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第十一話『共鳴』

翌日。日和以外の三人は、商店街の本屋の向かい、電柱の陰に身を隠していた。それぞれがサングラスとマスクをつけ、変装している。


「本当に今、日和はバイト中なんだよな?」


透が正司に聞いた。


「間違いない、この時間は日和しかいないはずだ!シフトはすべて把握している!」


正司は自信満々だ。


「正司、ちょっと怖い……」ハコは引いている。


「じゃあ作戦をおさらいするぞ──。まず、『その一』!ハコが本屋に入って客のフリをする!」


透はそう言って、人さし指を立てた。


「うん!」ハコは勢いよく頷いた。


「『その二』!正司があとから店内に入って、日和の前で思いっきりずっこける!」


人さし指に続けて、中指も立てた。


「任せろ!」正司は相変わらず自信に満ちている。


「『その三』!日和が正司に意識を取られてる隙に、ハコが日和の腕をつかむ!」


最後に薬指を立てた。


「透、お前はなにするんだ?」正司は透に聞いた。


透はカバンから出した双眼鏡を左手に、スマホを右手に持ち、ふたりに見せた。


「俺は外から電話でハコに指示する。ハコ、片耳にイヤホン入れてるな?」


「うん!」ハコは先ほどと同じ勢いで頷いた。


「正司の例がある。俺たちはともかく、ハコは絶対に日和に姿を見られちゃいけないからな!くれぐれもサングラスとか外すなよ!」


透はいつも以上に熱が入っている。


「ぬん!」


気合いが入りすぎたハコは、舌がもつれて言葉を噛んだ。


「よし!作戦開始!」


透の掛け声で、ハコが飛び出し、本屋に入った。


「いいぞー。とりあえずそのあたりの本を立ち読みしよう」


双眼鏡で様子をうかがう透が、スマホでハコに指示する。


「正司!準備はいいか?」


透が双眼鏡をのぞいたまま、正司に確認する。


「俺はいつでも行けるぞ!」


正司がそう言うと、正司の隣に立っている人物が声をかけてきた。


「どこ行くわけ?」


「あぁ、それはもちろん日和がバイトしている本屋に突撃を──」


正司はそこまで言って、隣の人物を見た。


「ひ!日和!?」


正司の叫び声に、透も驚いて振り返った。


そこには、怪しむ顔でふたりを交互に見ている日和が立っていた。


「なによ?大声出して。ふたりともこんなことでなにしてんの?」


「あ、えー…人違いです……」


透は無理やり誤魔化そうとした。


「いや、今さら無理あるっしょ?」日和は呆れている。


「なんでここにいるんだ!?バイト中だろ?」正司は慌てて確認する。


「いや…昨日のこともあったし……。念のため、今日は遅番に変えてもらったんだ」


そこまで言って、日和は突然大きな声を出した。


「あ!わかった!も〜、そーゆーことね!」


そして、日和はにやりと笑った。


「ふたりとも私に元気になってほしくて、サプライズしようとしてくれてたんだ〜。粋なことするじゃ〜ん!」


「あ……あははっ。バレたかー」


透はとりあえず日和に合わせる作戦に切り替え、サングラスの隙間から正司にアイコンタクトを送った。


「そ、そうなんだ!サプライズなんだ!そう!サプライズだ!はっはっはー!」


正司の演技は絶望的だった。


「こんな変装までして〜。これどこで買ったの?百均?」


日和が透のサングラスに手を伸ばす。


「ちょ、やめろって!」


いろいろと恥ずかしくなってきた透は、顔を逸らして抵抗した。


「いいじゃーん!減るもんじゃなし〜。──痛っ!」


透はちょっかいの手が急に止まったことに違和感を感じ、日和を見た。


すると、日和の背後にハコが立っていた。日和の伸ばしたほうとは反対の腕を、両手でしっかりとつかんでいる。


「……え、誰?」日和は後ろを振り返って驚いている。


ハコはそっと手を離した。


日和は、つかまれていた部分を手でさすりながら言った。


「痛かったー。今のなに?静電気?」


透と正司は、ふぅ。と安堵のため息をもらした。そして、透は小さくつぶやく。


「──作戦完了」


「えー!じゃあ、この子が噂のハコちゃん!?」


いつものバーガー店のボックス席で日和は叫んだ。驚いた店員が眉間にシワを寄せ、カウンター越しに透たちの様子をうかがっている。


「声でかい!落ち着け!ちゃんと話すから」


透はひそひそ声で日和に言った。そして本人に確かめた。


「ところで、日和。盆踊りのリーダーって名前なんだっけ?」


「ナツメ。大丈夫、ちゃんと覚えてる」


日和は即答した。


「よかった。…じゃあ、話していくな。変に思うかもしれないけど、ちゃんと聞いてくれ」


