人助けはストーリーの始まり、なお龍人族は戸惑い中。
新しい武器を買いに行って、それから防具も新調して⋯あ、ポーションも補充しておかないと。
手を洗いながら考える。
学校から自宅へと帰る途中で友達からクエストに誘われた。
何のクエストをやるかは会った時に決めるらしいのでまだ分からないが、討伐系にするとのこと。ならばそのための準備をしておかないと。
「昨日派手にやらかしたからなぁ⋯」
自室へ入り頭にVRヘッドギアを装着。ベッドに横になって、こめかみ部分にある電源をつける。
昨日はエリアボスを討伐しようと一人で挑んだのだが、無様に敗北。舐めてかかったらだめだと思い知らされた。
第1エリアのボスは、人間の半分くらいの高さのナメクジ。通常のナメクジと比べれば何十何百と倍々で大きいが、ボスと言われて想像する自分の中のボスイメージとはかけ離れており、本当にボスなのかと疑問を抱くほどだった。
威圧感もなく動きも遅い、簡単に倒せそうな相手。だから挑んだんだけど⋯。
「あの分裂やばすぎだよ」
ただのモンスターがボスと呼ばれ、エリアの頂点に立つことなんてあるわけがない。
エリアボスという肩書きを持っているからには、その地位に相応しい強さを持っているということ。考えなくても分かることだ。
なのに、弱そうに見えたからという理由で攻撃してしまった。
第一サーバーのエリアボスは巨大な亀だったし、第三サーバーはそこそこ大きい蟻の集団、第四サーバーは大きな螳螂、第五サーバーは巨大なスライム。
一番初めのエリア、初心者が多くいるエリアだというのに、どう考えても勝たせる気がないようなモンスターばかりを配置していた。
実際に行って目で見た感じ第二サーバーのナメクジが一番簡単そうだったので、倒そうと向かっていったらあっさり敗北。
なんとナメクジには、武器による攻撃が全く効かなかったのである。
体液か何かで守られた体が武器が当たるのを許さず、それに触れた剣がツルッと滑ってしまう厄介。しかも触れた刃が溶けてしまう最悪。
そして奴は分裂する能力も持っていた。はい最低。良くない3コンボだ。
分裂して数を増やしたナメクジは、増えた個体も含め全員でこちらへ反撃。
結果俺は袋叩きにあいHPゼロ。
当てた武器は溶けボロボロ。防具も溶け穴とすら呼べない穴だらけ。どれもこれも使い物にならない状態にさせられた。散々な日。
1分間の待ち時間を経て正常に起動。VRヘッドギアを作った会社のロゴが表示される。
横倒しの茶色のアンティークドアに文字が書かれた、まるで絵のようなロゴ。大きな字で、トルイ株式会社と書いてある。
トルイというのは、trompe l'oeilという言葉から取ったもの。フランス語で眼を騙すという意味だ。
VRゲーム〈Mystery Of Life〉シリーズで有名なトルイ株式会社は過去に受けた取材の中で、社名とロゴマークの意味や由来について語ったことがあるらしい。俺は会社のホームページを見て知ったけど。
会社のロゴが消えると、ホーム画面が表示される。
ずらりと並ぶゲームの中から〈Mystery Of Life3〉のゲームアイコンを選択。
降り立つワールドを第二サーバーに決め、瞬き一回。
VRヘッドギアから眠りやすくなる電波が脳へと流され、感じる眠気にそのまま瞼を閉じれば、いつの間にか眠りについていた。
「んんーっ⋯⋯ふぅ⋯」
昨日ログアウトした地点、路地裏で伸びをし体をほぐす。
プレイヤーがログアウトすると使用していたアバターはその場に放置。ってことにはならないので、筋肉が固まったり弛緩するみたいなことはないんだけど、気持ち的に伸びをした。
日常から非日常に来たぞという切り替え的なものだ。
「さてと、まずは武器を買わないとな」
路地裏から出るべく若干暗い道を歩く。
人通りが少ない場所とあって、ゴミが散乱していたり腐った食べ物が落ちていたり、虫が湧く泥水が溜まっていたりする。
「うへぇ⋯こんなとこで寝れるなんてすげぇな」
そこそこ身綺麗な赤髪の男性NPCが地べたに寝そべっている。
寝ているようだが⋯お金とか貴重品とか大丈夫か?
