腐敗と発酵
「…どうしてこうなった…。」
装甲バス改めゴリアテの中で目が覚めた俺は、眼前の光景に頭が痛くなった。
…完全にデジャブである。
新たにゴリアテ内に設置されたソファーの向かい側に、毛布からのびる無数の腕。
…見事なまでに絡まり合っている。
「…あれ?何ですかコレ…全然動けないんですけど…。」
「…うう…息苦しい…。」
「おい!誰だ!?俺のケツを揉んでるヤツは!?」
「みなさま、おはようございます。」
毛布の下に蠢く四つの頭部。
時折毛布に顔面が押し付けられ、口がモゴモゴと動いている。
…どう見てもホラー映画だな。
「お前等…朝から何をちちくりあっているんだ?」
「いやいやサイゴー!マジで身動きがとれないんだって!」
「ゔっ…なにコレ…お腹が圧迫されて…ぎ…ぎぼぢ悪い…。」
「おや、私の頭の下にあるのはチョウチョさまの腹部でございましたか。…てっきり水枕かと。」
「…ベータ、その発言は何気に失礼。」
…何だコレ…。
ちょっとロマ◯ガの七英雄みたい。
強そう。
「…コレ、マジでどーすんだ…?」
「ゔゔっ…吐く…また吐いちゃう…。」
「…くさいっ!?誰かオナラしたっ!?」
「おっと、私でしょうか?」
カオス。
すっごいカオス。
「…とりあえず、なんとかならんのか?」
「…無理矢理脱出しようとすると、間接が外れかねん…。」
「ごっぢもですぅ…。」
「…どうして、こんな事に…。」
「あ、実は私は普通に動けますよ。」
そう言って毛布の中からスルリと抜け出すベータ。
「…何で?」
「皆様が楽しそうだったもので。…ちょっとしたおふざけでございます。」
…そういえば、ベータは寝相が悪くて絡まるはずがない。
寝ないんだから。
「あぁ…こうなりゃアレかなぁ…。」
「ああ、アレでございますね。」
頷いたベータの手から、久々に黒棒が姿を現す。
空撃ちなのか、パチリと青白い火花がスパークした。
「!?アレって…アレの事か!?」
「ちょっ!?ナンデっ!?起きてるのに!?」
「…状況が理解できていないのって、私だけ?」
「ベータ、前回と違って今回は寝てもらわなくちゃだから、少しだけ強めにかな?…大丈夫、ちゃんと解いておくから。」
「上手くやらせて頂きます。」
「「「ちょっ…!」」」
早朝の、静まり返ったラクエンの町。
その片隅に駐車された装甲バス『ゴリアテ』の窓から青白い閃光が漏れ出すと共に、三人の絶叫がこだました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
残念な三人娘が二度寝に入ったので、俺とベータは防衛隊のキンナラに許可をとって地下にやって来ていた。
この数日で俺が開けた穴は拡張整備され、今では地下に下りるためのゴンドラまで用意されている。
地下から色々と運び出すのに役立っているらしい。
「ここに下りて来るのも久々だなぁ…。」
「私、実はあの後何回か来てるんですよ。防衛隊の方々に一部施設の修理等の応援を頼まれまして。バイト
代として地下の機材や資材を頂いております。」
…あ〜、ゴリアテに積んであったベッドとかモニター、どうりで見覚えがあると思った。
昨日は途中からドンチャン騒ぎになってしまったが、ベータが三人娘をどこかに運んでいった後、改めてゴリアテ内部を見て回ると、これがなかなかアホな仕様になっていた。
運転席まわりは何やら謎のスイッチやレバーが増設され、カーナビみたいな小さなモニターも取り付けられていた。
ここまではまだ良い。
…問題はその後だ。
まず昨日まではあった乗客の座席が一つ残らず取り払われていた。
俺が寝床として使っていた席も。
…代わりに置かれていたのは、対面ソファーとテーブル。
しっかりと足が床に溶接されていた。
そして、片隅には小さな流し台とコンロ。
ちゃっかりと小型の冷蔵庫まで完備されている。
…完全にキャンピングカーだコレ。
ここまでで全体の三分の一程度。
更にその後方には、電車の連結部を思わせる鉄の扉が。
開けて入ってみると、中には複数の巨大なモニターやキーボード、天井に繋がったハンドルみたいな物と、工作機械と思わしき小〜中型の機械…。
どうやらモニタールーム兼、ベータとチョウチョの工作部屋らしい。
…これをバスに積むか…。
