長い一日の終わり。
「ふむ、結局一人になってしまいましたね⋯」
放課後の誰もいない教室⋯っと、同じ感傷に浸るところでした。
今日は疲れたなー。たくさん飛び回って戦って温泉に入ってワイワイ打ち上げ。
楽しかったが、HPには反映されない精神的な疲れを確かに感じる。
ちょっと早いけど休もうかな。もう夕方だし。
さて妖精の森へ帰ろうか宿に泊まろうか⋯。
本日の妖精の森の天気は雨。周辺も恐らく雨もしくは曇り。
小雨程度ならまだ飛べるが、これが普通の雨や強い雨になってくると羽に連続で打撃を与えられているようなもので、上手く飛べないどころか羽を動かすことも難しくなる。
小雨の場合も、長時間当たり続けると羽が濡れずっしり重くなりふにゃふにゃになってしまうので飛べなくなってしまう。
妖精の森の雨が強くなっている可能性もあるし⋯⋯よし、ここは宿に泊まることにしよう。
「宿は⋯あそこがいいか。料理が美味しいし」
どこに泊まるかはすぐに決まった。第1生時、マラトスに滞在する時によく利用していたお宿だ。
そうと決まれば早速の前に、料理ギルドに入って明日キッチンを使用できるように申請しておく。
申請しなくても使える時は使えるが、申請しておいた方が満員の時に優先的に利用できるので。
実は申請してまでキッチンを使うって人は少ないんですよね。プレイヤーもNPCも基本家で料理するし、魔法に適性があれば外でも料理ができるから。
適性がなくても魔道具があれば何とかなるし、わざわざ料理ギルドまで出向いて料理をする必要はあまりない。
あるとすれば、調理器具が揃っていることやギルド内に食材や調味料を買えるお店が入っていることで便利な点。
それが利用する理由の一つになるんでしょうが、申請者が少ないということは推して知るべし。絶対ギルドのキッチンで料理をするんだという強い気持ちを持って利用している人は少ないということであろう。
キッチンスペースが満員で利用できない状況だったら、別にギルドでやらなくてもいいかと引き返せるくらいのことなのだと思う。
無事申請を終えたら、通りへ出て馴染みの宿へと向かう。
ギルド関連や役所等が立ち並ぶエリアから出て右手へ進路を変え進めば行き着く。
そうしてしばらくふよふよと移動していれば見えてくる、茶色の門とその奥にある黄色の屋根が乗った建物。
「記憶通り。ここだ」
門を潜り短い石畳を通ると、先程見えた黄色い屋根と黄緑色の木材外壁が異彩を放つ3階建ての建物がお出迎え。お客を歓迎している。
看板には〈蛙荘〉という文字。
間違いなくここが、前世でもお世話になったあの宿である。
ドアへ近づきタッチ。接触を感知したドアが左右に開いてゆく。
中は外よりも幾分か涼しい。
入った所にあるのは、少し広いホールと受付カウンター。食べる所と上へ行く階段は左通路、風呂と娯楽施設と売店は右通路と分かれている。
「あとでUFOキャッチャーやるか。欲しい景品あるかもだし」
ここの娯楽施設にあるクレーンゲームは景品が週ごとにコロコロ変わるから、何になってるかなーってつい見に行っちゃうんだよね。そういうの好きなもんで。
それで欲しいものがあった時なんかは、もうやっちゃうよね。これは仕方ない。だって中に入っているのは、非売品のクレーンゲーム専用の景品なんだもの。
そこに欲しいものがあったら取れるまでやっちゃうのが人間ってもんです。
はい、散財さんざーい。
いくつもの丸いテーブルやソファの間を通り抜けながら、下に敷かれた赤いカーペットの上を進んで受付カウンターへ。
「いらっしゃいませ。蛙荘へようこそ」
カウンターへ着くと、受付スタッフが決まり文句で挨拶。スーツを着ているかっこいい女性だ。
「今日泊まりたいんですが、部屋は空いてますか?予約はしていなくて⋯」
