第十二話『自警団』
八月に入った。
透と正司の通う凪ノ高等学校は、成績が振るわなかった者に向け、七月下旬から補習授業が開始されていた。今日も教室では数人の男子生徒が、真夏の教室で面倒くさそうに自習をしていた。担当教師が席を外して十数分、早くも生徒たちの集中力は途切れていた。
シャツをズボンから出したラフな格好の生徒が、前の席の生徒の肩を叩いて言った。
「なぁなぁ、知ってるか?この町で流行ってるって噂の『あの病気みたいなやつ』」
肩を叩かれた生徒も、数分前からすでにやる気は途絶えていたので、後ろを振り返って会話に乗った。
「あぁ。物忘れとかしちゃうってやつだろ?でも、それくらい誰でもするけどな」
「いや、なんか最近は学生なのに認知症みたいな症状が出て、パニックになる人もいるらしいぜ?夏休みの部活中にパニクって暴れた生徒もいるってさ」
「そりゃ、夏休みにまで部活出なくちゃならないってなったら、俺でも暴れるぜ」
前の席の学生は肩をすくめた。
「でも最近は、その症状が出た人を助けてくれる人たちがいるらしいぞ……ほらコレ」
ラフな格好の生徒は、スマホの画面を見せた。画面に映るSNSのアカウントには、戦隊ヒーロー姿の四人が町の人を介助する写真が投稿されていた。
「なんだコレ?なんかのイベント?」
「いや、本当に症状を治したりトラブルを解決して、町の人を助けて回ってるんだって!こういうのなんて言うんだ?…自警団?フォロワーも結構いるんだぜ!すごくね?」
前の席の生徒は立ち上がり、そのスマホ画面ギリギリまで顔を近づけて言った。
「なんだ?この変なアカウント名…ナギノ──」
「──『ナギノセーバー』!?なにそれ、聞いてないんですけど!」
いつものバーガー店。昼前の静かな店内に、日和の声が響き渡った。
店員がまたか、という顔で眉をひそめてカウンター越しに様子をうかがっている。
「誰よ、そんなダサい名前考えたの?もっと他にあったでしょ?」
日和は座席の背もたれに身を任せ、両手で顔を覆っている。
透は自分のスマホを見ながら言った。
「仕方ないだろ?チーム名募集して投票されたの、この一案しかなかったんだし。もうフォロワーも結構ついたから、今さら変えられないよ」
「わかった!投票したの理人さんでしょ?コスチューム用意してくれたのもあの人だもん。……あーあ。この日、バイト入れずに打ち合わせ参加すべきだったー」
そう言って日和はテーブルに突っ伏した。
「『コスチューム』ではない。『ヒーロースーツ』だ!」
正司はそう指摘して、早口でこう続けた。
「『ナギノセーバー』。いい響きじゃないか!『凪ノ町』と『ライフセーバー』を掛け合わせた造語で、この町の住人を危機から素早く守るという意味が込められているわけだしな。俺たちの活動にぴったりだ!」
(こいつかー!)