あいつら、筋金入りのアレだな…。
そして、更にその奥に鉄の扉がもう一つ。
何が飛び出てくるのかと恐る恐る中を覗いてみると、そこは左右に分割されたベッドルームだった。
真ん中の細い通路を境に、線対称な作りになった小部屋のような二段ベッドが二つ。
…ベッドと言うよりか、カプセルホテルみたいだな。
四つあるベッドには、先程ベータに運ばれていった三人が寝かされていた。
みんな気持ち良さそうに白目を剥いて眠っている。
枕元には小さな窓がついており、覗き込むとバス後方の景色が見えた。
どうやらここが最後尾のようだ。
…本当に良かった。
これ以上何か出てきても、驚き疲れてしまってリアクションできる自信が無いし。
…というワケで、ゴリアテはすっかり快適空間と化していました。
…いや、嫌なワケじゃあないんだけどさ。
バスの車内にあれだけの設備を詰め込んだのは素直に凄いと思うし、これからの旅路を考えるとありがたい限りなんだけど。
…アレを数週間で作った二人って、ちょっと異常だよなぁ…。
…どっちも俺の仲間なワケだが。
「…?どうしたサイゴーの旦那?少し顔色が悪いみたいだが。」
不意に声をかけられて我に返る。
…声をかけてきたのはキンナラだ。
地下に行くにあたって同行していたのだが、影が薄くてすっかり忘れていた。
額にツノとか生えてるくせに、どうもキンナラは影が薄くてなぁ…。
アシュラやラクシュミが目立ちすぎるってのもあるんだが。
「…何でもない。…で、例の物はどこにあるんだ?」
「おう、すぐそこなんだ。案内するから付いて来てくれ。」
そう言ってカードキーで扉を開け、通路に入っていくキンナラの後を追う俺達。
前回来た時はひどい有様だった通路は、誰が掃除したのか塵一つ無い。
…俺達が何処に向かっているのかって?
そりゃあもちろん…。
「…ついたぜ旦那。ここが『変換機』のある部屋…『リサイクル室』だ。」
カードキーを使うと、大きな二枚扉が左右にスライドして開く。
部屋の中は一般的なコンビニ位の広さだ。
入って正面の壁には、大きな電子レンジを思わせるような装置が埋没している。
その隣にはモニターとコンソール。
そう、これが以前ラクシュミが話していた『変換機』だ。
今日は前に約束していた報酬として、実際に変換機を使わせてもらうのだ。
キンナラがモニターの電源を入れコンソールを操作すると、画面に何やら表示される。
タンクのような図の横に、『スクラップ総重量:2004kg…変換する物質を設定して下さい▶』という文字が点滅していた。
「これで…たぶん40kg分位変換できるハズだ。好きに使ってくれ。」
話を聞いてみると、キンナラ達防衛隊はラクシュミに使い方を聞いて、既に何度か変換機を利用済みだそうだ。
別の場所に有るというタンクにも、既にスクラップを集めて入れておいてくれたらしい。
なんとも準備の良い話だ。
「それでベータ、何に変換するんだ?」
「変換できる最低量は1kgとのことでしたので、幾つかの合金と希少金属、それとC-4あたりに変換しようかと。サイゴーさまは何かご入り用な物はございますか?」
「醤油と味噌。」
「…味噌は私も作成中ですので、醤油の比重を多くいたしましょう。」
ベータがコンソールを操作すると、巨大なレンジ部分がゴウンと音をたてて稼動し始める。
…待つこと数秒。
『チーン!』と音がしたかと思うと、レンジの扉が開いた。
…まんま電子レンジなんだな…。
中を覗くと、乳白色の半透明なポリタンクのような物に入った、黒い液体が。
蓋をあけて匂いを嗅いでみると…。
おおっ!まごう事なき醤油の匂いだ!
久々の醤油の香り、感動だなぁ…。
…アレ?
久々?
俺…こっちに来てからこの匂いを嗅いだ覚えがあるぞ…?
あれは確か…え〜と…エキの村だったかな?
…。
Oh…。
もしかして、ちゃんと探せば醤油に似た調味料も見つかったのかもしれん…。
…いや、俺が欲しかったのは『醤油に似た調味料』なんかじゃ無い。
醤油だ。
これで煮物や焼きおにぎり、念願の目玉焼きに醤油も可能になったんだ。
これで良しとしよう。
その後、ベータがサクサクと変換作業を進め、手押しの荷台いっぱいになる程の資材や調味料を積んで帰った。
その日の夕飯はもちろん、目玉焼きと味噌汁だった。