「お兄さん、大丈夫ですか?」
「⋯⋯」
「お兄さーん」
「あぁっ⋯?うるせぇなぁっ⋯オレァまだのめぅぞぉぉ⋯⋯」
「⋯⋯」
どうしようもない酔っ払いだ。関わるのはやめよう。
道を塞ぐように寝そべる彼を跨いで路地裏を進む。
「⋯サミュー⋯どこいったの⋯⋯もしかしてまいご⋯?」
太陽光が当たり路地裏よりも明るい大通りまであと少しと来たところで、誰かが発した小さい声を耳が拾う。
誰かが迷子になっている模様。その人を探しているのか、困っているような声が聞こえる。
「サミューどこにいったのかなぁ⋯」
横柄な態度をとる酔っ払いはさておき、目の前に困っている人がいるのに素通りするのはなんか人として良くない気がする。
なので声が聞こえる方向へと目を向け発言者を探していると、道の片隅に置かれたタルの上に小さな生き物を発見した。
目を凝らすと、それは羽が生えた人型の⋯。
「よ、妖精だ⋯」
そこそこ長い黒色と茶色が混ざった髪に、肩が露出する白いワンピース、そして背中の羽。女の子の妖精だ。
妖精という種族を町中で見かけることは少なく、会うとなるとさらに機会は減る。
俺も遠くで飛んでいるのを見たことはあっても、会ったことはなかった。それがまさかこんな所で会えるなんて⋯。
近くで見るとより幻想的で可愛い。ファンタジーだなぁ。
「だっ、だれっ?!」
まるで人形のような見た目の彼女は、こちらを見てビクッと体を震わせる。
あちらからすれば、薄暗い空間から突如出てきた不審者だ。
「あー⋯⋯怖い人じゃないよ⋯?」
一応そう言ってみるが、当然の事ながら妖精の女の子が警戒を解くことはない。
「あの、さっき声が聞こえてね。人を探しているみたいだったから⋯。何か手伝えることあるかなって思って」
「⋯⋯」
「⋯オレコワクナイ。シンセツナオニイサンダヨ」
「⋯⋯っふ⋯」
カタコトお喋りで怖くないアピールをすると、笑いそうになったのを堪えたのか、一瞬噴き出した音が聞こえた。
「大丈夫ならいいんだ。困ってたらって思って心配になっただけだから。急に声かけてごめんね。それじゃあ、お兄さん行くね」
自分の言葉は全てが本心。困っているのなら手を貸すが、相手がそれを望まないのであれば立ち去るのみ。
ここで粘り続けるのはそれこそ不審者の極みというやつだ。怖がらせた挙句、兵士を呼ばれてもかなわない。
それじゃあと片手を上げその場から去ろうとしたところで、彼女が口を開く。
「⋯⋯ほんとうにこわいひとじゃない⋯?」
少し不安そうな気配が見えながらも、勇気を振り絞った顔。
「絶対違うよ。君を助けたいだけ。人を探してるんでしょ?お兄さんで良かったら手伝うよ」
不審者も言いそうなセリフだけど、俺は不審者じゃないしセーフ。⋯⋯言葉的にはアウト?
「⋯さがすのてつだってくれるの?」
「うん」
「ほんとうにいいの?」
「うん、いいよ。どんな人を探しているのか教えてくれる?」
「う、うん。あの、あのね。サミューをね、みつけてほしいの。まいごになっちゃったみたいで」
「なるほど、サミューって人を探してるんだね」
「ママはサミュルさまってよんでたけど、ヴェスはサミューってよんでるの。よんでっていわれたから」
「そっか。それでそのサミュル様って人は、どんな髪色をしてたか分かる?」
「うん、きんいろっ。おひさまがあたるとまぶしいの」
「金髪か。髪型⋯髪の長さはどんな感じだった?短いとか長いとか」
「んー⋯このくらい。おうまさんのしっぽみたいな」
手で髪の長さを教えてくれる彼女。
前髪は短め、後ろは紐か何かで縛ってポニーテールにでもしているのだろう。
「背は⋯聞いてもあれか。後は⋯⋯あ、服は何を着てたかな」
「キラキラボタンがいっぱいのおようふくだよっ。しろくてくろくてかっこいいんだぁ」
キラキラしたボタンがいっぱいで白くて黒くてかっこいいもの⋯ツートンカラーのワイシャツか?
