焔翼の戦姫編 三魂(みたま)の秘事
公園での告白の後、赤毛の少女とハフネは公園から近い、個室で食事が取れる宿屋へ。
ここは料理の味はそこそこだが、特別上等な個室があり、部屋からはミルユルの街が一望できた。
白い花が飾られた個室で、二人きり。
食事をとりながら、メルニアのこと、お兄さんのこと、ハフネのこと、そして――昔話に花を咲かせた。
「そういえば、お兄さん――アンタは転生者だよね?こうして話してると、普通の人で忘れちまうね」
芳醇な香りのワインを、開いたグラスに注ぎながら、ハフネは不思議そうな顔でそう言った。
「はっはっはっ 特別だから来たわけじゃないしね。俺は」
「でも、転生者はいろんな力があるだろう?……ほら、以前メルに話した……覚えてるかい?」
「ああ、あの一部で悪魔だって言われてるって話のだろ?」
「……ああ、アンタもそんな力があるのかい?」
「力はあると思うよ。ただ種類は全然違うけど」
「ああ、そういえばそうだったね。あの大槌族の大隧道で見たあれがそうなんだね?」
大隧道での戦闘……ロックドラゴンを一人で斃し、塔のように巨大なゴ◯◯リをダンジョンの地層ごと吹き飛ばし、果ては竜に乗って空を飛ぶという現実味のない経験を、いまでもハッキリと思い出せる。
そしてその都度、ハフネはブルリと震えてしまうのだった。
「そうだね。あれはまだ一部だけど、あんな感じ」
「あれが……一部?」
信じられないとでも言うような顔で、聞き返す。
「他にもあるっぽいんだけどね、全部は分かってないんだ」
「分かってるものは、どんなものなんだい?」
「そうだね。暗くても昼間と同じようによく見えるし……ある程度は透視もできるよ」
「なんだいそりゃ、随分と斥候向きな能力だね」
「言われてみれば……前世で修行してた武術が、敵との距離をどんどん詰めていく修行をするんだ。最終的には敵の陰に入り込むくらいのね。侍より……忍者っぽいね」
「ん〜?わかんないけど……まるで幻舞士みたいだね」
「勝つためになんでもするのが、うちの流派だからね」
「なるほどね。頼もしいよ」
「ところで、透視って言ったかい?」
目の前の、赤毛の少女の視線にソワソワするハフネ。
それを見て、思わずいやらしい表情が出る赤毛の少女。
次の瞬間、少女の表情がサッと変わる。
「ハフ姐。今ウチの夫が透視しようとしたから叱っておいたよ。基本は人を見ないようにって言ってあるから安心してね。じゃ、続きを楽しんで!」
お兄さんと話してると思ったら、メルが出てきて、あっという間に去っていった。
「今のはメルだね?……あんなに一瞬で変わることができるのかね」
「「いつも一緒だからね」」
「お兄さんは反省して!」
「あ、はい」
順に二人、メルニア、お兄さんのセリフである。
それを見た二人の恋人――ハフネは、まるで二人話芸を一人でしているのを見ているような……そんな気分になっていた。
「ほんとうに、アンタと知り合えて良かったよ」
ハフネは心底そう思っていた。
この煌めく赤毛を持つ、よく笑う麗しの少女は、人が想像もできないような過去を持っている。
それなのに、こうして日常を頑張って生きている。
それには『お兄さん』の存在が大きいのだろうと、ハフネは感じている。
そして、いい男だと思ってしまった。
「そう言ってもらえるなら、秘密を話した甲斐があるってもんだね」
「お兄さんだね?そうだね……アタシの昔の話は前にもしたけど、色々あってここに居る。逃げてばかりの人生かと希望が持てなかった時期もあったけど……今は、毎日が楽しいよ」
ハフネの顔に彫られた紋章が、かすかに煌めいた。
それは、ハフネが無意識のうちに使ってしまった魅了系の、極めて弱い魔法だった。
通常は少し好感度が上がるレベルの魔法だが、魅了の魔法は赤毛の少女の弱点でもある。
すでに恋という魔法にかかった少女には意味をなさなかったが。
しかしそれでも……
「ハフ姐……綺麗」
別の意味で効果はあった。
赤毛の少女の手が、ハフネのそれに重なる。
お互いの熱が、指に伝わる滑らかさが、二つの身体の奥を刺激した。
部屋の照明は抑えられ、蝋燭の火によって怪しく揺らめいていた。
チェックイン時に申し込んでおいた香のサービスが、二人の気分を和らげて、そして――昂めていく。
「メル、止めなくていいからね……どうせこの後……」
耳の先まで赤くして、そんなことを言うものだから、赤毛の少女はその身に宿す二つの魂が、口を揃えて……
「……かわいい」
「お兄さん……透視、使っていいよ?」
『使っているかどうか』というのは本人以外知る由もないが、ハフネにはそれが分かった。
理由は簡単だった。
鼻の下が伸びているから。
食事も終わり、この部屋を『特別』にしている、風呂へ。
「先に入るよ」
ハフネはそう言って立ち上がる。
「一緒に入ろ?」
「……お兄さん?」
「ううん。メルニア」
セリフの内容にエロさを感じたハフネが、そう思ったのも無理はない。
ハフネと赤毛の少女は一緒にお風呂に入るのは初めてではない。
しかし……
「恥ずかしいから……先に入るから!」
そこに男の――熱い視線があって、しかもこれから初めて閨を共にしようというのだ。
意識してしまうのは当然だった。
今までは二人の関係が旅の仲間だったから、意識することもなかった。
けれど、その関係を進めると決めた今――意識しないなんて無理だった。
しかし、結局……メルニアなのか、お兄さんなのかわからないまま、赤毛の少女に押し切られ、一緒に入ることになったのだった。
「だって初めてじゃないでしょう?」
「今のはどっちだい!」
「俺だ」
ハフネは顔を真っ赤にして大声を上げた。
「全くこの朴念仁!初めてだからとかじゃないんだよ!メル!旦那の教育もっとしっかりしな!でないと、飽きる前に呆れちまうよ!」
「……叱っといたよ。ごめんね。私の時もこんな感じだったし……もしかしたら、転生者はこうなのかもね」
他の転生者が聞いたら、怒りそうなことを言うメルニアだった。
なんだかんだでお互いの体を洗い、風呂上がりが近づくにつれて口数が減っていく二人。
ベッドに腰掛けた頃には、完全な無言になっていた。
けれども、その手はしっかりと結ばれており……やがて、二人の距離は……。
部屋の蝋燭が消える。
あまりにも恥ずかしすぎて、ハフネがナイフを投げたのだ。
闇の中で三つの魂が、同じ思いを抱いていた。
それは、言うまでもないことだった。
「こう見えて恥じらいってものを知ってるのさ」
耳元で囁くように紡がれた言葉は、言葉の意味とは無関係に赤毛の少女の心臓を打った。
その声はどこか上擦っており、その言葉に嘘のないことが窺えた。
やがてお互いの唇が、相手を貪るように這い回り、二つの身体が互いを求めて絡み合う。
しかしハフネは忘れていた。
転生者は夜でも昼と同じように見えると言うことを。
彼の前では、闇はその役割を果たさなかった。
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