温泉回(極楽…編?)
「これが温泉ですかぁ…。なんだか池みたいなんですねぇ。」
たちこめる霧の向こうに見えたのは、岩で作られた囲いに水を溜めた物でした。
ベータちゃんから「ニューヨク施設」というのは体を綺麗にする為の場所だと聞いたんですが…この水を使って体を拭けばいいんですかね?
「チョウチョさま、確かに一見池と似ていますが、温泉は水では無く温水で構成されております。」
「温水って…まさか、これってお湯なんですか!?」
な…なんという贅沢なんでしょう…!
こんな量のお湯を沸かすのに、どれだけの燃料がかかることやら…。
「…ちなみに、温泉とは地中から湧き出す温水を溜めた物です。」
「…はぁ?最初から温水なんですか?」
「地下のマグマなどで温められた水が湧き出した物…とでも思っていただければ良いかと。」
…まさかお湯が湧く場所があるとは、知りませんでした。
…ああ、じゃあこのモヤって霧じゃ無くて湯気だったんですねぇ。
それにしても残念です…アエオンの近くにも温泉があれば、煮炊きに使う燃料代が大幅に節約できたのに…。
「…さて、それじゃあ早速体を拭いちゃいましょうか。寒かったんでお湯で体を拭けるのは助かりますね。」
「…チョウチョさま。」
…?
何故かベータちゃんが私をガン見しています。
…私、また何か変な事を言ったんでしょうか?
「まずは身に着けている服を全てお脱ぎ下さい。」
「…へ?…い、いや、体を拭く位なら、別に全部脱がなくても…。」
「温泉とは裸で使う物なのです。…チョウチョさまには私が、入浴とは何なのかを一からレクチャーさせていただきます。」
…あ、ベータちゃんの目が座ってます…。
…あれって確か、『メイドロイド』とか言うアプリがアクティブになった時の目です…。
…マジですか…。
私、こんな山奥で全裸になるんですか…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それでは、これから正しい温泉の入り方をレクチャーさせていただきます。講師は僭越ながら私、ヒューマノイドのベータが務めさせていただきます。」
「…ベベっベータちゃんっ!早くっ!!さっさっ寒すぎて死んじゃいますっ!!」
ヤバイですマジで死にます鳥肌が凄いですっ…!!
全裸で小さなタオル一枚を抱きしめるようにして振るえる私。
ベータちゃんは遠くを見つめながら「戻ったらゴリアテの奴も洗車してやりましょうかねぇ…」とか独り言を言ってます。
いいから早くっ!!
寒すぎてなんか頭が痛くなってきてますからっ!!
「…その前に、雨合羽を羽織らせていただきますね。私、完全防水では無いので故障の原因になりかねませんので。」
どうして私が脱いでいる間に着ないんですかっ!?
…ベータちゃんが偶に、ノブさんとじゃれ合っている時のような悪意を感じます!!
絶対ワザとですよねっ!?
「さて、それではまず『かけ湯』をいたしましょう。チョウチョさま、そこにある桶でお湯を掬い、ご自分の体におかけ下さい。」
「お湯をかける…だと…!?」
何ですかそれ!水浴びですら水が勿体無いのに、そんな事しちゃって本当に良いんですか!?
「お湯はいくらでも湧いてきますのでご安心を。…早くしないと本当に死んでしまいますよ?」
ぐっ…た、確かに今は四の五の言っていられません…。
さっきからベータちゃんの隣に、亡くなった筈の店長の姿がチラチラ見え隠れしていますし…。
「…店長っ!!ここは女性用なんですから、早く出てくか成仏して下さいよ!このスケベジジイっ!!」
「ヤスデさまはここにはいらっしゃいませんが?…それにまだご存命でございます。」
何言ってるんですかベータちゃん!さっきからベータちゃんの隣に居るじゃないですかっ!
いやらしい目つきで、私のわがままボディーをジロジロ見てるじゃないですかっ!!
「…。」
何故か店長を無視し続けるベータちゃんは、無言で桶にお湯を汲みました。
そして…。
「正気に戻れっ!!」
「がぼばっ!!」
お湯を、私に向かってぶっ掛けました。
「ゲホッ!!ゲェッホッ!!…はぁ、はぁ…。」
「…チョウチョさま、お気は確かですか?」
「…ううぅ…だ、大丈夫ですぅ…。」
ひ…ひどい目にあいました…。
…いつかアエオンに帰ったら、絶対店長には八つ当たりしておきましょう…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うっわぁ~、贅沢ぅ~!あったか~い!!」
温泉のお湯を桶で汲んで、何度も自分の体にかけます。
これは…何ともいえない心地良さです…!