いや、上着とかズボンの可能性もあるか⋯。
何着てるか分からんな。
「そのサミュル様って人は、男の人?女の人?」
本人に直接どっちですか?なんて聞くのはまずいだろうけど、今目の前にいるわけじゃないし問題にはなるまい。
「かっこいいおとこのひとだよ?」
「かっこいい男の人だね。了解」
ふむなるほど。性別を聞いたはいいが、よく考えると性別で着ている服を判断するのは難しいな。
とはいえ性別が分かれば見つけやすくなるのは事実。聞いて正解だ。
「あ、そうだ。そういえばまだ自己紹介してなかったね。お兄さんは、喋るツたんって言うんだ。よろしくね」
「しゃべ⋯?じこしょうかいってなあに?」
「自分の名前を相手に教えることだよ。俺は、喋るツたんって名前なんだ。君の名前は?」
「ヴェスのなまえはね、ヴェステルっていうの。よろしくねおねえちゃん」
「あー、お姉ちゃんに見えるだろうけどお兄ちゃんなんだ。ややこしくてごめんね」
何度もお兄さんと言っているが、彼女は見た目で判断しているようで、目の前にいるのがお姉さんだと思い込んでいる。
確かに使用しているアバターは女性。龍人族の少女である。だが種族に関してはランダム選択にしたら龍人族が選ばれ、それが中々出ない種族だったからそのまま変えずに遊んでいるだけだし、女性アバターにしたのはその時の気分がそうだったからそうしているだけ。
中身は普通の男子高校生である。女子高校生でなければ女性でもない。
「⋯?おねえちゃんじゃないの?おにいちゃん⋯?」
「うん、お兄さ、お兄ちゃんだよ。⋯えっとね、これ⋯お胸あるんだけどお兄ちゃんなんだ。お兄ちゃんって呼んでね」
「ふーん、そうなんだ。わかんないけどわかった」
彼女からすれば、自分のことをお兄さんと呼ぶお姉さんに見えていることだろう。
不思議そうに首を傾げながらも、一応の納得はしてくれた。
「それじゃあ探しに行ってこようかな」
「ヴェスもいくーっ」
「え、一緒に行くの?」
「うん、だっておにいちゃんもまいごになるかもしれないでしょ?ヴェスもいっしょにいってあげるっ」
「そ、そう。でもサミュル様に、ここで待っててとか言われてないの?」
こんな路地裏で待ってるように言うのはおかしい気がするが、彼女はそこそこ珍しい種族だし、目立たないようにするため敢えてこの場所を選んだとも考えられる。
もしそうだとすれば、彼女が俺に同行し探し回っている最中に彼がここへ帰ってきてしまえば、すれ違いが発生しかねない。
「ううん。いつのまにかここにいたの。サミューにはなにもいわれてないよ?」
あーこれ、反対だ。サミュル様って人が迷子になったんじゃなくて、この子の方が迷子になってんだ。
まあ、探すことには変わりないからどっちでもいいけど。
「そっか。じゃあお兄ちゃんが迷子にならないように、一緒に」
【〈サブストーリークエスト︰迷子の青年を見つけ出せ〉が発生しました。受注しますか?】
「⋯っ」
話の途中で突然チリンという音。それと共に半透明のウィンドウが目の前に出現した。
いきなりのことにびっくりして声が出そうになったが何とか抑え、そのウィンドウの文字を見る。
サブ、ストーリー?
これって、メインストーリーに関わるキャラから出るクエストだったような⋯。
驚きの眼差しでヴェステルちゃんを見ると、彼女はキョトンとした顔でこちらを見つめ返してきた。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもないよ。それじゃあ一緒にサミュル様を探しに行こうか。お兄ちゃんが迷子にならないように付いてきてね」
クエストを受注して声をかける。
「うんっ、まかせて!」
「よし、出発!」
「しゅっぱーつ!」
探し人は何処におられるのか。少なくとも路地裏ではないだろう。
ヴェステルちゃんと共に大通りへと進む。
今日やる予定のあれとあれは明日にやろう。
友達と遊ぶ約束をしているし、早めに見つけ出さないとな。
「サミュル様の行きそうな所は分かる?」
「ううん」
「了解」
最優先事項となった人探し。俺と幼い妖精は共にゆく、とある青年を探し求めて。
〘サーバー〙
ゲーム〈Mystery Of Life〉を始める際にプレイヤーが選択出来るもの。
プレイ中でもプレイヤーはサーバー間の移動が可能。いつでも別のサーバーへ行くことができる。
今のところ用意されているサーバーは全部で5つ。
それぞれ定員数が設定されており、満員になると誰かが別のサーバーへ移動、もしくはログアウトするまでそのサーバーへの移動ができなくなる。
また、世界の進み方や辿った歴史が同じでも、サーバー一つ一つ細かいところは違っている。
例えば家の屋根の色やNPCの性格や性別、他のサーバーには存在しないNPC等。
これはプレイヤーと結婚したNPCから産まれた子供が⋯的なものなのでそのサーバーにしかいない。
NPCと第一サーバーで仲良くなったとしても、第二サーバーにいる彼ないし彼女にはその記憶はない。似て非なる者、別人である。
サーバーが違えば別の世界。
〘龍人族〙
立派な角に尻尾、翼、縦長の瞳孔を持つ人型の種族。
知能高き龍のモンスターと人間族か、龍人族同士の間にできた子供がこの種族になる。
身体能力は獣人族と比べやや低い。しかし、要所要所に生えた鱗は絶大な防御力をほこり、並の武器では傷すら付かないほど。
魔法の使用は可能だが、威力が半減する。その代わり、武器を使った攻撃は1.5倍になる。
比較的レアな一般人。
〘サブストーリークエスト︰迷子の青年を見つけ出せ〙
推奨レベル︰15
妖精の幼子がとある青年を探している。
どうやらその彼は、食べ物を買いに行くと言って迷子になったらしい。
金髪でかっこいいサミュル様と呼ばれる人物らしいが⋯。
迷子になったその青年を見つけに行こう。
報酬︰称号・果物