第三十三話『告白』
透はハコに連れられ、神社の裏手から綻ノ山に入り、登山道を通って見晴らし台へとやって来ていた。急いで駆け上がったため、ふたりとも息が上がっている。
「どうしたんだよ?急に『着いて来て』って……」
「……ごめん、ちょっと話がしたくて。とりあえず座ろ」
ふたりはひとつしかないベンチに腰掛けた。そこからは、凪ノ町が一望でき、町の明かりが綺麗に広がっていた。
「それにしても、よくここ知ってたな。日和も正司も知らない、『俺だけ』のお気に入りの場所なのに」
「……ははっ。偶然だね」
ハコはこれで確信した。透にはもう、『あの夏の思い出』は残っていない。本来の記憶に戻ったのだ。
「……透だけに、聞いてほしいことがあってさ」
「俺だけ?……聞いてほしいって、なにを?」
「……それは、えっと」
ハコはそこで口をつぐんだ。
──ここにきて、ハコはまた気持ちが揺れ始めていた。
ちゃんと自分の口から伝えなくては。
でも、やっぱり怖い。
透から『あの夏の思い出』がなくなった今、自分とのつながりも切れてしまうのではないか?そう考えると胸の奥がきゅっと締め付けられるようだった──。
ハコは目を閉じた。
するとどこからか声がした。
《大丈夫──》
「大丈夫」
ハコは自分に言い聞かせるように、小さくつぶやいた。
そして、目を開いたハコは勢いよく立ち上がり、大きく息を吸い込むと、肺いっぱいの空気を声とともに一気に吐き出した。
「聞いてほしいのは、私の『心の声』ーーっ!」
ハコの声は夜空に放たれ、町の空がそれを優しく受け止めた。
大きな声で叫んだことで気持ちが吹っ切れ、ハコの心は軽くなっていた。
透は思わず目を丸くした。
「だったら、正司や日和にも……」
「うん。ふたりにも話すよ。でも、まずは透に聞いてほしい。」
透はハコの瞳を見た。その瞳の奥の星は、確かな光を放っていた。
「わかった」
「ありがとう。じゃあ話すね」
そして、ハコの『心の声』の告白が始まった。
「──私は自分の能力をずっと恨んできた。人に迷惑ばかりかける、この能力を」
「お父さんは昔、『この力を持ったのには、きっと意味がある』って言ってくれた」
「だけど、信じられなかった。だって、いつも嫌な目に遭うから。……だから、能力を閉じ込めた」
ハコは遠い目をして夜空を見上げた。無数の星がふたりを見守っている。
「でも、高校生になって、透たちと出会って、私、思ったの。『本当に能力のせいだったの?』って」
「そして、あのとき──」
「透に抱きしめられたとき、すべてがわかった気がしたの」
「閉じ込めていたのは能力じゃない。──『私自身の心』だった」
「私は仲間のおかげで、たくさんの勇気をもらえた」
「透のおかげで、ずっと『箱の中に閉じ込めていた私の心』が、ようやく解放された」
「本当の自分として生きられる。それがこんなにうれしいことだなんて知らなかった」
「だから、私は自分の世界で『私を生きたい』、帰らなくちゃって思った。そうしたら、元の世界に帰ってた」
柔らかな風が、ふたりを優しく包み込んだ。
そばの草がさわさわと音を立てる。
ハコは一度足元に目を落とした。
「──そして、もう並行世界に行くことはできなくなってた」
まだ誰にも話していなかった事実。ハコ自身、それがわかったのは今朝のことだ。おそらくは、昨日の一件ですべての力を使い果たしたのだろう。
しかし、今のハコにとって、もうそれは問題ではなかった。
「でもね──」
ハコは再び顔を夜空へと向けた。その顔には笑みが浮かんでいる。
「私、思うんだ!本当は能力なんかなくたって、いつも他の世界とつながってるんじゃないかって。能力をなくした今でも、目を閉じるとね、たまに見えるの。瞼の内側に、どこまでも広がる宇宙が」
ハコはゆっくりと立ち上がって、空へ両手を広げた。
「きっと!ぜーんぶ、つながってる!!」
「そう思うだけで、寂しさなんてどこかへ吹き飛んでいっちゃう」
そして、透のほうへ体ごと向け、澄んだ笑顔で言った。
「ありがとう。最後まで黙って聞いてくれて」
──ハコの告白が終わった。
ここまで本当の想いを声にすることが、どれだけ勇気のいることか、透には痛いほど分かった。
だからこそ、透はなにも言わずに、ハコの『心の声』をそっと、受け止めた。
『ただ共鳴できる』だけでいい。──透はそう感じた。
ふたりはそのあともしばらく、言葉を交わさずに夜空を眺めていた。
そしてハコが「帰ろっか」と言って、ふたりで麓の神社まで降りて行った。
ふたりが去ったあとも、見晴らし台にはまだ柔らかい風が吹いていた──。
──五年後──
──少女には、お決まりの朝のルーティンがあった。
部屋の鏡に向かい、自分の顔を隅々までチェックする。特に、前髪のかかり具合とツインテールのハネ具合のチェックは念入りに。
「よしっ!今朝もバッチリ!」
少女は鏡に向かってキメ顔でそう言った。
「お姉ちゃんみたいな、カッコいい『ギャル』になるには、これくらいしなきゃねー!」
これが彼女のルーティン。ここまでしないと気が済まなかった。
少女の部屋の机には、短くなった鉛筆と練り消し、クロッキー帳が置かれている。机のそばの本棚には、本ではなく、古くなったクロッキー帳がずらりと並ぶ。
「あ……やっぱ、ツインテのハネ具合がイマイチかも」
少女はツインテールの片方を手で包むようにつかんで、位置を調整する。
そのとき、玄関から少年の声が響いた。
「おい詩!いつまでやってんだ!」
「ちょっと待ってー、もうできるからー!」
そう言ったツインテールの少女、詩は何度も鏡を見ながら調整する。
「俺、もう行くぞ!『また』遅刻しても知らねーから!」
玄関で詩を待つギザギザ髪の制服の少年、陽真は苛立っていた。
すると、詩の叫び声が陽真の耳に届いた。
「ちょっと!私、遅刻したことないんですけど!いつも『時間ぴったり』なんだから!」
「ぴったりで偉そうに言うなよな……ったく」
陽真は小声でぼやいた。
「よし!今度こそ完璧!」
詩は急いでランドセルを背負い、部屋を出ようとした。
「あ、そうそう!ちゃんと最後に気合い、入れとかなきゃ!」
詩には最後にもうひとつだけ、大事なルーティンがある。
それは部屋の壁にかけられた『一枚の絵』をしっかり見て、気合を入れることだった。
詩は壁の絵をしっかり見つめ、鼻から息を吸い込んで、口から大きく吐いた。
「やっぱ、『お姉ちゃんの絵』は最高!」
そう言って詩は、玄関で待つ陽真のところへ駆けて行った。
壁にかけられた絵の下には作品プレートと、その横には赤色の受賞札が丁寧に貼られていた。
──『柚木 日和』/特別審査員賞
〜終〜