透がこれまでの経緯を話し、そのあとハコ本人が自分の幼少期の話を日和に語り聞かせた。


「……」


すべての話を終えても、日和は真剣な顔のまま、黙っていた。


透は深い呼吸を一度して言った。


「まぁ、ぶっとんだ話だよな。信じられなくても──」


「──信じる」


透の話が終わるのを待たずに、日和は言った。


「信じるよ。透は嘘つかないもん」


日和は透をまっすぐ見つめている。


「あ、ありがとう」


(さっき本屋の前で、思いっきり誤魔化そうとしたけど…)透はちょっと複雑な心境だった。


「ハコちゃん、今まで大変だったね。私は並行世界…だっけ?その記憶持ってないけど、これから仲良しになろうね!」


日和はハコに笑顔を見せた。


「うん!ありがとう…。……ありがとう、みんな……」


ハコは感極まって、ぽろぽろと涙を流した。


こうして、四人がそろった。並行世界ではなく、この世界で。


日和は先ほどの説明の理解に頭を使いすぎたと言って、糖分補給のためにパフェを注文した。


「──ってことはさ、ハコちゃんが触れたら町の人たちも助かるってこと?」


パフェ用の柄の長いスプーンを口にくわえたまま、日和が三人に向けて質問した。


「多分……」ハコは自信なく答えた。


「まぁ、俺も日和もそれで症状が回復したのだから、再現性はあると考えていいんじゃないか?」


正司は腕を組んで言った。


「サイゲンセーってなに?」日和が正司に聞く。


「同じような条件で同じような結果が得られることだ。俺のときも日和のときも、ハコが手で腕をつかんだときに静電気のようなものが流れ、症状が回復した。つまりこれも──」


「サイゲンセーがある!」日和はなんだか楽しそうだ。


「俺たちで協力して、町の人たちの症状を治してあげよう!」透は提案した。


「そうだな!腕をつかめばいいだけのことだし、簡単な話だな!」正司は勢いづいた。


「簡単とは限らないよ」


突然、ボックス席の入り口から声がした。四人は驚いて声のほうへ顔を向けると、そこには理人が立っていた。


「理人さん!?」


透は思わず大きな声を出した。


「ちょっと、そっちいいかい?」


理人の声には元気がなかった。透と正司が席を詰め、理人がその隣にどかっと座った。


「え?え?今度は誰!?」


日和は慌てて、あちこちに顔を向けた。今日だけで何度も驚かされている日和を、透はちょっと不憫に思った。


理人は日和に自己紹介をした。透がハコの語りに出てきた人だと伝えると、日和はようやく腑に落ちたようだった。


「お父さん、お仕事お疲れ様。ようやく解放されたんだね」


「いやー疲れたよ。仕事で東京まで行ってたんだけど、向こうの研究室に缶詰にされてしまってね。三日もこっちに帰ってこれなかった。…あ、デラックスバーガーセットで。ドリンクはコーラで。」


理人はそう言いながら、水を運んできた店員に、一番ボリュームの多いセットメニューを頼んだ。そして水を一気に飲み干し、話を続けた。


「でもおかげで、向こうの最新設備を使わせてもらえたから、いろいろわかったよ。記憶伝染のこと」


「本当ですか!?それで、なにがわかったんです?」


透はそう言って前のめりになった。他の三人も真剣な表情だ。


「まず、透くんにだけ葉子の記憶が伝染した理由だが。今回、葉子と透くんには毛髪のサンプルを取らせてもらったよね?」


「あぁ、髪の毛ちょっと取るだけだからって……」


そういえば、最初に白凪宅に行ったときに取られたなと、透は今になって思い出した。


「それで、ふたりの毛髪から大量の『マグネタイト』が見つかったんだ。これは記憶を司る脳の海馬に存在する物質で、強い磁性を持っている。ふたりはマグネタイトが豊富な体質ということだ。──そしてマグネタイトはここにも存在している」


理人は床を指さした。


「地面?」ハコは首を傾げながら聞いた。


「そう。正確には地層の中の磁性鉱物だ。この町の地層はその鉱物、つまりマグネタイトが非常に豊富だ」


「俺たちと似てる…?」透は顎に手をやった。


「その通り。君たちふたりはマグネタイトを通して、この町の地層と『共鳴』しやすい体質なんだ。──わかるかい?この町の大地とつながっているんだよ」


「俺たちが大地と…」と透が言うと、「つながっている…」とハコがあとに続いた。


「そして、去年の大規模な落雷だ。地層に強力な電流が流れ、磁場を変化させた。それによって、ふたりと地層のマグネタイトが共鳴を起こした。その瞬間、葉子の記憶を含む脳波が、地層に痕跡として残った。そして、同じく地層と共鳴した透くんが、その痕跡を自分の記憶として受け取ってしまった。もはや記憶伝染と言うよりも、『記憶受信』と言ったほうがいいね」