犯人を見つけた日和は、正司を睨んだ。しかし、これ以上文句言ってもどうにもならないと察し、拳をぐっと握って堪えた。
ふたりのやりとりを見ていたハコは、慌てて場の空気を変えようとした。
「そ…それにしても、私たちで自警団を作ってSNSに活動記録を投稿するって透のアイデア、すごいよね!?」
正司はハコの話に共感した。
「あぁ、さすがだ!このアカウントで呼びかければ、例の副作用が出た人の情報がコメントで寄せられてくる!この時代、SNSが最もスピーディな情報網だからな!」
「あのさ……その副作用って言い方、こっちに変えない?」
ハコはスマホの画面を正司に見せた。そこには、アカウントに寄せられたコメントが映っている。
「……『迷い人』?」
「そう。症状が出ると、あたりをふらふら歩き回って、道に迷うような姿が共通しているところから、『迷い人』」
「なるほど!いいじゃないか!俺たちは道に迷った人たちを導く存在ということだな。ふたりはどうだ?」
正司はそう言いって、透と日和に顔を向けると、ふたりも同意して頷いた。
しばらくして、アカウントのコメントに目を通していた透が反応した。
「あ。早速、目撃情報きたぞ」
そして、詳細を三人に伝える。
「朝凪公園にて。数分前から女子高生ふたりが揉めている。ひとりが突然、公園内をふらつきだしたことから始まったため、例の迷い人の可能性高い……か」
「朝凪公園だったら、ここからも近いね!」と日和。
「行ってみよう!」とハコ。
「ナギノセーバー出動だっ!」
正司が号令をかけ、四人は急いで店を出た。
朝凪公園は、凪ノ高等学校から徒歩十五分ほどの閑静な住宅街にある小さな公園だ。
いつもは静かなこの公園で、ふたりの女子高生が言い合いをしている。今にもつかみ合いになりそうな勢いだ。
「ちょっと!サユリ、さっきからなに言ってんの!?」
「だから!ミキが私の財布盗ったんでしょ!?返せって言ってんの!」
ミキと呼ばれた長髪の女子高生は、通学カバンを守るように両手で抱えている。そして、サユリと呼ばれた短髪の女子高生は、ミキに向かって手を突き出している。
「財布は家に忘れたって、さっき自分で言ってたじゃん!ボケてんの?」
ミキはそう言って、カバンを更に強く抱え込んだ。
「はぁ?人のモノ盗っておいてよくそんなこと言えるね!いいからっ!返せ!」
サユリはミキの通学カバンの底の生地をつかみ、左右に激しく振った。カバンに付いたクマのぬいぐるみキーホルダーが大きく揺れる。
女子高生たちから少し離れたところで、ふたりの見物人が様子をうかがっていた。
「なんだあれ?喧嘩?」
「急に始まったんだよ。ついさっきまで仲良くベンチでおしゃべりしてたのに」
「例の迷い人かな?ちょっとやばそうじゃね……警察呼ぶか?」
「警察ってこういうので呼んでいいんだっけ?一応、ナギノセーバーのアカウントにコメントはしといたけど」
「あぁ、例の自警団だろ?本当に来るのか?」
女子高生ふたりの争いは激しさを増した。サユリはミキからカバンを奪えないとわかると、ミキの髪をつかみ、引っ張り始めた。
「痛いっ!サユリ、やめてっ!!」
ミキの悲痛な叫びが公園に響き渡る。
「──そこまでだっ!!」
突然、どこからか男性の大きな声が響き、サユリとミキは動きを止めて声のほうへ顔を向けた。
するとそこには、赤色のヒーロースーツに身を包んだ人物が、両手を腰にあてた状態で仁王立ちしていた。そのスーツは、グローブからブーツまで全身を赤で統一したシンプルなデザインだ。両方の腕と膝下には、薄いグレーのプロテクターが巻かれ、胸元には白のラインで『NS』というロゴがあしらわれている。顔には両目の部分をくり抜いた黒のアイマスクと、左耳には小型のインカムが装着されている。どこか昔ながらのヒーローらしさを残しつつ、現代的なシャープさも備えている。
「この争い、ナギノセーバーが引き受けた!」
