ。


「……というか、僕だけ仲間はずれかよ」

「いや、本当にそういうつもりじゃないんだぜ。ただ、ミラちゃんが、シオンには内緒にしてくれっていうからさ」


 霊子庭園の外で、グロッキー状態で休憩をしていたレオが、言い訳がましく言う。どうやらつい先程まで、庭園内でトレーニングに付き合っていたらしい。

 見ると、彼の体内魔力はほとんど底をつきかけていた。


「しっかし、ほんとお前、すごいな」

「何のことだよ」

「いろんなことに、だよ」


 しみじみと、噛みしめるようにレオは言う。


「ミラちゃんのトレーニングにあたって、一時的に魔力供給してやったんだけどさ。なんだよあのミラちゃんの術式の完成度。使用魔力の配分は完璧だし、まったく無駄がねぇ。おかげで、底を考えず俺のほうが張り切っちまった」


 くく、と。レオはくぐもった笑い声をあげる。

 それに、シオンは目を伏せながら言う。


「今の僕は魔力総量が少ないし、出力量も限られているから、無駄を省く必要があるだけだ。ミラだって、本当ならもっとやれるんだ」


 七塚ミラの持つ『鏡』の因子は、幅広い可能性を持っている。

 本来ならば、あと幾つかの因子が覚醒して、方向性を定めるべきなのだ。今の彼女は、『鏡』という力がただ漠然と吹き溜まっているだけで、それを形にする能力を持っていない。おそらく成長すれば、かつて『カール・セプトの鏡回廊』と呼ばれた頃以上の力を得るはずだ。


 今だって配分さえ考えなかったら、近い規模の神秘を起こせるはずだ。それこそ織部イチルの試験の時のように、一時的にしろ霊子災害並みの能力を発揮出来るポテンシャルはある。

 それが出来ないのは、ミラ自身の経験不足もあるだろうが、何よりも主人であるシオンの力量不足が原因だ。

 前途ある彼女のそばに、はたして自分のような落伍者が居ていいのだろうか。


 シオンは静かに霊子庭園内に視線を落とす。

 中では、ミラがトゥルクと模擬戦を繰り広げている。


 徒手空拳での相手に対する攻防の練習なのだろう。敏捷を上げたトゥルクの攻撃を、ミラは鏡を使って躱しながら、隙を探っている。

 その懸命な姿が、あまりにも眩しい。

 まるで在りし日の姿を見ているようで、目を開いていられなくなるくらい、眩しいのだ。


「ミラ」


 気づけば、シオンは自ら霊子庭園の中に入っていた。

 霊子で構成された肉体が空間に顕現する。本体と寸分変わらない分身。肉体のあり方も、魂のあり方も、かつての自分ではなく、現在の不完全な自分である。

 この不自由な自分を受け入れるのに、随分時間がかかった。

 シオンの姿を見て、ミラが驚いたように慌てふためく。


「え、なんで? なんでシオンが、えっ!?」


 見るからに動揺している相棒を見て、シオンは思わず笑ってしまう。


「僕に隠れて何やってんだよ、お前。バディほったらかしなんて、ひどいだろ」

「そ、そんなつもりじゃないもん! それに、放ったらかしって言うなら、シオンこそ、わたしのこと放ったらかしで病院に行ったじゃん」

「病院通いは仕方ないだろ。僕の身体はほとんどポンコツなんだから」


 小さく息を吐く。

 大丈夫だ。気まずさはない。

 頭の中でリフレインするミラの泣き顔を思い返す。

 そして少女に向けて、頭を下げた。


「悪かった」

「っ! し、シオン?」


 ミラはビクリと身体を震えさせた後、怯えたように恐る恐るこちらを見る。

 シオンは頭を下げたまま、本心を告げる。


「僕は、お前を一番にするって約束した。それなのに、『仕方ない』なんて言葉で、あの敗北を片付けてしまった。あまりにも、お前に対して不誠実だった。だから、ごめん」

「そ、そんな! 頭上げてよシオン」


 いきなりの行動に、びっくりしたのかミラは後じさりながら首を振る。

 困ったような表情は、次第に歪んでいく。


「そんな風にされても、わたし、わたし……」


 言葉にならない声に、涙が交じる。

 頬を紅潮させ、目尻に涙が浮かぶ。ミラはそれを隠すように慌てて顔を伏せる。

 そのまま表情を見せないままで、彼女は言う。


「わたしの方こそ、ごめんなさい」

「え?」


 まさか逆に謝られるとは思っていなかったシオンは、驚いて顔を上げる。

 ミラの足元には、こらえきれなかった雫が落ちて、点々と印をつけていく。幼い少女は、後悔と負い目からくる感情を、抑えきれずに居た。


「わたしなんて、シオンに頼ってばっかで、何もできていなかった。全部シオンにやってもらってたのに、偉そうに、『悔しくないの?』なんて、聞いて……。恥知らずだよ、わたし。力が及ばなかったのは、わたしなのに」

「ミラ……」

「シオンは、わたしを強くしてくれた。だから、今度はわたしが頑張る番」


 彼女は乱暴に目元を拭うと、顔を上げた。

 ミラは強い意志のこもった瞳でシオンを見ると、右腕を真横に振るう。それに従うように、彼女の周囲に鏡が顕現する。


 七枚の鏡。

 その鏡は、お互いを映し合う。


 合わせ鏡の原理で、鏡の中に鏡が生まれ、無限に続く階段の様に延々と続いていく。光すらも辿りつけないであろう無限の回廊。そして、それが外界へとあふれだす。

 鏡が、増殖した。

 二枚は四枚に。四枚は八枚に。八枚は十六枚に――


 七塚ミラの周囲に、無数の鏡が顕現する。それら一枚一枚の霊的な神秘性はそれほど高くない。起点となる七枚に比べると、強度も魔力も低いが、何よりも数が多い。

 七面鏡を起点として行う術式に対して、媒介として扱える手段が格段に増えている。


 ――素直に、感嘆の息を漏らした。

 これは、彼女が自分で作った力だ。


「まったく、大変だったんだよ。ここまで作り上げるのに」


 そばで二人の様子を見ていたノキアが、疲れたように肩をすくめてみせる。


「トゥルクはともかく、私まで協力してやったんだから、ありがたく思いなよ」

「うん、ノキちゃんにも、すごく感謝してる」


 ノキアに対して、ミラは素直に頭を下げる。

 そして、シオンに向き直る。


「わたしは頭が悪いから、シオンみたいにすごいことは出来ない。けど、何も出来ないのだけは嫌だ。だから、なんでもいいからシオンの役に立ちたい。これが役に立つかわからないけど、わたしも頑張りたい。だからお願い、シオン」


 ミラはまっすぐにシオンを見ている。

 その目は、逃げることを許さない純真な目だ。

 あまりにも眩しすぎる若くひたむきな感情に、シオンは惹かれたのだ。


「わたしを使って。そして、魔法競技でわたしを一番にしてください」

「……あぁ」


 自然と笑みが溢れる。

 まったく、こんなにも生きがいを貰ってしまったら、諦めるに諦められないではないか。


「任せろ。お前を最強のファントムにしてやる」


 シオンは手をのばす。

 ミラの表情が明るくなる。感極まったように、また目尻には涙が浮かび、ポロポロとこぼれ始める。次から次にあふれるそれを乱暴に拭いながら、ミラはシオンの手を取った。


 ここに、契約は再び結ばれた。



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