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ザクロの思い出

2018.11.28活動報告より、微修正再録


前半:マーガレット、後半:ウォルター視点


 道端に、ザクロが落ちていた。

 屋敷から村へと降りる道すがら、パカリと割れて赤い実がこぼれているザクロを拾う。周囲をぐるりと見回し、雑木林の茂る樹々の上方に目を凝らすと高い枝先をたわませる紅い実が目に入った。

 随分前に「どこかにあるはず」とアデレイド様から聞いて、見当たらないなあ、と不思議に思っていたのだけれど。そっか、こんなところに。

 裏の畑や森でもない。頻繁に歩いていなければ、それと、この実が転がっていなければ気付けなかっただろう。


 そうと分かれば善は急げだ。

 拾ったザクロをもう一度道の端に置いたら今来た道を引き返し、キッチンに直行する。バディを連れて屋敷に舞い戻った私を見て、アデレイド様達が驚いた顔をした。


「あら、なにか忘れ物?」

「まさか『実は診療所の手伝いの日じゃなかったのを思い出した』とか――って、おい?」

「マーガレットさん?」


 可愛らしく首をかしげるアデレイド様と、きょとりと目を丸くするレイチェル様やマリールイズさんの間をすり抜け棚の中からカゴを一つ取り出して、ウォルター様の腕を掴むと笑顔で手を振ってまた外へ。

 なにやらウォルター様が説明しろとか言っているけれど、大丈夫、すぐ終わるから。今は特に何もしていなかったでしょう、今日は久しぶりにのんびりするって言ってたもの。

 歩きながらの筆談は時間がかかるのを知っているからか、軽いため息ひとつで諦めてくれた。パタパタと機嫌よく尾を振るバディと一緒の気持ちだよ、付き合ってくれてありがとね。


 数分ほど歩いてさっきの場所へと着く。空のカゴを手に、期待したにっこり顔で上を指差す私の言いたいことは、すぐに分かってくれた。


「あの実を採れ、ということか」


 棒も届かなそうな高いところに生っているし、蔦も凄いから気軽に入って行けるような場所でもない。自力では無理なんだ。ほら、ウォルター様なら魔力でどうにかできるでしょう?

 自分は細かい制御は得意じゃない、なんて言うけれど、前にヒューさんと屋敷中の掃除を手伝ってくれたくらいだもの。上手なのは知ってるわ。

 何をどうしたのか私が分かる前に、魔力で起こされた風に乗ってポトンポトンとカゴの中に紅い実が枝付きで落ちてきた。

 おお、あっという間にいっぱいだ。うん、もう十分、ありがとう。


「……普通は、こんなに近くで魔力を使われることには抵抗を感じるものだが」


 そんなの前回も今も全然平気だし。さすが魔力ナシの私、役立たないけど役に立つ! 言っても仕方ないと思ったのか苦笑いのウォルター様の手に、ザクロのカゴをはい、と渡す。


「ん? 持って帰れと。ああ、棘か。分かった」


 枝にある棘に注意してね、とそれだけ伝えて私はバディと診療所へ、ウォルター様は屋敷へと。

 ――ザクロを見てアデレイド様はどんな顔をするかな。

 そんなことを考えながら、村への道を今度こそ足取り軽く進んだ。



 * * *



「あら、まあ……懐かしいわね。ウォルター、覚えている?」


 マーガレットに言われて採った紅い実は、母を殊の外喜ばせたようだ。弾む声に何のことかと疑問を浮かべると、小さかったものね、と笑う。


「王都ではあまり見かけないでしょう、ザクロよ。どこにあったの?」

「道沿いの藪の奥に、マーガレットが見つけて」

「そっちだったの? 気付かなかったわね……もう、どのくらい前になるかしら。珍しくここに泊まった時に、どこで見つけたのか貴方が持ってきてね。この中の実の部分は食べられると教えたら、止める前にパクッて」


 ――思い出した。思い出してつい歪んだ顔を、それは楽しそうに眺められた。


「かなり酸っぱかったのよね。まだ熟していなかったもの」

「……あれは強烈でした」

「吐き出していいのよ、って言っても、涙いっぱいためて我慢してたわ」


 子どもの時分、ミーセリーに来たのはほんの一、二回。記憶もおぼろげな頃のこととはいえ、自分が主役の思い出語りに身の置き所がなく感じてしまう。目の前で嬉しそうに話す母を止められはしないが。


「これはもう食べごろだからきっと甘いわよ。でも、そうね。種が邪魔だし絞ってジュースにでもしましょうか」

「あ、わたくしにもお手伝いさせてください!」

「そういえば棘があると」

「だ、だ、大丈夫ですっ、気を付けますわ」


 にわかに活気付いたキッチンで、母達から少し離れてダニエル先生の隣で椅子を引く。新聞越しに寄越す先生の満足そうな表情に軽く頷いた。

 マーガレットに連れ出された時は何事かと思ったが、きっとこの話を知っていたのだろう。だが、まあ、彼女のことだ。話題のきっかけというよりは、単純に懐かしい果実で母を喜ばせたかっただけのような気もする。


 深く腰掛けた年代物の椅子の背が、軽く音を立てて軋む。

 今更のように思い出してみると、多分、あの頃も同じ椅子だった。少し高さのあるこの椅子に一人で登ろうとして、母を慌てさせたはず。不思議なことに、忘れていたはずのあれこれが浮かんでくる。

 ……田舎の屋敷で過ごすこんな時間も、たまには悪くない。

 窓の外には王都より高い空が広がっていた。




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