そう言いながら、彼は右手を右前方、斜め上に突き上げた。肩から指先までまっすぐ伸びている。声からするに、この人物は正司のようだ。そして言い慣れている感じから、どうやらこの文言は登場時の決まり文句のようだ。
「は?なに?コスプレ……?」ミキが呆然として言った。
「意味わかんないんですけど……」サユリも呆気に取られている。
「うおっ!ナギノセーバー!マジで来た!」見物人が興奮してそう言った。
「あの…どっちが迷い人ですか?」
見物人の後ろからもうひとり、ヒーロースーツを着た人物が現れて聞いた。彼のスーツも正司と同じデザインだが、基調となっている全身の色は緑だ。その声は透のようだ。
「おお!グリーンも来た!あっちの髪の長いほうっす!突然ふらつきだして、それからもう一人に突っかかったんです!」
見物人は興奮気味にそう説明した。
「わかりました。──レッド、髪の長いほうが迷い人だ」
透はインカムに手をやり、正司へ通信を送った。
「了解だ!グリーン!」
透の声を受信した正司は、ゆっくりとサユリのほうへ歩み寄る。
「ちょっ…なによ!?来ないでよ!」
サユリはつかんでいたミキの髪から手を離し、正司に体を向けた。両手を正面に突き出して、これ以上近づかれないように身構えている。
正司はサユリの目の前まで歩くと、急に足を止めた。
「……?」
サユリは相手がなにもしてこないことに違和感を感じ、突き出した手を少しだけ下ろした。
すると突然、正司は大声で女子高生の後ろを指さした。
「あ!!『君メロ』の佐藤 蓮がいる!!」
サユリはきょとんとした顔をして、その場で固まった。
「ちょっ…ちょっとびっくりさせないでよ!そんな子ども騙しに引っかかるわけないじゃん!」
ところが、そのとき──
「きゃー!蓮く〜ん!写真撮ってー!」
若い女性の歓喜の声が、正司の指さす方角から聞こえてきた。
「え?マジ!?」
サユリは声に反応して振り返った。
しかし、そこに佐藤 蓮の姿はなく、代わりにピンク色のヒーロースーツ姿の人物が立っていた。こちらも正司たちと基本は同じデザインだが腰周りはスカートになっており、女性用の仕様になっていた。
レッド・グリーンに続き登場したピンクは、両手を合わせて言った。
「嘘でーす!ごめんねっ!」
この声は日和のようだ。
「はぁ?」
サユリは、ぽかんと口を開けた。その瞬間、背後から正司に羽交締めにされる。
「な、なにすんのよ!」
サユリは抵抗するが、正司の拘束からは逃げられない。
「申し訳ない!すぐ終わるから辛抱してくれ……!」
正司はサユリに誠意を込めてそう言い、透へ大きな声で伝えた。
「グリーン!こっちはいいぞ!」
それを受け、透はインカムで通信を送る。
「イエロー、今だ!」
すると、正司たちのすぐ近くの木の後ろから、今度は黄色いヒーロースーツ姿の人物がばっと飛び出した。銀色の髪から、ハコだとわかる。ハコは正司たちへ駆け寄り、サユリの前に立った。
「ごめん、ちょっとだけピリッとするけど……」
手袋を外し、サユリの腕にそっと触れる。
「痛っ……!」
サユリは一瞬顔を歪める。そして、体から力が抜けたようにうなだれ、正司に身を委ねた。
そして正司がベンチにサユリを運び、横に寝かせると、ミキもベンチまで駆け寄った。
「大丈夫。暴れ疲れて眠っているだけだよ。もう記憶は戻ってるはずだから」
ハコは心配するミキに、後ろから優しく声をかけた。
見物人も近寄ってきて、盛り上がっている。
「すげー!!」
「連携プレー見事っす!」
正司はまた右手を斜め上に突き出し、締めの決め台詞を言い放った。
「これにて一件落着!!はっはっは!!」
四人はその日の昼過ぎ、いつものバーガー店に来ていた。店員もさすがに慣れてきたのか、いちいち様子をうかがってくることはしなくなっていた。
「あ、さっきの女子高生たちからコメント来てるよ!」
日和はナギノセーバーの公式アカウントに寄せられたコメントを読み上げた。