「確認致しますので少々お待ちください」
スタッフさんは視線を手元に落とし、カタカタとキーボードで何かを入力する。
マウスを動かしホイールを動かし、斜めに向いた画面を見ること少し。手を止めると顔を上げた。
「シングルルームとダブルルームのご案内が可能でございます。どちらをご希望されますか?」
「シングルでお願いします」
この体でダブルとかツインとか泊まってもね。
シングルでさえかなり広く感じると思う。
「かしこまりました」
短く返事をするとマウスを動かしカチカチッとクリック。再び手を止め顔を上げて口を開く。
「身分証はお持ちでしょうか。お持ちであればご提示をお願いいたします」
「分かりました」
魔法の鞄をゴソゴソ。身分証を取り出しスタッフさんに渡す。
両手で受け取った彼女はそれを見ながらキーボードを打ち入力。
「ありがとうございました」
それが終わると身分証を返し一礼、カウンター奥の扉の中へと歩いて行った。
宿泊料の支払いは宿を出る時。鍵を返す時に払うことになる。
誰がいつどこの部屋に宿泊したのか入力することで、チェックアウトする時に何日滞在したのかがすぐに分かるようにしている。
鍵を持ち出すことや料金を踏み倒そうと逃げることは、もちろん犯罪だ。
「こちらお部屋の鍵でございます」
程なくして戻ってきたスタッフさんの手には、カードキーではない普通の鍵が一つ。
鍵は部屋番号が書かれた長方形のプラスチックがストラップよろしく付いていた。
「右手にございます階段を上って2階、220号室がお客様のお部屋です」
「ありがとうございます」
渡された部屋の鍵を魔法の鞄の中へ仕舞い、スタッフさんに会釈。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
スタッフさんに一礼されながら受付を後にした。
この宿にエレベーターなんてものは付いていないので、部屋に行くためには階段を上って行かなければならない。
なので目指すは階段、左の通路を進む。
途中自動販売機でサイダーを購入しガブ飲み。喉が炭酸を⋯水分を欲していたので。
打ち上げの料理は肉がほとんどで味が濃かったから喉が渇いていた。追加注文してまで飲んだアップルサイダーが嘘のよう。
自動販売機あって良かった。部屋の水道水飲もうかと思ってたよ。飲んでいいものなのかは知らないけど。
半分以上残ったサイダー入りペットボトルを魔法の鞄へ仕舞い、階段を上って2階へ。
「⋯215⋯⋯218、219⋯あった」
鍵を取り出し鍵穴に挿れ回す。
カチリと音が鳴るまで回せば、後はレバーハンドルを軽く下げて押すだけ。
「うん、やっぱり広いな」
220号室の部屋へ入るが、人間サイズで作られている空間はシングルとはいえ広すぎる。
まあ、いくら寝返りを打ってもベッドから落ちることがないのはいいことだ。充分に寛げることだろう。
「オウイェイ、フラーイッ」
荷物をテーブルの上に置いてベッドへ飛び込む。柔らかさチェックです。
深く沈むほどの重さはないが、布団の柔らかさは感じとれる。
「んふー、暖かーい。⋯⋯あぁ⋯あったかいなぁ⋯⋯はみがきしないとぉ⋯⋯」
気付けば微睡みまぶたは閉じる。
疲れが溜まっていたのか、知らぬ間に眠っていた。
〘消費アイテム︰サイダー〙
炭酸水に砂糖や酸味のあるもの等を加え作られた清涼飲料水。
飲むと口の中で二酸化炭素の泡がシュワッと弾ける。
爽快なその味と匂いは体温を下げる効果があり、涼しくなったように感じるんだとか。
ペットボトルの容器は振らないこと。振ったが最後、開ける時に苦労する。
振りすぎると容器がパンパンになって弾け飛ぶものもあるらしい。
大きな音が鳴るし、弾け飛ぶペットボトルは当たるとかなり痛いので、むやみに振るのは避けよう。