透とハコはお互いの顔を見合わせた。


「例えるなら、ネットのクラウドだ。葉子の記憶データが、地層というクラウドに保存され、それを透くんがダウンロードした。『共鳴の輪』の中で起こった自然現象としてね」


「共鳴の輪にいたから、ハコの記憶を透が受信した。ということか」


正司は腕を組んでそう言った。


日和はぎこちない口調で、理人に尋ねた。


「あの〜……。私や正司、町の人たちにも影響が出たのはなんででしょーか?」


「受信したのは透くんだけだが、おそらく落雷のあと、他の人たちにも影響はあったんだ。自覚症状がなかっただけで。そしてマルシェのあった日、透くんが葉子の腕をつかんだことでお互いのマグネタイトが共鳴し、ふたりの間に磁場が生じた。落雷のときほど強力ではないがね。しかし、それがトリガーとなり、周囲にいた『すでに下地があった』人たちにまで影響を及ぼした。彼らは共鳴の輪にはいないため、脳が拒絶反応を起こし、その結果、記憶が『あやふや』になった。忘れるはずのない大事な記憶までもね」


「そんな……」ハコは罪悪感を感じている。


正司は目を閉じ、自分の身に起きたことを思い出していた。


透は理人に確認した。


「じゃ、じゃあ症状が出ている人たちって……」


「あぁ。去年の落雷の影響を受け、なおかつ君たちが接触した際に、あの場にいた人ということになる」

理人の説明を聞いた正司は顎に手をやった。


「そうか。ニュースで『若い人を中心に発症している』とあったのは、マルシェにいた学生のことだったのか…」


「ハコが触れたら治るのはなぜですか?」透が理人に話を戻した。


「町の人びとに起きている症状は、いわば『葉子の記憶に中途半端に触れた副作用』。発信源である葉子本人が触れることで、相手の乱れた周波数をリセットしているんだろう」


「じゃあ、やっぱり私にしか治せないんだ……」


ハコは自分の胸に手を置いた。


「理人さんはなんともないんですか?あの場にいましたよね?」


透は理人に心配の目を向けている。


「あぁ。確かにマルシェにはいたが、私は去年の落雷の日、出張で東京にいたからね」


「よかった……」ハコが安心してつぶやいた。


ここでようやく、理人が注文したセットが届いた。よっぽど空腹だったのか、理人はバーガーを勢いよく頬張った。途中でむせるも、コーラで強引に流し込み、わずか五分で完食した。そして、ふぅー。と大きく息を吐き、テーブルに備え付けの紙ナプキンで口を拭いながらこう言った。


「マグネタイトは普通毛髪からは見つからないし、測定には特殊な装置が必要なんだ。今回見つかったのは本当に偶然だよ。でも、これもなにかの『縁』なのかもしれないね。……科学者の僕が言うことではないけど」


正司は理人に質問した。


「ところで、『簡単ではない』と言ったのはなぜですか?」


「あぁ。副作用が出る可能性のある人が、いつ発症するのか。そのタイミングが不明ということだ。それに初期症状は、ただの物忘れ程度で見過ごされることもあり得る。被害を最小に抑えるには、副作用が出る疑いのある人に張り付いて観察しないといけなくなる」


「じゃあ、ナツメもそのうち……」


そうつぶやいた日和の声は、少し震えていた。


「ナツメ?」ハコが日和に聞いた。


「ナツメは私のクラスメイトで、親友なの」


「その子もあの場にいたんだね。でも、私が治すから安心して……!」


「うん!」日和は頷いた。


「症状が出てなくても、ハコがマルシェの来場者全員に、片っ端から触れていけばいいのでは?」


正司は理人に向かって両手を広げ、『全員』を示すジェスチャーをした。


「症状が出るまでは触れるべきではないんだ」


理人は腕を組んで目を閉じ、話を続けた。


「正直、ここまでの話は仮説も含まれている。これ以上、被害の連鎖を広げないためにも、むやみやたらに動くのは危険だ」


「つまり……症状が出たら素早くハコが触れる。この方法以外は今のところないということですか?」


透は理人に確認した。


「そうだ。ナツメちゃん、だったかな?その子のように、身近な人物であればすぐに異変に気づけるだろうが、あの日の来場者全員となると……なにか情報が自然に集まる仕組みさえあれば……」


いいアイデアを出すため、五人は静かに考えた。しかし、どれだけ経っても誰も口を開かなかった。時間だけが、いたずらに過ぎていく。


すると、テーブルに置かれていた正司のスマホの画面が光った。


そのとき、スマホの壁紙が透の目に入った。それは先日、映画館に行った際に正司が撮影した『特撮ヒーロー 銀河戦隊クオンタム』のポスター写真だった。


透は少し考え、沈黙を破って口を開いた。


「……あのさ。たとえばの話なんだけど……」

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