「『先ほどは本当にありがとうございました!友達のサユリも目覚めてからは、記憶もすっかり元通りで体調も問題ありません。とっても安心しました!』だって!写真も送ってくれてるよー!」
日和のスマホ画面にはふたりで仲良く自撮りした、ミキとサユリの写真が映っている。
「人助けをした後は気分がいいな!これからもっと助けていかないとな!」
正司は大きな声でそう言い、続けて、三人に確認した。
「ところで、今後も俺がリーダーで問題ないか?」
「あぁ。正司が一番、稼働量が多いしな」透が頷きながら言うと、すかさず日和がからかった。
「まぁ、体力だけがあんたの取り柄だしね〜」
ハコが静かなことを気にかけて透は確認した。
「ハコもそれでいいだろ?」
「私も正司がリーダーでいいと思う。……ただ」
ハコの目が少し泳いでいる。
「ただ?」透は聞き返した。
「正司さ……たまに、迷い人の特定を待たずに、雰囲気で決めて飛び出しちゃうところあるよね?……確認ちゃんとしたほうがいいと思う」
「ん?そうだったか?まぁ、どちらにせよ全部合っているからいいだろ?」
正司は気にも留めていない様子で答えた。
「ダメに決まってるでしょ!バカ!」
日和はテーブル下で正司の足を蹴った。
「そうか!すまなかったな!今度からは透の指示をちゃんと待つようにする!」
正司が誠実な目をハコへ向けると、ハコは「うん」と頷いた。
ハコの懸念は透にも理解できた。強い正義感を持って誰よりも最初に行動する正司の姿は、リーダーそのものと言える。しかし、ナギノセーバーの活動で彼がたまに見せる、『焦りからの行動』を透も感じていたからだ。とはいえ、まだ活動を開始して日も浅く、誰も慣れていないこの状況で、焦りが出るのも無理はなかった。
正司は透に顔を向けて聞いた。
「ところで、ナギノセーバーも活動開始して、かれこれ二週間経つ。透、俺たちは迷い人をどれだけ救った?百人くらいか?」
「さすがにそこまではいってないよ。一日三人が限界だろうし」
迷い人の報告がアカウントに届く数は日によってまばらで、今日のように一件だけの日もあった。
次に正司は、日和へ顔を向けた。
「日和、迷い人の疑いがある人数はどのくらいだったか?」
「えーと、ちょっと待って」
日和はスマホをテーブルに置き、電卓アプリで計算を始めた。
正司は腕を組んだまま日和の回答をじっと待っている。まるで部下の報告を待つ上司のようだ。
「ざっくりの計算になるけど……。透がハコちゃんの腕をつかんだときのお昼頃の来場客と、出店していた生徒や見守りの先生合わせると……三百人くらいかな。そこに例の落雷の条件が加わるから、実際はもうちょい少ないと思う」
ハコは不安そうに口を開いた。
「三百人……毎日活動しても、だいぶ時間かかるね……。でもお父さんの話だと、最悪、私が触れなくても時間が経てば症状は回復するんだったよね?」
透は静かに言った。
「あぁ。ただ、迷い人がパニックになって他の人を傷つけることは避けないとな」
全員の間に緊張感が走った。特に日和は自分がパニックになった経験があるだけに、事を重く捉えていた。
「よし、今後は通常のナギノセーバーの活動に加え、俺とハコで定期的なパトロールもしよう!止まっていてはいけない!ハコ、早速行くぞ!」
正司はハコの腕をつかみ、やや強引に引っ張った。
「え?ちょ…ちょっと」ハコは戸惑っている。
「ちょっと正司!勝手な行動しないでよ!」
日和が正司を止めようと席を立った。急に席を立ったことで日和のドリンクのグラスが倒れ、テーブルにジュースがこぼれた。透はあわてて自分のおしぼりでテーブルを拭く。
すると、正司は一度足を止め、振り返って日和に言い放った。
「こうしてる間に、誰かが傷ついてしまってもいいのか?」
「そ…それは…」日和はそれ以上なにも言えない。
次の瞬間には、正司はハコの腕を引っ張ったままボックス席を離れ、「代金は必ず後で返す!」と言い残して店を出た。
「……バカ正司」
そうつぶやく日和の顔は、怒りよりも心配の表情を浮かべていた。