「少し体が温まってきましたら、石鹸を擦り付けたタオルで全身を洗いましょう。…こちらの施設はイヨマンテさま達しか使用してらっしゃらないそうなので、かまわないでしょう。」
石鹸はアエオンの雑貨店にも売っていましたが、お値段がお値段なので滅多な事では買いません。
…買っても、手についたしつこい脂汚れを落とす為に使うんです。
まさか石鹸で体を洗う日が来るとは…!
しかもこの石鹸、イヨマンテさんの手作りだそうで、アエオンで使っていた物より良い香りがします。
「背中は私にお任せ下さい。」
そう言うとベータちゃんは、私の背中を泡立てたタオルで擦り始めました。
なんか…有難いんですけど、くすぐったくて大変です…。
「…ちょっ!?前は自分で洗いますからっ!!」
「…はて…失礼いたしました。背中が二面もあるので、不思議だなとは思ったのですが。」
…ぶん殴っておきました。
…殴った拳が痛かったです…。
「…泡が心なしか黒っぽくなってる気がするんですが…。」
「…チョウチョさまの、体の汚れでしょうね…。」
…なんという事でしょう…。
私…汚れてしまっていたんですね…。
もうお嫁に行けないっ!
…いや、むしろ今綺麗に洗ってるんで、お嫁には行けますかね?
…行けますよね?
むしろ、絶対にお嫁に行きますから。
体を洗い終わると、今度は髪を綺麗にするそうです。
私はイヨマンテさんから頂いた『おふろセット』から、小瓶を取り出します。
この小瓶はイヨマンテさんが「チョウチョちゃんは女の子だから、特別にコレもあげるわ」と言って、こっそり私にだけくれた物です。
なんでも『豚ローズ』とかいう、石鹸の原料になる怪物の上位個体から作るらしいんですが、いかんせん個体数が少ないので結構な貴重品らしいです。
イヨマンテさんも作ってみたのはいいけれど、量が作れないから流通もできないし、自分で使おうにも肝心の髪が無いしで、完全に貴重品BOXの肥やしと化していたとかで、何故かとても嬉しそうに譲ってくれました。
「ベータちゃん、コレの使い方って知ってますか?」
「これは…ふむ、成分的にはシャンプーのようですね。ではまず髪をお湯で流してから、適量を手に出して…。」
ベータちゃんの言う通りにして、髪を洗っていきます。
…ドス黒い泡が足下を流れて行きますが、見なかった事にしましょう。
最後に頭からお湯をかけたら…これでやっと終了でしょうか?
「う~ん…なんか体が軽くなった気がします。…それに、私って意外に色白だったんですねぇ…知らなかった…。」
結構ショックでした。
…私が今まで肌だと思っていたモノって…。
…気を取り直して、私が濡れた体を拭こうかとしていると、またしてもベータちゃんがこちらを見ています。
「…あ…あのぉ…まだ何処か洗うんですか?」
「…チョウチョさま、私はチョウチョさまに『入浴の仕方』をレクチャーすると言いましたよ?…言うなれば今までのはウォーミングアップ、食前酒、前戯でございます。」
…えぇ~…マジですかぁ…。
正直私、馴れない事したせいで疲れてきちゃったんですけど…。
「…ご安心下さい。後は温泉に浸かるのみにございます。そもそも入浴とは、湯に浸かる行為を指す言葉なのです。」
「…お湯に…浸かる…。」
…い…良いのでしょうか…?
そんな事をして、後で誰かに怒られませんか?
…恐る恐る、ゆっくりと右足からお湯に入っていきます。
…お湯には何処まで浸かれば良いんでしょうか?
…流石に頭は出していて良いんですよね?
「…。」
「…チョウチョさま、お湯の加減はいかがですか?」
「…ッ…。」
「?」
「…サイッコーですぅっ!!」
…何ですかぁ、コレ…。
…最高以外に言葉が無いです。
…身体中が、満遍なく温かくって…もう、最高ですぅ…。
…本当もうコレ、ずぅ~っと浸かっていたいんですけど…。
…あっるぇ~?
なんだか…視界がグルグルと回って見えて…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「チョウチョちゃん、ベータちゃん、まだそっちにいるかしらぁ?」
「イヨマンテさま、ご用でしょうか?」
「男湯で男子二人が逆上せてぶっ倒れてるから、こっちに見に来ない?面白いわよぉ。」
「…残念ですが、女湯でも女子一名が湯中りで倒れてございます。」
「あらぁ、残念ね。とりあえずこっちの面倒は見ておくから、ベータちゃんはチョウチョちゃんをヨロシクね。」
「かしこまりました。」
…。
…。
…今夜は、月が綺麗でございますねぇ…。




